神奈川県は首都圏に位置し、横浜、湘南など、日本中の多くの人が一度は住んでみたいとあこがれているところです。人口も非常に多いし、大学付属病院や超有名巨大病院も多数あります。医師不足とは全く無縁という気がしていましたが、最近の報道では、その神奈川県にも産科医不足の荒波が押し寄せ、状況はかなり厳しくなってきているようです。
****** 毎日新聞/神奈川、2006年6月26日
産科医療:分べん施設や医師減少 早急な対策必要--県がアンケート /神奈川
全国的な産科・産婦人科医の不足が問題になる中、県内でも分べんを取り扱う施設や医師が減少していることが県のアンケート調査で明らかになった。医療関係者などからは「産科医は激務を強いられており、早急な対策が必要だ」との声が上がっている。
県内で産科や産婦人科を扱う病院や助産所など556施設のうち、76%に当たる424施設から回答を得た。
06年4月以降も分べんを取り扱うと回答したのは165施設で、03年度から16施設減少。06年3月時点は179施設で、今年度に入って取り扱いをやめる施設が増えている。
分べん取り扱い施設の常勤医の数は06年度に399人となる見通しで、03年度の434人から35人減。特に横浜市域の病院は169人の常勤医を必要としていながら、134人しか確保できる見込みがない。県全体の病院と診療所では06年度、465人の需要に対して109人の常勤医が不足する見通しという。
調査結果は県が月1回開く医療審議会医療対策部会で議論する。県は医療関係者へのヒアリングなども行い、9月末までに開かれる審議会に対策の中間取りまとめを提出する予定。【稲田佳代】
(毎日新聞) - 6月26日12時2分更新
****** 朝日新聞/神奈川、2006年05月30日
お産担当常勤医 2年で10人減少
病院でお産を担当する常勤医師が、この2年で10人減った――横浜市が市内のお産扱い施設を対象にアンケートした結果、横浜でも産婦人科医不足が深刻になっている実態が明らかになった。市医療政策課が29日発表した。
県の全体調査の一環として横浜市医療政策課が3月に、市内の病院32、診療所137、助産所64の計233施設を対象にアンケートし、うち152施設(65%)から回答を得た。病院はすべて回答した。
それによると、病院の常勤医師は04年度は146人いたが、05年度は143人に減り、今年4月時点でさらに136人に落ち込んだ。
お産を扱う病院は05年度の30から今年4月に27に減り、さらに2病院が今年度中にお産の扱いをやめる予定だ。
各病院がお産に必要だと考える常勤医師の人数を合わせると、155人になり、常勤医不足の実態も浮かび上がった。
また、市内の病院のお産のうち、約77%は市民だったが、約23%は市外の人だった。
****** 朝日新聞/神奈川、2006年06月03日
お産の場 どう確保
産婦人科医が減り、赤ちゃんを産む場所が失われつつある問題を、どう解決したらいいのか――。県内のお産を扱う病院・診療所にアンケートして実態を調べた県産科婦人科医会の会長、医師不足によりお産を休止した民間病院の事務部長、医師を育てている大学医学部産婦人科のトップである教授の3氏に聞きました。(大貫聡子、赤木桃子)
県産科婦人科医会会長(八十島クリニック院長)・八十島唯一氏
――県産科婦人科医会は今年1月、県内で2015年に少なくとも約1万人の出産場所がなくなるという調査結果を発表しましたね。
「調査では、今後分娩(ぶんべん)の受け入れをやめると答えた診療所の医師が全体の3割に上り、県内でも産科医不足が深刻な状態にあることがわかりました。働き盛りの世代が他の診療科に転科するケースも目立っています」
――産科医不足について、危機感を持ったのはいつですか。
「これは大変だと思ったのは、今年の春です。診療所の医師が減るとしても、お産の大半は病院でおこなわれています。調査でも、分娩の受け入れをやめると答えた病院はほとんどありませんでした。ところが、県内の各大学医学部の研修を終えて医局に入る新人医師がこの春に600人いたのですが、産婦人科を希望したのは、たったの10人でした。産婦人科医を増やさない限り、日本の周産期(妊娠28週から生後7日まで)医療は崩壊すると思います」
――県西部の拠点の病院である松田町の県立足柄上病院は、横浜市立大医学部が常勤医師全員を引き揚げたため、現在はお産の件数を制限しています。
「大学病院は二重苦なんだと思います。地域医療のため、医師を派遣しなければならないが、自分の病院も医師不足で苦しい。怖いのは、大きい病院がダメになると他の病院に妊婦が殺到してドミノ倒しのように、その地域の医療が崩壊してしまうことです」
――厚生労働省は、お産の場の減少を受けて、産科医が少ない病院が多い地域では、医師の集約化を推進するよう提言しています。
「行政は、医師を同じ数だけ集めれば、分娩を休止している病院が再開できるだろうと考えているかもしれませんが、そんな単純な話ではありません。お産はチーム医療です。医師の判断のタイミングや手術の手技は、受けた教育やキャリアによって違ってきます。寄せ集められた医師がチームワークを保つのは、そう簡単ではありません。長期的にはやはり、医師の数を増やすことが問題解決の絶対条件です。ただ、短・中期的には医師の集約化と重点化でしのぐしか手はないのかなとも思います」
――助産師の活躍を期待する声もあります。
「正常な分娩なら助産師で十分と思われていますが、助産院で生まれた新生児が危険な状態になってから病院に搬送されるというケースもあります。助産師と医師のしっかりとした連携が必要でしょう」
――行政への期待はありますか。
