デンマンのブログ

デンマンが徒然につづったブログ

ホタルの墓

2023-06-28 02:29:48 | 映画・芸能界

 

ホタルの墓

 


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デンマンさん、どういうわけで ホタルの墓 を取り上げたのですか?


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いけませんか?

構いませんけれど、まだホタルの季節ではないでしょう?! それに、ホタルのお墓なんてぇ、何だか縁起でもないですわァ〜。。。

あのねぇ〜、現実の ホタルの墓 ではないのですよ。。。ちょっと次のリストを見てください。。。

 


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『拡大する』

『Fireflies』


 



これはアメブロの僕のブログ『バークレーの書きたい放題!』の記事についた「いいねリスト」なのです。。。赤枠で囲んだ箇所に注目してください。。。



デンマンさんが6月23日に投稿した Fireflies に“いいね”が2つ付いてますわねぇ〜。。。これが注目に値することなのですかァ〜?

あのねぇ〜、これは僕が英語で書いた記事なのですよ。。。

 


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『Fireflies』


 



つまり、デンマンさんが投稿した英語の記事を読んで二人のアメブロ会員が“いいね”を付けたことは、注目に値するというのですかァ〜?



そうですよ。。。

 


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『拡大する』

『Fireflies』


 



僕は、アメブロ会員は誰も読まないと思っていたのですよ。。。



誰も読まないと思っていたのに、どういうわけで英語の記事を投稿したのですか?

あのねぇ〜、僕がネットを始めた頃は日本語が使えなかった。。。バンクーバーで英語のパソコンと、英語のキーボードを買って、英語のソフトウェアを使っていたわけです。。。すべて記事は英語で書いていたのですよ。。。当時はブログもなかった。。。だから、英語だけの「ホームページ」と言われたサービスを使っていたのです。。。

デンマンさんのパソコンでは日本語は全く使えなかったのですか?

そうです。。。5年ほど経って、英語のキーボードを使って日本語が使える入力システムが使えるようになってから、日本語で記事を書くようになったのです。。。

つまり、デンマンさんがネットを始めた頃は英語だけの記事を書いていたのですねぇ〜?

そうです。。。だから、今でも時々英語の記事を書くわけです。。。英単語を忘れないためにも。。。とにかく、僕は現在カナダで暮らしてますからねぇ〜。。。日本語はこの2年間全く話してません。。。普段、ジューンさんとも英語で話してますからねぇ〜。。。それで、日本語を忘れないためにも、こうして日本語の記事を書いているわけですよ。。。

要するに、物忘れが激しくなったので、英語も日本語も忘れないようにバイリンガルで記事を書いているのですねぇ〜。。。うふふふふふ。。。

あのねぇ〜、ジューンさんが思うほど僕は物忘れが激しくないですよ。。。年寄扱いしないでくださいねぇ〜。。。

分かりましたわァ。。。でも、アメブロ会員の中にもアメリカに留学したり、イギリスで3年ぐらい暮らした経験のある人もいると思いますわァ。。。だから、デンマンさんが投稿した英語の記事を読んで二人のアメブロ会員が“いいね”を付けたとしても驚くことはないと思いますわァ〜。。。日本人も国際化していると思います。。。

でもねぇ〜、僕は伊藤浩士先生のブログや、MoGaさんのブログ、櫻井証さんのブログをほぼ毎日読んでいるのです。。。なぜなら、現実君や、神武君がコメントを書き込むことがありますからね。。。それで、記事やコメントを読んでいると、海外生活経験のある人は全く居ませんねぇ〜。。。だから、海外経験があって、多くの外人と話したことがある人は誰も居ません。。。記事やコメントを読めば、そういうことはすぐに分かります。。。要するに、残念だけれど、国際化と言われて久しいけれど、庶民で、マジで国際化している人はまれです。。。

そういう結論を出してしまうのは早計だと思いますわ。。。海外生活経験や留学経験のある人が立ち上げたブログを見れば、やはり国際化している人が書いたと思える記事に出くわすことがありますわ。。。たまたまデンマンさんが読む記事やコメントが、国際化していない人達が書いたものだということですわ。。。でも、その人達だって、自分は国際化していると思っているはずです。。。なぜなら、海外生活経験や留学経験がないとしても、テレビや映画で海外のことは知っているつもりなんですから。。。

そうです。。。そうです。。。僕も、かつて、そういう人とコメントのやり取りをしたことがあります。。。でもね、「畳の上の水練」ですよ。。。畳の上でいくら泳ぎの練習をしても 絶対に泳げるようにはなりません。。。それと同じです。。。テレビや映画で海外のことを知ったつもりになっても、海外で暮らしたことにも、外人と話したことにもなりませんからね。。。あくまでも「非現実、架空の海外」を見ているだけです。。。

でも、そういう人たちも、自分は国際化していると思っているものですわ。。。

だから、それが大きな間違いなのですよ。。。それで、いつまでたっても、「ネトウヨ」だとか、「ネット左翼」だとか、「左巻き」だとか、そういうプロトタイプで物を考えることしかできない!

国際化したデンマンさんは違うのですかァ〜?

国際化するということは、そういう型にハマった考えをしないということですよ。。。さまざまな人と出会い、様々な出来事や考え方に出会ってますからねぇ〜。。。型にはまった考え方はできません。。。

その事が言いたくてこの記事を書き始めたのですか?

