奈々の これが私の生きる道!

映画や読書のお話、日々のあれこれを気ままに綴っています

手塚治虫と三島由紀夫

2016-10-27 22:20:34 | 読書
 これまで、私は漫画の神様・手塚治虫のライバル、福井英一・横山光輝について書いて

きました。
 ところが、それ以外にも、意外な人物が、手塚治虫のライバルとして存在していたので

す。

 実は、小説家の三島由紀夫もそうだったと云うのです。
    
 しかも、どうやら、尊敬もしていたようです。


 
 「一億人の手塚治虫」より。
 
 そこで、私はどこが似ているのか気になってきました。
 それで、気づいたのは、二人とも登場人物をよく殺すことと、エロスに対して並々なら

ぬ関心を持っていた点でした。
 三島作品には、エロスの場面がよく描かれていますし、手塚治虫もエロスの重要性を、

少女漫画家の里中満智子に力説し、彼女いわく、子供向けの漫画「エンゼルの丘」や「海

のトリトン」にさえ感じられるらしいです。

 
 それでは、三島由紀夫は手塚治虫をどう思っていたのでしょう?

 三島由紀夫は、当時の文化人にしては珍しく漫画や劇画が大好きだったようです。
  
 ところが、三島由紀夫は手塚治虫の名作「火の鳥」を、こう評しているのです。
 

 「劇画や漫画の作者がどんな思想を持とうと自由であるが、啓蒙家や教育者や図式的風

刺家になったら、その時点でもうおしまいである。かつて颯爽たる「鉄腕アトム」を創造

した手塚治虫も、「火の鳥」では日教組の御用漫画家になり果て、「宇宙虫」ですばらし

いニヒリズムを見せた水木しげるも、「ガロ」の「こどもの国」や「武蔵」連作では、見

るもむざんな政治主義に堕している。」
 初出典、昭和45年「サンデー毎日二月一日号」、(劇画における若者論)より。単行

本「蘭陵王」所収

 驚いたことに、三島由紀夫は「火の鳥」を批判していたのです。

  
 これは、手塚治虫の知るところとなり、その時のいきさつを、手塚は1983年に「火

の鳥のロマン」という文章で明かしています。
 
 「漫画のファンである三島由紀夫氏が、「火の鳥」を読んで、A誌に、「手塚治虫もつ

いに民青の手先となりはてたか」と批判した。
 ぼくは、ぼくの意図をはっきり知って貰わねば困ると思って電話をかけた。
 「とにかく最後まで読んでから批評してほしいですね」
 だが、その三島氏も最後まで読むことができなかった。現在まだ連載が完結していない

からである。「手塚治虫大全1」より。

 この文章を読んだ限りでは、三島由紀夫に対して怒っている感じはしないですよね?
 
 むしろ、漫画ファンなのを喜び、「火の鳥」をこれからも読んでほしがっているように

感じます。

 でも、気になるのは三島由紀夫が「火の鳥」のどの辺りを指して批判していたかです。

 これだけでは、残念ながらよくわからないですものね。

 果たして、手塚治虫がライフワークと位置づけていた名作「火の鳥」に盲点はあるので

しょうか?


