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HOPE 

Day of Hope「希望の日」の到来は間近!

逆理の道 お父様は騙されていたのか? トーク4 逆理の摂理の目的は父が息子に長子権を相続させる為のお父様の愛

2016-11-08 10:49:02 | 逆理の道

逆理の道4 逆理の摂理の目的は父が息子に長子権を相続させる為のお父様の愛

2016/10/14

[N] その通りですよ。逆理の摂理の目的は父が息子に長子権を相続させる為のお父様の愛であり神の愛なのです。息子は逆境の中で神と父の愛の心情を体術できたとき逆理摂理の勝利として真の長子となることができるのです。

[F] 本来の順理の長子権の相続と逆理での長子権の相続とはどのように違うのか?よくわかりません。 長子権復帰の道は(お父様が歩まれた道で理解できますが、「相続」の道と言うのはどこが違うのでしょうか?亨進様は國進様とのカインアベルを勝利した復帰の概念での長子権を主張しています。 父子協助とはこの辺りことを言っていると思いますが、うまく整理できません。

[N]順理ではお母様が長子と次子をひとつにしてお父様に繋げ、お父様と長子が心情一体化すれば順調に長子権相続がされます。ですから鍵はお母様が握っています。逆理ではお母様が長子を排斥しようとした為全てが狂ってしまったのです。
亨進様、國進様の主張は原理的ではありません。

[F] 逆理による相続とは母の関与無くして成立できるものなのでしょうか?

[N] カイン、アベルの関係は蕩減復帰時代の概念で、父子協助時代は創造本然摂理ですから長子、次子と呼ぶべきで、長子は顕進様、次子は亨進様、國進様です。

[F] それは理解できますが、創造本然摂理で逆理と言うのがよくわからないのです。
本然なら母は居ないといけないのでは?

[N] 相続だけを見れば父子関係ですから順理も逆理も母は関係ないのですが、順理9年目にして母が長子を排斥しょうとした為、父はこのままでは相続も基元節勝利も不可能だと判断し逆理(長子を犠牲にし、母の悔い改めを図る)摂理を断行したのです。ですから逆理の方法で創造本然の真の家庭安着、基元節勝利をなそうとされたのです。

[Y] 少し話変わりますが、我々は今の段階で、顕進様に従わない者たちも、もとよりお母様やほかの子女様たちを非難する何ものもないということです。

[N] 基元節勝利の為には父母子一体が必須の条件です。

続く

逆理の道 お父様は騙されていたのか? トーク3 「お父様と顕進とどちらに従って行くんだ?」

2016-11-07 09:21:54 | 逆理の道
逆理の道 トーク(3) 「お父様と顕進とどちらに従って行くんだ?」

2016/10/12 18:19

[N] なぜ?お父様はそれほどまでにして摂理を進められたのでしょうか?

[Y] お父様が「お父様と顕進とどちらに従って行くんだ?」と質問されたそうですね。その時は「お父様です」と答えざるを得なかったと思いますが、摂理から見ると本当は不正解だったと思います。「顕進様に従います!」と答えるのが本当は正解です。そう答えたらお父様は何と言われたでしょうか?「おおそうか!」と満面の笑みで答えられたと私は思います。

 それまでに語られたお父様のみ言葉、また摂理が明確にわかっていれば、顕進様に従うのが当然です。お父様の願いも当然そうであったはずです。すでにお父様はすべての使命を顕進様にゆだねておられました。だからそれが当然の話だと思います。自らは屍になろうともその血統を伝授した長子の勝利にすべてを委ねられたのでしょう。少しきついかもしれませんが、そう考えられない人は、本当はお父様の気持ちを理解していない。だからそのことを悔い改めなければならないと思います。

