日曜日、3月に亡くなった義叔父の召天者記念礼拝に行ってきました。
義叔父一家はクリスチャンです。
この1年間に亡くなった教会の信者の方達のための礼拝でした。
仏教で言えば1周忌みたいなの?(全然違うかもしれない、すみません)
長いすの並ぶ教会の中で、牧師さんが「あなたはもう泣かなくともよい」という「ルカによる福音書」からの言葉を解説して下さいました。
この牧師さんの言葉が、何だかとても胸にしみいるのでした。
キリスト教のことをよく知っている訳ではないけど、分かりやすい言葉で優しく丁寧に語りかけてくれて、残された家族や友は、きっと癒されると思いました。
そして何度か、オルガンに合わせて賛美歌を歌い、アーメンとお祈りをします。
心を込めて歌うみんなの歌声が教会内に響いて、天国の義叔父のところまで届くような気がしました。
さて、仏教での法事の場面を思ってみると、和尚さんのお経は意味が分からず、お焼香とかお供えとかあるけど、亡くなった人との距離が少し遠い気がします。
比べるもんじゃないかもしれないけど、牧師さんの言葉も賛美歌も意味がわかるから、より亡くなった人に思いを寄せやすいような。
そんなことをふと思いながら帰って来たのでした。
義叔父一家はクリスチャンです。
この1年間に亡くなった教会の信者の方達のための礼拝でした。
仏教で言えば1周忌みたいなの?(全然違うかもしれない、すみません)
長いすの並ぶ教会の中で、牧師さんが「あなたはもう泣かなくともよい」という「ルカによる福音書」からの言葉を解説して下さいました。
この牧師さんの言葉が、何だかとても胸にしみいるのでした。
キリスト教のことをよく知っている訳ではないけど、分かりやすい言葉で優しく丁寧に語りかけてくれて、残された家族や友は、きっと癒されると思いました。
そして何度か、オルガンに合わせて賛美歌を歌い、アーメンとお祈りをします。
心を込めて歌うみんなの歌声が教会内に響いて、天国の義叔父のところまで届くような気がしました。
さて、仏教での法事の場面を思ってみると、和尚さんのお経は意味が分からず、お焼香とかお供えとかあるけど、亡くなった人との距離が少し遠い気がします。
比べるもんじゃないかもしれないけど、牧師さんの言葉も賛美歌も意味がわかるから、より亡くなった人に思いを寄せやすいような。
そんなことをふと思いながら帰って来たのでした。