 ところが、「尚武のこころ」という対談集の中で、三島由紀夫は小汀利得との対談で、

具体的にそれについて喋っているのです。
  それは、
無着成恭が、ラジオ番組「全国こども電話相談室」に、こどもから「先生、

スサノオノミコトとか、アマテラスオオカミの話は本当にあったんですか」と、かかって

きた電話に、スサノオノミコトがいかに悪いことをしたかというところから説明している

のを例に、三島由紀夫はこう話しているのです。


 「これじゃ、ぼくは子供が可哀想になっちゃった。(笑い)唯物史観の、つまり、やり

方を教えて、まず基本的な生産関係の生産手段の破壊とか、そういうところから教えてい

って、それがいかにいけないかということ。そして神話的なことを全部リアリスティック

に教えている。子供の雑誌なんかをみていますと、手塚治虫などがやはり神話を書いてい

る。たとえば神武天皇など多民族を侵略した蛮族の酋長にしている。日本に古代奴隷制な

んてないんですが、奴隷たちが苦しめられて鞭で打たれて、そこで金の鳥が弓の上にとま

ったりして、それで人民を威嚇して・・・と、全部そういう話です。
 ぼくは大学生が白土三平のマンガを読むのはまだいいと思う。それは唯物論をかじって

からマンガを読むんだからまだいい。あるいはマンガで唯物論をかじるにしてもです。だ

けど小学生や子供が読むのは、大学生が読むのとは違うでしょう。これがなんでもないよ

うな女の子向きのマンガの中に、支配階級を倒せとか、資本主義はいかんとか、それがた

くみにしみ込むように織り込んでいる。大人が神経を使っても、いつのまにか侵入してき

ているんですよ。」
   
 これを読んで、私はハッとしてしまいました。

 これは、ご存じの方も多いようですが、「火の鳥」の過去のお話は日本の歴史を扱って

いますが、事実だけではなく、手塚治虫の想像力によって歪曲して描いてある部分が、多

数あるのです。
 だけど、手塚は「火の鳥のロマン」という文章で、「ぼくは出版社を経営し、マニアッ

クなマンガ雑誌を出すことになった。描き手のメンバーでもあるぼくは、このさい、何度

か発表したぼくなりの古代史観を、ここらで自分の雑誌で決着をつけたいと思った。」と

書いているのです。
 つまり、「火の鳥」は手塚治虫の人生観のほかに、古代史観や歴史観も入っているので

す。
 手塚治虫は、日本の成り立ちを考える上で、天皇は重要な存在だと考えたから、初代の

神武天皇を登場させたのだと思いますが、三島由紀夫の云うように蛮族の酋長とも受け取

られかねない嫌なイメージで描かれているのです。
 これは、私たち日本人が、天皇に対するイメージとまったく違うものです。
 ここで、ワタクシ事で恐縮ですが、神武天皇は私の住む宮崎県でご生誕遊ばされたこと

になっていまして、しかも、その場所である高原町はわが家から、車で30分という近い

距離にあります。
 神武天皇は架空の天皇だと思っている人もいるようですが、宮崎県では実在を疑う者は

なく、今でも神武天皇にまつわるものが、高原町(神々が住むという高天原からきている

)や御池や血捨ノ木などの地名として残っていますし、言い伝えも数多く残されています


 そして、宮崎市内にある宮崎神宮は神武天皇を祀っていて、神武天皇が崩御された4月

3日になると、毎年、神武天皇祭を行うほど、現在でも多くの県民の尊敬を一身に集めて

います。
 
 聡明で、勇気があり、情に厚く、威厳に満ちた雲の上の存在。
 
 それが、私たち、宮崎県民が抱く神武天皇に対するイメージです。

 
 だから、「火の鳥」の神武天皇のイメージは到底、受け入れがたいものがあります。

 それに、もし、神武天皇が、実際にそういうイメージだったら、天皇家は万世一系と言

われるほど長くは続かなかったと思います。
 多くの外国では、戦いに勝利を収め、国を征服した者が、それまで国王として君臨して

いた者などを、女子供は言うに及ばず、一族すべてを皆殺しにしてきたから、天皇家ほど

長く続かなかったと云いますから。
  
 神聖にして冒してはならない存在。

 だから、天皇家の万世一系は保たれてきたのだと思います。

 それに、手塚治虫が、本当に日本の古代史観を描きたかったのであれば、有りもしなか

った奴隷制も創作すべきではなかったのではないでしょうか?

 何でも、日本人は穏やかな性質で、同じ人間を情け容赦なく使うことは出来ないのだそ

うです。

 それは、聖徳太子が作った「憲法十七条」の一番、初めに「和をもって尊しとなす」と

書いてあるのにも現れていると云いますし、「判官びいき」にも日本人の優しさが見て取

れると、日本文学者で、日本文化研究の第一人者ドナルド・キーン氏が仰っています。
 ドナルド・キーン氏によると、外国では勝負に負けた者を好きになるのは有り得ないら

しいです。
 また、松尾芭蕉の「閑さや 岩にしみいる 蝉の声」に代表されるように、日本人はセ

ミの声にさえ情緒を感じたりしますが、外国人にはただの雑音にしか聞けないと云います


 そんな繊細な人を思いやる心に満ちた日本人に、奴隷制はどう考えても作れなかったの

ではないでしょうか?   
 