 母やほかの兄弟たちがたとえ道を外れるようなことがあったとしても神の摂理の中心人物はその中心的主軸を離れるわけにはいかないわけです。もし離れたら6000年の歴史のすべてが吹っ飛んでしまいます。お父様は幾度となくそのような道を歩まれてきました。
  お父様は生涯のご自身の経験からも、摂理的困難な時はだれにも頼らず、だれがどのように反対したとしても、天涯孤独な道を選択して切り抜けてこられました。そのことを通して神様の復帰の涙を味わい尽くしてこられたのです。
  だからこそお父様は、神様がそうであったように絶対的に長子を信頼して、孤独な道に我が息子を追いやったのは当然すぎるくらい当然の道だと思います。悲痛な道ですが悲しみの位置ではなく、涙は流さず固く決心していく道です。お父様ご自身、もっとも困難な時には涙を流さないで歩んだとみ言にあります。
 もちろんその道は悲痛は悲痛ですが、お父様はたった一人悲痛な時であればあるほど、その悲痛さのもっともっと幾倍も幾倍も大きな希望に胸を膨らませてその道を行かれたわけです。そのような道を歩まれたからこそ勝利者になられたわけです。
  だから見方を変えればその心情は実は最高の賜物だったと見ることができます。お父様にとっては!その心情の賜物をお父様は長子として顕進様に伝授され、顕進様はその賜物をお父様の期待される以上に実現してお父様を喜ばして差し上げようとされているのだと思います。
長子というのはその父を超えて行ってこそ真の長子なのです。その父親を越えて行ってこそその血統は永遠に相続されていくのです。
旧約聖書の創世記を見ると、ヤコブの息子、ラケルの産んだヨセフが兄弟から妬まれてエジプトの商人に売られその後エジプトの総理大臣になるという話があります。
 天使との組打ちに勝利してイスラエルの称号をいただいたヤコブには二人の妻とそれぞれの仕女に生まれた12人の子供たちがありました。その中でも妹のラケルの産んだヨセフはヤコブから最も愛され、天的に長子の立場でした。そのヨセフがある時夢を見ます。日と月と星がヨセフを拝したいうのです。その夢の話を聞いたイスラエル(ヤコブ)は「本当にお前の父と母と兄弟たちがお前を拝するというのか!」と問いただしました。その実、兄弟たちから妬まれたヨセフは兄弟たちに騙されエジプトの商人に売られていきます。エジプトでエジプトのパロ王の夢解きをしたヨセフはパロ王から信任を受けエジプトの総理大臣になります。その後カナンが飢饉に陥ったとき食べ物を求めてエジプトを訪れた父ヤコブと母と兄弟たちはヨセフ見た夢の通りに、ヨセフに拝することとなり、その後一族はエジプトに住まうようになったわけです。そしてその結果としてイスラエルの家庭はエジプトで本格的に氏族的段階から民族形成への道をスタートして行ったのです。
 ヨセフは兄弟から妬まれてヨセフはエジプトの商人に売られて行くという悲劇を被ったわけですが、そのことがなければイスラエルの歴史は始まらなかったともいえるのです。
 まさに顕進様の立場はヨセフの立場なのではないでしょうか。
はっきり言って顕進様はお父様以上の見識と能力を備えておられます。それはお父様ご自身が証言されています。賢明な妻を迎えお父様が始められた真の家庭の伝統と精神をさらに発展させ神様のみ旨成就に向けて全人類を導いていく重大な使命を力強く推進され来ました。今もうそのようにされていることがコリアンドリームの大会で証明されました。
お父様の使命を継承するということは単純に王冠を被せるとかということではありません。また、兄弟たちやその他大勢の食口たちが一時離反したことは摂理的にみればむしろ好ましいことだったと考えざるを得ません。

[N] 実際、お父様から「お父様をとるのか!顕進をとるのか!」そのように質問された2世指導者がいます。彼はその時「顕進様に従います!」と答えたそうです。するとお父様はとても怒られてまた同じ質問をしました。彼もまた同じ返事をし3回繰り返した後、お父様は苦い顔をされて「もういい」と言われて終わりました。お父様は怖い顔をされていましたが心の中では「こいつは大したやつだ」と思っておられるようだったと彼は感じたそうです。

[Y] お父様の息子、単純に血統を引いているとか、王冠を伝授されたとかそのようなことで従って来るような者たちはかえって摂理から見れば足手まといです。お父様ご自身がそうであったようにメシアとしての使命はその名前で為すものではなくその実体や実力で為した結果のものだからです。真の勝利者、真のメシアは真の愛の勝利者であるからです。逆理の道は一見反摂理の道のようで実は摂理を進める近道だったということになるのでしょうね。

