シルバーバーチを拠り所にして

スピリチュアリズムとは霊的真理に基づく崇高な生き方のことです
このブログは日々奮闘する未熟な私の心の声かな・・・・

反省したり、責めたり

2018-09-19 09:37:57 | 日記
<2018/9/18記>
けっこう低級霊の思念がブレンドされている記事。
こうやって低級霊が忍び寄って霊的真理を曲げていく・・・という好例(悪例?^^;;)
霊と精神と肉体との関係が崩れているから病気であるのよね。
特に、霊としての自分が異常だということに気がつかないことが病気の原因ってことが多いです。
霊の異常ということは、神の摂理から外れているってこと。
それを正すために、病気があり、そこに霊的成長を果たすための真の目的があると思う。
この記事は反省どころか猛省ものだわ。
低級霊にはお生憎様だけど、私は自分の人生を棒に振らない!!!!


<2018/9/6記 ↓>
さて私は、霊が正常であれば精神も身体も正常となると申し上げております。同じように、肉体と精神が最大限に機能していれば、おのずと霊性が最大限に発揮されます。が、残念ながら、そういうケースは地上では滅多にお目に掛かれません。それで病気、不調、痛みが生じます。すべては三者の調和が崩れたことに起因します。
『シルバーバーチ 最期の啓示』

たぶん・・・人って無意識に内省したり、自分の悪いところに気がついたり、悔い改めたりを、毎日繰り返したりしているんだけど、
同時に、そんな自分を無意識下で責めていると思うんだ。
反省する心の奥には霊と肉体と精神の三者の調和を乱す何かが潜んでいると思わない?
神様は、私の人生を棒に振ってもいいから、「反省」より、「自分を責めずに霊的成長すること」を、学ばせようとしているに違いない。
(↑危ないなあ・・・ふぅ)
コメント (2)

失敗の恩寵

2018-09-09 02:22:37 | 日記
「これは、霊的叡智を求める求道者のすべてに言えることです。断腸の思い、悲痛、苦痛を体験しないことには、そのあとに訪れる恩寵の有難さが十分に理解できません。人のために役立とうとする人間は試練を覚悟しなければなりません。時には力の限界までしごかれることもあります。」
『シルバーバーチの霊訓(10)』


幼少の頃から、ずっとずっと苦しくて悲しかったことが摂理違反だと理解して、やっと解放されました♪
人の痛みに、同情はしても摂理をねじ曲げるほど悲しまなくても良いのですね。

要は、摂理が分からず「やれ、可哀想だ辛かろう。他の人は何も分かっていない!」と、私の人生は一人独善的だったわけです。

一生変わらないカルマを抱えて端から見て辛そうでも、摂理を知ることで、そのカルマが恩寵に変わります。

例えばLGBTなら、「性」より、「霊」で自分を考える。
性差に拘らないほうが、より崇高な人生を歩めるはず。
私が「女性ならではの美しさ」ということに拘らなくなったら、生きやすくなったように・・・
それにカルマはどんなに苦しくても一生かけても絶対この地上人生で償う。
償いきることで、大きな恩寵を手に入るのだから。


「カルマによる義務の遂行のために戻ってくる人もいれば、自発的に地上での貢献を目的として戻ってくる人もいます。男性として戻ってくるか女性として戻ってくるかは、格別に重大なことではありません。私たちの世界には性差別防止条例はありませんので!
 霊的進化の程度が唯一の基準です。男性であるか女性であるかは問題ではありません。大切なのはその人の行為です。」
『シルバーバーチの霊訓(10)』


霊的進化を基準に見ると確かにそうなの。

飲み会失態

2018-08-20 20:48:14 | 日記
私にとって道徳とは、その人がそれまでに悟った最高の原理に忠実に行動しようという考えを抱かせる努力目標のことです。それは親切であろうとすることであり、手助けをしようとすることであり、人の心を思いやることです。
 もとよりそれは人の心を傷つけたり感情を害することではありません。いかなる形においても人の進歩を阻害することであってはならないことになります。後になって恥ずかしく思ったり、自分が手にした真理に忠実でなかったと思うようなことをしてはいけないということになります。『シルバーバーチの霊訓(8)』


我ながら最低だと反省しきり。
どうやって謝ったりリベンジしようかなあ・・・・・

施設の飲み会で、大好きな同僚が隣だったの。

その同僚が最近、別のフロアに異動になっちゃってて、久しぶりの再会。
「私たちがペアの時って超楽しかったじゃん!!」って2人で盛り上がってたの。

「さみしいから、うちのフロアに戻っておいでよ~」

「私も帰りたいけど、でも誰が代りに異動してくれるの?」

「当然(苦手な)彼女よ~!!」って、私 ついに本音を言っちゃった。

(苦手な)彼女がその同僚の隣にいるのに・・・・・・

瞬間、彼女の顔が凍り付くのが分かったわ。

私も一瞬スカッとしたんだけど、すぐに、なんで「こんな傷つけるようなことを言っちゃったんだろう」と・・・。


嫌いな人や苦手な人がいるってことは、本当に霊的にマイナスなんだって思い知ったわ。

霊的な環境に浸り出すと、心と言動に裏表がなくなるもの・・・・・・。



ごめん。ごめん。

全て神の子なのに。

私の思いが相手を傷つけないよう、人を嫌いにならないように....
コメント (2)

切れる老人

2018-01-03 20:59:06 | 日記
あなた自身の責任を他人の肩に背負わせる手段はありませんし、他人の責任があなたの肩に背負わされることもあり得ません。各自が各自の人生の重荷を背負わねばなりません。そうあってはじめて正直であり、道徳的であり、倫理的であり、公正であると言えます。それ以外の説はすべて卑劣であり、臆病であり、非道徳的であり、不公平です。摂理は完璧なのです。
『シルバーバーチの霊訓(6)』

キレる老人の記事
記事の抜粋
例えば、お菓子屋さんでカステラを買おうとした高齢者の方が、店員の「おひとつでよろしいでしょうか?」という言葉にひどく怒ったとします。実はこの高齢者の方は、かつては仕事でカステラをこの店で100個近く注文していたのに、いまは1個しか買わないことを寂しく思っている。それで「おひとつ」という言葉に、思わず「貧乏人だと思ったのか!」とキレてしまう。こうした高齢者の方たちの背景にまで思いを巡らす想像力が求められているのです。

最近キレる老人のことがよく話題になっているけど、私はこの手の話にはとことん冷たい。
ああ老害だね 積み上げてきた性格が悪くてお気の毒にな~っ て哀れに思っておわり!

確かに、歳をとって出来ていたことが出来なくなったとか、見捨てられる不安だとか、
社会のスピードに着いていけないとか、色々な要因が重なっているのはわかる。
でも、そんなことを言ったら犯罪者だって生活困窮者だって言い分があるだろが・・・

キレる老人の世代が増えたからって社会に寛容と理解ばかりを求めること自体おかしい。
まっ今更性格を変えるのは無理だから寛容も理解もするけど、だけど悪いのはキレる人だ。
犯罪者や弱者には厳罰とか自己責任ばかりを求めるのに・・・
社会はお金をもっている人にはとことん優しい。

「おーい」「おーい」と些細なことで四六時中叫んでいる老人がいる。
この人は社会的地位の高いお偉いさんだった人。
呼べばお手伝いさんやら奥さんやらが飛んできてくれた環境だそうだけど、
今では排泄も歩行も何もできなくて口だけ元気。

他人の物をそっと捨てたり、夜中に他入居者のドアをノックしたりの意地悪を楽しむ老人。
この人は元看護師さん。
いつも人の目を盗んでこそこそしている。

こんな人が認知症+持病というカテゴリーで括られる。

別にいいんだ。
どうせ死んだらその人に相応しい境遇が待っているから。
病気だって言い張っても通用しない世界に突入するんだから。

要はその人の霊性の問題に帰着するものだと思います。

毎日へとへと

2017-12-19 22:40:46 | 日記
来る日も来る日もこの世的な雑用に追いまくられていると、背後霊の働きがいかに身近なものであるかを実感することは困難でしょう。しかし事実、常にまわりに存在しているのです。あなた一人ぼっちでいることは決してありません」

───そのことはよく分かっております。なんとかして取越苦労を克服しようと思っています。

 「そうです。敵は心配の念だけです。心配と不安、これはぜひとも征服すべき敵です。日々生じる用事の一つ一つにきちんと取り組むことです。するとそれを片付けていく力を授かります。
『シルバーバーチの霊訓(6)』


もう最近忙しすぎ。
呑気で暇な11月にちゃんと研修レポートを仕上げていなかったのが悔やまれる。

12月になって、毎週 研修のスクーリング行って、
合間に仕事して、合間にレポートして、合間にピアノ教えて、
合間 合間って、合間仕事が多すぎて全然合間になってない!

