Kinema DENBEY since January 1. 2007

☆=☆☆☆☆☆
◎=☆☆☆☆
◇=☆☆☆
△=☆☆
▽=☆

ターミネーター:ニュー・フェイト

2019年11月30日 19時03分46秒 | 洋画2019年

 ◇ターミネーター : ニュー・フェイト(2019年 アメリカ 129分)

 原題/Terminator Dark Fate

 監督/ティム・ミラー 音楽/ジャンキーXL

 出演/リンダ・ハミルトン アーノルド・シュワルツェネッガー マッケンジー・デイヴィス

 

 ◇これで最後か?!

 問題は3つある。

 ひとつは、どうしたところでシュワルツェネッガーが若返ることは決してないということ。

 もうひとつは、リンダ・ハミルトンとマッケンジー・デイヴィスだけでもいっぱいいっぱいなのに、ここへさらにナタリア・レイエスまで加わって、3人の女性が中心になっていく話はちょいとばかり焦点がぼやけてしまうんじゃないかってこと。

 さらにひとつは、ジョン・コナーが死んでしまって、ジョンのためにとかって標語で戦いが行われてきて、そこへさらにあらたなジョン・コナーとしてナタリア・レイエスが加えられるんだけど、こういうとんでもない設定が為されてしまった上に、守るべきヒロインがまるで魅力的でないことだ。

 せっかく「T2」の正式な続編とかっていわれて期待したところへもって、この仕打ちは痛すぎるぞ。

 やっぱりこのシリーズは「T2」で終わらせておくのがいちばん良かったんじゃないかな?

コメント

ジョン・ウィック:チャプター2

2019年11月29日 11時41分42秒 | 洋画2017年

 ◇ジョン・ウィック:チャプター2(2017年 アメリカ 122分)

 監督/チャド・スタエルスキ 音楽/タイラー・ベイツ ジョエル・J・リチャード

 出演/キアヌ・リーブス ローレンス・フィッシュバーン フランコ・ネロ

 

 ◇前作から5日後

 いやもう、マトリックス化してるから。

 第一作では描かれてなかった敵の親玉に弟がいてとかいう都合のいい設定だけ作っただけで、あとはひたすら活劇だ。

 小さな物語をどんどん肥大させていくっていう竹の子の逆皮剥きというか皮着せの構造も、やっぱり、マトリックス化としかおもえないわ。いや、物語ばかりか、殺し屋たちの宿になってるコンチネンタル・ホテルまで徐々に肥大して、本店がローマにあるとかいう後付でフランコ・ネロの登場ってことになるんだけど、もはやどこまで膨張するのかわかんないね。

 ちなみに、ローレンス・フィッシュバーンとの共演は『マトリックス』以来だそうな。やっぱり続き物と化してるな。

コメント

ジョン・ウィック

2019年11月28日 17時28分54秒 | 洋画2014年

 ◇ジョン・ウィック(2014年 アメリカ 101分)

 原題/John Wick

 監督/チャド・スタエルスキ デビッド・リーチ

 音楽/タイラー・ベイツ ジョエル・J・リチャード

 出演/キアヌ・リーブス ミカエル・ニクヴィスト ウィレム・デフォー

 

 ◇バーバヤーガ

 3人の男を鉛筆で殺したという殺し屋の復讐劇なんだけど、物語はとってもちっぽけだ。

 ひたすら撃ち合い、戦ってるだけといった印象で、それ以外にないのかといいたくなっちゃうほどなんだけど、まあそれなりにかっこよかった。

 キアヌ・リーブスのフアンってわけでもないから余計にそうおもっちゃうかもしれないけど、あ、でもサニー千葉をマエストロと呼んで慕っているとかって前宣伝に出くわすと、そうかあ、千葉真一を好きなハリウッドの連中って少なくないのね~とかって、なんだかちょっぴり嬉しくなっちゃったりもする。

 ただ、アメリカを臍にした礼儀正しい裏社会がちゃんと存在していて、そこではそれなりの掟もあったりするっていう設定は悪くない。

 たとえば、殺し屋たちが泊まる『コンチネンタル・ホテル』はそうした掟の真ん中に存在しているってのもそうだ。

 ちなみに、ここで起こったもめごとや殺し合いの跡はすぐさま清掃されるっていう設定は『エージェント・ライアン』の殺し屋に襲われたホテルの清掃とよく似てて、なるほど、発想はみんなあんまり変わらないんだなっておもった。

コメント

ミルカ

2019年11月27日 00時26分06秒 | 洋画2015年

 ☆ミルカ(2015年 インド 189分)