逆理の道 お父様は騙されていたのか? トーク2 逆理摂理の心情圏

2016-11-05 22:51:05 | 逆理の道

逆理摂理の心情圏
引き続き「逆理の道」についてのトークです。

[F] 私がNさんと話して感じたのは、逆理摂理の心情圏です。歴史上現れてきた神様とみ旨を引き受けた人間の間の心情。復帰摂理上の現場に現れた心情圏と、神様、お父様、顕進様の三代にわたる共通の心情を解き明かすこと、または原理的に表現することができるかがカギではないかと思いました。

[N] 2009年2月28日、亨進様、国進様、真のお母様、教権勢力は全てお父様との一致は見られず摂理に反した行動をとったので、お父様と顕進様を中心とした順理の基元節は難しい、逆理の父子協助路程に入る、と確信されたのです。お父様にとっては非常に心痛い決断でしたが、顕進様は必ず勝利できる確信がありました。
 この時、お父様にとって心配の対象はお母様でした。
なぜなら2013年基元節勝利のための必須条件として、お父様お母様の摂理的心情一体基盤が前提ですが、実情はそうではなかった。この夫婦一体基盤を条件的にも立てる為に神様実体み言葉宣布大会が必要だったのです。

[F]>この夫婦一体基盤を条件的にも立てる為に神様実体み言葉宣布大会が必要だったのですね。
二次摂理(逆理)に移った時にこの夫婦一体基盤や亨進様擁立を容認された理由は何だと考えられますか?

[N] 離反したお母様の心を取り戻すため、お父様は聖和まで全心全霊を尽くし努力されました。この時のお父様の心情世界と逆理摂理の心情圏が復帰摂理クライマックスの核心中の核心です。幸いな事にみ言葉集にすべて記録されてます。(み言葉選集は一度発刊されたものの、その後回収されお父様の主要なみ言葉が削除されたり改ざんされて再発行されました。ここで引用するみ言葉は削除改竄される前のみ言葉選集によります。)お父様はあえて我々悟らしめるため、すべて記録せよと指示されたのです。
 亨進様擁立を容認された理由はお父様の苦肉の策です。お父様自らの意志で長子H1を公職から降ろすことを公言されたので、代わりの子女を立てる事を公表せざるをえないのですが、お母様の心を取り戻す為にもお母様が強力に推薦するH2を臨時(正式ではなく)にたてたのです。サタンに条件を取らせづ且つお母様の心を取り戻そうとする苦肉の策です。

[F] 順理の基元節は無理になり、逆理の父子協助がスタートしたわけですが、来るべき基元節は顕進様家庭を中心に成されると理解していたのがこれまでの顕進様側の理解でした。
顕進様追放のあと、順理の基元節ができないと判断されたお父様は、お母様の心を取り戻し、顕進様を元の長子の立場に立てた基元節が出来ると考えておられたのでしょうか?

[N] そうです。2011年にはお父様の顕進様排斥は終了し、顕進様は逆理環境の中で神様とお父様の心情を体恤勝利しました。その為お母様の心を取り戻すため全力投球されました。しかし結果的にはお父様の期待はまたも裏切られ、2012年7月、これ以上お母様の悔い改め実現は期待できないとお父様は最終判断されたのです。すなわち、お父様とお母様を中心とした2013年1月13日基元節は放棄され、勝利された長子顕進様を中心に立てた基元節摂理を延長せざるを得ないと判断されたのです。

[N] 2012年8月3日、生涯最後の訓読会にてお父様は「顕進なくして基元節はありえない」と遺言を語られ聖母病院に入院、病闘の後2012年9月3日お父様は顕進様に全ての希望を託し、聖和されました。


