徒然日記

街の小児科医のつれづれ日記です。

ポリオ・ワクチン ~「生」か「不活化」か?

2011年06月13日 06時55分04秒 | 小児科診療
 最近話題のポリオ・ワクチン。
 「現行の生ワクチンは危険?」との噂が広がり接種を控える動きがみられる一方で、不活化ワクチンを個人輸入する小児科医も出てきました。

 このような際、混乱を防ぐためには正しい知識が必要です。

 まずはポリオの現代史から。
 戦後、日本でもポリオは流行する病気でした。当時もワクチンを接種していたものの、流行を抑えることができませんでした。それは「不活化ワクチン」だったのです。
 政府はその事態を打開するために「生ワクチン」の緊急輸入に踏み切りました。主にロシアとカナダから輸入されました。その普及とともにポリオ流行も沈静化し、近年はポリオの自然感染例は報告されなくなり、病気のインパクトも人々の記憶から薄れてきました。
 今をときめく感染症専門家:岩田健太郎先生の著作「予防接種は効くのか?」の私の感想文中終わりの方に「ポリオの歴史」の概要がありますので御参照ください。

 患者さんが減ってくると、ワクチンの副反応が気になってきます。
 たとえそれが希であっても。
 ポリオ生ワクチンを接種すると、腸の中で増殖する過程で毒性が回復して病原性を発揮し、麻痺を起こす例が450万接種に一人の確率で発生しています(VAPPと呼びます)。
 また、接種した子どもの腸から排泄されたポリオウイルスが、周囲の成人に感染して麻痺を起こす例が550万接種に一人の確率で発生します。

 この二つの副反応は生ワクチン特有のもので、不活化ワクチンでは起こりません。
 ポリオの自然発生がなくなった国々では、生ワクチンから不活化ワクチンへの移行が行われてきましたが、日本はこの動きが鈍いことが問題視されているのです。

 その日本でも、従来の3種混合(DPT)と一緒にした混合ワクチンという形(DPT-IPV)で数年以内に接種できそうな気配が見えてきました。同時に単独の不活化ポリオ・ワクチンの開発も指示されました。

 では、現時点で接種対象となる乳幼児はどうしたらよいのでしょう。
 現行の生ワクチンを接種すべきか?
 450万接種に一人発生するVAPPを恐いと考えて不活化ワクチンの発売を待つべきか?

 正解はありません。
 もし接種を控えて生ワクチンの接種率が低下すれば、不活化ワクチン導入前に流行が発生するリスクが高くなってしまいます。

 将来、すべての子どもが不活化ワクチンを接種するようになると生ワクチンは必要なくなるのでしょうか?
 答えは「No」です。

 最初の文章を読み直してください。
 「日本は当初不活化ワクチンを採用していたが、流行が抑えられないので生ワクチンの緊急輸入に踏み切った」のです。
 接種率を高く保てば大流行にはなりませんが、不活化ワクチンは接種した子どもの発症は防ぐものの、残念ながら広がりを抑える力はありません。不活化ワクチンは皮下注射なので腸管免疫(大腸の中でウイルスの繁殖を防ぐ免疫力)が獲得できず、増殖したポリオウイルスは便中に排泄されて広がってしまうのです。

 以下の2パターンでは生ワクチンの方が効果を期待できます;
・外国からポリオが持ち込まれた場合
・バイオテロ

 
 この2パターンの心配がゼロにできるなら生ワクチンは必要なくなりますが、無理でしょう。
 不測の事態に備える危機管理という視点から、昨今の世界事情を考慮すると生ワクチンもなくしてはいけないのです。
 受ける側も接種する側も悩ましい問題です。

※ 当院ではポリオの不活化ワクチンは扱っておりません。
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