 原題/Bhaag Milkha Bhaag

 監督/ラケーシュ・オーム プラカーシュ・メーラ 音楽/シャンカル=イフサーン=ロイ

 出演/ソーナム・カプール ディヴィヤ・ダッタ ヒカル・イトウ ファルハーン・アクタル

 

 ☆ミルカ・シンの娘ソニア・サンワルカの自伝『The Race of My Life』より

 撮影技術の高さにびっくりした。

 最初のコーチがミルカの過去を列車内で語るとき、カメラが外に向けられ、出て進行方向にパンすると、なんとまあ、列車の上に登って座り込んでいる過去の難民となったミルカたちがフレームインしてくる。さらにバストショットの姉とはぐれた少年ミルカのCGの向かって右半分は当時の報道フィルムが合成されてデリーまで続いていく。しかも、そのフィルムの最後のカットにデリーに辿り着いたミルカが現れ、そのカットが画面全体に拡大され、ごうつく爺の慰み物にされている姉と巡り会う挿話になっていく。

 なんだが、凄い。

 ただ、歌がな~、ちょいと長い。

 まあインド映画だから仕方ないんだろうけど、挿入歌がなかったら2時間で収まったんじゃないかしら。

コメント

男はつらいよ 寅次郎紅の花

2019年11月26日 00時23分50秒 | 邦画1991~2000年

 ◎男はつらいよ 寅次郎紅の花(1995年 日本 110分)

 監督/山田洋次 音楽/山本直純

 出演/渥美清 倍賞千恵子 吉岡秀隆 後藤久美子 前田吟 笠智衆 三崎千恵子 浅丘ルリ子

 

 ◎第48作 1995年12月23日

 美作滝尾駅で駅長桜井センリが新聞の尋ね人欄を見ると、向こうに寅という構図で、寅が蝶々を捕まえようとするんだけど逃げられる。なんだか、不安な出だしだな。

 で、美作の山車祭のタイトルバックで、久しぶりに帝釈天の山門に立つさくらから始まる。

 シリーズの最後の出だしだし、つくづく、これでよかったとおもうわ。

 それに、阪神淡路大震災のボランティアで映る行方知れずの寅というのもよかったんじゃないかしらね。

 でもまあしかし、寅に世話になったとお礼にくる宮川大助の「寅がふられていなくなった」という報告に、さくらは「やっぱり、迷惑をかけたんですね、兄は」とあやまる。さくらは、結局、こういうあやまりどおしの半生だったってことなんだね。

 ただ、満男が後藤久美子のお見合い結婚のショックで姿をくらますまで、寅は出てこない。

 当然、寅の物語は進展しない。

 たしかに、渥美清の体調を最優先されなくちゃいけないから仕方ないんだけど、そんな状態でも尚、撮影したということに驚くわ。

 夏木マリも三人並びのタイトルになっちゃうのは仕方ないけど、せっかくの朝丘ルリ子のリリーがもったいない気もしないではない。ルリ子さんは山田監督に「寅と結婚させてください」と頼んだそうだけど、どうなんだろう。寅はどこまで幸せになってよかったんだろう。この長い長い寅の物語は、寅の成長譚でもあるわけだけれど、どうかなあ。

 なんていうのか、やっぱり、48作中の白眉はリリーとの物語で、ときどき、それに匹敵するようなおもしろさの回はあったけれど、このふたりの物語は突出してた。そういうことからいえば、合わせて400分を超えるリリーとの物語は再編集して一本の映画にしてもいいかもしれないね。

 その一方で、このところ挿入される甘ったるい歌謡曲は、すべていただけないな。なんで、挿入してたんだろう?

 で、津山で卒業まがいの花嫁車押し戻し事件を満男が仕出かすわけだけれども、このあとようやく沖縄だ。

 しかし、そうか。満男の逃避行の船長は田中邦衛か。じゅん~とはいわないで、沖縄弁だ。北海道から奄美大島に移っての共演か。成長というのは、いいものだね。邦さんもそうおもってたんじゃないかな。なんだかまるで関係ないけど、しみじみしちゃうよね。

 朝丘さんは、あいかわらず啖呵を切る。寅は「ぐにゃちん」だそうな。

 それにしてもなんだ、柴又の歓迎ぶりは。鼻つまみ者だから寅なわけで、ほんと、ここ数作はなんだかね。加計呂麻島まで犬塚弘のタクシーで行ってくれといって去ったところで終わってもよかったんじゃないかな。さくらの気持ちも伝わったわけだし、それで大団円な気もするけどなあ。