そういう時に、身内の病気が発覚したり、手術に付き合ったりすると
もう、なんだな。
この忙しさは、私のために、敢えて守護霊さんが用意したんじゃないかと・・・・。

この状況が好転してほしいとは思わない。
ただ、私がこの先を心配したり不安になったりしませんように・・・・
疲れで霊的な環境を全く整えられないけど
それでもしっかり見守られていることを実感できますように・・・・

苦手~ 苦手~

2017-10-19 16:19:29 | 日記
人間が地上にあるのは人格を形成するためです。ふりかかる問題をどう処理していくかがその人の性格を決定づけます。が、いかなる問題も地上的なものであり、物的なものであり、一方あなたという存在は大霊の一部であり、神性を宿しているからには、あなたにとって克服できないほど大きな問題は絶対に生じません。
『シルバーバーチの霊訓(4)』


「ああっ!やりにくいなあ~。」っていう人って絶対身近にいるの。

大雑把でいい加減な私には、几帳面で伝統とかしきたりを重んじる人って、かんなり苦手。
あと、承認要求の強い人も嫌 欲深い人も嫌 

苦手な人って、一緒にいるとほんっと苦痛なんだけど、
きっと相手も私同様に苦痛を感じているはずなので、

「どうしてこんな組み合わせを神様が用意したっ?「類は友を呼ぶ」はどこへ行った?」

と????だらけになります。

シルバーバーチは人間が地上にあるのは人格を形成するためって言ってるから、
こういう苦手な人や合わない人がいたりするのも、人格を形成するための良い訓練になっているのかしらん。

人格を形成する=我慢する=相手の行動を哀れんであげる。

今は霊的な視点で我慢してあげるほうが立派なんだってわかってる。

世間では、苦手な人たちのほうが、私なんかより絶対立派で優れているのだけれど、
霊的真理を知ったおかげで、誰もが対等なんだということがわかる。

横の愛の絆を育むのは、地上ではなく、むしろ霊界だろかね。

愛は死よりも強いとは言うけど

2017-08-24 13:09:46 | 日記
あなたの愛する人たち、それからあなたを愛してくれている人たちは、“死”を境にして物質的には別れ別れになっても、霊的には今まで通りにつながっております。愛は死よりも強いのです。愛は霊力と同じく宇宙で最も大切なエネルギーの一つです。『シルバーバーチの霊訓12』

ここんとこ、ずっと悩んでいる問題があります。

それは、私は本当はとても冷たい、愛のない人間ではないかということ。
家族や親族やその他の人間に対しての絆があっさり軽いです。

もし、今の家族と違った組み合わせだとしても、私は同じように暮らすと思うし、同じ愛情を持つと思う。
そう考えてみたら、私の身近にいる人は誰でも良いような気がする。

人の痛みにも鈍感になってしまっているかもしれない。
もちろん大霊に祈りは捧げるけど、それもその人の試練だから、と割り切っている自分がいます。

私は 死より強い愛を持ち得ない人間なのかもしれない。
この人が特に好きとか、この人しか・・という思いがない。
こんな私が死ぬとき、誰が霊界からお迎えに来てくれるのかなあ・・・・。
(て、考えてたら、親族のすでに他界している叔父が脳裏に浮かんでメッセージくれて、お迎えとかは心配いらないみたい)

そりゃ、話すと楽しい人とか、苦手な人、とかはあるのですが、
楽しいなあ~って思うような人も それは適度の距離を持って接しているからであって
ずっと一緒だと息が詰まります。こんなわけだから全ての愛が霞みますね。