いや。。。そうじゃありません。。。アメブロの二人の会員が、なぜ僕の英語の記事に“いいね”を付けたのか? おそらく、この二人は日本で『火垂るの墓』のアニメか実写映画を観たに違いないと思ったのです。。。

 



火垂るの墓

 


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『火垂るの墓』(ほたるのはか)は、野坂昭如の短編小説で、野坂自身の戦争体験を題材とした作品である。
兵庫県神戸市と西宮市近郊を舞台に、戦火の下、親を亡くした14歳の兄と4歳の妹が終戦前後の混乱の中を必死で生き抜こうとするが、その思いも叶わずに栄養失調で悲劇的な死を迎えていく姿を描いた物語。

愛情と無情が交錯する中、蛍のように儚く消えた2つの命の悲しみと鎮魂を、独特の文体と世界観で表現している。

『火垂るの墓』を原作とした同名タイトルの映画(アニメーション、実写)、漫画、テレビドラマ、合唱組曲などの翻案作品も作られている。

特にアニメーション映画は、戦災孤児が直面する厳しい現実を一切の妥協なしに描いたことから、戦争の酷さを後世に伝える作品として高く評価された

併せて、この映画で小道具として登場したサクマ式ドロップスも人気を博した。
日本では他にもテレビドラマ化,実写映画化が行われた。
イギリスでは実写映画化が予定され、撮影は2014年から行われるはずだったが、結局、実現しなかった。

 

作品背景

『火垂るの墓』のベースとなった戦時下での妹との死別という主題は、野坂昭如の実体験や情念が色濃く反映された半ば自伝的な要素を含んでおり、1945年(昭和20年)6月5日の神戸大空襲により自宅を失い、家族が大火傷で亡くなったことや、焼け跡から食料を掘り出して西宮まで運んだこと、美しい蛍の思い出、1941年(昭和16年)12月8日の開戦の朝に学校の鉄棒で46回の前回り記録を作ったことなど、少年時代の野坂の経験に基づくものである

野坂は幼児期に生母と死別したのち、神戸で貿易商を営んでいた叔母夫婦の養子となったが、前述の神戸大空襲で住んでいた家は全焼。

当時14歳だった野坂は1歳の義妹とともに西宮市満池谷町の親類宅に身を寄せたり、あるいはその近くのニテコ池の南側に広がる谷間に10カ所ほどあった防空壕で過ごすなどの経験を実際にしている。

ただし、「空襲で父母をなくした」は脚色であり、養父は実際に空襲で行方不明となっていたが、養母は大怪我をしながら生きており、元から一緒に暮らしていた養祖母も健在だった。

野坂は戦中から戦後にかけて2人の妹(野坂自身も妹も養子であったため、血の繋がりはない)を相次いで亡くしており、死んだ妹を自ら荼毘に付したことがあるのも事実である。

しかし西宮の親戚の家に滞在していた当時の野坂は、その家の2歳年上の美しい娘(三女・京子)に夢中であり、幼い妹・恵子(物語とは異なりまだ1歳6カ月で、8月22日に疎開先の福井県で亡くなった)のことなどあまり気にかけることなく、中学生らしい淡い初恋に心をときめかせていたという。

食糧事情は悪かったものの、小説のようなひどい扱いは実際には受けておらず、家を出て防空壕で生活したという事実はない。

野坂は、まだ生活に余裕があった時期に病気で亡くなった上の妹には、兄としてそれなりの愛情を注いでいたものの、家や家族を失い、自分が面倒を見なくてはならなくなった下の妹のことはどちらかといえば疎ましく感じていたことを認めており、泣き止ませるために頭を叩いて脳震盪を起こさせたこともあったという。

西宮から福井に移り、さらに食糧事情が厳しくなってからはろくに食べ物も与えず、その結果として、やせ衰えて骨と皮だけになった妹は誰にも看取られることなく餓死している。

こうした事情から、かつては自分もそうであった妹思いのよき兄を主人公に設定し、平和だった時代の上の妹との思い出を交えながら、下の妹・恵子へのせめてもの贖罪と鎮魂の思いを込めて、野坂は『火垂るの墓』を書いた。

「節子」という名は野坂の亡くなった養母の実名であり、小学校1年生の時に一目ぼれした初恋の同級生の女の子の名前でもあった。
「恵子」という名前を、『エロ事師たち』の主人公の義娘の名前に付けたのは、妹への思いがあったからだという。

 

あらすじ

1945年(昭和20年)9月21日、清太は省線(現在のJR神戸線)三ノ宮駅構内で、14歳の若さで衰弱死した。
清太の所持品は錆びたドロップ缶。

その中にはわずか4歳で衰弱死した妹・節子の小さな骨片が入っていた。
駅員がドロップ缶を見つけ、無造作に草むらへ放り投げていった。

地面に落ちた缶からこぼれ落ちた遺骨のまわりに蛍がひとしきり飛び交い、やがて静まる。

太平洋戦争末期、兵庫県武庫郡御影町(現在の神戸市東灘区[注釈 2])に住んでいた清太とその妹・節子は6月5日の神戸大空襲で母も家も失い、父の従兄弟の嫁で今は未亡人である兵庫県西宮市の親戚の家に身を寄せることになる。