 たしかに、神戸の長田地区の復興の現場に顔を出す寅の図というのも最後らしくていいかもしれないけど、チョゴリを着て踊る円陣はわからないでもないけど、う~ん、最終話だからねえ、寅の身近なところに収束した方が良かった気もするし、ひるがえって寅という存在がこの国のなにか大切なものになってしまったということからすれば震災復興の場で良かった気もするし、まあいずれにせよ、どうもご苦労様でした。

コメント

男はつらいよ 拝啓車寅次郎様

2019年11月25日 00時13分02秒 | 邦画1991~2000年

 ▽男はつらいよ 拝啓車寅次郎様(1994年 日本 101分)

 監督/山田洋次 音楽/山本直純

 出演/渥美清 倍賞千恵子 吉岡秀隆 前田吟 笠智衆 三崎千恵子 牧瀬里穂 かたせ梨乃

 

 ▽第47作 1994年12月23日

 夢の代わりに越後高田で小林さち子演じる演歌歌手のどさ回りの哀愁ぶりを見せてくれるんだけれども、渥美清がすごく小さくなった気がするね。

 病をおしての出演だもの、つらいものがあるよ。

 まあそれは呑み込んで、高田駅前郵便局はいい感じだ。

 で、この頃定番化してる博のマラソンから始まるんだけど、満男は靴屋に就職していて、社長がすまけい。それにしても、太宰久雄もすまけいも細くなったな。出演者たちの年の取り方がありありとわかるようになってきたんだね。

 寅も前回からマフラーが定番になって、登場の仕方も静かなもんだ。往年の威勢も影をひそめて、下条正巳との喧嘩はさくらの満男への電話説明にとどめてという段になると、さすがに観るのがつらすぎる。

 それはともかく、吉岡秀隆と牧瀬里穂の出会う長浜の曳山祭なんだけど、いやまあ時代を感じる町並みで、今昔の観がありありだね。黒壁はあるからこの時期から観光客は多かったのかな。ちょいと残念なのは曳山の舵をどんなふうに切るのか見たかったけど。

 にしても、寅はいきなり現れて満男を励まして消える。で、柴又にかたせ梨乃がやってきて帰ってくる寅とすれ違ってひと悶着あるかとおもえばさくらの満男への報告でまた裏芝居だ。まあかたせ梨乃は大泉成の奥さんってことになってるし、人妻に横恋慕してもね。そっと見送る寅の図でいいんだろね、たぶん。

 なんにしても、脚本は難しかったろうなあ。

 ていうか、江ノ電で見送られて寅が去って行ったのは初めてだな。

 ちなみに、牧瀬里穂が正月に満男を訪ねてナレーションになったあと、寅がいるのは雲仙なんだけど、小林さち子と再会するのがここだ。陸前高田から雲仙とまあなんだか被災地めぐりみたいになってるわ。

コメント

男はつらいよ 寅次郎の縁談

2019年11月24日 19時31分07秒 | 邦画1991~2000年

 ▽男はつらいよ 寅次郎の縁談(1993年 日本 104分)

 監督/山田洋次 音楽/山本直純

 出演/渥美清 倍賞千恵子 吉岡秀隆 前田吟 笠智衆 三崎千恵子 光本幸子 松坂慶子

 

 ▽第46作 1993年12月25日

 ついに夢もなくなり、すまけいの娘の花嫁行列に言葉をかけ、見送ったあと関敬六が嫁を若いのにとりかえたことに腹を立てるという日常だけでさっさとタイトルだ。

 タイトルバックは栃木県烏山市(当時は町)の山あげ祭り。で、吉岡秀隆がついに一枚看板。三枚目だけどね。高羽哲男もトリの前に撮影監督になってる。いろいろ変わるんだね。

 満男は就職活動の面接だし、とらやも女の子の店員を雇おうとしてるし。しかも就職が決まるまで寅は帰ってきてほしくないとも。そうなっていくんだね。

 面接でお父さんの仕事はと聞かれ、住所をいえば、町工場かと。つらいところだね。で、家出だ。夜行特急瀬戸で高松。さらに、多度津から琴島。しかしそれにしても、さくらはまた「行こう」といっちゃう。さくらは、あかんね。ていうか、甘やかして、手を出しすぎるんだね。ま、そんなことから、寅が「いく」という。で、こう話してやろうという。

「満男、おれの顔を見ろ、これが一生就職しなかった男のなれのはてだ」

 ま、寅が誰かを、さがしに行くというのは、いつものとおりの展開だね。

 ていうか、光本幸子か冬子役で再登場するんだけど、一枚じゃないのね。なんか淋しいね。でもまあ、笠智衆の消息を話すための出番だから仕方ないか。

 そんな説明場面を経て、琴島だ。満男が住み込んだ家の親父が島田省吾で、娘が松坂慶子というわけだね。そこで、満男は看護婦と好い仲になり、寅は松坂慶子が神戸の料理屋を広げて借金だけこさえて夜逃げしてきた事実を知るというわけで。

 映画の展開はまあそういうことなんだけど、しかし、この物語、時代はいつだ?

