ある産婦人科医のひとりごと

産婦人科医療のあれこれ。日記など。

毎日新聞 論点:産婦人科医不足をどうする 分娩施設の集約化を

2006年06月08日 | 地域周産期医療

****** 毎日新聞、2006年6月3日

分娩施設の集約化を
臨床研修必修化で地域基幹病院が崩壊
産科医療改革に欠かせない住民の理解

海野信也(北里大産婦人科教授)

 産婦人科医が減少しつつある。少子化による出生数の減少よりも速い。いくつかの原因が考えられている。

 日本はお産で亡くなる赤ちゃんの数が世界で最も少ない国の一つであり、「お産は安全で当然」と考えておられる方が多いと思われる。

 日本の産婦人科医にとって世界に誇る成果であるが、そのために、お産が安全でなかった時代よりも産婦人科医が医療訴訟の当事者になる可能性が高まっている。医師1人当たりの医療訴訟が診療科中で一番多いのである。産婦人科は安全性を向上させることで、逆に、若い医師をひきつけられなくなっている。

 産科医療には安全性だけでなく、利便性を求める強い社会的要請もある。「地元で産みたい」というのは住民にとって切実な願いである。これに応えるため、産婦人科医は各地域に「広く」「薄く」分布して診療をしてきた。その結果、分娩施設では当直が多くなり、勤務条件が過酷なものとなっている。若い医師がこの分野への参入を躊躇するもう一つの要因である。

 04年度から医師の新臨床研修制度が導入された。研修が終わるまでの2年間、新規専攻医師の各診療科への参入が中断し、産婦人科では若い医師への依存度が高い地域基幹病院の現場がもちこたえられなくなった。その結果が、各地の病院で発生している分娩取り扱いの縮小、閉鎖である。

 妊娠分娩は文化であり国ごとに特徴がある。大多数の欧米諸国では、妊婦健診は近くの診療所で行うが、分娩場所は集約されている。これに対し、日本では多数の比較的小規模な施設が分娩を取り扱うという特徴がある。分娩施設が大規模になるほど医療安全が向上することは証明された事実である。欧米では「分娩場所に関しては」利便性を犠牲にする選択がなされている。日本でも分娩のあり方について改めてコンセンサスを形成していく必要が生じている。

 日本産科婦人科学会(日産婦)の任務は産婦人科学と医療の進歩、それを支える人材の養成だ。産婦人科医療の問題点への解決策を示し、明るい将来像を特に医学生・研修医に対して明確に示すこと、その実現に向けて社会に働きかけていくことが課題である。医療訴訟問題を健全に解決するには裁判外医療紛争処理機構が必要である。勤務条件の改善には、分娩施設の再編を含む産科医療制度改革を推進しなければならない。

 行政、医療機関、医師、助産師、住民等関係者は急いで検討を開始する必要がある。安全性を損なうわけにはいかない。分娩施設までの距離が遠くなるなど住民の負担が増加するため、行政サービスの拡充も必要になる。検討の際には、住民にこの問題が十分に理解されることと住民の意思が反映されることが重要だ。

(毎日新聞、2006年6月3日)