最初のうちは順調だった共同生活も戦争が進むにつれて、2人を邪魔扱いする説教くさい叔母との諍いが絶えなくなっていった。

居心地が悪くなった清太は節子を連れて家を出ることを決心し、近くの満池谷町の貯水池のほとりにある防空壕の中で暮らし始めるが、配給は途切れがちになり、情報や近所付き合いもないために思うように食料が得られず、節子は徐々に栄養失調で弱っていった。

清太は畑から野菜を盗んだり、空襲で無人となった人家から火事場泥棒し、時には見つかり殴られた上に派出所に突き出されながらも飢えをしのいだ。

ある日、川辺で倒れている節子を発見した清太は、病院に連れていくも医者に「滋養を付けるしかない」と言われたため、銀行から貯金を下ろして食料の調達に走る最中に日本が降伏して戦争が終わったことを知った。

清太は日本が敗戦し、父の所属する連合艦隊も壊滅したと聞かされ、ショックを受けた。
戦後の物不足の中、清太はやっとの思いで入手した食べ物を節子に食べさせたが既に手遅れで、節子は終戦から7日後の8月22日に短い生涯を閉じた。

節子を荼毘に付した後、清太は防空壕を去った。
その後、清太も栄養失調に侵され、身寄りも無いため、三ノ宮駅に寝起きする戦災孤児の1人として野垂れ死に、死体は他の死亡した30人の死体と共に荼毘に付され、無縁仏として納骨堂へ収められた。

 

アニメ映画

 


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『火垂るの墓』(英題:Grave of the Fireflies)は、1988年に公開されたスタジオジブリ制作の日本のアニメーション映画で高畑勲監督の長編アニメーション映画第6作。
雑誌『オール讀物』に連載していた野坂昭如の同名小説(『火垂るの墓』)を原作とする。
キャッチコピーは「4歳と14歳で、生きようと思った」、「忘れものを、届けにきました」。同時上映は『となりのトトロ』。

ストーリーは概ね原作同様であるが、多少の差異がある。

清太の死が冒頭で描かれ、幽霊になった清太の「僕は死んだ」というナレーションから始まってカットバックしていき、神戸大空襲から清太が死地となる駅構内へ赴くまで原作の構成をほぼ忠実になぞっているが、後半部分の演出、特に節子の死のシーンの描写(原作では清太が池で泳いでいる間に死んでいる)や、冒頭で現代の三宮駅から過去の三宮駅に切り替わるところやラストで現代の神戸の街のシルエットに繋がる構成などはアニメオリジナルである。

幽霊となった清太が自分が死ぬまでの数カ月間を現代まで繰り返し見ていることやこれが心中物であるのが冒頭だけでわかるように緻密に計算されて描かれている。

また、登場人物の会話は関西出身の俳優や声優を起用したネイティヴな関西弁である。
「キイキ悪い(体調が悪い、病気の意)」、「(二本松の)ねき(脇、近くという意味)」などといった現在ではほとんど使われることがなくなった古い表現も、原作小説のままに使用されている。

ただし、いわゆる神戸弁ではなく、大阪弁に近い言い回しに統一されている点が異なる。

公開当時、日本のアニメーションはSFファンタジーが大人気で、本作は“文学を原作に戦時下の日本をリアルに描く”という極めて異端の企画だった。

本作のドキュメンタリーのような再現性は徹底した下調べの賜物であり、それまでのアニメーションではほとんど見られないものだった。

一般的にアニメーションは、短い秒数のカットで繋いでいくことが多いが、本作では1カットが30秒を超えるものがいくつかあり、特に節子が亡くなるカットは52秒にも及ぶ。

 

監督の意図

高畑勲は、本作品について「反戦アニメなどでは全くない、そのようなメッセージは一切含まれていない」と繰り返し述べた。

また、「本作は決して単なる反戦映画ではなく、お涙頂戴のかわいそうな戦争の犠牲者の物語でもなく、戦争の時代に生きた、ごく普通の子供がたどった悲劇の物語を描いた」とも語っていた。

「高畑勲・宮崎駿作品研究所」代表の叶精二によると、高畑は「この映画では戦争は止められない。映画で反戦を訴えるのであれば、“戦争を起こす前に何をすべきか”と観客に行動を促すことが必要だ」と言っていたという

高畑自身はこの映画を心中物として描いており「戦争の悲惨さを出すんだったらもっと激しくやらなければおかしいんじゃないか。」と述べている。

ただし、反戦アニメと受け取られたことについて、高畑は「やむを得ないだろう」としている

高畑は、「本作では兄妹が2人だけの閉じた家庭生活を築くことには成功するものの、周囲の人々との共生を拒絶して社会生活に失敗していく姿は現代を生きる人々にも通じるものである」と解説し、「特に高校生から20代の若い世代に共感してもらいたい」と語っている。

また、「当時は非常に抑圧的な、社会生活の中でも最低最悪の『全体主義』が是とされた時代。
清太はそんな全体主義の時代に抗い、節子と2人きりの『純粋な家族』を築こうとするが、そんなことが可能か、可能でないから清太は節子を死なせてしまう。

しかし私たちにそれを批判できるでしょうか。
我々現代人が心情的に清太に共感しやすいのは時代が逆転したせいなんです。
いつかまた時代が再逆転したら、あの未亡人(親戚の叔母さん)以上に清太を糾弾する意見が大勢を占める時代が来るかもしれず、ぼくはおそろしい気がします」と述べている。

