ある記憶

遥か遠くにいってしまった記憶たち

「座右の銘」ありますか・・・

2008-03-14 22:06:33 | 
「じぶん この やっかいなもの」

相田みつを氏の言葉の中で、一番これがぐ っとくる。

いいじゃあないか人間だもの。全部許す思想。人間の愚かさや悲しさ儚さ。
それゆえの肯定。みんな同じという同化の思想。諦観から生まれる明星。灯火。

多くの大衆の共感を生む。日本人のセンチメンタルに馴染む言葉を一杯発している。
僕も、やはり「しっとり」と、それに浸ってしまうのだが、
共感できる言葉は、これ。「じぶん この やっかいなもの」
これこそ、いろんなレトリックをとっぱらった、彼の真実の言葉に聞こえる。

というのも、今日、部下から、

『座右の銘は何ですか?』

と聞かれた。とっさの問いに、何か格好の良い言葉も浮かばず(実は“無い”のかも・・・)、とっさに答えたのが次の言葉。


   真実一路


嘘ではない。本当なのだ。真実。これが何か。僕は、こだわってきた。
答えはいまだ見つからない。一生見つからないかも知れない。
何かわからない正体不明なものに僕は、あえて“一路”と言うのである。

目暗めっぽう、そんな曖昧な代物に向かって、一途に進む。
だから右往左往ばかりしている人生。

だから僕は、「じぶん この やっかいなもの」と感じるのだろう。
この言葉に、何か親しみを感じてしまう。


真実とはなに?


愛、社会正義、唯物論、大宇宙、恋人、家族、相対性理論、芸術、死、
正直者、市場原理、イエスキリスト、SEX、「我思う故に我あり」・・・・


本能が真実なら、本能の赴くままに、誰とでもSEXを望む。
あなたと、君と、友人の妻と、会社の部下と、すれ違った可愛い娘と。
無頼を気取り、虚無の隘路に落ち込んだ時は、そんな気持ちにもなるが、
それは違うと、どこかでわかっている。それだからこそのダダイズム。
しかし結局、そうした虚無と自棄からは、何も生まれないことを知ってきた。
愛があってこそのものだね。

すると真実は、「愛」か。よくわからない。

ひとつだけ言えること。

  屁理屈に真実は無い。


けれど、その「屁理屈」の世界に生きている自分が悲しい。

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