大相撲初場所、
中継の4日目は行司さんにスポットが当てられましたね。
これはいい企画でした。
幕内格以上の行司を紹介しましょう!

幕内格 式守鬼一郎(佐賀県出身、追手風部屋)
江戸時代から続く伝統の行司名。
軍配は、遠藤の後援会から贈られた
輪島塗の昇り龍と赤富士。

幕内格 木村要之助(三重県出身、八角部屋)
令和5年から番付の書き手を担当。
電光板の力士名は要之助の文字。
番付は大きな紙に書いて、配られるものは
4分の1に縮小されている。
軍配には螺鈿細工の鮑が。三重の知人から贈られた。
野球出身、兄は明野高校でベンチ入り。

幕内格 木村銀治郎(東京都墨田区出身、芝田山部屋)
国技館の近所で育つ。
中学の時は朝8時から販売される当日券を買ってから通学。
当日券売り場の親方に「行司に成りたい」と入門する。

幕内格 式守錦太夫(千葉県柏市出身、放駒部屋)
叔父の麒麟児に入門を勧められる。
「中道実相」の文字が入った譲り団扇を持つ。
公平に勝負を見る証し。

幕内格 木村秋治郎(兵庫県加古川市出身、春日野部屋)
力士志望だったが身長が足りずに断念。
長男は埼玉栄高校の相撲部。
入門時の師匠三保ヶ関親方(増位山)から贈られた
衣装には四角く「三保ヶ関」の紋様が。

幕内格 木村元基(東京都出身、湊部屋)
1m75cmと幕内以上では最も長身。
昭和59年入門で蔵前国技館を知る最後の世代。
応援タオルの力士名の書き手。
軍配を上げるときの持ち手は、
手の甲を下にするのが式守流
手の甲を上にするのが木村流

これらの応援タオルは木村元基が書いた。
テロップにあるように、行司の役割は多岐にわたる。
土俵祭りの祭主、場内放送
番付、顔ぶれ書、電光板、
取組編成の書記(割場)
巡業の輸送の手配
など

三役格 式守勘太夫(宮城県丸森町出身、朝日山部屋)
三役格は草履を履いて腰に印籠を携える。
軍配の房は朱色
8年前手足に力が入らなくなるギラン・バレー症候群を発症。
以来リハビリを重ね、薬を飲みながら土俵を務める。
雷鳥の軍配

三役格 木村寿之介(鹿児島県徳之島出身、大島部屋)
三役力士の四股名は二声づつ呼ぶ
元小結旭道山の弟
入門した昭和58年、師匠の大島親方(旭国)から
贈られた軍配を、輪島塗で作り直している
物言いの取組が10回以上あったが一度も差し違えなし
これは木村要之介、木村秋治郎の3名しかいない

三役格 木村晃ノ助(岩手県一関市出身、九重部屋)
一関巡業の先発担当だった北の富士の縁で行司入門
北の富士を大恩人と慕う
軍配は幕内格に上がった時、木村庄之助(当時34代式守伊之助)
から譲り受けた輪島塗のもの
木村庄之助は昭和55年から使用していた

立行司 43代式守伊之助(横浜市鶴見区出身、春日野部屋)
入門から46年で立行司に昇進した
立行司は脇差しを携行する。
行司差し違えたら腹を切る覚悟の現れ。
装束は十両昇進時に静岡の後援者から寄贈された
軍配は珍しい瓢箪型で横浜の後援者から寄贈された
「逆らわず流されず」が座右の銘
立ち合いを合わすのが進行の役目と心得、
もつれる相撲(取り直し14回経験)を冷静にさばく

立行司 39代木村庄之助(東京都府中市出身、九重部屋)
行司の最高位に48年で昇進
結びの一番だけを合わせる
軍配の房と菊閉じは総紫
譲り団扇は白檀に唐獅子と牡丹
「平常心」を心がける
それから土俵下に行司が控えていますが、
これは土俵で行司が倒れたりして軍配を上がられないとき、
その代わりに軍配を上げるために役割を補う意味で
控えているのだそうです。
華やかな装束を着た行司の所作は凛として美しく、
奉納である大相撲の進行役として場を厳かにしてくれます。
あくまでも脇役で目立たないかも知れませんが、
これからも行司に注目していきたいと思います。
あと今場所の大相撲中継で印象に残っているのが、
亡くなった北の富士さんへの追悼企画。
そして昨年引退した大関貴景勝(湊川親方)
の初解説が意外にも(失礼)上手で分かりやすかったですね。
これからもどんどん放送席に座って欲しいものです。
さらに横綱照ノ富士が引退しました。
怪我続きの相撲人生、
そんな状態でひとり横綱として相撲界の看板を背負い続けました。
たいへんお疲れさまでした。