◎カッコーの巣の上で(1975年 アメリカ 133分)
原題/One Flew Over the Cuckoo's Nest
監督/ミロス・フォアマン 音楽/ジャック・ニッチェ
出演/ジャック・ニコルソン ウィル・サンプソン クリストファー・ロイド ダニー・デビート
◎持ち上げた者には奇跡が起きる
ちからづよいな~。いつ観ても、ちからづよい。
この作品について感想だのなんだのというのは余計な話で、観る者それぞれがあれこれおもえばいいだけのことだ。正解はどこにもない。けど、ちからづよい。
ジャック・ニッチェの音楽がまた土俗的な強さを聞かせてくれてるって気もするけど、まあそれはさておき、the cuckoo's nestっていうのは、精神病院のことなんだってね。cuckooって単語がcrazyを意味してるらしい。なるほど、だから郭公の巣なのか。
で、ぼくはおもうんだけど、いつもいつも、テレビでは「きちがい」と発言したタレントとかがいると司会者が「ただいま、不適切な発言がありました」と謝るのはなんでなんだろう?
精神異常者だったら不適切じゃないんだろうか?
精神障害者っていうのが適切なんだろうか?
でもさ、この映画の場合、われらがジャック・ニコルソンは、精神異常を装って刑務所から精神病院に移送されてきて逃げ出す機会をうかがってると、それがばれて精神的な廃人にされちゃう。
だけど、このとき、かれの周りにいる者の多くは精神病を患ってる人々だってことはわかるし、それとチーフことウィル・サンプソンは実はそうではなく喋れない(ここでは、聾唖というべきなんだろうか?)ふりをしているのもわかる。
でも、ニコルソンを廃人に追い込んだ連中はどうなんだろ?
かれらのような存在をして「きちがい」というんじゃないのかな?
誰だって、精神的な障碍を持っている人を指さして罵倒するような真似はしない。
そういうことをしでかしながらも精神病ではなくきわめて正常な精神であるという人間をして、きちがいというんじゃないかなっておもうんだよね。だから、たぶん、世の中の人はそういうふうに、きちがいって言葉を使ってるんじゃないのかな。
狂ってるのはいったい誰なのか、狂ってるっていうのはどういうことをいうのか、そういうことを突きつけてくるんだよね、この映画は。