写真は崖上のナザレのシティオ地区から眺めた長い砂浜です。7月、8月には観光客で大混雑するそうです。幸い?わたくしが訪れたのは11月と4月だったので観光客はまばらでした。ナザレと聞けばイスラエルのナザレを思われる方が多いと思われます。実は関係があります。4世紀(8世紀説あり)聖母マリア像がイスラエルのナザレからもたらされたという伝説に由来しています。この地域は聖母マリアに縁が深いようです。2009年5月10日、12日に紹介した聖母マリア出現の奇跡の話もこの地に近いファティマでのことでした。
コインブラ大学生のこの黒いマントは有名です。通りがかった学生に撮影をお願いしたところ、快諾していただきました。医学部の学生だそうです。
背後に塔に”DINIS”と書かれていますが創立者ディニス王の像の塔です。少し足元が見えています。
日本でいえば演歌に当たるポルトガルのファドがあります。そのファドはリスボンファドとコインブラファドがあります。コインブラファドこのコインブラ大学で歌われたことに由来します。
それについて2009年9月9日、11日に以下のように紹介しています。 ファドはリスボンで生まれましたが、学生の町コインブラ(3月29日の旅程図)で学生たちに歌われたのがコインブラ・ファドです。ここでは(リスボン)数人のファドを聞きましたが私にコインブラ・ファドの歌手Frederico Vinagre(有名人のようです)のコインブラ・ファドが一番気に入りました。 というわけで彼のサイン入りのCDを買いました。Saudades de Coimbra (コインブラの郷愁)と書かれています。今もよく聞いています。日本にもファド歌手がいるようですね。
写真は大学の事務局の建物です。スペイン・ポルトガル・イタリアでは落書きは珍しくはないのですが、よーく見てください、ここにもありますね。そこでわたくしは現地ガイドにどんなことが書かれているのですか?と尋ねてみました。返事は少数民族の独立の叫びです、との返事でした。わたくしはポルトガルでの少数民族問題は知りませんでした。そこで帰国して調べてみましたが、わかりませんでした。いまだに気になってしょうがないことの一つです。皆さんご存じの方がいらっしゃいましたら教えてください。
写真はポルトガルの人口9万人の都市コインブラにある学生数2万2千人のコインブラ大学の旧校舎です。都市人口の2割を超えていますね。世界遺産登録されています。1290年国王ディニスによって設立された多世界最古の名門大学で現在も大学総合順位401位の名門大学です。
高さ14mのこの断崖にポルトガルの詩人カモンイスが詠んだ詩の一節を刻んだ石碑がありました。写真では見にくいので転記します。” AQUI ONDE A TERA E O MARCOMECA __ ここに地果て、海始まる“ わたくしの当時のメモ(1回目)に「陳腐なセリフながら感無量」とありました。
ガウディの作品でバルセロナ以外にある数少ない作品の一つをスペイン北西部の旧レオン王国の首都レオンに見ました。1892年~1894年かけてこの町の金持ちの繊維業者の依頼で建設され現在は銀行になっています。今まで紹介してきたガウディの作品とは少し違う感じがしますね。それについて堀田善衛は「スペイン断章」(p59~60)で以下のように酷評しています。
「****注文主の大度量があって、このカタルーニャの建築家は、ほとんど思う充分のことが出来た。それはむしろ例外なのである。建築家といえども、注文主なしには仕事は出来ないのであってみれば、そこに妥協ということがつねにつきまとう筈である。****ほとんど正方形の5階建ての建物の、四隅の尖塔を除いては、ガウディらしさみたいのものはあまり見られないのである。****私はそのほとんど保守的な建物を眺めながら、芸術家と金、あるいは注文主というものとの、生臭い弁証法ついて考えていて、しまいにはその建物の石が生臭く匂いを発しているのかにさえ思ったものであった」
トリヴィア
86歳になりました。地獄の閻魔さんが久しぶりに登場「まだかよ。早くこちらに来いよ!待ちくたびれたよ!」私「ごめんなさい。間もなくです。ところでわたくしの極楽移籍の件は忘れてはいないでしょうね」 閻魔さん「もちろんだよ。約束を破って舌を抜かれ地獄に落ちた先代の閻魔とは違うよ。ところでお前の約束、世界中を旅行して手に入れたブログにも書けない極秘のニュースを俺に教えるという約束を忘れてはいないだろうね」私「もちろん。舌を抜かれたくないから」(cf 枝雀の『地獄八景亡者戯』)
カサ・ミラはバルセロナのグラシア通りにある建築物でガウディが54歳の時に設計し1906年から1910年にかけて実業家のペレ・ミラとその妻ルゼー・セギモンの邸宅として建設されました。1984年にユネスコの世界遺産に登録されました。この建築物は通常の建築物というよりむしろ彫刻であると見做すことができる。実用性に欠けるという批判もあるが、圧倒的な芸術性を持つことは否定できない。皮肉にも建設当時のバルセロナ市民はカサ・ミラを醜悪な建物と考え、「石切場(ラ・ペドレラ)」というニックネームをつけたが、今日ではバルセロナを代表する歴史的建造物となっている(ウイキペディアより)
最上階にガウディに関する展示室があり見学の予定でしたが入場者制限があり写真でわかるとおり多人数が待機していたので時間の関係上スルーしました。残念!
最後の一枚。
トリヴィア
北欧のフィヨルド観光船で観光していた時の話です。同乗者にスペイン人がいました。そこでわたくしはガウディの国ですねと挨拶をしました。すると少し首をかしげてから、わたくしのガウディというフラットな発音を訂正してガウディと「ディ」にアクセントがあることを教えてくれました。ついでにもひとつ。スウェーデンで同じく「ノーベル」とフラットな発音をして「ノーベル」と「ベ」にアクセントがあることを教えてくれた人がいました。