「愛は霊力と同じで宇宙で最も大切なエネルギーの一つ」とシルバーバーチは述べています。
今後の課題としてというか、人は永遠に愛を学ぶ存在なんでしょうか。

犠牲じゃないの、奉仕なの。

2017-05-29 15:05:53 | 日記
自分の生き方は自分の責任であり、ほかの誰の責任でもありません。他人の人生は、たとえ肉親といえども代わりに生きてあげるわけにはいかないのです。その人がしたことはその人の責任であって、あなたの責任ではありません。もしそうでなかったら神の判断基準は地上の人間の公正な観念よりお粗末であることになります。自分が努力した分だけを霊的な報酬として受け、努力を怠った分だけを霊的な代償として支払われされます。それが摂理であり、その作用は完璧です。『シルバーバーチの霊訓8』

幼いころ、両親が喧嘩する度に「全部自分が悪いんだっ」って影でコソコソ泣いてたの。
「自分のせいだ。自分が悪いんだ。」って自分を文字通り傷つけたり叩いたり・・・。
自分を苛めることで周囲が幸せになるような気がして、神様は犠牲を求めるもんだって思ってたの。
どうして、こんな思考回路だったのだろう。摂理はシルバーバーチが言うように、こんなにシンプルで完璧なのに。

この地上は、自己責任という当たり前の摂理が、複雑な人間関係の重なりで隠されてしまう。

窮乏しているのは 先祖のせいじゃない。
子供が悪いのは 親のせいじゃない。
病気は 家族や偶然や運のせいじゃない。
不幸や困難は 周囲のせいじゃない。

全てのこと全部、自分の責任。

身内の介護のために、自身の生活を投げ打っている人がいます。
放っとけないものね。
でも、これは犠牲じゃない。奉仕なの。
自己責任は、すでに障がいや病気という形で本人がとらされているから。

家庭問題

2017-05-01 22:01:51 | 日記
あなた方は地上だけでなく私たちの世界からも愛を受けていること、血縁とは別の縁で結ばれている霊がいて、血縁同様にあなた方を愛し、能力の限り指導に当たってくれていることを喜ばなくてはいけません『シルバーバーチの霊訓2』

元来家庭というのは子供の開発成長にとっての理想的単位であるべきなのですが、残念ながらこれにも多く例外があります。
『シルバーバーチの霊訓6』


子供に自傷行為などの問題のある家庭では、親が不仲とか、過保護とか、虐待とか、支配しすぎとか、共通点があるらしいんだけど、
共通して言えることは、「間違った愛情」を家庭内で集中させた結果、濃縮しすぎて膿が溜まった。
この膿が「問題」になって家族に返ってくるんだと・・・・。

世間が物質主義で、拝金主義で、能力主義で、染まっているんだから、その時の運が悪い子供が犠牲になるに決っている。
価値観がこのままである限り、いつもどこかの子供が苦しむから。

でも、子供が悪くなったのは、親のせいであるけど、100%親のせいでもない。


家庭があるのは、より多彩な愛を深めるためなんだけど、日本の家庭は利己的な愛ばかり推奨されているもの。

本来、家庭に注がれる愛情は、他者にも同じように注ぐべきものなんだ。
逆に言うと、他者に注ぐ愛と同じものを家庭に持ち込めばいい。

いずれにせよ、今、子供のことで大変な問題を抱えててもこれも地上での学びの一環だから、必ず出口はあるし、いずれ時期がきたら温かい光が差し込みます。

家庭問題でも仕事でも病気でも離別でも、ものすごく大変な、愛の学びなんだと思います。

愛は縛りではない

2017-04-14 00:45:25 | 日記
有為転変きわまりない人生の最盛期において、あなたはその肩に悲しみの荷を背負い、暗い谷間を歩まねばならないことがありましたが、それもすべては、魂が真実なるものに触れてはじめて見出せる真理を直接学ぶためのものでした。大半の人間がとかく感傷的心情から、あるいはさまざまな魂胆から大切にしたがる物的なものに、必要以上の価値を置いてはいけません。そうまでして求めるほどのものではないのです。いかなる魂をも裏切ることのない中心的大原理すなわち霊の原理にしがみつかれることです『シルバーバーチの霊訓6』

不倫や離婚したからって、自分を全然責めなくていいです。

一生背負えない罪を背負っただなんて・・・・背負えない荷物は神からは与えられないんだよ。
間違った行為には、カルマで自動的に償うことになってるんだから。
放っておいても、嫌でも償わされるから、どーんと構えていいよ。
その悲しみと落胆で鬱になるくらいなら、自分を責めることを止めて、霊的真理を学んで霊的成長の糧にして欲しい。