コメント

男はつらいよ 寅次郎の青春

2019年11月23日 22時53分32秒 | 邦画1991~2000年

 ◇男はつらいよ 寅次郎の青春(1992年 日本 101分)

 監督/山田洋次 音楽/山本直純

 出演/渥美清 倍賞千恵子 吉岡秀隆 後藤久美子 前田吟 笠智衆 三崎千恵子 風吹ジュン

 

 ◇第45作 1992年12月26日

 夢が、まともになってる。

 不忍池のほとりでシェイクスピアを訳す文学博士車寅次郎のもとへ、その甥満男と彼が岡惚れした及川泉が駆け落ちしてきて、追っ手をつぎつぎに池へ投げ落とす講道館八段車博士なんだけど、おもしろさはない。

 で、目覚めた日南海岸でのタイトルバックもまた、警官に賄賂を握らせて怒られるくらいのことで、おもしろみはない。

 で、多摩川の土手を走る博と満男という展開だ。平和なホームドラマだな。

 で、宮崎の油津になるんだけど、寅に地名のクレジットが出ることってあったっけ?

 しかし、後藤久美子と宮崎城で再会するのはいいとしても、またもや、抱き着く。後藤久美子は、いつものこととはいえ、その抱き着き方の下手くそなことといったらなく、この回も観ていてかわいそうだった。後の彼女の結婚とかおもうと、なんだかとても想像できない抱きつき方だわ。

 まあ、それはさておき、永瀬正敏は上手いね。

 寅はあいかわらずの寅で、風吹ジュンとの別れになるんだけど、また満男が解説者だ。

「おじさんは最初はおもしろいけど、そのうち飽きる。おもしろいだけで奥行きがないからだ」

 そのとおりなのに、なんでまた、寅が町の連中に慕われてるんだ?

 嫌われ者の鼻つまみ者なんじゃなかったのか?

 拍手までされてなんか、ほんと、変われば変わるもんだね。風吹ジュンの床屋にふらりとやってきて髪を切ってもらいながら「おれと一緒にならないか」といわれる一幕だけど、なんとなく風吹ジュンの心情とひととなり、良かったね。でもそういうシンデレラ的な待ちの発想を、後藤久美子は否定するんだな、真っ向から。

 ま、それはそういう設定だからさておき、御前様、車椅子なんだね。笠智衆はいったいどうなっちゃったんだ…と心配してれば、蛾次郎に頭を剃られてた。ちょっとだけ、ほっとした。映画観て、役者さんの心配するってのもなんだかね。

 まあ、しかし、もはや、主人公は満男だな。東京駅のホームでの見送りのときのぎこちない抱き着きと、さらにぎこちない初キスは、なんというか、切ないね。

 てか、寅は、こんなに穏やかに旅立つのか。

「別れるときはどうしてこう心が通い合うんだろうね」

 というおばちゃんの台詞と、さくらのなにもかも悟った表情もつらいね。なんにしても、満男にまで無心しないといけない寅も、封筒に金を入れて満男から渡させるさくらも、みんなつらいな。

コメント

男はつらいよ 寅次郎の告白

2019年11月22日 22時39分15秒 | 邦画1991~2000年

 △男はつらいよ 寅次郎の告白(1991年 日本 104分)

 監督/山田洋次 音楽/山本直純

 出演/渥美清 倍賞千恵子 吉岡秀隆 後藤久美子 前田吟 笠智衆 三崎千恵子 吉田日出子

 

 △第44作 1991年12月21日

 やけに旅情たっぷりのモノローグで、落合川駅の雰囲気もまた良かった。

 けど、中津川か恵那峡かの船旅を単に撮っただけの旅情のみの出だしはなんだったんだろう?

 で、博のランニングから始まる初めての話だけど、まあ、あれだね、さくらの家で後藤久美子の噂をするのがワンパターンになってきたのね。満男も落ち着いてきたし、なんかね、時代は流れていくんだね。

 それにしても、後藤久美子はよく抱きつくな。誰かに会うとしよっちゅう抱きついてる。前の回もそうだった。

 誰に抱きついたかは覚えてないけど、なんていうのかな、後藤久美子の現代性なのか国際性なのか、もしもそれを表現しようとしてたんなら、かわいそうだけど、このときの彼女はそこまで演ずることになれてなかった。日本人が日本人の生活習慣にないことを演じようとすると、どうしてもこうなっちゃうんだよね、照れ臭くて。だから、かわいそうといえば、かわいそうだった。

 しかし、寅はお悔やみをいうとき、帽子を脱がないのかね。墓参りのときも、そうだ。殊勝な態度でいるなら帽子を取らないとあかんのじゃないか?

