くろにゃんこの読書日記

マイナーな読書好きのブログ。
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「またの名をグレイス」 マーガレット・アトウッド

2009年02月01日 | 海外文学 その他
久しぶりにガッツリした小説を読みました。
アトウッドは私の大好きな作家でもあるし、「昏き目の暗殺者」がそれまでの長編小説の集大成のような印象を持っていたため、次はきっと違うもので勝負を挑んでくるはずだと確信しておりましたので、期待と不安が入り混じった気持ちでこの本を手に取りました。

本書は、史実に基づいたフィクションです。
1843年7月23日カナダで、出目がスコットランドの貴族階級にある独身のトマス・キニア氏とその家に仕える女中頭ナンシー・モンゴメリが殺害されました。
数日後に犯人として捕まったのは、使用人のジェイムズ・マクダーモットと女中のグレイス・マークス。
使用人が主人を殺害したということ、主人のキニアと使用人のモンゴメリが愛人関係にあり、解剖によってモンゴメリが妊娠していたという事実が明るみに出たことで、当時はカナダのみならず、アメリカやイギリスなどにも伝えられ、大変なセンセーションを呼んだようです。
また、グレイス・マークスは16歳の非常に美しい少女であり、キニア殺しの実行犯であるマクダーモットの供述どおり、本当に彼女がマクダーモットをそそのかして殺させたのか、彼女自身がモンゴメリ殺しに手を貸したのか、グレイス本人の供述があいまいで二転三転することから、本当のところはまったくわからず仕舞いでした。
キニア殺害容疑で両被告は死刑を下されますが、グレイスは弁護士の働きや地位ある紳士階級の嘆願書によって終身刑となります。
30年間服役していたグレイスは、赦免となって「用意された家庭」に出向き、その後結婚したと伝えられています。

グレイスが服役してから15年目、彼女のもとに若くて野心に燃える精神科医ジョーダンが訪れます。
小説はグレイスの語りとジョーダン医師の揺れ動く心情や行動が中心ですが、実際の書簡や新聞記事などが織り込まれて、独特な空間を生み出しています。
各章の扉絵には、小題に見合ったキルトのパターンが描かれていて、キルトをちょっと齧ったことのある私などには、とても身近に感じるところでもあり、グレイスの言う細かい針目というところで、うんうんと頷いてしまいました。
グレイスはパッチワークを専門に請け負っていたようですが、キルト作りの最大の楽しみは小さないろいろな形をしたパーツをつなぎ合わせて、ひとつの図柄を作っていくパッチワークにあると思っています。
その図柄は、選ぶ布の素材や色によって大きく表情を変え、着古した古着などを利用すれば、自分にしかないただひとつのキルトを作ることができます。
それはまるで、この小説のようでもあり、自分自身を形作る記憶のようではありませんか。

さて、本書は真実を追究することが目的ではありません。
なぜ、どうして、も同じようにあまり意味をなしません。
では、いったい何が書かれているのか。
それは「欺瞞」ではないかと思います。
自分を守るため、あるいは思いやりのために、みな何かしら嘘をつき、時には自分自身さえも欺きます。
なにもそれは特別なことではないのです。
見たいものを見て、聞きたいことを聞く。
誰にでもあることです。
自分自身の心が果物のように皮をむかれていく、なにか恐ろしさを感じながらこの小説を読んでいました。
アトウッドの小説は、フェミニズム的な色調が濃いのが特徴ですが、支配/搾取の構図はゆがみをみせ、あらたな局面に入ってきていると感じました。

またの名をグレイス 上
またの名をグレイス 下


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