gazami さん、こんにちは、ホロンです。
私が「迷走」を読んだ時の最初の印象は、「散文」もいいな、というものでした。
gazami さんの日記は文字形態に囚われない明らかな「詩」だと、僕は思っていますが、この「迷走」はそれに対する散文で、要点を捉えたメリハリのよい気持ちのいい文章、というのが僕の最初の感想です。また、バランスの良さとノーマルさを感じました。
やはり、一番スカッと爽やかな気持ちにしてくれるのは、文末のまとめの一節でしょう。
行くとこまで行って だめならしょうがない。
けど まず 行ける所まで行かなきゃ 話にならない。
行ってから 考えよ。 てな 風です。
正に!ってな風です。(^^)
これは僕の信条にとても同調するもので、拳を空に突き上げたいほどのものですね。ィエーィ!ってね。
そして、この一節でまとめるからには、gazami さんもパワーゲームを否定しないスタンスであり、また、そうあるべきだとの個人的信条を持ってられるのではないかと想像しているのですが、間違っていたらごめんなさいね。
日頃、gazami さんの詩を読んでいると、
己にしか見えない「宝石」を
後生大事に 譲る部分は譲るが
そうで無い部分は 決して譲らないで
日々を送り「終末」をニュートラルに
受け入れられれば良いと
という部分に、確かに引っかかりもするのですが。
終末については、個人としての死は、かなり早くに観念として認識されるのだと思いますが、集団の死は意識されにくいものですね。特に右肩上がりの潮流に乗っている時には、それは無いのではないかという、錯覚に陥ることもあるのでしょう。
しかし、いまの社会、世界、情勢、などなど、人々は明らかに、終焉に類する何かに気づき始めているでしょうね。
私が「迷走」を読んだ時の最初の印象は、「散文」もいいな、というものでした。
gazami さんの日記は文字形態に囚われない明らかな「詩」だと、僕は思っていますが、この「迷走」はそれに対する散文で、要点を捉えたメリハリのよい気持ちのいい文章、というのが僕の最初の感想です。また、バランスの良さとノーマルさを感じました。
やはり、一番スカッと爽やかな気持ちにしてくれるのは、文末のまとめの一節でしょう。
行くとこまで行って だめならしょうがない。
けど まず 行ける所まで行かなきゃ 話にならない。
行ってから 考えよ。 てな 風です。
正に!ってな風です。(^^)
これは僕の信条にとても同調するもので、拳を空に突き上げたいほどのものですね。ィエーィ!ってね。
そして、この一節でまとめるからには、gazami さんもパワーゲームを否定しないスタンスであり、また、そうあるべきだとの個人的信条を持ってられるのではないかと想像しているのですが、間違っていたらごめんなさいね。
日頃、gazami さんの詩を読んでいると、
己にしか見えない「宝石」を
後生大事に 譲る部分は譲るが
そうで無い部分は 決して譲らないで
日々を送り「終末」をニュートラルに
受け入れられれば良いと
という部分に、確かに引っかかりもするのですが。
終末については、個人としての死は、かなり早くに観念として認識されるのだと思いますが、集団の死は意識されにくいものですね。特に右肩上がりの潮流に乗っている時には、それは無いのではないかという、錯覚に陥ることもあるのでしょう。
しかし、いまの社会、世界、情勢、などなど、人々は明らかに、終焉に類する何かに気づき始めているでしょうね。