「逆理の道」対話3日目

[Y]少し視点が変わりますが、復帰摂理の基本原則から考えてみたいと思います。
まず復帰の基本原則は変わらないものです。まず最初に神様の創造理想とは何かということがあります。原理はそこから始まっています。創造原理の世界です。人類は堕落して創造理想の世界の実現がなされなかったわけですが、再びその創造理想を復帰していくのが復帰摂理の目的になりました。お父様の生涯の目的、ゴールもそこにあったわけです。どのような環境、どのような状況にあってもその原則を貫かれれて歩まれ続けたのが真のお父様でした。そういうお父様ですから生涯最後の時にあって、その原則から外れて歩まれるお父様ではありえないわけです。むしろ最後の時であればあるほど無慈悲に原則に従って歩まれるお父様だったと考えるのが当たり前です。
 最後の最後の瞬間までお父様の語られること、そしてその言動は、ひたすら摂理の勝利の方向を向かれていたと考えられます。真のお父様は「顕進様なしに基元節はない」と言われたとするならばまさにその通りだと思います。そのように考えていくとNさんの言われる意味がよく分かります。

逆理の道 お父様は騙されていたのか? トーク1

2016-11-05 19:14:19 | 逆理の道
お父様は騙されていたのか?

束草研修院で真のお父様は顕進様を叱責されその役職を解任されました。お父様が顕進様を叱責され解任された理由を問うと、真のお父様は側近幹部たちの報告に騙されてしまっていたのではと思わざるを得ないように思われる。しかし果たして真のお父様は騙されていたのか?それとも何かの理由があって、いかにも騙されていたかのごとき言動をとられたのか?そのあたりのことを「逆理の道」ということをテーマに複数の食口と話し合ってみました。その内容をそのまま紹介します。これらの見方や意見についての感想をコメントにお寄せください。

「逆理の道」について(その1)

[Y] 歴史上もっとも逆理の道を行かれたのがイエスキリストであったことは誰も否定できないでしょう。
そのイエスの使命を引き継がれたお父様も神様と一問一答されながら生涯を歩まれたお方です。
 そのようなお父様であることを考えると、お父様はあくまでみ旨成就のために顕進様を追い出したとしか考えられません。
顕進様こそみ旨の主人、血統の主人であるとの認識はお父様は微動だにしておられないのではと私は見ています。お父様は、顕進様への絶対的信頼があればこそ、顕進様を敢えて否定するような言動を取られたのではないでしょうか?
 お父様の神山先生や郭先生への信頼も同ようだったと私は思います。 そうでなければ神山先生や郭先生は顕進様のもとにはおられないでしょうし、お父様の真意を、神様の声と摂理を理解されたからではないでしょうか。

[F]お父様が存命中にUCから出た人とその後から出て行った人では違いがあると思います。神山先生と亨進様は聖和後、郭先生と顕進様はそれ以前で出られています。
お父様の指示に対する姿勢で食い違いが出ています。サンクチュアリがしがみついているのもそこだし、UCの人もお父様直接の言葉を聞いているので顕進様のもとに行かないでいるのではないでしょうか。

[Y] お父様はそこまで、含んで(想定された上で)斯様なことを言われたと思うのですが、その真意は何だったのでしょうか。

[F]逆理の道を通して神様の心情を顕進様に相続させたと言えますが深いところはNさんの悟った世界をもう少し理解しないといけない気がします。

[Y] Nさん、そのあたり如何なのでしょうか?

[N] そうですね。ここのあたりが核心部分ですね。2009~2011年のお父様の理解し難い言行がかえって我々を悩ましてしまいます。
ですから視点を変えて見ようというわけです。分裂した3派がそれぞれの立場から見て主張するのではなく、神様の摂理的観点から見たお父様のみ言葉を根拠に綺麗に整理しない限り、天が要求する統一家混乱の克服は不可能に近いと思います。その解決の鍵を今回紹介、解説しましょうと言うことです。


対話2日目

[F] おはようございます。顕進様がお父様の下を離れた時お互いにゆるぎない信頼感で結ばれていたことを前提として、環境的には亨進様、國進様、真のお母様、教権勢力は全てお父様との一致は見られず摂理に反した行動をとったので、お父様ご自身を中心とした基元節は難しい、延長路程に入る、と確信されたのでしょうか?またお父様は神様実体み言葉宣布大会を中心に聖和まで走られたことはどんな意味があったのか? それと並行してお父様聖和までの顕進様の責任分担は何だったのか?  このあたりはどのように考えますか?