 
 そういう訳で、三島由紀夫の「火の鳥」の指摘はなるほどと思わざるを得ないです。

 でも、少しおかしいなと感じても、読み進めるうち、次第に登場人物に共感し、作品の

世界に没入してしまい、気にならなくなってしまう。
 
 そこが、手塚治虫のキャラクターの描き方の絶妙さであり、深い人生観に裏打ちされた

ストーリーテリングの妙味だと思います。 

 ですから、古代史観や歴史観を抜きにすれば、名作の名に値いするのは揺るがない事実

と言っていいでしょう。

 ところで、不思議なのは三島由紀夫の遺作「豊饒の海」も、手塚治虫のライフワーク「

火の鳥」も、ともに輪廻転生を扱っている点です。
 何でも、「火の鳥」は叶わなかったとは言え、手塚治虫が死の瞬間に完結させる計画が

あったそうで、ここにも二人の類似性が感じられます。

 しかし、そうして、手塚治虫が生涯のライバルと目していた三島由紀夫は昭和45年に

割腹自殺して、突然、世を去ってしまいます。

 その時、手塚治虫は何を思ったでしょう?

 それから、二年後、手塚治虫は三島由紀夫をモデルにしたのではと思われる「ばるぼら

」という幻想と怪奇色に満ちた漫画を発表します。


 その主人公の名は美倉洋介と言い、耽美主義をかざして、文壇にユニークな地位を築い

た流行作家という設定です。
 この男にはある致命的な欠陥があった。
 それは、異常性欲という持病で、外見はまるで健康体だが、日夜その苦しみにさいなま

れていた。
 耽美主義の天才と呼ばれた男が、ある日、突然、世間の笑いものにされる。
 男の名誉がそれを許さなかった。
 そこで、男はボクシング、謡曲、馬、俳優稼業、ボート、剣道など、いろいろなものに

手を出して克服しようとした。
 そんなある日、男は奇妙な女と出会う。
 彼女の名は、ばるぼら。
 ばるぼらと付き合い初めたとたん、男は創作意欲が湧き、アイデアが次々に浮かぶのだ


 ところが、いなくなると、からっきし駄目になる。

 いつしか、男はばるぼらと離れられなくなり、目もくらむような不思議な出来事に次々

に遭遇し、やがて、ボロボロに朽ち果てて行くのだ・・・

 これは、一見、三島由紀夫をモデルにしたように見えますが、性格はまったく違うので

す。
 それに、サングラスをかけてますし、異常性欲で、いろいろなものに手を出したという

のも、三島由紀夫とは違うようです。

 その理由は、手塚のあとがきを読んで、はっきりしました。

 この「ばるぼら」の主人公は、三島由紀夫と手塚治虫の二人を重ね合わせていたのです


 手塚治虫はメガネをかけてましたし、異常性欲はオッフェンバッハのオペラ「ホフマン

物語」の主人公ホフマンがヒントになっているそうです。
 手塚治虫によると、「ホフマン物語」は青春の感慨であり、人生訓なのだとか。
 
 ホフマンは社交界の花形であると同時に意思の弱い好色家で、遊びほうけているうちに

、魔女の手先に自分の影を取られて、自己を失ってしまうそうです。
 
 この物語は、マスコミの世界に溺れて喝采を得るために妥協するか、自分の主義を貫く

ために孤高を保つか、芸術家が必ず一度は遭遇する悩みを見事に描いたものだとか。


 手塚治虫は、青春時代に観た思い出深いオペラ「ホフマン物語」をヒントに、生涯のラ

イバルとした三島由紀夫に自分を重ねあわせ、一つのケジメとして、「ばるぼら」を描き

たかったのかも知れません・・・


 
 手塚治虫がライバルとした福井英一、横山光輝、三島由紀夫はみな男らしく、才能に満

ち溢れ、パワーを分け与えられる人だったように思われます。

 手塚治虫はそうしたライバル達から、創作活動の活力を得て、名作を、次々に世に送っ

たのではないでしょうか? 
  
  
   

漫画「五郎の冒険」横山光輝の謎♪

2016-10-16 09:10:31 | 読書
 ここ最近、忙しく過ごしていまして、ブログを書くのも、なかなか時間がとれません。
 
 そういう訳で、今までのようにお付き合い出来ないかも知れませんが、寛大なお心で、ご

理解下さればありがたいです。


 それでは、前置きはそれくらいにしまして、今回も横山光輝作品のお話をしたいと思いま

す。
 
 その訳は、手塚治虫先生が、横山光輝さんをライバル視した理由を、もっと探りたいから

です。

 手塚先生は、横山光輝さんについて、こう書いておられます。
  

 娯楽マンガの功労賞があれば横山さんにぜひ一番にさし上げるべきではないかと思います

。(手塚治虫大全1 横山光輝さんのこと)より。

 つまり、手塚先生にとって、横山さんは単なるライバルとしてしのぎを削っていただけで

はなく、ほかのどの漫画家よりも才能を高く評価していたということになるのではないでし

ょうか?

