11月3日は明治村に移築保存された帝国ホテルを見るため犬山へ行きました。小学5年の時数人の友達と岐阜市から犬山までサイクリングした記憶(おぼろげに)があります。遠かったことは覚えてますが、電車で40分結構な距離です。本当にこんなに遠くまで来たんだろうか、もしかしたら途中で引き返したのかな。(思い出せません)
朝9時にホテルを出て、名鉄で犬山へ、バスで20分、着いたのは10時半、帰りの17時の便には14時半のバス乗らなければ間に合いません。明治村は1丁目から5丁目の区分の中に60以上の建物があり、その内10棟は重要文化財です。一つ一つ見応えがあり、文化の日なので人出も多く、幾つかの建物でオカリナの演奏会も催されていました。一棟づつじっくり見ていたら、残り1時間しか無いのに気付き、その時点ではやっと半分見終えたところ、帝国ホテル(一番奥)にはまだ遠く、仕方なくそこから途中の建物は無視して走りました。
どうにか30分程は見る時間が取れました。旧帝国ホテルの建物(フランクロイドライト設計)は建築設計者にとって大切な建物だと思います。ロサンゼルスに在るバーンズ邸と同時期の古代インカやマヤの影響を感じるデザインですが、シカゴのオークパークの住宅群と共通するプレリースタイルとも融合しているようで、空間的にも大谷石の細部のディテールが魅力的で、そのデザインの多彩さにフランクロイドライトは建築の天才だと改めて感じました。裏は廻ると切り取られたままの張りぼて状態、これにはガッカリしました。どうして全体を残せなかったのかと非常に残念に思いました。使われている状態で見たかったと思うのですが、1967年に解体されたのでその時はまだ15才で建築の「け」の字も知らず、生まれるのが少し遅かった訳です。(早く生まれても、建築設計を生業にしていたかは分かりませんが)
実は時間が足りなくなった原因は荒木又右衛門邸(武田吾一設計)に惹きつけられ、内部見学ツアーに参加したためです。少し複雑な外観ですがとてもバランスが良く魅力的でした。(東から見た時はあまり気にならなかったのですが、南側からの外観にハッとするような魅力を感じました)荒木又右衛門は大実業家で長者番付に岩崎弥太郎などと並んで載っていたとの事、武田吾一が外国から帰国後設計依頼され、芦屋に別荘として建てたものです。阪神淡路大震災の時一部被害を受け、明治村に移築、ボランティアの人たちが協力して復元したとの事です。復元したいと思う建物だと思いました。
機会があれば見残した建物たちと帝国ホテルと荒木又右衛門邸にまた会いたいと思いながら、また5丁目から1丁目まで走りました。(いつも旅先でよく歩き、よく走っています)