[Y] 2008年以降のお父様の言行は、隠蔽されたり、改竄されたり、すべて密室の中で、外界から遮断されていましたので、十分な信憑性のある一次資料がありません。断片的な資料の継ぎ接ぎ、当時、密室内にあった人々のその後の発言などから類推するしかありません。
最終的には結果から判断するしかないわけで、2008年までの経過も含めて、真実の解明が最終的、摂理的勝利への道では!と考えます。
歴史的サタンによって囹圄の立場にあったのがお父様なので、事実お父様が語られたとされる言葉もフィルターを通さなければ、真実は見えないと思います。サタンの仕業は何でもありですから。

統一は取り戻せるのか

2016-11-02 17:51:23 | 統一
統一を標榜する統一教会(世界平和統一家庭連合)が分裂状態に陥っている。常に「統一」を掲げてきた統一教会(世界平和統一家庭連合)が分裂状態に陥っている。韓国では一般の人々からもそのことが注目されているらしい。韓国では「統一教の分裂」という本も出版されている。(最近、「統一教会の分裂」のタイトルで日本語版も出た)
その統一教(世界平和統一家庭連合、以下家庭連合とする)は再び統一を取り戻すことができるのであろうか。統一教会の食口(統一教会=家庭連合では長く信徒のことをそのように呼んできた。)、祝福家庭にとっては実に深刻な問題である。
現在統一教会(家庭連合)は大きく三つのグループに分かれている。まず第一には世界平和統一家庭連合、文鮮明師が創設した統一運動のグループの中でも最も中心的な役割を果たしてきた組織に所属するグループである。このグループは現在文鮮明師の夫人であった韓鶴子女史がリーダーシップを発揮している。
次には文鮮明師の三男で一時文鮮明師からその後継者として指名され、世界的平和運動の推進を続けてきた文顕進氏と顕進氏を支持する人々のグループである。文顕進氏は一時統一グループのほぼ全権を掌握するような位置にあったが、その後文鮮明師自らが様々な職責から解任、今は独自のグループを形成して活発な活動を展開している。
第三番目は7男の文亨進氏を中心としたグループである。文亨進氏は同じく4男の文国進氏と行動を共にしてきたが、もとは統一グループの中核組織世界平和統一家庭連合の世界会長も歴任した。しかし今は母親の韓鶴子女史とも対立し、独自の教会「サンクチャリー教会」を創設し、アメリカや日本など各地で独自の礼拝を行うなど活動を活発化させている。
ほかにも様々な傍系グループが存在するが、主には「真の家庭」と称された文鮮明師の家族、息子娘が中心となって活動しているのは先にあげた三つのグループである。

統一教会(家庭連合)の分裂はいつどのような形で発生し、どのような経過を経て今日のような状況に至ったのか、興味深い内容である。
様々な見解や意見、お互いに非難の応酬のような場面もあるが、ブログなどインターネットを通じた論議も活発に行われている。

当、ブログはそのような論議に一石を投じることができればと思い開設した。できれば各派の立場を離れて客観的な立場で問題点を論じていきたいが、当然、というブログの管理人も、またブログ中登場する人々も、みんなそれぞれ独自の見解や意見を持ち合わせているのは当然である。客観性に立ってというのは必ずしも一党一派に偏しないということではない。時にはそれぞれの派の立場に立った見解や意見もあって当然のことである。

ブログ執筆にあって尊重したいのは、当ブログのコメント欄やまた記事中においてもどのような立場に立つにせよ、皆様の真摯な意見や見解、討論資料の提供などに予断を離れた立場でそれらを歓迎し、そのことを通して活発な意見を交わすことができるならば、それは「統一への道」「平和への道」「希望への道」に通じるものと確信いたします。
当ブログタイトルも極めてシンプルに「HOPE]としました。日本語に訳せば「希望」でしょうか。あるいは「のぞみ」かもしれません。
かつて70年代文鮮明氏は[Day of Hope touar]を企画し、全米全世界でその運動を展開されました。熱狂的な若者たちが全世界で立ち上がり、また多くの政治家、社会指導者、知識人がその運動を理解し、支援し発展に貢献しました。日本でも「希望の日晩餐会」(1974年)や「希望の日フェスティバル」(1975年)が開催され、国内でもその運動が幅広く注目され、国家社会に希望を与える運動が展開されていました。
 当ブログの目的はそのような「HOPE(希望)」を取り戻すことにあります。