 そこで、今回、取り上げるのは「五郎の冒険」です。
 
 この漫画は、主人公の五郎がタイムマシンを発明したおじさんの田良良三次博士と共にタ

イムマシンで、過去や未来を冒険する物語です。
 私は、まずストーリーそのものより、五郎という名前に注目せずにはいられませんでした



 なぜなら、私の周りで、五郎という名前の人はいませんでしたし、漫画もテレビ番組も五

郎を主人公にしたものは、まったくなかったからです。
 しかも、五郎という名前は、長男や次男には、普通、つけませんよね?
 ということは、少なくとも5人は兄弟がいるということになっちゃいます。 
 だから、私は五郎という名前に驚いてしまったのであります。

 ところが、昭和30年代をこよなく愛する私のブロ友さんによると、当時は「五郎」をタ

イトルにした漫画がいくつもあったらしいのです。
 だったら、団塊世代という言葉があるくらいですから、当時は兄弟の数が多くて、現実に

五郎という少年も沢山いたのかも知れません。
 
 でも、私の世代では、二人や三人兄弟が、普通になっていたので、五郎という名前は廃れ

、それに連れて、五郎という名前はあり得ないことになってしまったのではないでしょうか


 実は、それを象徴するテレビ番組があるのです。
 「ウルトラQ」という特撮番組で、ゴローという怪獣が出てくるのです。
 
 昔は人間の名前だった五郎が、あり得ないものの代名詞として、怪獣の名前になってしま

ったのです!


 この説、どうでしょう?
 あら?
 怪獣博士、どうかされました??
 もしかして、泣いていらっしゃるの???

 え?
 「よくぞ、気づいてくれた。俺は嬉しくて、涙がとまらない。今後は俺の助手になってく

れないか」ですって?
 
 ええっ!
 本当ですか??


 それって、喜んでいいのか悲しんでいいのか、どっちだろ???(笑)

 
 それはともかく、五郎が冒険する理由も気になりますよね?
 私は、四人のお兄さん達を探しに行くのが目的かもと、おおよその見当をつけていました


 ところが、さすがは横山先生、漫画の神様・手塚治虫がライバル視しただけあって、とん

でもない理由だったのです!
 
 
 金目のものを盗みに、研究所に忍びこんだドロボウが、間違えてタイムマシンを操作して

しまい、過去に飛んじゃったドロボウを助けに、五郎たちは時間旅行を始めるのです。

 つまり、ドロボウは、現在への帰り方がわからなくて、困っているに違いない。
  
 だから、ドロボウを捕まえるんじゃなくて、助けに行くのです。

 しかも、五郎たちはドロボウに向かって、「ドロちゃん」と親しみを込めて呼んでるんで

す。

 あら?もしかして横山先生って、ドロボウが好きだったのでしょうか?

 どうして、ドロボウに親切にしなくちゃいけないんでしょう?

 横山先生は悪いものは悪いとなぜ、はっきり書かないのでしょう?

 この作品が掲載されたのは、「小学六年生」を始めとした学習雑誌ですから、なおさらで

はないでしょうか?

 そこで、なぜだろうと頭をひねっていたら、この作品に女性が一人も登場しないことにも

気づいたのです。
 これも、おかしな話です。
 学習雑誌に掲載されたのなら、男の子だけじゃなく、女の子も読むわけじゃないですか?
 編集部は、横山先生に女性も登場させるよう注文はつけなかったのでしょうか?
 この「五郎の冒険」が発表された1959年から1962年頃、横山さんは少女漫画も描

かれていたので、女性を描けなかったはずはないのです。 


 そのヒントらしきものが、私が読んだ講談社漫画文庫の解説に、こう書いてあります。
 
 横山氏は、あまり感傷的なセリフを登場人物に言わせることをしません。それはスピーデ

ィーな展開を身上とする氏にとって感傷シーンはスピード感を無にしてしまうからに他なり

ません。少年物作品に殆ど女性が登場しない理由も、女性が登場することで動きがとまって

しまうからだとお聞きしたことがあります。
 
  
 この文章を読んだ時、私は、ある横山ファンの方から、「ラスボスが女性だったという忍

者漫画「風夜叉」
 男忍者を次々に手のひらで転がす女忍者「ひも」
 「その名は101」や「狼の星座」で主人公を裏切る女、銀玲
 横山先生の女性観にはどうもダークな部分があるようだがと、謎をかけられたのを思い出

したのです。
 
 はっ!
 もしかしたら?

