とんねるず主義+

クラシック喜劇研究家/バディ映画愛好家/ライターの いいをじゅんこのブログ 

陰陽師

2006年04月29日 13時51分57秒 | 日本的電影
『陰陽師』(滝田洋二郎監督 2001 日本)


先に続編をレビューして、順序が逆になってしまいましたが。
萬斎ブームに湧いているファイアー家では、ここ数日ずっと『陰陽師1、2』の映像が垂れ流されっぱなしです。

**ネタばれあり。

<あらすじ>
時は平安。鬼や魑魅魍魎が跋扈する世界。左大臣の娘が帝(岸辺一徳)の側室となり、身ごもる。陰陽神・道尊(真田広之)は、その子こそが未来の帝となると予言。先に娘(夏川結衣)を入内させていた右大臣(柄本明)は、左大臣への強い恨みをつのらせる。
宮中には、もう一人評判の陰陽師・安倍晴明(野村萬斎)がいた。狐を母に持つと噂され、敬意と畏怖の目で見られる晴明は、一匹狼。殿上人で笛の名手、おひとよしで純粋な源博雅(伊藤英明)と知り合い、友情を深めていく。そんな折、左大臣女の生んだ男児に「呪(しゅ)」がとり憑いて・・・


いきなりですが批判点。

その壱:
『2』にくらべて「まったり」しているように思えます。
ヤマがなくて、どのシーンも平板な感じ。で、長過ぎる。
たとえば、右大臣の娘(夏川結衣)が生霊となって帝の前にあらわれるシーンがあります。それ自体はいいんだけども、もっと省略できたはずと思う。その方がインパクトあっただろうし。

夏川結衣さんは好きな女優さんです。すごい熱演でした。八つ墓村よろしく、頭にろうそく立てたりして。
で、騙されたとわかった彼女が般若に変じる場面があって、特殊メイクで角と牙を顔にくっつけてるんだけど・・・なんか、ヘン(笑)。いっそのこと、能の般若の面をつけさせちゃうとか、そのくらいラディカルにやっても良かったんじゃないかなあ。こういう所が、「安っぽい」と評されてしまう由縁なのかも。

その弐:
ストーリーがわたしには非常にわかりにくかったです。
結局、サワラ親王(萩原聖人)という昔の人の恨みが、道尊(真田広之)に乗り移って「呪」となるわけなんだけど、この道尊がそもそも誰なのかが、2回観てもまだわからない。

また、サワラ親王さんが恨みを持つに至る経過も、全然描かれてないから、動機づけがはっきりしてない。青音(小泉今日子)という巫女との恋愛も中途半端。

とにかく、いろんなものをつっこみすぎて、全部中途半端になっちゃってる感じ。

ああそれなのに、それなのに!
『2』よりも『1』の方が、何度も観ても飽きない!ああ、この摩訶不思議。

その壱:
萬斎さま扮する晴明が、なんとなく『2』より初々しく感じます。『2』は妖艶過ぎかも(ってぜいたくなこと言ってるわたし)。まあ好みの問題でしょうが。

『1』の方が、"職人"的な雰囲気があって、あっさりしていていいかなーと。
いわば「すんごい色っぽいのに、自分でそれと気づいていない人」の色気が『1』にはあるのですよね。
萬斎さんが呪文をささやくと、まるで"言霊"になってふわふわ飛び出すよう・・・。

その弐:
映像的には『1』の方がきれいです(撮影は栢野直樹)。夜のシーンの、ろうそくの灯りの色とか、なんとなく絵巻風な画面構成とかが、風雅で良いなあと感じました。

その参:
ストーリーが、宮中のどろどろの権力争いっていかにも「呪」を生み出しそうで、結構好きなんですよね。それに、全体のプロットはともかく、ひとつひとつのセリフはとてもいい。脚本に参加した夢枕獏の、小説家の本能でしょうか。

たとえば、序盤の、晴明が瓜の呪を解くシークエンスなどは、すばらしいと思います。

博雅「呪とはなんだ?」
晴明「この世でいちばん短い呪は、"名"ということになりましょうか・・・呪とは、ものや心を縛ること。あなたさまは、源博雅という"名"で縛られております」

こんな哲学的なセリフをさらっと言わせるのが、いいですね。
また、そのすぐあとの、博雅と望月の君との会話も、最近の日本映画じゃなかなか聞けない、深い対話です。

その四:
それにしても、『2』の中井貴一さんもそうだけども、悪役の真田広之、実に楽しそう。どの役者さんも、とても気持ち良さそうに演じています。やっぱり基本的に役者というのは、コスチュームプレイが好きなのではないですかね。


結論:
スペクタクルこそ映画、娯楽こそ映画。
であるなら、やっぱり『陰陽師』のようなファンタジック時代劇は、もっと大切にされてしかるべきだと思います。しかもこのシリーズは、ハチャメチャなB級になる一歩手前で抑制してる、その世界観がちゃんと確立されているところが、いい。


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