奈々の これが私の生きる道!

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「細雪」谷崎潤一郎

2016-03-31 23:05:54 | 読書
この「細雪」は日本の四季折々の風物詩を取り入れた美しい姉妹の物語だと、かなり以前か

ら知っていましたので、いつか読みたいなと思っていました。
 だけど、短編なら、わりあい簡単な気持ちで読む気持ちになるのですが、この小説は長編

の部類に属するので、興味はあるものの、躊躇してなかなか読む気になれなかったのです。
 ところが、谷崎潤一郎没後50年にあたる昨年の暮れ、NHKの「歴史秘話ヒストリア」で、

谷崎潤一郎が「細雪」を書いた動機が紹介されていて、にわかに読む意欲がわいてきたので

す。
 谷崎潤一郎はもともと東京の人だったのですが、大正12年に起きた関東大震災で焼け出

され、関西に移り住む事になったそうです。
 そこで、関西の様々な伝統や文化や人情に魅了され、とりわけ女性の美しさの虜になり、

20年も関西に住み続けたとか。
 
 聲の裏に必ず潤ひがあり、つやががあり、あたたか味がある。
 
 「女」として見る時は大阪の方が色氣があり、魅惑的である。
                  「私の見た大阪人」より

 昭和10年、谷崎は前妻との離婚が成立し、かねてから思いを寄せていた森田松子と結婚

して、兵庫県芦屋市にて、新婚生活をスタートさせます。
 この時、松子の元夫との間に出来た娘と、松子の二人の妹も同居することになり、賑やか

に暮らしていました。
 その頃、谷崎達が楽しみにしていたのはお花見で、毎年、みんなで、京都の平安神宮に花

見に出かけていたそうです。
 松子達姉妹との日常は谷崎が今まで味わったことのない華やかなものでした。
 ところが、昭和16年、太平洋戦争が始まり、次第に食料は配給となり、生活必需品を手

に入れることも難しくなっていきました。
 谷崎は花見など四季折々の行楽を控えざるを得なくなり、かつてのきらびやかな生活が失

われるのに危機感を覚え、小説にして、その記憶をとどめようと「細雪」を書き始めたので

した。


 「細雪」執筆の動機と、谷崎が松子達姉妹と、毎年、京都の平安神宮の花見に出かけるの

を楽しみにしていたのを知った私は、強い衝動を覚え、この長編小説を読む意欲がわいてき

たのです。
 桜は遠い昔、花と言えば、桜を指すほど、いにしえより日本人に愛されてきた花で、万葉

集にも数多く詠まれています。 

 私も、春の訪れとともに咲き、綺麗なまま儚く散る桜が愛しくて、雨はもとより、そよ吹

く風にも、花びらを散らさないでと、この時期祈らずにはいられないほど桜には格別の思い

を抱いています。

 そこで、「細雪」を、当地で桜が咲く三月に読むことに決めたのです。


 そうして読み始めたら、冒頭に「こいさん、頼むわ。」と書いてあったのです。
 こいさんという言葉は、関西を扱ったドラマや歌などで、よく聞きますが、どんな意味が

あるのでしょう?
 
 これは元々、大阪は船場の古い商家の言葉で、娘を愛しいという意味で、「いとちゃん」

と呼び、末の娘を小さくて愛しいことから、「こいさん」と呼ぶことが分かりました。
 私は「こいさん」という言葉に、関西の人の娘を思う温かい親心が感じられて、思わず感

動せずにはいられませんでした。
 この言葉に限らず、「細雪」は関西弁が沢山、書かれています。
 それを読むと、関西弁は全然、気取ったところがなく、親しみがあり、やわらしい感じを