 ま、それはそれとして、寅は両思いになるとなぜ逃げるのかという最大の疑問なんだけど、後藤久美子の問い掛けに満男はこんなふうにこたえるんだな。綺麗な花は摘み取りたいのか、そっと眺めていたいのか、と。しかし、寅はもてるね。その恋の相手なのか憐憫の相手なのか友情の相手なのかわからないけど、ともあれ、吉田日出子、死んでしまえとおもっていた亭主に死なれた料亭の女将をちゃんと演じてた。

 で、寅だ。寂しくなることはないのかと聞く満男に「ばかやろう、寂しさなんてのは風が吹き飛ばしてくれるよ」と。これはこれでいいんだ。でも、あまったるい挿入歌は気持ち悪かった。ま、なににせよ、寅はつらいな。

「ばかね、おにいちゃん、なにやってんだろ」

 と、玉葱を切りながら洟はなをすするさくらの背中は、うん、上手だった。

 しかし、笠智衆はこのとき幾つだったんだろう。歳食ってたなあ。

コメント

男はつらいよ 寅次郎の休日

2019年11月21日 00時02分02秒 | 邦画1981~1990年

 △男はつらいよ 寅次郎の休日(1990年 日本 106分)

 監督/山田洋次 音楽/山本直純

 出演/渥美清 倍賞千恵子 吉岡秀隆 前田吟 笠智衆 三崎千恵子 後藤久美子 夏木マリ

 

 △第43作 1990年12月22日

 夢が復活した、とおもえば単なる平安絵巻もどきのさくら式部の再会だけでなんのおもしろ味もない。

 タイトルバックにしても、地方の窯元と川釣りだけでやっぱりなんのひねりもない。

 出だしも、このところ毎回、さくらの家なんだが外見がどうも毎回ちがうような気がするんだけど、中のセットはおんなじなんだよね。勘違いかな。

 それはさておき、夏木マリと吉岡秀隆との並列で、後藤久美子がトリで一枚なのはもうヒロインは後藤久美子てことなのね。だって『くるま菓子舗』を訪ねてくるのは後藤久美子なんだもんね。もう、寅の惚れた腫れただけじゃ難しいのかもね。

 それにしても後藤久美子、このときまだ演技経験はないのかな。

 しかし後藤久美子が訪ねてくると、満男はいつも友達を連れてきてて、あわててなんの説明もなく追い返し、友達はおもいきり腹を立て「おまえなんか、もう友達じゃねえ」とかいって帰っていくという展開はどうだ。満男までもがワンパターンになっていってしまうのね。

 ていうか、音楽と挿入歌のひどさはなとかならんものだろうか。

 しかしながら、満男はともかく、寅は『くるま菓子舗』の連中と喧嘩するでもなく、だから当然飛び出すでもなく、そのかわりに満男が日田まで向かうという展開で、そこでようやくヒロイン夏木マリがくるまやへ訪ねてきてようやくいつもの話のようになるんたけど、寅がブルートレインに乗るは初めてだね。

 昔の邦画にはよく夜行列車があったけど、そういうとき渥美清は車掌だったかなあ。

 ラスト、友達をおきざりにしながら後藤久美子に会うために自転車を蹴ったくる満男の、幸せについて考察し、人間はほんとうにわかりにくい生き物なのだというモノローグは良かった。

コメント

男はつらいよ ぼくの伯父さん

2019年11月20日 23時55分15秒 | 邦画1981~1990年

 ▽男はつらいよ ぼくの伯父さん(1989年 日本 109分)

 監督/山田洋次 音楽/山本直純

 出演/渥美清 倍賞千恵子 吉岡秀隆 前田吟 笠智衆 三崎千恵子 後藤久美子 檀ふみ

 

 ▽第42作 1989年12月27日

 もう冒頭の夢は完全になくなったんだろうか?

