100倍楽しむ海外旅行  時々国内旅行

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歳(終末期後期高齢者)のジジイの53

回の旅行103ヶ国を100倍楽しんだ話 付録で時々エンディングノート

「マダガスカル」編 マダガスカル人2

2012年12月31日 08時09分38秒 | マダガスカル

 

 ところで実際にどのようにして東南アジアからこの地にやってきたのでしょうか。アウトリガーカヌーと呼ばれる船での移住と考えられています。この船は安定性を増すために、カヌー本体の片脇(シングルアウトリガー)あるいは両脇(ダブルアウトリガー)にアウトリガーとも呼ばれる浮子(ウキ)が張り出した形状をしています。東南アジアからマダガスカルにかけて現在も使われています。写真はベタニアという漁村見学の時に乗った、現地ではピローグと呼ばれているシングルアウトリガーカヌーです。

 それでは良いお年を! 来年は3日より始めます。

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「マダガスカル」編 マダガスカル人1

2012年12月31日 08時04分14秒 | マダガスカル

 

 

 マダガスカル島は不思議なところです。地理的には人類発祥のアフリカ大陸に隣接しています。したがってマダガスカルには古くから人類が住みついていたと考えるのが普通です。しかし、実際に住み始めたのは今から2000年~1500年前からです。アフリカから遠く離れた日本列島でも遅くとも数万年前には人類が住んでいました。しかも、この2000年~1500年前に住み始めた人たちはアフリカ大陸からの移住者ではなく東南アジアからの人たちでした。というわけで日本人は東南アジア系と北方系の混血とされているのでマダガスカル人とはかなり近い血縁関係にあります。写真をご覧ください。スルーガイド(全行程の現地ガイド)マミ(Andriamorasata  Mamy Hantenaina)さんです。日本人と紹介しても違和感はないでしょう。

 我々のバスを運転してくれたセラさんは私の知人にそっくりの顔立ちでした。遺伝的にも言語でも東南アジア系であることが実証されています。勿論、後日アフリカ系の人々が移住してきたのでアフリカ系の顔立ちの人たちもいます。またアラブ系の影響もあります。たとえば「こんにちは」は「サラーマ」といいますが、私はなんとなくこれはアラビア語の「アッサラーム」に似ているような気がしたのでマミさんに聞いてみるとやはりアラビア語起源とのことでした。

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「マダガスカル」編 紙幣から見たマダガスカル5

2012年12月28日 08時15分15秒 | マダガスカル

 

 5000アリアリの絵柄の基になった風景です。場所はフォードファン(10月19日の旅程図)の海岸線です。海はインド洋です。

すでに気付かれた方もいらっしゃると思いますが、紙幣の絵柄に人物が出てきませんね。人物が描かれたマダガスカルの紙幣はありません。たいていの国ではたとえば日本では福沢諭吉とか、アメリカ合州国ではワシントンとか、その国を代表する国民的英雄とか尊敬されている人物が紙幣に描かれているのが普通です。どうやら国民の大多数が一致して尊敬、自慢できる人物がマダガスカルにはいないようですね。少し歴史をひもといてもそんな感じです。

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「マダガスカル」編 紙幣から見たマダガスカル4

2012年12月28日 08時11分30秒 | マダガスカル

 

 5000アリアリです。自然の景観ですね。

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「マダガスカル」編 紙幣から見たマダガスカル3

2012年12月28日 08時08分48秒 | マダガスカル

 

 同じ1000アリアリのもう一面です。絵柄はカンムリシファカというサルです。

 

 

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「マダガスカル」編 紙幣から見たマダガスカル2

2012年12月25日 08時28分41秒 | マダガスカル

  1000アリアリの紙幣です。サボテン等自然のものですね。

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「マダガスカル」編 紙幣から見たマダガスカル1

2012年12月25日 08時25分25秒 | マダガスカル

 

 マダガスカルの正式国名は「マダガスカル共和国」で1960年フランスから独立しました。島国ですがその広さは日本の1.6倍で世界で島としては世界で4番目の大きさ、人口は2000万人を超えます。

 日本にはなじみが薄い国なので最初に紙幣から見たマダガスカルを紹介します。お金の単位はアリアリ(ナイナイではありません)で、10000、5000、2000、1000、500、100アリアリのお札がアリました。最高金額の10000アリアリ≒400円です。というわけで最初の1万円の両替で毎晩ワイン、ビール、ラム酒を飲みワイン2本ラム酒2本、チョコレート8枚、コーヒー2袋をお土産にしましたが、まだ余り、帰りのバンコックでウィスキーを購入しました。したがって今回の旅行でマダガスカルで使ったお金の合計は約9000円ということでした。

 写真は最高金額の1.0000アリアリです。絵柄がちょっと珍しいですね。道路建設の絵と現地ガイドのマミさんは説明してくれました。現実の道路事情はトゥリアーラ(チュレアール)→首都アンタナナリヴのサザンクロス街道(10月19日の地図)(942km)は舗装されていて快適な道でしたがその他は地道であったり舗装が破壊されていたりしていたところがかなりありました。