美術監督の山本二三はある時、高畑に「家の中の柱の角が擦れて丸くなっている様子など、生活の感じを細部に描きたい」と提案したことがあった。
しかし高畑は、厳しい口調で「この映画にヒューマニズムはありません」と却下した。

山本は後年、「戦時下の悲哀を描くにあたり、ここまで徹底して厳しく冷静な目線を持っていた人は高畑監督しかいません。
だからこそ『火垂るの墓』は、高い芸術性を持った作品になったのだと思います」と語っている。

本作の製作発表で、高畑は「この物語は戦時中だけの話ではなく、現代にも続く」ということを語っていた。
このため本作のラストでは、幽霊の清太と節子が丘の上から現代の神戸の夜景を眺めるシーンが描かれている。




出典: 「火垂るの墓」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


 



僕は、この映画を観て感動しました。。。黒澤明監督もこの映画を観て感動したそうです。。。間違って宮崎駿監督が作ったものだと思い、宮崎さんに手紙を書いて感動した事を伝えたそうですよ。。。



あらっ。。。そういうエピドードがあったのですか? 宮崎監督も返事を出すのに困ったでしょうねぇ〜。。。

大きな間違いですよ! 僕なら返事を出しませんよ。。。いくらなんでも、そういう勘違いをしてほしくないです。。。ジューンさんならば、どうします? 返事を書きますかァ〜?

私ならば返事を書きますわァ〜。。。「火垂るの墓は高畑監督が作ったものです。残念ながら私ではありません。どうかもう一度手紙を書いて高畑さんを励ましてください」

ジューンさんは親切なのですねぇ〜。。。僕は他人の欠点を先に見てしまい、ムカつくタチですよ。。。僕も、ジューンさんのような優しい気持ちになろうと思います。。。



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【卑弥子の独り言】


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ですってぇ~。。。

貴方は「火垂るの墓」を観ましたかァ〜。。。あたくしは、涙もろいので、涙を滝のように流してしまったのでござ〜♬〜ますわァ。。。

ええっ。。。? 「そんな事はどうでもいいから、もっと面白い話をしろ!」

あなたは、そのように あたくしに命令なさるのでござ~♪~ますかァ?

分かりましたわァ。。。 

では、時代劇の映画でも紹介しますわァ〜。。。

座頭市二段斬り の全編を見たい人は次のクリップを見てくださいまし。。。

 



 

映画を観る時間がない人は、ちょっと次の検索結果を見てくださいなァ。。。

 


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『拡大する』

『現時点での検索結果』

 

「卑弥子 ヴィーナスのえくぼ」と入れてGOOGLEで検索する殿方が多いのでござ~ますわァ。

つまり、あたくしの“ヴィーナスのえくぼ”を目当てにやって来るのですわよう。

うふふふふふふ。。。

あなたも、ビックリするでしょう?

ジムに毎日通って“ヴィーナスのえくぼ”をゲットしたのですわァ。

 


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どうでござ~ますかァ?

ええっ。。。 あたくしのお尻だとは思えないのでござ~ますかァ~?

どうしてよう?

ええっ。。。 スタイルがよすぎると、おっしゃるのござ~ますかァ~?

あたくしが十二単を一枚、一枚脱いでゆくと、

最後には上のようなおヌードになるのですわよう。

信じてくださいましなァ~。。。

 

ところで、話は変わりますけれど、

かつて、レンゲさんの親友の めれんげさんは 一生懸命にブログを更新していたのでした。

でも、時には、他のことに夢中になって、会費を滞納したことがあったのでござ~ますわァ。。。

そのために、サイトを削除されてしまったのです。

それでも、2013年の6月にライブドアで『即興の詩』サイトを再開しました。

めれんげさんの『即興の詩』サイト

再開して間もないのに 検索結果 3,960,000件中の 9位に躍り出るなんてすごいですよねぇ~。。。


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『現時点での検索結果』

現在、めれんげさんは お休みしています。

でも、これからも、ブログを通して「愛のコラボ」を続けて欲しいですよねぇ~。。。

かつて めれんげさんの「即興の詩をはじめました!」の『極私的詩集』サイトは 次の検索結果で見るようにトップを占めていたのです。


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また、ブログを更新して トップに返り咲いて欲しいものです。

ところで あなたは「どうしたら、上位に掲載されるのォ~?」と考えているかもしれません。

その秘訣を知りたかったらデンマンさんが面白い記事を書いていますわ。

次のリンクをクリックして読んでみてください。


(seo001.png)

『おばさんの下着に見るSEO』

話は変わりますけれど、めれんげさんは可愛い猫を飼っています。

あなたも、猫ちゃんを飼っていますか?

ええっ。。。 ワンワンちゃんを飼っているのですか?

そういえばデンマンさんが『ワンワンちゃん』という面白い記事を書いていました。

気が向いたら下のリンクをクリックして読んでみてください。


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『ワンワンちゃん』

とにかく、次回も興味深い話題が続きます。

あなたもどうか、また読みに戻ってきてくださいね。

では、また。。。


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メチャ面白い、

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デンマンさんがレンゲさんの記事を集めて

一つにまとめました。

もし、レンゲさんの記事をまとめて読みたいならば、

次のリンクをクリックしてくださいね。

■ 『最近のレンゲ物語 特集』


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とにかく、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょうね。

じゃあね。


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縄文人と弥生人は惹かれあう?

2023-06-28 01:58:41 | 人類の祖先 人類学
 

縄文人と弥生人は惹かれあう?