 かわりにイッセー緒形の小芝居になってる。今回は地方の電車の中で老人緒形に無理矢理席を譲る譲らぬの話で、それが袋田駅におりてからも続く。

 で、本編はやはり博の家からだ。

 最初に家を買ったときの家とおんなじなのかな、引っ越したのかなってどうでもいいことをおもった。

 そんなことはさておき、浪人の満男が旅行に出たい出さないの話になっていくんだけど、もう帝釈天前から始まる暢気な出だしじゃないんだね。

 で、さくらの台詞を聞いてておもったんだけど、卒業アルバムに後輩の写真と名前が載ってるのっておかしくないかと。

 ま、その後輩が後藤久美子だ。へ~高校生なのかとか、名古屋市中川区大橋ってどこなんだろうとか、そんなことをおもったり、さらに文通とか懐かしいな~とか、バイクに満男が乗るようになったのかとか、子供が育っていくのを追うようになると時代の流れを感じるようになるな~とか、寅が帰ってきてもなんかみんなにパワーがないし、やけに他人行儀でいつにもまして芝居じみた感じだな~とか、いろいろとおもった。

 映画を観てるのかどうかもよくわからないような展開で、なんだか柴又のすべてが寅を歓迎してるような感じまでしてきたりした。

 もうこれは同窓会っていうか、なんだか家庭用ビデオの録画を観てるような気分だった。

 そんなことで物語なんだけど、寅はもう保護者なんだね。人妻の壇ふみを綺麗だな~とはおもいながらも惚れるのか惚れないのか微妙な分別を見せ、尾藤イサオに鼬の最後っぺを食らわせるのが精一杯というか、こういう展開はやっぱり精力を欠くね。

 なんだかすべてがつらいな。観てるのすらつらくなってきた。観客もつらいよ。

コメント

男はつらいよ 寅次郎心の旅路

2019年11月19日 20時34分57秒 | 邦画1981~1990年

 △男はつらいよ 寅次郎心の旅路(1989年 日本 109分)

 監督/山田洋次 音楽/山本直純

 出演/渥美清 倍賞千恵子 吉岡秀隆 前田吟 笠智衆 三崎千恵子 淡路恵子 竹下景子

 

 △第41作 1989年8月5日

 また、夢がない。

 木賃宿にさくらから手紙が届く。一万円入ってる。飲もうという関敬六に「ばかやろう、かたぎの女が額に汗して働いて稼いだ金だ。おまえらの飲み代にできるか」と叫ぶ寅がいるわけだけれども、なんだかまじな出だしだな。やっぱり40作品を過ぎたことで雰囲気を変えようとしたんだろうか。

 ひるがえって、さくら。やっぱり出だしは違う。いつもののんびりした出だしじゃない。寅に憧れるような台詞を吐く満男に「おじさんは社会に否定されたのよ」と。たしかにそのとおりだ。

 なんだか、回を追うごとに寅に対する台詞の風当たりは強くなってる。寅ももちろん自分の人生がどのようなものだったかと肌で濃く感じるようになってきてるから、辛さは増してきてるね。でも、それでいいのだ。

 まあ、それはともかく、淡路恵子と竹下景子の共演は、ちょっと前の『知床旅情』とおんなじじゃんね。だから、淡路恵子の夫の写真が飾ってあるとき三船敏郎かとおもったらオーソン・ウェルズだった。たしかにウィーンだし、スパイだったとかっていうんだからそりゃ三船敏郎じゃなくてオーソン・ウェルズなんだろうけど、でもなあ。

 ま、それもいいとして、寅が恋をしているのかどうかもよくわからない微妙なまま、ラストだ。なんとまあ、つまらない展開だろう。

 寅が初めての海外旅行へ出かけるわけだから、なにかあってもよさそうなものなのに、なんの話の展開もなく、いきなりウィーンだ。しかも、そこらの旅回りと大差のない展開で、せっかくウィーンに行った甲斐がまるでない。嫌々撮ったとしかおもえないような筋立てと撮り方のように感じられたけど、どうなんだろう。

 佳境、空港で寅がおもいきりのけぞって、なんだ惚れてたのかよとおもえる場面では、竹下景子がいきなりのラブシーン。いくら演ずるのが仕事とはいえ、恥ずかしかっただろうな、こんな展開は。なんだか、同情しちゃったわ。

 ただ、ラスト、帝釈天の庫裡で「寅の人生そのものが、夢のようなものですからな」という笠智衆に、さくらはこういうんだ。だとしたらいつ覚めるんでしょうね、と。覚めないんだな、悲しいことに。

 だから、ウィーンから傷心のおもいで帰ってきた寅は、こういう。

「じゃあまた、夢の続きを見るとするか」

 辛いな、こういう台詞は。その寅の心をわかっているのかいないのか、さくらは「また寝るの?」と訊く。

「旅に出るのよ」

 寅の夢は旅しかないからね。このあたりは実にうまいな。冒頭に夢がなかったのはそういうことなんだね。

 しかし、どうでもいいことかもしれないんだけど、柄本明も前田吟も『とんでもありません』という。どうやらこの頃から日本語の乱れが激しくなってきたのかもしれないね。ま、ラストカットの港越しの富士山はやけに好い画だったけど。

