とんねるず主義+

クラシック喜劇研究家/バディ映画愛好家/ライターの いいをじゅんこのブログ 

タナカヒロシのすべて

2007年02月05日 20時22分57秒 | 日本的電影
『タナカヒロシのすべて』
(All About Hiroshi Tanaka 田中誠監督 2004 日本)


タナカマコトのすべて。(すいません監督、ついがまんできなくて…)

田中誠監督最新作『おばちゃんチップス』が、現在公開中です。
公式サイトは→http://obachan-chips.com/

<あらすじ>
田中宏(鳥肌実)、32才。独身。千葉県在住。かつら工場の経理課勤務。両親とネコと同居。恋人なし。趣味なし。同僚とのつきあいはせず、帰り道にいつも通るたこやき屋でたこやきを買ったりもしない(でも脅されたら買う)。叔父が紹介してくれた見合いもすっぽかす。なんとなく流れていく日常。そしてある日とつぜん、父死す・・・


何度観かえしても、すばらしい。ほんとうに。
この作品で、わたしは鳥肌実と、そして田中誠監督にゾッコンイカレちまいました・・・!

どこがどう好きかって?・・・それは、何とも説明がむずかしい。

田中監督の作品全体からにじみだしてくる、手ざわりというか、静けさ、やさしさ、哀しみ、気品・・・「にじみだす」としか言い様のない何かが、わたしの心のふかーーいところにまで届いて、じんわりと広がっていく・・・そんな感じなんです。

伝わるかなあ・・・

「シュールに淡々とすすんでいく映画」とか「ありえない不幸が次々とタナカヒロシをおそう」などとよく作品紹介にあるのですが、それ、微妙にちがう、と思う。

タナカヒロシが経験することは、シュールでも、ありえなくもない。誰もが経験しうる、いやすでに経験しつつあることなんです。シュールなんかじゃない、まぎれもなくシビアな現実です。

特に、30、40才代の人にとっては、彼がおかれた状況は他人事ではないはずです。少なくともわたしは、彼に感情移入せずにはいられません。彼に共感し、同情し、ともに泣き、笑いました。

世間知らずの、いつまでも大人になりきれない三十男。彼が結婚をしたがらないのも、それが<大人>になることを意味し、<浮き世>に出ていかねばならないからでしょう。

誰にも心を閉じて生きるタナカヒロシ。しかし、<家族>は消滅し、<世間>はいやおうなく彼に迫ってくる。

きっと彼は、自分が<孤独>であることにすら気づいていない。いや、<孤独>であってかまわないとすら思っている。その方が気楽だし、そのままの道を選ぶことも、彼にはできたでしょう。

出張ヘルス嬢が「あなたには人を愛する資格はないんじゃないか」と言うのは、これ以上ないくらいに核心をついている(この場面がまたいいんですよ、すごく…)。タナカヒロシは、ただ孤独であるだけでなく、誰をも何をも愛する力がないのです。

でも、いろんなことが、小さなさざなみのようにすこしずつ、彼の心を変えていく。彼に唯一のこされた<家族>の、ネコのミヤコを失いそうになったとき、はじめて彼は自分がどうしようもなく<孤独>だと悟る。

彼が、小さなミヤコを想ってはじめて必死になる場面が、わたしはたまらなく好きです。何度観ても泣いてしまう。そりゃもちろん、相手はネコにすぎない。でも、この時はじめてタナカヒロシは、<愛>を求めて自分からあゆみよったのです。

ラストシーンは、夏目漱石の『それから』を思い出させます。『それから』の主人公・代助も、いつまでも父の財力にたよって世間に出ようとせず、心を閉じて生きている。代助もタナカヒロシも、ともに厭世的な青年です。

歴史学者の阿部謹也氏は、『世間とは何か』(講談社現代新書 1995)の中で『それから』について、
「彼(代助)も「世間」に対して距離を取っており、自らその中に飛び込もうとはしない。しかしこの小説においてはむしろ「世間」の方から彼に迫ってくるという形になっている」
と、書いています。

阿部氏にとって<世間>とは、日本独特の人間関係のありかたのことです。<世間>との距離をどうとればいいのかがわからないところに、日本人の存在論的な苦悩の根源があるのだ、と言っている。

タナカヒロシと<世間>との関わりは、「捺印」という行為で示されます。家を買う、入院する、契約する・・・印をつくたびに彼は世間とのあつれきを感じる。タナカヒロシをとりまく<世間>は、代助の<世間>ほど苛酷には見えないかもしれない。そもそも『タナカヒロシのすべて』はコメディだから、『それから』とは向かうベクトルが違っている。けれども、それぞれの主人公の苦悩はおなじであると、わたしは思います。

それはすなわち、日本人の苦悩なのです。

もうひとつ、田中誠作品を好きな理由は、その上品さです。

画がしっとりと美しく、構図がキッチュで、でも自然で・・・松本ヨシユキによる撮影は気品にあふれている(なぜか張藝謀の映画をほうふつとさせるんだよなあ)。

なおかつ、脚本も、ギャグも、演出も、とにかく品がある。「品」は、むずかしいですよ。最近の日本映画の多くが失ってしまった美点を、田中誠監督は確かにもっています。

最後に、役者についてふれておきましょう。母親役の加賀まりこ、すばらしいです。浮遊感があるのに、キャラクターが立ってる。さらに、『おばちゃんチップス』にも出演している伊武雅刀の怪演!「俳句とテルミンの会」の先生は、この人しかいない(笑)。ちなみにテルミンが日本映画に登場したのは、これがはじめてなんだそうです。

小島聖、寺島進の使い方も、うまい!その他、昭和のいる・こいる師匠、島田珠代をはじめ東西の芸人のカメオ出演もイカしてます。

そして音楽。ムーンライダースの白井良明が手がけた音楽も、最高なんです!日吉ミミさんが歌う「蘇州夜曲」、クレイジーケンバンドの「シャリマール」、いいんだなあ・・・。やっぱサントラ買おうっと。

抱きしめたくなる男No.1の鳥肌実、そして田中誠ワールドを、どうぞ体験してください♪
『おばちゃんチップス』も、もいっかい観にいくぞーっと!

<ヒロシと母の会話より>
母「あんた、いい人いないの?」
ヒロシ「いないって」
母「探さないから、いないのよ。こんだけ広い世界に、あんたのこと思ってくれる人、いないわきゃないんだから」


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