くろにゃんこの読書日記

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「猫の大虐殺」 ロバート・ダーントン

2009年11月06日 | 科学&ノンフィクション
レヴィストロース氏の訃報を数日前の夕刊で知った。
「構造主義の偉い人」という認識でしかなかったけれど、多くの人類学文献に名を挙げられるその人は、享年100歳であったという。
ご存命であったのか、ということにほんとうは驚いたのだけれど。
ご冥福をお祈りします。

さて、なぜ人類学の偉人の話題から入ったのかと言えば、「猫の大虐殺」が歴史人類学という分野に位置するものだからです。
序文によれば、著者とギアーツは20年も歴史と人類学の講座を共同で主宰していたのだそうで、本書は人類学的手法を取り入れた社会史研究の先駆的役割を成したものなのだそうです。
本書は「猫の大虐殺」の縮訳版で、6章中4章のみの収録ですが、一つの章ごとにケーススタディを行っているので、読者にとって読むことにさして問題はありません。
注意点としては、論文はまず結論があってそれを検証していく、または、ひとつの結論に向かって論考が展開されていくものという先入観がある場合、それは裏切られるでしょう。
ポストモダンの手法をあえて取り入れることで、それぞれの断片の集合体からよりダイナミックな視点へと押し上げる効果があるように思います。
ひとつひとつの章を読み進めることにより、階層的に展開される論証に関連性を見出し、フランス革命以前の18世紀のフランスの人々が、どのような社会のなかで、どのように生きていたのかを知り、歴史のうねりを感じられるのではないでしょうか。

第1章は民話を考察することから、啓蒙されざる人々、農民にスポットをあてます。
民話の考察は、私自身人形劇の台本を書く上で、非常に気になるテーマです。
「浦島太郎」をシナリオ化した際に、非常に悩んだことがあります。
「オーソドックスな物語を」という前提のもと、何を持ってオーソドックスというのかが問題でした。
物語は、それぞれの時代によって、その社会が求めるものを反映するように変化して行きます。
それは、日本の民話であっても同じこと。
時代にあった精神性のもと、物語は語られるのです。
本書からうかがえるのは、現代に生きる私たちと18世紀に生きたフランスの農民とはその精神性も国民性も大きく離れているということです。

第2章は本書のタイトルにある猫の虐殺事件を取り上げています。
この事件は、1730年代後半、パリ市のサン・セブラン街で起こりました。
その記録を残しているのは、ある印刷工場に徒弟奉公しているひとりの労働者です。
徒弟奉公する少年というと、ついついアニメ「ロミオの青い空」を思い浮かべてしまうのですが、まあ、その生活はあまり遠からずといったようなものです。
虐殺の対象となるのがなぜ猫なのかというところは、猫の持つシンボル性に大きく関わってくるのですが、動物を裁判にかけ刑を執行するというところの滑稽さは、現代人として背筋が寒くなるばかりで、日本人の感覚からはずいぶん離れていると感じるところです。
ですが、当時のフランスの労働者にとってはよい憂さ晴らしとなっていたようです。

第3章は、ひとりの警察官によるフランス文壇の記録から、当時の作家の生態を分析しています。
記録されたのは1748年から53年の5年間で、作家の身上調査書は500件。
これがとにかく面白い。
なんとデムリ警察官は、作家たちの文才にまで一筆書いているのです。
そのほんのちょっとした書き込みが、デムリ氏を持ってなにを危険因子と考えているのかを知る手がかりになるのです。
まだ現代の作家のようないわゆる職業作家が登場していない当初の作家の暮らしぶりを知るにはいい資料です。

第4章はいち地方に住む商人が1774年から11年間の間に購入した本の記録から、本の読み方の変遷と読書するという行為からどのような影響を生活に及ぼしたのかを考察します。
これは、読書家にとって、とても興味のあることがらではないかと思います。
普段、ありふれた行為として行っている読書のありかたやその歴史に興味がある方は、ぜひ一読することをおすすめします。

本書に書かれているのは、あくまでフランスの歴史です。
日本ではどうなんだろうと考えてみるのもまた面白いかと思います。

猫の大虐殺 (岩波現代文庫)


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4 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (迷跡)
2009-11-09 22:20:59
申し訳ないのですが同感でした。合掌。
>ご存命であったのか

で、本書、それぞれが、実に想像力を刺激しますよね。
ルソーめ、ヨーロッパ中から熱烈なファンレターをもらい、それも上流婦人からが多いときては、さぞかし鼻の下を伸ばしてたろう! このこの…なんて。
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地元紙では (くろにゃんこ)
2009-11-10 00:07:37
レビストロース氏と書かれていました。
表記的にはどちらが正しいのでしょうね。

ルソーに関しては、その私生活などをみるといろいろと思うところはありますが、この本を読んでから「告白」を読んでみてもいいかなと思いました。
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Unknown (有沢翔治)
2010-01-01 02:11:30
レヴィ=ストロース氏が正しい表記だと思います。
日本の民話研究といえば柳田邦夫が思い浮かびますが、彼の手法とはまた違うのでしょうねー。
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あけましておめでとうございます (くろにゃんこ)
2010-01-01 17:57:36
初詣に行ったあと、年末の疲れからかコタツで爆睡してしまいました。
ああ、お正月って感じ。

日本の民話研究だとやはり柳田氏が頭に浮かびますが、私は不覚にも著書を読んだことがないんです。
「遠野物語」など読んでみるのも面白いかもしれませんね。

レヴィ=ストロース氏が正しい表記。
おー、なるほど。
ありがとうございます。
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