コメント

男はつらいよ 寅次郎サラダ記念日

2019年11月18日 20時10分24秒 | 邦画1981~1990年

 ▽男はつらいよ 寅次郎サラダ記念日(1988年 日本 100分)

 監督/山田洋次 音楽/山本直純

 出演/渥美清 倍賞千恵子 吉岡秀隆 前田吟 笠智衆 三崎千恵子 奈良岡朋子 三田佳子

 

 ▽第40作 1988年12月24日

 夢が、ない。

 寅が小海線に乗り一杯やりながら、しみじみさくらに語りかける。酒をすすめた車掌にえびせんにハサミをいれられたらもうタイトルだ。小諸の懐古園の祭だ。笹野高史に運動靴とジャンパーをかすめとられる小芝居のタイトルバックからそのまま小諸の旅になる。静かな展開だな。

 というよりなんとなく死の匂いがするのは、三田佳子が女医になって登場するからかしらね。でも、寅はそのまま小諸にいる。で、とらやだけど、さくらがほぼ女将になっちゃってるんだよね。三平くんだかなんだかいう店員はいるし、なんだかちらっとだけと団子焼きの職人らしき人影も見えたりして。

 ま、そんなことで徐々にとらやも変わっていくのかなって感じが漂い、御前さまも帝釈天の境内に立っているのではなく自宅の縁側でさくらと会話をかわすといった、なんていうのか、とにかく全員ががくんっと年を食ったっていう感じだった。なんだかね。

 物語も見も知らぬおばあさんの死が底流になってて、全体的に暗さが漂う。

 まあ、それを払拭しようとしてか、満男の受験話があったり、三田佳子の姪に三田寛子が出てたりして、なんだよ苗字つながりかよとかはおもってたって仕方ないんだけど、この早稲田の挿話がなんともつらい。

 いくらなんでも大学の講義に寅が入り込むことはないし、講義を奪ってあほみたいなワット君の話を披露して早稲田の連中が行儀よく聞いているはずもないし、どっと笑い転げるはずもないもんね。

 なんだか、ほんと、つらかった。

 それにしても、またすまけいの登場かよっておもったけど、よほど山田洋次はすまけいが気に入ったんだろうか?

コメント

男はつらいよ 寅次郎物語

2019年11月17日 19時54分33秒 | 邦画1981~1990年

 ◎男はつらいよ 寅次郎物語(1987年 日本 101分)

 監督/山田洋次 音楽/山本直純

 出演/渥美清 倍賞千恵子 吉岡秀隆 前田吟 笠智衆 三崎千恵子 五月みどり 秋吉久美子

 

 ◎第39作 1987年12月26日

 夢は、寅の子供の頃の思い出話だった。初めて家出したときのなんか時代劇じみた、長谷川伸の劇でも始まりそうな感じだとおもったら、森川時久監督映画『次郎物語』のパロディだった。

 で、目が覚めても兄ちゃんを呼ぶ少女の声とわかり、常総線中妻駅でめざめるんだけど、さらにはタイトルバックもなにやら地方ロケなんだけど、どちらも地味な印象が続き、1stシーンも帝釈天の前を通りすぎるさくらではなく、学校に面談に訪れるさくらだ。

 なにもかもが、ちょいと違う。

 で、寅の出したハガキを頼りに、郡山からとらやを訪ねてくるテキヤ仲間の忘れ形見のくだりになるんだけど、やはり、ちょいとちがう。さらに、お~なんだかテレビが家具調のボタンチャンネルになってるな~とおもっていたら、いつものように寅が店先を通りすぎる前に寅のアップから始まる。

 ふ~む、ちがう。

 とおもっていたら、五月みどりの写真を腹巻にいれてとらやを飛び出したときから、まあ、いつもとおんなじになったわね。

 ところが山田洋次、さすがにうまいわ。

 五月みどりの消息を訪ねて和歌山の和歌浦から奈良の吉野山へと向かう最中、いきなり、化粧品のセールスをしている秋吉久美子のカットが挿入され、五月みどりの辞めた旅館で秋吉久美子に出会うという展開になる。五月みどりの話から秋吉久美子に入れ代わり、子供のにわかな病気を媒介にして筋を回していくんだけど、笹野高史と松村達雄をからませて、おとうさんと呼ばれて単純に喜ぶあほな寅とお母さんと呼ばれて退屈な人生に小さな満足と喜びを感じてしまう秋吉久美子のもろい絆まで作り出してしまい、それどころかとらやまで巻き込み、ついでにお父さんお母さんと呼び合う電話口からあらたな岡惚れとその先の悲劇まで想像させ、チアノーゼの翌日、お決まりの寅が逃げるかとおもわせる一室での夜半のくだりも、大和上市駅の秋吉久美子の見送りまでぐんと回転させていくのは職人芸だね。

