2009年5月28日に紹介したマリア像ですがちょっと珍しいと思うので再録紹介します。スペインのバルセロナ美術館で珍しく撮影を許可されたものです。
以下のようなコメントがありました。
「ブログの写真の件、私も何も分かりませんが、写真を見てパッと思い出した
話があります。 それは何かの理由で、父(か誰か)が牢屋に入れられ、
病気かあるいは食事が満足に与えられなかったのか、体調優れず、
また見舞いに食べ物も差し入れできず、それで幸いにもおっぱいが出るので、
面会に行って飲ませたというものです」
アンドラ公国を出国してスペインのバルセロナの空港から帰国しました。少し時間があったのでサグラダファミリアの観光をしました同行の皆さんは内部の観光をされましたが私と添乗員の三浦さんはバスク料理店で昼食をしました。サグラダファミリアはあまりにも有名なので写真の紹介やめておきます。
喫茶店で休憩してコーヒーをいただきました。写真はコーヒーではなく「オルホ」というブドウの搾りかすで作られたリキュールでお店のサービスでした。珍しい日本人客だったからかな? かなりのアルコール度でした。
フランスに取り囲まれたスペインの飛び地リヴィアでちょっと休憩。標高1224m、人口1689人の村です。1659年のピレネー条約でこの地の多くはフランスに割譲されましたがここリヴィアは村でなく町であったという理由からスペイン領に留まりました。国境はよくわかりませんでしたが、写真の郵便ポストはスペインのものだそうです。
カタルーニャ州の州都はバルセロナですが、かのガウディの建築物で著名な都市でもあります。ガウディの紹介はまたの機会にしますが、ついでのことなので一つだけガウディゆかりのグエル公園からのバルセロナの町を紹介しておきます。
この写真はたぶんトイレでの注意板だったと思うのですが、上からカタルーニャ語、カスティーリャ語、英語ですね。みな似ていますね。カタルーニャ語とカスティーリャ語は東京弁と大阪弁ぐらいの違いぐらいしかないそうです。
硫黄島の予定でしたが、最近スペインのカタルーニャ州の独立問題がマスコミなどをにぎやかしているので、それに関連したことを紹介してみます。
「スペイン・ポルトガル」には1996年5月11日~5月25日と2009年4月2日~5月1日の2回旅行しており、ブログは2009年3月29日~2009年9月23日まで書いています。ところが、次の旅行のため中断して「『スペイン・ポルトガル』編はまだいくつか紹介したいことがありますが、後日の予定です」と書いていましたが、その課題を今日まで果たしていませんでした。その主な地域はカタルーニャ地方で紹介予定は主にガウディと言語問題でした。今回は独立問題に関係した言語の問題を紹介します。写真をご覧ください。「10,30 CASTELLANO 11,00 CATALA」 と書かれていますが、これは10時30分からカスティーリャ語、11時からはカタルーニャ語の時間と言う意味です。カスティーリャ語というのはスペインでの共通公用語でカタルーニャ語は主にカタルーニャ地方で話されカタルーニャ州の公用語です。したがって、カタルーニャ州の公用語は2つというわけです。独裁者フランコ時代にはカスティーリャ語の使用が強制されカタルーニャ語の使用が禁止されました。そのためもあって、フランコファシスト政権に最後まで抵抗したのがこのカタルーニャ地方でした。現在はカタルーニャ州では2言語の表記が義務付けられています。
グラナダでの短い休憩時間に学校らしきところに入りこんだとき先生らしき人がこのようにシャツを捲り上げて見せてくれました。イレズミ?ペインティング?。ここはどうも正式の学校ではなく日本の学童保育所のようなところだったようです。
ポルトガルのポルト(3月29日旅程図)で写した写真ですが、皆さんなんだと思いますか。同行の人の話では散歩に連れていた犬のフンの後始末をするための道具が入っているのだそうです。なかなかいい試みですね。フランスでは野放しで?たびたびフンづけたことを思い出しました。
この写真はポルトガルですが、スペインでもたくさんこのabogadoの表札を見ました。アレ、果物のアボガドのことで果物屋さんかな?と思いました。違いました。Abogado は弁護士のことだそうです。
いつも引用するウィキペディアも気になるようで以下のような記述がありました。果物のアボカトを「日本で『アボガド』と呼ぶ人が多いが、『アボカド』が正しい名称である。ちなみに、『アボガド』(abogado)はスペイン語では弁護士を指す言葉である」
なお、写真はスペインでのものがなく、ポルトガルのもので代用したのでadvogadoとなっていますが、スペインで見たのはabogadoでした。スペイン語とポルトガルとは親戚関係なのです。