 

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「世界の酒」編 マダガスカル ラム酒

2012年12月22日 08時12分34秒 | 

 現地の人たちのもうひとつの愛飲酒はラム酒だそうです。ラム酒はサトウキビから造られてカリブ海の特産かと思っていましたが、ここマダガスカルでもサトウキビの栽培が盛んでラム酒も名産の一つです。いろいろの味付けかありいろんな味が楽しめます。しかしアルコール度数は高くこれは(写真)52%です。

 今回で「世界の酒」編を終わりにしますが、最後に今まで紹介したなかで一番のお勧め品(私が一番うまいと思った)を紹介して終わりにします。それは2010年5月18日に紹介したネパールのロクシーです。ただ、残念ながら商品化されていないようです。

 次回(12月25日)からはすでに予告している「マダガスカル」編です。ご期待ください。

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「世界の酒」編 マダガスカル グレイワインとビール

2012年12月22日 08時06分41秒 | 

 

 マダガスカルのワインで珍しいのは赤とロゼの中間のグレイワインです。(写真左の瓶)灰色のワインという意味ではありません。ガイドブック「地球の歩き方」では「製造工程が通常のとは異なる」と書かれていますが、具体的にはよくわかりません。確かモロッコにもあったようですが忘れました。写真のように鮮やかの色をしています。なおワインはこのマダガスカルではフランスの植民地であったこともありかなり製造されているようですが、現地の人はあまり飲まないそうです。外国からの旅行客、特にフランスからの観光客用だそうです。

現地の人たちの愛飲酒は(写真右の瓶)THREE  HORSES BEER(略称THB)というビールだそうです。レストランや街角にはこのTHBの文字が氾濫していました。

 

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「世界の酒」編 スコットランド グレンフィデック2

2012年12月19日 08時34分03秒 | 

 

 醸造所内も見学し試飲もありました。これは単式蒸留器です。

「クリニックrt」さんコメント有難うございました。私もジェネヴァを日本の酒屋では見たことはありません。

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「世界の酒」編 スコットランド グレンフィデック1

2012年12月19日 08時30分03秒 | 

 

スコッチと言えばスコットランドで作られるウィスキーのことだということはあまりお酒に関心のない人でもよく知っています。ドイツの「ビール純粋令」(2012年5月11日紹介) と同じくイギリスの法律でスコッチの定義が厳格に定められています。1887年創業のグレンフィデック醸造所はスコッチで世界最大のシェア―を誇っています。1997年そこを訪れました。なかなか趣のある建物でした。

 

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「世界の酒」編 オランダ ジェネヴァ

2012年12月16日 08時13分31秒 | 

 

 この「世界の酒」編の第1回(2010年5月8日)で19世紀に「イギリスで絶対禁酒運動の福音を広めるために鉄道利用の小旅行を組織したトーマス・クックは近代ツーリズムすなわちパックツアーの創始者とされています」と書きました。18世紀~19世紀にかけてイギリス労働者階級の「飲酒癖」の害は相当ひどかったようです。当時、労働者の収入の6分の1ないし4分の1がアルコール飲料に充当されとする社会調査の結果があります。(「路地裏の大英帝国」角山栄 川北稔編p220 平凡社)そのアルコール飲料の大部分は「ジンgin」でした。ところがこのジンはイギリス原産ではなくオランダのジェネヴァに起源があります。

 このジェネヴァは1660年オランダのライデン大学医学部のフランシスク・シルヴィウスが作成した解熱、利尿薬用酒でした。このジェネヴァがイギリスで改良されジンになりました。

 このジンの基になったジェネヴァをオランダの酒屋で見つけました。熟成されるお酒のようで購入したのは(写真)5年ものです。確か10年、20年ものもあったようです。瓶が陶器でなかなか洒落ていて味もよく7年も前のことですが、ジンよりおいしかった記憶が残っています。値段は確か日本円で1000円程度でした。オランダはハイネッケンビールが有名で、このジェネヴァはあまり日本では知られていませんが土産物としてもお勧め品です。

「p」さんコメント有難うございました・今後ともよろしく。

 

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「世界の酒」編 レソト モリジャ村3

2012年12月13日 08時28分53秒 | 

 

 ついでにこの村を紹介します。

 

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「世界の酒」編 レソト モリジャ村2

2012年12月13日 08時26分29秒 | 

 

 このビールの原料の穀物です。

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「世界の酒」編 レソト モリジャ村1

2012年12月13日 08時23分20秒 | 

 南アフリカ共和国に周囲を取り囲まれた人口200万人の小さな内陸国レソトのモリジャ村を訪問した時、村人たちが集まって何かを飲んで盛りあがっていました。尋ねるとビールとのことでした。

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