 伊勢英虞湾賢島でのすまけいに河内桃子もふくめた五月みどりとの再会から寅が別れを嫌がる子供に向かって『こんなおそまつな男になりたいのか』とたんかをきる桟橋の別れまでまあ上手なもんだわ。

 ただまあ、五月みどりの子供への抱き着き方はよろよろころがってまるで新派の芝居じみてたかな。

 しかし、今回は、台詞もいい。

 寅の説得だけでなく「仏様が寅に姿を変えて子供を助けた、仏様は愚者を愛しておられる、わたしのような中途半端な坊主よりも寅を」という笠智衆から「あれは愚者以前です」といわれる佐藤蛾次郎のとぼけた味までね。

 さらにいえば、師走にふられない寅がいて、ぼちぼち旅に出るかと悟ったような口舌を披露した後、のんびり出かけていくくだりまで、いや、寅が財布を忘れ、そこにさくらがお金をそっといれてやるさままでなにもかも、もうちょっといえば、駅前まで見送りに出た満男が「人間てなんのために生きてるの?」と訊いてきたときに「生まれてきてよかったなあとなんべんかおもうことがあるから、そのときのために生きてるのよ」も答える寅の後ろ姿が、なにやら、最終回みたいに感じられた。

 でもやっぱり、秋吉久美子は、最後の最後で『とらや』にくるのね。まあ、お決まりの展開は外せないのかしらね。

 で、五月みどりの「生きててよかった」という手紙から伊勢二見が浦で桟橋の別れを「せつないな~」と嘆じて船を出したすまけいが子供の未来の父親と予感させるラストまで、何度かある寅のアリアを除けば実に上手に撮られてた。

 山田洋次の職人芸を感じるな。

 あ、でも、ぼくは観るつもりはないんだけど、NHKでこの作品の夢の物語をそのまま映像にしたようなドラマが放映されてるみたいだけど、まあ、なんだかね、50年50作に合わせた寅さん祭りみたいな感じになってきるんだろうけど、ま、いっか。

コメント

男はつらいよ 知床慕情

2019年11月16日 00時54分24秒 | 邦画1981~1990年

 △男はつらいよ 知床慕情(1987年 日本 107分)

 監督/山田洋次 音楽/山本直純

 出演/渥美清 倍賞千恵子 吉岡秀隆 前田吟 笠智衆 三崎千恵子 竹下景子 三船敏郎

 

 △第38作 1987年8月5日

 まさか、三船さんが寅さんシリーズに出るとはおもわなかった。

 当時、三船さんは一枚看板で映画が撮れるような情況ではなかったかもしれないんだけど、でもたしかこのとき、日本アカデミー賞っていうテレビ局の賞番組で助演男優賞にノミネートされてて、でも三船さんは愉しそうに他の受賞者と並んで取材を受けてた。なんだか寂しかった。そんなことをおぼえてる。でも、とってもスタイルが良くてかっこよかった。

 ただ、三船さんは亡くなってしばらくしてから、わけのわからん風潮で、どこのどんな役者も名優だとか、糞映画でも名作だとかいう、もうおもねりとねつらいだらけの芸能界になってしまってから、やっぱり名優とかいわれ、担ぎ上げられたけど、当時はそんなこといわれなかった。

 世界的なスターであることはまちがいなかったけど、世の評論家や訳知り顔の業界人どもはこぞって三船さんを大根役者といってはばからなかった。嘴の黄色い新参者の業界人や、大学の映画サークルの青二才連中も、みんながみんな、三船さんをこきおろしてた。

 そんな中で、ぼくは孤立して三船さんの応援に立ってた。三船敏郎は大根じゃなくて世紀の逸材を使いこなせない監督が三流なんだといいつづけてた。誰も耳を貸さなかったけどね。

 まあそんなこんなの時代があって、そのちょっとあとにこの映画が封切られた。

 車好きな三船さんがあいかわらずの仏頂面で、おんぼろ車をスピーディに扱ってみせるのはいかにも三船さんらしかったけど、もうちょっとなんとかならなかったのかなあ。三船さんと竹下さんの共演は嬉しかったし、森繁久彌の『知床旅情』も三船さんと共演してるみたいでなんだか嬉しかったけど、でもなあ、せめて三船さんに帝釈天を歩いてほしかったなあ。

コメント