「周産期医療の保険点数を引き上げ、もっと産婦人科医の仕事を金銭面で評価していくべきだと思います。産婦人科医はお産が好きで入ったんだから勤務が過酷でも当然だろう、と言われてきましたが、志だけではもうどうにもならないところまで来ています」
衣笠病院事務部長・古屋修身氏
――衣笠病院は2年前の秋から、お産の受け入れを休止していますね。横須賀市内でお産の件数が多い病院だっただけに、受け入れ休止は県内でも、かなり注目されました。
「病院では年間1千件近いお産を扱っていた時期もあり、お産は病院にとっての看板でした。休止はつらい選択で、地域の人に迷惑をかけていると思います」
――休止に追い込まれた理由を教えてください。
「4人いた常勤医が、大学病院の引き上げや退職で1人になり、とてもお産をこなせなくなったからです」
――再開のめどはあるのでしょうか。
「産婦人科の医師が来たら、いつでも再開するという姿勢を見せるため、いまも産科病棟は他の診療科に転用せずに残してあります。お産を扱わない時期が長く続くと、地域の人から『あの病院はもういい』ということになりかねない。それでは、地域医療の第一線を担うべき民間病院の役割がなくなってしまいます。ただ、再開のめどはついていません」
――産科医は、まったく集まらないのですか。
「お産を再開するには4人の医師が必要だと考えています。40代後半から50代の医師数人が協力したいと申し出てくれていますが、4人にはまだ足りません。休止の期間が長くなると、再開は余計に難しくなります。もう1年半、休止の状態が続いているので、この半年で、再開できるかどうかを見極めたいと考えています」
―― 一時的に4人の医師がそろったとしても、医師がまた辞めれば、再び休止に追い込まれることになりませんか。安定して産科診療を続けるにはどうしたらいいのでしょうか。
「若い医師が来てくれないと、人数がそろって再開できたとしても、いずれ続けられなくなります。一つの生き残りの道は、研修医受け入れ病院の指定を受けることです。実績のある指導医を招き、研修医を受け入れるようにすれば、なんとかなるかもしれません。ただ、すぐに実現できるかというと、現実には厳しいと思います」
――半年間で医師がそろわなかった場合、どうするのですか。
「横須賀市内で産む場所が足りないのであれば、民間病院の責任として、ほかの病院と手を組むことを考えなければいけないと思っています。病院単独で産科をどうするかではなく、地域で解決するという発想です。お産はいつ赤ちゃんが生まれるかという時間との戦いです。近くに病院があることに意味があります。衣笠病院を拠点に、医師や助産師を集め、輪番制でお産を扱うというような形態ができないか、ほかの民間病院に積極的に提案したい」
――ところで、お産の休止は病院の経営にも響いているのでしょうか。
「お産は病院の入院収入の約10%を占めていました。それがなくなったことは経営上マイナスです。横須賀では『お産の衣笠』という評判をいただいていたのですが、そのイメージが失われ、看護職の募集にも影響が出ています」
東海大学医学部産婦人科学教授 ・三上幹男氏
――東海大医学部は、松田町の足柄上病院に4月から非常勤で医師を派遣していますね。
「県から、地域医療をなんとか維持したいと頼まれ、医師の派遣を決めました。常勤医は不可能だったので、現在週に3~4日、日勤と夜間当直、オンコールの非常勤医師を派遣しています。私も含め、スタッフ14人が順番で回っています。しかし、大学病院の勤務をこなしながらなので、大学病院の当直を終えてから足柄上病院に向かう、なんてこともしばしばです。体力的にも精神的にも厳しい状態です」
――大学病院も含め、地域の中核となる病院の産婦人科医師不足は深刻です。
「東海大学でも今年、産婦人科に入局したのは、新人医師60人中たったの1人です。昨年までは付属病院以外に6カ所の病院に常勤医を派遣していましたが、マンパワーが足りず、現在は4カ所、来年には3カ所に減らす予定です。大変なのはうちだけではありません。他の中核病院でも、医師が減って、周産期救急医療システムの指定病院を辞退したいと言うところも出ています」
――厚生労働省は、医師の集約化を解決策に挙げています。
「どう集約するというのでしょうか。具体性がぜんぜんありません。例えば、足柄上病院のある県西部をとっても、県立病院もあれば個人病院もある。経営母体もルールも違う人たちが、どうやってどこに集まるというのでしょうか。国がお金を出し、分娩センターを作って医師を集める、ということでもしない限り無理でしょう」
――助産師の力を積極的に活用すべきだという意見もあります。
「良いことだと思います。ただ、妊婦の状態がひどくなってから、なんとかしてくれと病院に送られてきても、処置が難しいときもあります。実際、もう少し早く搬送してくれたら母子とも何とかなったのにというケースもあります。ほとんどのお産が正常だから、赤ちゃんは元気に生まれてきて当たり前、もっと助産師を活用しようというだけでは安易すぎます」
――県は実態調査をようやく始めました。お産の場を減らさないために、行政に何を期待しますか。
「過酷な労働に見合った対価がきちんと支払われるための金銭的なバックアップや、訴訟による医師の負担を減らすための保障制度の確立です。給与体系はどの診療科も一緒です。当直もなく、きちんと休みが取れる科がある一方で、産婦人科は36時間勤務が当たり前で、休日も呼び出される。給料が同じであれば、誰も産婦人科を選びませんよ」
――医師の確保が必須ということですね。
「そうです。産婦人科は、女性のダイナミックな体の変化を一生にわたってサポートできる仕事です。大学の講義や実習では、いかにやりがいのある仕事かをアピールし、医学生に産婦人科を選んでもらう努力をしています。ですが、医師不足が解消されない限り、お産の未来は暗いと思います」
参考: