くろにゃんこの読書日記

マイナーな読書好きのブログ。
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アイザック・B・シンガー イディシの世界

2009年12月06日 | ノーベル賞作家
文学のフロンティア「愛のかたち」の中に所収されていたシンガー「幻影」は、貧しくとも高潔なラビの娘の結婚にまつわる出来事をある老女が語るというもので、ユダヤのしきたりとその世界観が、何の知識もない私にはたいへんものめずらしくもあり、小さな閉ざされた世界を覗きこんだような感覚を覚えました。
シンガーは、ユダヤ系アメリカ人で、1935年にポーランドから渡米しています。
その後、ポーランドのユダヤコミュニティはナチによって壊滅状態となり、シンガーの過ごしたワルシャワは失われました。
そして、シンガーは失われつつある言語イディシで執筆し、その文化を文学というかたちで残しています。
そう、物語になればページを開いた瞬間に、止まっていた時間は流れ出し、読者にいろいろな出来事を語りはじめるのです。

「やぎと少年」はかつて少年時代にシンガーが聞いたおはなしをモーリス・センダックの挿絵とともに楽しむことができます。
悪魔やこびとの出てくるちょっと怖いおはなし、まぬけな人々の楽しいおはなし。
こどもたちに身振り手振りを加えて年長者が語りかけている、そんな様子が目に浮かびます。
なかでも「やぎのズラテー」は最後の一文がすばらしく、シンガーの語りが読者に届くものであると思います。

「お話を運んだ馬」も小さなおはなしの作品集ですが、2編シンガー自身の少年時代の思い出がさしはさまれています。
このようなワルシャワの思い出は「よろこびの日」という作品集で読むことができます。
楽しい思い出や失敗の思い出、家族や友人との思い出。
ひとつひとつの体験がすぐそこに手に掴めるように描かれています。
「がちょうが悲鳴をあげたわけ」では、神秘主義のラビである父親と案外合理精神を持つ母親の一面が垣間見えるエピソードで、私のツボでした。
最後の「ショーシャ」だけは、渡米する直前に大人になったシンガーが少年時代を過ごしたクロフマルナ通りを訪ねるというものです。
そこでもシンガーはこどもにお話をしてあげます。
クロフマルナ通りに踏み入るシンガーは「罠におちた男」の主人公のようでした。

どんなに滑稽で楽しいお話も、その陰には失われた過去のさびしさがつきまとっています。
神はいないと「愛の迷路」の主人公は言います。
でも、怒りや悲しみを乗り越え、一歩踏み出すこと、前に進むことが生きることなのだと「愛の迷路」でシンガーは語っているように思います。

やぎと少年
よろこびの日―ワルシャワの少年時代 (岩波少年文庫)
罠におちた男


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