風 雑記

建築とその周辺で感じたこと、思ったこと

登録有形文化財 パウラス記念資料館 保存改修

2012-10-21 14:37:34 | インポート

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8、9月の二ヶ月掛けてパウラス記念資料館の実測調査と保存改修を行いました。1927年(昭和2年)に完成、築85年、1919年にアメリカから宣教師のモード・パウラス女史が来熊され、神水1丁目の一万坪の敷地に身寄りの無い子供や老人、婦人を保護されてこられた福祉施設です。現在園内には乳児ホーム、児童福祉施設5棟、特別養護老人ホーム、養護老人ホーム、ケアハウスなど沢山の福祉施設があり、乳児からお年寄りまで一緒に生活しています。

児童福祉施設(子供ホーム)は一つのホームに寮母さんが住込み3才から18才までの男女18人家族のようにして生活をします。この様なスタイルは慈愛園から始まり、児童福祉のモデルとして高い評価を受けています。(ホームと言う呼び方も慈愛園から始まりました)

デザインは腰折れ屋根のコロニアルスタイルで自伝には福岡の辻組に施工を頼まれたとあり、青焼きの設計図も残っていますが設計者の記載はありません。当時の建築の流れとデザインを考えていくとヴォーリズ建築に関連する建物だと思われます。当時熊本では九州学院礼拝堂(ウィルアム・メリル・ヴォーリズ)1925年(大正14年)、九州女学院本館(H・ボーゲル-元ヴォーリズ事務所スタッフ)1926年(昭和元年)が建設され、ほとんど時期が重なり、パウラス女史は九州女学院の理事もされていたので接触はあったと思いますが、設計に関する記録はありませんでした。

一昨年から、ヴォーリズ事務所の方やヴォーリズ建築の多くの著書を出されている大阪芸大の山形先生にも資料、図面を見て頂いたのですが、辻組の設計(辻組はボーリズ関係の施工を手掛けていて、東京駿河台にあるYWCAなども施工)と言えるとの事でした。確かに八代にも辻組施工の教会もあり、当時ヴォーリズ建築との関係のある人たちによって建てられた洋風建築は全国に幾つも存在するようです。

屋根の天然スレートは20年前に改修され、実物は残ってなく残念でしたが、葺き替えられたコロニアルを再塗装し、外壁は古い壁が残っていましたので、以前塗装された壁は古い壁の色に近づけ、新しく改修した壁は昔のドイツ壁の工法(モルタルを先端を割った竹で弾いて壁に付ける)で行いました。外部は全て木製窓で実測し全て作り直し、既設の建具は保管しました。網戸は跳ね上げ式になっていて、2階の一部中折れ式になっている箇所があり、なぜだろうと思っていましたら、そこには窓の外に木製のプランター(数箇所は無くなっていました)があり、中折れ網戸でないとプランターの鉢花に当たります。また折れた状態で固定すると手入れや水遣りが出来るようになっていて良く考えてあります。各部屋には窓が多く、健康に大切な日差しと通風、換気に気を配られていたことが良く分かります

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1階リビング 化粧梁、暖炉、埋込棚      キッチンの食器戸棚、中央の奥にハッチ         

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  バスルーム左奥にあるのが桧の浴槽        2階は引込戸で二間続きになります。

今回実測し図面を起こしてみるとこの時代の洋風建築(アメリカコロニアルスタイル?)の細部まで無駄なく使う合理主義の精神が行き届いていて本当に感心しました。構造は在来軸組工法で寸法は尺寸が使われています。

1階中央に暖炉があり、同じ位置の2階にも暖炉(ベッドルーム2室にそれぞれ)があります。暖炉の中には配管が埋め込まれていて、暖炉で温められた温水を貯めて循環していたのか、裏に大きな貯湯ボンベのようなタンクがあります。また階段ホールには夏用の床下空気を取入れる開口(鉄格子付)など、冬、夏両方に工夫が見られます。

一番感心するのは収納です。部屋の隅のコーナー利用した三角形の収納が多く、腰折れ屋根の斜め部分は全て収納に使ってあります。2階収納には棚を利用した階段があり、屋根裏に登れるようになっています。巾木を利用した引き出し、収納腰掛、ダイニングにある鏡を倒すとキッチンからの配膳棚が収納してあり、どれも丁寧に造られています。

浴室は桧造りの楕円の浴槽が残っていて、パウラス女史が日本の桧風呂を大変気に入っておられたと聞きました。

今回の保存改修は建築設計者として大変に勉強になりました。当時考え得る機能や夏対策、冬対策、そして全ての空間をを無駄なく使おうとする施工者とパウラス女史が込めた思いは現代でも色あせていません、むしろ新鮮ささえ感じました。建築が残っていくことの大切さは建築技術やグレードの高さだけでなく、当時の知恵や工夫もとても大切だと教えてもらいました。この保存改修に関われた事を有り難く思っています。