 


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デンマンさん、縄文人と弥生人は惹かれあうのですかァ~?


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そう言う人たちがいるのですよう。。。

でも、現在、縄文人だとか弥生人はいないでしょう?

確かに、縄文人は2、500年以上も前に生活していた人ですからねぇ~。。。 純粋な縄文人は、今の日本にはいませんよ。。。

。。。ということは、縄文人の血を多く受け継いでいる人と、弥生人の血を多く受け継いでいる現代人が惹かれ合うということですかァ~?

早い話が、そう言うことなのですよ。。。

でも、どうして急に、そう言う話を持ち出してきたのですか?

実は、バンクーバー市立図書館で借りていた本を読んでいたら次の箇所に出くわしたのですよ。。。

 


縄文人と弥生人は惹かれあう!?


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この結婚情報システムで本当に結婚できるのか?


【発明の名称】人と人の好き嫌いに関する生物科学的反応の規則性を応用した結婚情報提供システム

【特許権者】 高畑忠夫

【権利状況】 権利存続

【公報種別】 特許公報

【特許番号】 特許4758460

【請求項 1】

好き嫌いに関する『生物科学的反応』の

客観的普遍的規則性を活用した

結婚情報提供システムであって、

……外面的形質を「タイプ」、……年齢・学歴・職業などを

「タイプ以外」として、データベースに、……人ごとの

識別コードで特定して入力し、全登録者識別コード群の

中から「タイプ以外」の希望条件のうち、その人の希望する

「必須のもの」をクリアーし、かつ、

本人の好みのタイプに合う

パートナー候補の識別コード(群)を

コンピューターにより検索・抽出するものであり、

……パートナー候補の識別コード(群)を、

「タイプ以外」の希望条件も加味して

検索・抽出する一方、どう方法を逆用して

「好みのタイプの人」の方から……逆検索してもらうことを

特徴とする、結婚情報提供システム。


 (228ページ)




縄文系や弥生系は本当に惹かれあうのか?

この規則性を極めると、冒頭で説明した「日本人の二重構造論」に見られる「縄文系」(J系)と「弥生系」(Y系)のふたつに分類されるという。

日本人の二重構造モデルを結婚情報システムに応用しようなんていうアイデアは画期的だ。 (略)

 

高畑さんが実際に調査したところ、J系とY系が互いに引き合い、J系同士とY系同士が互いに反発しあう関係にあることがわかったという。

 (234ページ)

 


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(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)




『すばらしき特殊特許の世界』
著者: 稲森謙太郎
2014年2月4日 初版発行
発行所: 株式会社 太田出版 


 



あらっ。。。 結婚情報システムを考えて特許を取った人が居るのですわねぇ~。。。



そうなのですよう。。。 「縄文系」(J系)と「弥生系」(Y系)が互いに引き合うという規則性を活用して結婚情報提供システムを考え出したのですよ。。。

。。。で、現在 実際に、ビジネスとして、このシステムが利用されているのですか?

上の本によると、まだこのシステムはビジネスとして実際に使われてないそうです。。。

そのうち、そう言うシステムができるということですか?

そうなるかもしれないのですよ。。。

このシステムを考えた動機は どういうことだったのですか?

あのねぇ~、最近の日本では少子高齢化が進んでいるでしょう。。。

確かに、結婚しない人が多くなっているし、結婚しても子供を生まないカップルも増えていて、少子高齢化に拍車をかけているようですわァ~。。。

だから、政府も対策を立てているのですよ。。。 少子化対策担当大臣が置かれるようになったのも、その対策のひとつです。。。

そう言われてみると、街では合コンだとか、お見合いイベントが けっこう催(もよお)されていますわァ~。

でも、だからといって、カップルがたくさん誕生しているようには見えない。。。

それで、この特許を取得した高畑さんはカップルを効率よく増やすために、このシステムを考え出したのですか?

そうらしいのですよ。。。

。。。で、そもそも「縄文系」(J系)と「弥生系」(Y系)は、どのように決められるのですか?

本には次のように書いてありました。。。 一部だけど、紹介します。。。

 


縄文系・弥生系の主な半定基準

 

縄文系の顔:

小顔 丸顔 二重瞼 下がり目 横顔は中高で彫が深い

耳垢: 湿型 ネットリ

背丈: 低い

タイプ例: 吉永小百合


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弥生系の顔:

大顔 面長 一重瞼 上がり目 横顔は平面的

耳垢: 乾型 パサパサ

背丈: 高い

タイプ例: 岩下志麻 


(iwashita7.png)

 

(注: 赤字はデンマンが強調。
読み易くするために改行を加えています。
写真はデンマン・ライブラリーより)




235ページ 『すばらしき特殊特許の世界』
著者: 稲森謙太郎
2014年2月4日 初版発行
発行所: 株式会社 太田出版 


 



あらっ。。。 吉永小百合さんは縄文系なのですか?



そうらしい。。。

でも、マジで縄文人と弥生人は惹かれあうのでしょうか?

あのねぇ~、そもそも日本人を縄文系と弥生系に分けることも、問題があるのですよ。。。

。。。と言うとォ~。。。?

