天地を 照らす日月の 極みなく あるべきものを 何をか思はむ 

わびぬれば 今はたおなじ 難波なる みをつくしても あはむとぞ思う

新たな始まりを求めて ~カイロ演説より

2009年06月04日 | オバマ
 私は、皆さんの温かい歓迎、そしてエジプト国民の皆さんの温かい歓迎に感謝します。また私は、米国民の親善の気持ちと、米国内のイスラム社会からの平和を祈るあいさつの言葉をお伝えすることを誇りに思います。アッサラーム・アライクム―あなた方の上に平和がありますように。(Applause.)
 私たちは、世界各地で米国とイスラム教徒の間の緊張関係が大いに高まっている時期に、ここに集まっています。この緊張関係は、現在のいかなる政治論争をも超えた、歴史的理由に根差すものです。イスラムと西洋の関係には、何世紀にもわたる共存と協力の歴史がありますが、対立と宗教戦争の歴史もあります。

 私たちの関係が、両者の相違点によって定義されている限り、私たちは、平和ではなく憎しみの種をまく人々、私たち全員が正義と繁栄を実現するために役立つ協力より、対立を推進する人々に力を与えることになります。このような疑惑と不和のサイクルを断ち切らなければなりません。
 私は、米国と、世界中のイスラム教徒の間の新たな始まりを求めて、ここカイロへやってきました。それは、相互の利益と尊敬に基づき、米国とイスラムは相いれないものでも、競合するものでもないという真実に基づく新たな始まりです。米国とイスラムは、重なり合うものであり、正義と前進、寛容と全人類の尊厳という原則を共有しています。
 しかし、変化が一夜にして起きるものではないことは、私も認識しています。この演説が大きな話題となっていることは承知していますが、長年の不信を1回の演説で払拭することはできません。また、本日与えられた時間の中で、私たちを現在の状況に至らしめた複雑な問題にすべて答えることもできません。しかし、前進するためには、私たちが心の中に秘めている、あまり公に口にすることがない本音を、お互いに率直に語らなければならない、と私は確信しています。お互いに耳を傾け、相手から学び、お互いに尊重し合い、合意点を探す努力を続けなければなりません。コーランは、「神を意識し、常に真実を語れ」と教えています。私も今日、そのように努力するつもりです。(Applause.) 私たちの目の前の課題を謙虚に受け止め、私たちが人類として共有する利害は、私たちを分断する力よりはるかに強いという確信を持って、私はできる限り真実を語るつもりです。

 私のこうした確信は、ひとつには私自身の体験に根差しています。私は、イスラム教発祥の地であるこの地域に来る前に、3つの大陸におけるイスラム教というものを知っていました。こうした経験から、私は、米国とイスラムとのパートナーシップは、イスラムに対する誤った観念ではなく、イスラムの実態に基づくべきである、と確信しています。そして、イスラムに対する否定的な固定観念が発生したならば必ずそれと戦うことを、米国大統領としての責務のひとつと考えています。(Applause.)
 しかし、その原則は、イスラム教徒の米国に対する認識にも適用されなければなりません。(Applause.)イスラム教徒に大ざっぱな固定観念を当てはめることができないように、米国にも、利己的な帝国という大ざっぱな固定観念を当てはめることはできません。米国は、世界有数の進歩の源となってきました。米国は、帝国に対する革命から生まれました。すべての人間は平等につくられているという理想の上に建てられた国であり、何世紀にもわたり、米国内で、また世界各地で、この言葉に意味を持たせるために、血を流して努力してきました。私たちは、あらゆる文化によって形成され、地球の隅々から集まり、ひとつの簡潔な概念、すなわち「エ・プルリブス・ウヌム(おおぜいの中のひとり)」という概念のために尽くしています。
 従ってここではっきり申し上げます。イスラムは米国の一部です。そして、米国では事実として、人種、宗教、あるいは身分にかかわらず、誰もが皆、平和で安全に暮らすこと、教育を受け尊厳を持って仕事をすること、私たちの家族と地域社会と神を愛すること、という共通の願望を持っている、と私は信じています。こうした願望を、私たちは共有しています。これは、全人類の希望です。

 言うまでもなく、共通の人間性を認識することは、私たちのやるべきことの始まりにすぎません。言葉だけでは、国民の要求に応えることはできません。そして、こうした要求に応えるには、今後何年かにわたり大胆に行動する、そして私たちが共通の課題に直面しており、その課題に対処しなければ私たちの誰もが悪影響を受けることを理解するしかありません。
 というのも、私たちは最近の体験から、ある国の金融制度が弱まれば、世界中の繁栄が妨げられることを学びました。1人の人間が新型インフルエンザに感染すれば、すべての人間が感染の危険にさらされます。ひとつの国家が核兵器を追求すれば、すべての国家にとって核攻撃の危険が高まります。暴力的な過激派が山脈の一角で活動すれば、海を越えた場所に住む人々にも危険が及びます。ボスニアやダルフールで罪のない人々が殺りくされれば、それは私たち全員の良心の汚点となります。(Applause.)それが、21世紀においてこの世界を共有するということです。それが、人間として私たちが相互に持つ責任です。

 そしてそれは、受け入れることが難しい責任です。なぜなら、人類の歴史は往々にして、国家や部族、そして宗教が、自らの利益を追求するために相手を従属させてきた記録であるからです。しかし、この新しい時代において、こうした姿勢は自滅的です。皆が相互に依存していることを考えると、ひとつの国家またはひとつの集団を他より上位に置く世界秩序は、必ず失敗します。従って、過去をどう評価するかにかかわらず、私たちは過去にとらわれてはなりません。問題にはパートナーシップによって対処し、進歩を共有しなければなりません。(Applause.)
 しかしそれは、私たちが緊張の原因を無視すべきだということではありません。むしろその逆で、私たちは緊張に正面から対処しなければなりません。そこで、そうした考え方に基づき、私たちが今、共に直面すべきいくつかの具体的な課題について、できる限り明確かつ簡潔にお話ししたいと思います。

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