受け、酔ってしまいそうになるほどです。
 
 「いやとは云うてへんけど、・・・ま、昨日来て今日明日のうちに見合いしょうて、そな

い軽々しゅう扱われとうない云うのんが、ほんとうのとこやないやろか。何せはっきり云う

てくれへんさかい分からへんねんけど、もうちょっとその人のこと調べてからでもええやな

いか云うて、何ぼすすめても行こう云うてくれへんねん」

 この一見、饒舌とも言える言い回しに、相手に対する心遣いが感じられて、心が温かくな

るようです。

 この作品は昭和10年頃から、太平洋戦争が始まる昭和16年にかけての物語で、大阪の

名家で、家運が傾きかけた蒔岡家の三女・雪子の縁談と、「こいさん」こと妙子の男性遍歴

が、その二人の妹をあたたかく見守る次女・幸子の心のうちを通して丁寧に綴られています


 驚嘆すべきはエピソードの数々で、あまりにも詳しく、登場人物も活き活きと書かれてい

るため、小説であることを忘れ、実際の出来事を目の当たりにしているような錯覚を覚えて

しまいます。
 神は細部に宿るという言葉は、この作品のためにあるように思われてなりませんでした。


 この小説の中で、とくに私の興味を引いたのは雪子の縁談で、相手の男性もさることなが

ら、お見合いのやり方や駆け引きには考えさせることが多かったです。
 今の結婚は恋愛結婚が主流なので、愛は不可欠な要素ですが、戦前の名家のお見合い結婚

の場合、そうではなく、門地や家柄が最優先されるのが、ちょっと驚きでした。
 その次が収入や財産で、反対に面倒を見なければならない係累がいたり、親兄弟に深刻な

病気を持った者や、不倫の過去がある者は除外の対象になるとか。
 
 非常に現実的ではありますが、昔はお見合い結婚による条件が色々あったから、離婚が、

今より少なかったのかも知れないなと思いました。
 それに、昔の大和なでしこは、おしとやかで、控えめな女性が多く、今と違って異性と接

する機会が少なかったので、お見合い結婚の方が合ってたのかも知れませんね。

 一方、「こいさん」こと妙子の場合は、自由奔放で、積極的な性格に描かれ、雪子とはま

ったく対照的で、女性の中に潜む魔的なものを感じずにはいられませんでした。

 しかし、この小説の中で、もっとも私の胸を打ったのは、結婚を前にした二人の妹、雪子

と妙子の幸せを願う姉の幸子の優しさや思い遣りでした。
  
 そして、この物語は性格のまったく違う三人の姉妹が、互いに心を通わせる場面が、妙な

る調べのようで、深く心に沁み入りました。

  
 細雪、それは手のひらに受けると、すぐにとけてしまう細かな雪をいいます。

 谷崎潤一郎は、姉妹達の美しい思い出を、淡い細雪になぞらえ、永遠に小説の中に封じ込

めておきたかったのかも知れないですね?

 最後に、「細雪」の一節を書いて終わりにします。


 古今集の昔から、何百首何千首となくある桜の花に関する歌、古人の多くが花の開くのを

待ちこがれ、花の散るのを愛惜して、繰り返し繰り返し一つことを詠んでいる数々の歌、少

女の時分にはそれらの歌を、何と云う月並なと思いながら無感動に読み過ごして来た彼女で

あるが、年を取るにつれて、昔の人の花を待ち、花を惜しむ心が、決してただの言葉の上の

「風流がり」ではないことが、わが身に沁みて分かるようになった。そして、毎年春が来る

と、夫や娘や妹たちを誘って京都へ花を見に行くことを、ここ数年来欠かしたことがなかっ

たので、いつからともなくそれが一つの行事のようになっていた。この行事には、貞之助と

悦子とは仕事や学校の方の都合で欠席したことがあるけれども、幸子、雪子、妙子の三姉妹

の顔が揃わなかったことは一度もなく、幸子としては、散る花を惜しむと共に、妹たちの娘

時代を惜しむ心も加わっていたので、来る年毎に、口にこそ出さね、少なくとも雪子と一緒

に花を見るのは、今年が最後ではあるまいかと思い思いした。その心持は雪子も妙子も同様

に感じているらしくて、大方の花に対しては幸子ほどに関心を持たない二人だけれども、い

つも内々この行事を楽しみにし、もう早くから、あのお水取の済む頃から、花の咲くのを待

ち設け、その時に着て行く羽織や帯や長襦袢の末にまで、それとなく心づもりをしている様

子が余所目にも看て取れるのであった。