いろいろな説があるのです。。。

 


縄文人と弥生人

 

近年、福岡県糸島半島の新町遺跡で大陸墓制である支石墓から発見された人骨は縄文的習俗である抜歯が施されていた。
長崎県大友遺跡の支石墓群から多くの縄文的な人骨が発見されている。

さらに瀬戸内地方の神戸市新方遺跡からの人骨も縄文的形質を備えているという。
ただ、福岡市の雀居(ささい)遺跡や奈良盆地の唐古・鍵遺跡の前期弥生人は、渡来系の人骨だと判定されている。

つまり、最初に渡来系が展開したと考えられている北部九州や瀬戸内・近畿地方でさえ、弥生時代初期の遺跡からは渡来系の人と判定される人骨の出土数は縄文系とされる人骨より少ない。
そのことから、水田稲作の先進地帯でも縄文人が水稲耕作を行ったのであり、絶対多数の縄文人と少数の大陸系渡来人との協同のうちに農耕社会へと移行したと考えられる。

一方、1960年代になると金関丈夫が、山口県土井ヶ浜遺跡や佐賀県の三津永田遺跡などの福岡平野の前・中期の弥生人骨の研究から、弥生時代の人の身長は高く、さらに頭の長さや顔の広さなどが中国大陸の人骨に近く、縄文時代人とは大きな差があると指摘し、縄文人とは違った人間が朝鮮半島を経由してやってきて、縄文人と混血して弥生人になったと考えた。

その後の調査で、前述のように中国山東省の遺跡から発掘された人骨との類似も指摘されている。

また、埴原和郎は、アジア南部に由来する縄文人の住む日本列島へ中国東北部にいたツングース系の人々が流入したことにより弥生文化が形成されたとの「二重構造モデル」を1991年に提唱した。

埴原は、人口学の推計によれば弥生時代から古墳時代にかけて一般の農耕社会の人口増加率では説明できない急激な人口増加が起きていることから、この間、100万人規模の渡来人の流入があったはずだとする大量渡来説も提唱していた。

佐原真は福岡平野・佐賀平野などの北九州の一部で、縄文人が弥生人と混血した結果弥生文化を形成して東に進み、混血して名古屋と丹後半島とを結ぶ線まで進み、水稲耕作が定着したとしている。

 






出典: 「弥生人」
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』


 



つまり、縄文人と弥生人については、いろいろな説があるのですわねぇ~。。。



そうなのですよ。。。 まだ、はっきりと定説があるわけじゃない! 混血しているから純縄文人に近い日本人、純弥生人に近い日本人が居るわけですよ。。。 だから、縄文系、弥生系と言っても、次の図に見るように幅広い分布になっているはずです。。。

 


(nihonjin.png)

 



なるほどォ~。。。



それに、J系同士とY系同士が互いに反発しあうというのも疑問ですよ。。。

どうしてですか?

だってぇ~、小百合さんと僕は祖先が百済から日本に避難民としてやって来た弥生系日本人なのですよ。。。

 


デンマンの祖先は百済からやって来た


(oshi1.jpg)


(kato3.gif)

僕の家は徳川時代には忍城下で“木のくりもの屋”をしていた。僕の祖父の代までこれが続いて、大正時代に作品の品評会があって、これに出品して埼玉県知事からもらった2等賞の賞状が家宝のようにして2階の床の間に飾ってありましたよう。つまり、僕の祖父は腕のいい木工職人だったのですよう。家にも祖父が作ったと言う置物がたくさんありました。僕のオヤジが行田市の博物館にすべて寄付したようです。


(himiko22b.gif)

それで徳川以前はどうだったのでござ~♪~ますか?

後北条氏に仕えていた騎馬武者だった。 つまり、『更級日記』の作者が見たと言う騎馬武者の末裔(まつえい)だったのですよう。

つうことわあぁ~。。。デンマンさんの遠い祖先は百済から逃げてきた難民だったのでござ~♪~ますわね?

難民と言うと響きは悪いけれど、唐と新羅の連合軍と戦った騎馬隊の一員だった訳ですよう。

それで、戦いに負けて百済の国が滅びてしまったので仕方なしに日本へ逃れて来たと言うことでござ~♪~ますか?

そう言う事ですよう。

。。。んで、デンマンさんのご実家には家系図が残っているのですか?

そんなモノは残っていませんよう。

。。。んで。。。、んで。。。、どうして上のような事を、さも史実のように言うことができるのでござ~♪~ますか?

僕の体の中にある DNA に僕の祖先から伝わっている遺伝子が刻み込まれているからですよう。

その。。。その遺伝子って。。。いったい、どういうモノでござ~♪~ますか?

“海外飛躍遺伝子”ですよう。 うしししし。。。

つまり、デンマンさんの遠い祖先は戦い敗れて百済から“海外”である日本へ渡ってきた。それから、京都に下って行ったけれど、生活の糧を得るためには畑仕事でもして食料を得なければならない。でも、近畿地方には土地がないので開拓団に入って関東まで落ちていったのでござ~♪~ますか?

そうですよう。

でも、結局、後北条氏に仕えたけれど、秀吉の小田原征伐で後北条氏が滅びると、騎馬武者から“くりもの屋”になって忍城下でお店を開いたのでござ~♪~ますか?

その通りですよう。

。。。んで、その“くりもの屋”が大正時代まで続いて、デンマンさんの代になると、1400年近く眠っていた“海外飛躍遺伝子”が眠りから覚めて、デンマンさんは34カ国を放浪した末に、カナダに安住の地を求めて定住した、と言う訳でござ~♪~ますか?