 私は、これらのことが「五郎の冒険」という漫画で、一本の線で結ばれ、その謎が解ける

気がしてきたのです。
 
 ドロボウを愛着を込めて描いたのは、女性を描かないことに対する女性読者への配慮だっ

たのではないか?
 つまり、女性は一人も登場しないけれど、暴力シーンを極力排し、ドロボウを助けるとい

うヘンテコリンなお話にすることで、笑いを誘い、女の子にも安心して読める工夫をしたの

では?
 それは、悪辣な野武士を懲らしめるために、映写機で、神様を出して怖がらせ、降参させ

たのにも現れていると思います。
 
 また、この漫画には女性もですが、五郎の親も登場しませんし、勉強のお話も一切、出て

きません。
 もし、親を描いたら、親子の愛情まで描く必要が出てくるからではないのか?
 親や、学校のお話を描かないことで、読者に、少年らしい伸び伸びと空想の世界に飛翔出

来るようにしたのではないのか?
 それが、勇気を育み、ひいては独立心を養うことにならないでしょうか? 


 横山さんの場合、女性についても同じことが言えると思うのです。
 
 もし、優しい女性を登場させたら、女性を必要とする主人公の苦悩や心の弱さも描かなく

てはならなくなるからではないでしょうか?

 
 例えば、女性キャラクターが主人公を助け、恋愛関係まで描いたものに、石ノ森章太郎さ

んの「サイボーグ009」がありますよね。

 あの作品は、横山さんの「伊賀の影丸」をヒントに描かれたそうですが、女性にも大人気

で、秋田書店から出ている文庫本の解説には、竹宮恵子さん、萩尾望都さん、いがらしゆみ

こさん、中山星香さんら、そうそうたる大御所の少女漫画家さんらが、少女時代に主人公の

009こと島村ジョーに、どれだけ胸ときめかせたか熱く書いていらっしゃいます。
 その理由は、003ことフランソワーズ・アルヌールという美しくて心優しい女性キャラ

が描かれているため、女性でも比較的、容易に作品世界に入っていけることと、美形の島村

ジョーの苦悩や心の弱さを描いているため、女性は母性本能をくすぐられ、放っておけなく

なるからのように思われます。
 「伊賀の影丸」には、恋愛関係になるようなエピソードはまるでないのに、あえて女性好

みの主人公を描くことで、「サイボーグ009」は女性ファンも多く獲得したのです。
 
  
 そう、横山さんは、男の弱さを描くのを良しとしなかった!

 横山さんが描きたかったのは、あくまでも勇気ある強い男だった!!

 そのためには、心優しい女性を描くわけにはいかなかったのでは?

 それとともに思い出すのは、横山さんの少女漫画の代表作「魔法使いサリー」と「コメッ

トさん」です。
 横山さんは、始めの頃こそ、優しくて、すぐに泣き出す女の子を描かれていたみたいです

が、後期になると、ドライな性格で、意地悪な男の子に仕返しするおてんば娘を描くように

なるのです。
 それは、ひとえに女性にも強く生きてほしいという願いからだったのではないのか?

 ここに横山さんが、少年漫画で、弱さを見せず、男を裏切る女性キャラを描いていた理由

が隠されているように思いませんか?

 女性に強く生きてほしいともに、どんな女性にも理解を示したい。


 こんな結論に達したもう一つの理由は、私が懇意にしている横山ファンの男性が、女性に

対する礼儀をわきまえた、実に男らしくて頼もしい人が多いからです。 
  
 それに横山さん自身、勇気ある強い主人公を描くことで、自らパワーをもらっていたので

はないでしょうか?

 そして、手塚治虫先生も、それを強く感じていたから、どの漫画家よりも高く評価してい

たのかも知れません。