少し前にお話した映画「制服の処女」は、とある規律の厳しい女学校の女学生マヌエラが
、美しい女教師に恋心を抱き、その切ない胸のうちが描かれていました。
この映画で、私がもっとも感動したのは、女教師を好きだったのはマヌエラだけでなく、
ほかの多くのクラスメートもその想いは同じだったはずなのに、マヌエラと女教師との関係
が、学校の規律に反するとして、厳しい処罰を受けた時、みながマヌエラに同情し、応援す
るという女性ならではの麗しい友情にありました。
しかし、この映画に感動しながら、その一方で、彼女たちの幸せは、男性の存在しない女
性だけの世界だったことでないかという思いが強くしたのです。
その理由は、私が最初に勤めた会社の元上司の言葉を、ふと思い出したからです。
その元上司は、若い頃、労働運動を潰す仕事を専門にしていたらしく、労働運動の激しい
会社の経営者に頼まれて、様々な職場に入り込んでいたそうです。
そのなかには、女性の従業員の多い製糸工場や紡績工場も含まれていて、労働運動を潰す
手口を事細かに教えてくれた事があったのです。
元上司の言う処によると女性の多い職場には、必ず、お姉さんと慕われる年上の女性がい
て、年下の女性の面倒をよく見たり、労働運動も率先して、深く関わる場合が多いそうです
。
そこで、女性たちの団結力を崩すため、あの手この手を使って、お姉さんに揺さぶりをか
けるよう仕組むのだとか。
それで、もっとも効果があるのは、そのお姉さんに男を近づけることだというのです。
元上司の言うには、俳優と見間違えんばかりの美男子を、お姉さんの働いている部署に送
り込み、その美男子が、お姉さんに気があるふうを装い、恋愛関係になることで、労働運動
から遠ざけ、「お姉さんたら、私たちより男のほうが大切なんだわ。悔しい!」と女性たち
に思わせるものでした。
そうして、その元上司は女性特有の恋愛心理につけ込み、女性たちの結束を乱して、労働
運動を次々と撃破していったそうです。
私は、職場が改善されることなく、ばらばらに散っていった女性達が哀れな気がして、ず
っと胸に残っていたのです。
映画「制服の処女」を観た時、その思い出が蘇り、それと同時に女性が多く働く製糸工場
を舞台にした「あゝ野麦峠」という映画がむしょうに観たくなってしまいました。
「あゝ野麦峠」は公開当時、すごく話題になり、私も気にならないではなかったのですが
、可哀想な女性のお話なのに躊躇して、まだ一度も観てなかったのです。
この映画は、原作者の山本茂実が、十数年に及び、飛騨や信州の数百人の女工や、工場関
係者らに取材して、事実をもとに書き上げたそうです。
野麦峠は、岐阜県高山市と長野県松本市にまたがる難所で、明治の初めから大正にかけて
、飛騨の女性(多くは十代の少女)が諏訪地方の岡谷にある製糸工場で働くため、吹雪の中
、命懸けで、この峠を越えなければなりませんでした。
当時は富国強兵の国策のさなか、生糸は有力な貿易品であったため、製糸工場で働く女性
が多かったそうです。
そうして、仕事の出来る女工は百円工女と呼ばれ、給金も多く貰えたみたいですが、その
代わり能率の上がらない女工は罰金として、給金を減らされ、実家への仕送りもままならぬ
ほどだったとか。
この映画の主人公、政井みね(大竹しのぶ)は、働き者で、要領がよく、あっという間に
百円工女になります。
百円工女は、篠田ゆき(原田美枝子)と二人だけで、ゆきはみねにちょっとしたライバル
意識を持っていました。
ゆきは貧乏で、幼い頃から、人知れぬ苦労をしていて、そこから逃れたい一心で遮二無二
働いていたのです。
ところが、製糸工場の社長(三国連太郎)に、若旦那と呼ばれる息子、足立春夫(森次晃
嗣)がいて、可愛い女工に、「結婚する」と偽り、次々に体を奪っていたのです。
春夫は、やがて、ゆきに目をつけ、まんまと騙し、妊娠させてしまいます。
でも、案の定、結婚する意志はなく、ゆきは製糸工場を辞め、実家に帰って、子供を産も
うと決意します。
それを知ったみねは、ゆきにお別れの言葉をかけに会いに行くのですが、ゆきは「別の工
場で働き、また百円工女になって、子供をちゃんと育てるんだ」と言って、みねと別れるの
です。
しかし、あの野麦峠を超える時、体がきつくてたまらなくなり、そのまま流産してしまう
のです。
女工が妊娠させられるのは、実際によくあったらしく、野麦峠の由来も、この峠に群生す
る熊笹の実を野麦と呼んだことのほかに、この峠で流産することが多かったので、野産み峠
と呼ばれていたのが、野麦峠になったという説もあるそうです。
ゆきが去ったあとも、みねは製糸工場で働くのですが、重要な生糸の輸出先のアメリカが
大恐慌になり、それまで以上に過酷な労働を強いられ、ついに病に倒れてしまいます。
みねが病に倒れたと知った兄(地井武男)は、みねを連れて帰ろうと、背負って、あの野
麦峠を登っていきます。
しかし、峠を越え、ようやく故郷の飛騨が見えた時、みねは「飛騨が見える。飛騨が見え
る。兄ちゃん、うち帰ってきたんや。うち帰ってきたんやな」と振りしぼるように、かすか
に言ったかと思うと、そのまま意識を失ってしまうのです。
そして、それがみねの最期でした・・・
みねが死んだと知らされた女工達は、みな仕事を放り投げて、みねの死を悼むのでした。
そんな女性たちが哀れで、女性の優しさや、愛情を不当に扱うことなく、素直に受け入れ