全く、その通りですよう。。。うしししし。。。どうですか?。。。これが、僕のつむぎだした壮大な叙事詩ですよう。


(yang105.jpg)



。。。んで、小百合さんの祖先も百済からやって来て武蔵国に定住したのでござ~♪~ますか?



そうですよう。おそらく、百済から当時の平城京(現在の奈良市)に行ったけれど、土地があまりなさそうなので開拓団に加わって一緒に武蔵国まで行ったのですよう。

どうして、そのような事が分かるのでござ~♪~ますか?

小百合さんの実家は館林にあるのですよう。僕の実家から車で20分から30分ですよう。目と鼻の先ですよう。

そのような近くに住んでいたのにデンマンさんは日本で小百合さんにお会いした事は無かったのでござ~♪~ますか?

不思議な事に小百合さんと僕が初めて出会ったのはカナダのバーナビー市で小百合さんが13年間借りていた“山の家”だったのですよう。


(burnamap2.gif)

バーナビー市というのはバンクーバー市の東隣にある町です。上の地図の赤い正方形で示した部分を拡大すると次のようになります。


(burnamap3.gif)

この地図の Deer Lake (鹿の湖)の畔(ほとり)に小百合さんが借りていた“山の家”があるのですよう。


(deerlak3.jpg)


(house22.jpg)


(house23.jpg)



この家でデンマンさんは10数年前に小百合さんと初めてお会いになったのでござ~♪~ますか?



そうですよう。次のように小百合さんの“山の家”の応接間で会ったのですよう。


(room007.jpg)

これって、またデンマンさんがコラージュしてでっち上げたのでござ~♪~ますわね?

確かに、上の写真は僕がでっち上げたのだけれど、現実でもねぇ、僕は、こうやって小百合さんと会ったのですよう。

でも、どうして小百合さんの祖先とデンマンさんの祖先が一緒に百済からやって来たと分かるのですか?

小百合さんの DNA にも“海外飛躍遺伝子”が焼きついているのですよう。僕と同じようにして、その DNAの飛躍遺伝子が1400年の眠りから覚めて、小百合さんは佐野からカナダのバーナビーに渡ったわけですよう。そして僕と“山の家”で出会ったのですよう。

ただ、それだけの事でござ~♪~ますでしょう?

ただ、それだけじゃないですよう。ちょっとジューンさんの言ったことを思い出してくださいよう。

 



(chiwawa5.gif)

こんにちは。ジューンです。

袖触れ合うも他生の縁

(そでふれあうもたしょうのえん)

聞いたことがあるでしょう?

なかなか味わいのある諺ですよね。

袖が触れ合うようなちょっとしたことも、

前世からの深い因縁によって

起こるものである、と言う事です。

わたしは、初め、“袖触れ合うも多少の縁”

だと思ったのですわ。うふふふふ。。。

つまり、袖が触れ合ったのは、

全く偶然ではなくて、少しは

そうなる運命にあったのよう。。。

私は、そのように思い込んでいたのです。

でも、「多少」じゃなく「他生」だと。。。

「他生」というのは「前世」の事だと、

デンマンさんに教わったのですわ。

調べてみたら、「他生」とは

「前世」と「来世」の事を言うのですって。

上の諺では、文脈から

「前世」となる訳ですよね。

この世の事は「今生(こんじょう)」と言うのです。

そう言えば「今生の別れ」と言う語句を

何度か耳にしたことがありました。

仏教の輪廻(りんね)と

関係のある諺なのでしょうね。

わたしは英語には、この諺は

無いと思っていたのですけれど、

調べてみたら、次のようなものがありましたわ。

A chance acquaintance

is a divine ordinance.

Even a chance meeting is

due to the karma in previous life.


つまり、「偶然の出会いは神の定め」

と言う事なのです。

多分、日本の諺を英訳したのでしょうね。

カナダでは耳にしたことがありませんわ。



(miroku3.jpg)





『夢とロマンと軽井沢』より
(2008年11月18日)


 



つまり、弥生系同士も引き合うとデンマンさんは言いたいのですかァ~?



そうです。。。 いけませんかァ~。。。

そういう事を言うと、ここまで読んできたネット市民の皆様が白けるのですわァ~。。。

そうでしょうか?

デンマンさんは、意外にノ~天気なところがあるのですわねぇ~。。。 J系同士とY系同士が互いに反発しあうというのも疑問です。。。 そう言いながら、その証拠に私とデンマンさんが弥生系で、お互いに引き合うと言っても、これを読んでいるネット市民の皆様は、“へ~、そうなんだァ~”と、半分、ウザイと思いながら、呆れているのですわァ~。。。

ちょうど、友達の家に招かれて、家族旅行のホーム・ムービーを見せられたときのようにですかァ~?

そうですわァ~。。。

あのねぇ~、とにかく、昔から“縁は異なもの妙なもの……”と言われているのですよう。。。 結局、縄文系であろうが、弥生系であろうが、惹かれ合う人は惹かれ合うし、反発する人は反発するのです。。。

要するに、縄文系だとか弥生系だとかは関係ないのですか?

はっきり言ってしまえば、そう言うことなのですよ。。。

だったら、どうして、縄文人と弥生人は惹かれあう?というタイトルにしたのですか?

だから、結局、縄文系であろうが、弥生系であろうが、惹かれ合う人は惹かれ合うし、反発する人は反発する、と言いたかったまでですよ。。。 うへへへへへへへ。。。




初出: 2018年5月18日



(laugh16.gif)


【卑弥子の独り言】


(himiko22.gif)

ですってぇ~~

デンマンさんが、どうして、弥生系同士でありながら、小百合さんと惹かれあうと思ったのか?

それは、小百合さんがデンマンさんのために作ったお弁当を食べたからなのですわァ~。。。


(bento02.jpg)

この事からも解るように、デンマンさんは単純なところがあるのでござ~ますゥ。

確かに、ノ~天気に間違いありませんわァ~。。。

うふふふふふふ。。。

デンマンさんがいただいた、上のお弁当を見ていたら、

あたくしも とってもお腹がすいてきましたわァ~。。。

あたくしは 別に、凝(こ)って作ったお弁当に こだわりはありませんわァ~。。。

それよりも、今、何が食べたいか?と言うと、

実は、“たいやき”が 食べたいのでござ~♪~ますわァ。

最近では、餡に替わってクリームや溶かしたチョコレート、キャラメル、カスタードクリームなどの洋菓子素材を詰めたものもでてきましたわ。

サンドウィッチ式に肉類や生野菜、各種ソースやリゾットなどを挟む「おかずたい焼き」もあらわれました。

あたくしは京都の出身なので、“たい焼きパフェ”をいただきます。。。


(taiyaki20.jpg)



あなたも お腹がすいてきて、“たいやき”が食べたくなってきたでしょう?

でも、この記事を最後まで読んでから たい焼き屋さんに走ってくださいねァ~。。。

 

ところで、小百合さんが なぜ「軽井沢タリアセン夫人」と呼ばれているのか?

ご存知でござ~♪~ましょうか?

なぜ。。。?

実は簡単な事なのですわよう。

小百合さんは軽井沢に別荘を持ったのですわ。

小さな頃から軽井沢に住むことが夢だったのですってぇ~。。。

分からない事ではござ~ませんわ。

そもそも小百合さんが軽井沢に興味を持ったのは、朝吹登水子のエッセーなどを読んだことがきっかけだったとか。。。

現在、朝吹登水子の山荘、睡鳩荘(すいきゅうそう)は軽井沢タリアセンに移築されて公開されています。


(suikyu9.jpg)

それで、小百合さんは軽井沢タリアセンを訪れては睡鳩荘に足を運んで少女の頃の事を思い出すのが楽しみなんですってよ。

そういう訳で、デンマンさんが小百合さんのことを「軽井沢タリアセン夫人」と呼ぶようになったのですわ。

軽井沢・雲場池の紅葉



軽井沢のイルミネーション



秋の旧軽井沢銀座ぶらり散歩



とにかく、明日もデンマンさんが興味深い記事を書くと思いますわ。

だから、あなたも、お暇なら、また読みに戻ってきてくださいまし。

じゃあねぇ~~。


(hand.gif)



(surfin2.gif)

ィ~ハァ~♪~!

メチャ面白い、

ためになる関連記事




(linger65.gif)

『センスあるランジェリー』

■ 『ちょっと変わった 新しい古代日本史』

■ 『面白くて楽しいレンゲ物語』


(house22.jpg)

■ 『カナダのバーナビーと軽井沢に

別荘を持つことを夢見る小百合さんの物語』



(noten15.jpg)


■ 『伽哩夫人』

■ 『年賀状@富岡』

■ 『愛のジェローだよ』

■ 『愛の果実』

■ 『桜を想いながら』

■ 『去年の秋の食欲』

■ 『パンツとブラと餃子』

■ 『軽井沢タリアセン夫人@バンクーバー』

■ 『釜めし@バレンタイン』

■ 『タリアセン夫人と洋画』

■ 『ロマン@尾瀬ヶ原』

■ 『タリアセン夫人の夢』

■ 『夢の素遺伝子』

■ 『さけ茶づけ@バレンタイン』

■ 『コンピエーニュから』

■ 『焼きそば@バレンタイン』

■ 『思い出のバレンタイン』

■ 『酒巻ミステリー』



(bare02b.gif)

こんにちは。ジューンです。

日本のハーブティーは、なんといっても桜湯だそうですけれど、


(sakurate.jpg)

カナダ、アメリカ、イギリスではハーブティーとして

ローズティーが好まれています。

普通、ローズヒップティーと呼ばれます。

ローズヒップ(rose hip)とは

バラ科バラ属の植物の果実。

つまり、バラの実です。

ローズヒップ生産のため、バラの特定品種、

特にRosa canina(ドッグ・ローズ)が栽培されています。

ハイビスカスとブレンドしたハーブティとして飲用されることもあります。

また、ローズヒップオイルは食用油として、

ジャム、ジェリー、マーマレードにも用いられるほか、

スキンケアにも用いられます。

こんなエピソードがありました。

第二次世界大戦中、

イギリスはドイツ海軍Uボートの海上封鎖により

オレンジの輸入がストップしたのです。

ビタミンCの補給ができなくなったのです。

それで、英国の学童たちは生垣に生えている

ローズヒップの採集を命じられました。

ローズヒップティーにして飲んで

ビタミンCを補給したのですって。。。


(rosehip.jpg)

なんだか信じられないようなお話ですよね。

ところで、英語の面白い話を集めました。

時間があったら覗いてみてください。

■ 『あなたのための愉快で面白い英語』

では、今日も一日楽しく愉快に

ネットサーフィンしましょう。

じゃあね。



(chirashi.jpg)


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