られる事を、強く男性に望みたくなる、そんな作品でした。
、美しい女教師に恋心を抱き、その切ない胸のうちが描かれていました。
この映画で、私がもっとも感動したのは、女教師を好きだったのはマヌエラだけでなく、
ほかの多くのクラスメートもその想いは同じだったはずなのに、マヌエラと女教師との関係
が、学校の規律に反するとして、厳しい処罰を受けた時、みながマヌエラに同情し、応援す
るという女性ならではの麗しい友情にありました。
しかし、この映画に感動しながら、その一方で、彼女たちの幸せは、男性の存在しない女
性だけの世界だったことでないかという思いが強くしたのです。
その理由は、私が最初に勤めた会社の元上司の言葉を、ふと思い出したからです。
その元上司は、若い頃、労働運動を潰す仕事を専門にしていたらしく、労働運動の激しい
会社の経営者に頼まれて、様々な職場に入り込んでいたそうです。
そのなかには、女性の従業員の多い製糸工場や紡績工場も含まれていて、労働運動を潰す
手口を事細かに教えてくれた事があったのです。
元上司の言う処によると女性の多い職場には、必ず、お姉さんと慕われる年上の女性がい
て、年下の女性の面倒をよく見たり、労働運動も率先して、深く関わる場合が多いそうです
。
そこで、女性たちの団結力を崩すため、あの手この手を使って、お姉さんに揺さぶりをか
けるよう仕組むのだとか。
それで、もっとも効果があるのは、そのお姉さんに男を近づけることだというのです。
元上司の言うには、俳優と見間違えんばかりの美男子を、お姉さんの働いている部署に送
り込み、その美男子が、お姉さんに気があるふうを装い、恋愛関係になることで、労働運動
から遠ざけ、「お姉さんたら、私たちより男のほうが大切なんだわ。悔しい!」と女性たち
に思わせるものでした。
そうして、その元上司は女性特有の恋愛心理につけ込み、女性たちの結束を乱して、労働
運動を次々と撃破していったそうです。
私は、職場が改善されることなく、ばらばらに散っていった女性達が哀れな気がして、ず
っと胸に残っていたのです。
映画「制服の処女」を観た時、その思い出が蘇り、それと同時に女性が多く働く製糸工場
を舞台にした「あゝ野麦峠」という映画がむしょうに観たくなってしまいました。
「あゝ野麦峠」は公開当時、すごく話題になり、私も気にならないではなかったのですが
、可哀想な女性のお話なのに躊躇して、まだ一度も観てなかったのです。
この映画は、原作者の山本茂実が、十数年に及び、飛騨や信州の数百人の女工や、工場関
係者らに取材して、事実をもとに書き上げたそうです。
野麦峠は、岐阜県高山市と長野県松本市にまたがる難所で、明治の初めから大正にかけて
、飛騨の女性(多くは十代の少女)が諏訪地方の岡谷にある製糸工場で働くため、吹雪の中
、命懸けで、この峠を越えなければなりませんでした。
当時は富国強兵の国策のさなか、生糸は有力な貿易品であったため、製糸工場で働く女性
が多かったそうです。
そうして、仕事の出来る女工は百円工女と呼ばれ、給金も多く貰えたみたいですが、その
代わり能率の上がらない女工は罰金として、給金を減らされ、実家への仕送りもままならぬ
ほどだったとか。
この映画の主人公、政井みね(大竹しのぶ)は、働き者で、要領がよく、あっという間に
百円工女になります。
百円工女は、篠田ゆき(原田美枝子)と二人だけで、ゆきはみねにちょっとしたライバル
意識を持っていました。
ゆきは貧乏で、幼い頃から、人知れぬ苦労をしていて、そこから逃れたい一心で遮二無二
働いていたのです。
ところが、製糸工場の社長(三国連太郎)に、若旦那と呼ばれる息子、足立春夫(森次晃
嗣)がいて、可愛い女工に、「結婚する」と偽り、次々に体を奪っていたのです。
春夫は、やがて、ゆきに目をつけ、まんまと騙し、妊娠させてしまいます。
でも、案の定、結婚する意志はなく、ゆきは製糸工場を辞め、実家に帰って、子供を産も
うと決意します。
それを知ったみねは、ゆきにお別れの言葉をかけに会いに行くのですが、ゆきは「別の工
場で働き、また百円工女になって、子供をちゃんと育てるんだ」と言って、みねと別れるの
です。
しかし、あの野麦峠を超える時、体がきつくてたまらなくなり、そのまま流産してしまう
のです。
女工が妊娠させられるのは、実際によくあったらしく、野麦峠の由来も、この峠に群生す
る熊笹の実を野麦と呼んだことのほかに、この峠で流産することが多かったので、野産み峠
と呼ばれていたのが、野麦峠になったという説もあるそうです。
ゆきが去ったあとも、みねは製糸工場で働くのですが、重要な生糸の輸出先のアメリカが
大恐慌になり、それまで以上に過酷な労働を強いられ、ついに病に倒れてしまいます。
みねが病に倒れたと知った兄(地井武男)は、みねを連れて帰ろうと、背負って、あの野
麦峠を登っていきます。
しかし、峠を越え、ようやく故郷の飛騨が見えた時、みねは「飛騨が見える。飛騨が見え
る。兄ちゃん、うち帰ってきたんや。うち帰ってきたんやな」と振りしぼるように、かすか
に言ったかと思うと、そのまま意識を失ってしまうのです。
そして、それがみねの最期でした・・・
みねが死んだと知らされた女工達は、みな仕事を放り投げて、みねの死を悼むのでした。
そんな女性たちが哀れで、女性の優しさや、愛情を不当に扱うことなく、素直に受け入れ
られる事を、強く男性に望みたくなる、そんな作品でした。