追い詰められる経験も、裏切られる経験も、裏切る経験も、魂に必要なこと。

あのね、
霊的な目で見れば、あの人とこの人が惹かれ合っていることなんかバッレバレなんだから。
オーラや雰囲気を見れば分かるよ。霊界からはもっとよく見えるよ。動機から心情から欲望から何から何まで隠せない。
だって愛する気持ちは自由なんだもの。制度や法律で人を縛ることができても、霊の心は本来勝手気ままなんだもの。

でも、浮気や不倫は、いけない。
理由は、肉体本能の自己愛を何度も押し通してはいけないから。
本能の愛は勢いで結婚するときだけ。
その後は、嫌いになっても我慢したり許してあげたりする、より大きな神の愛を学ばなければならない。
学び損ねて不倫しても離婚しても、また別の何かで学ぶことになるから。
だから、あまり大げさに考えないで。

人生で、一番愛した人から一番大切なことを学ぶことって、誰にでもあることじゃないから、その経験をすごく大切な宝に変えてほしい、と思います。

不倫から学べる愛

2017-04-10 20:25:29 | 日記
(質問)「霊的法則の中でも一番大切なものといえば何でしょうか。」
「“互いに愛し合うこと”――これが最大の法則です。」『シルバーバーチ 最後の啓示』


恋愛でも家族同士でも友人同士でもね、不倫でもね、お互いに愛し合い、お互いをいいなって思う、好きな気持ちは全て「愛」です。
実はこれは誰もが持っている肉体本能の「愛」。

同じ「愛」でも、恋愛や家族愛は賛美される麗しい絆なのに、
不倫だけ論外!
破滅を迎えるしかない!
制裁が大きい!
しっかし全部同じよ、同じ肉体本能に備わっている「本能愛」なのにね。
謙さんも仕事干されるのかなあ・・・・(って余計なお世話)

世間が不倫を糾弾して
「不倫はみっともないから家族の元へ帰りなさい!」って諭しても
このこと知らないから、「まぁまぁ適当なこと言ってら」って思います。

「好感を覚える人を愛するのはやさしいことです。そこには徳性も神聖さもありません。好感の持てない人を愛する――これが魂の霊格の高さを示します。『シルバーバーチの霊訓1』
家族に愛情が持てない人が「家族を愛そう理解しよう!」と努力することのほうが、立派な霊の愛なんだけどな。
嫌いな人を、愛と寛容で包むこと、これが本当の神性の愛 霊格の高さ。

今の日本は、社会が容認しているからって肉体からくる本能愛『恋愛』を賛美しすぎ!『不倫』を糾弾しすぎ!

「自分の気持ちに素直になる」ってことは、とても口ざわりの良い言葉だけど、自分の肉体本能全開です。霊主肉従の反対なの。

「敵を愛し憎む者に親切にせよ。呪う者を祝福し辱める者のために祈れ。人々にしてほしいとあなたがたの望むことを、人々にもそのとおりにせよ。自分を愛してくれる者を愛したからとて、どれほどの手柄になろうか。罪人でさえ、自分を愛してくれる者を愛している。自分によくしてくれる者によくしたとて、どれほどの手柄になろうか。罪人でさえ、それくらいの事はしている。また返してもらうつもりで貸したとて、どれほどの手柄になろうか。罪人でも、同じだけのものを返してもらおうとして、仲間に貸すのである。」

敵を愛せ、というイエスの言葉は究極の霊主肉従なのね。
霊的真理を手にしたということは、本能愛から霊の愛へと向上させるための霊界からの導きなんだと思います。

愛する人は常に見守る

2017-03-22 18:54:58 | 日記
あなたが愛し、あなたを愛してくれた人々は、決してあなたを見捨てることはありません。いわば愛情の届く距離を半径とした円の範囲内で常にあなたを見守っています。時には近くもなり、時には遠くもなりましょう。が決して去ってしまうことはありません。その人たちの念があなた方を動かしています。『シルバーバーチの霊訓(4)』
私ね、ものすご~く落ち込んだり、ひねくれて心を閉ざすことがあったり、
状況は何一つも変わってないのに、すごく心が弱くなる時があるの。

例えば「赤ちゃんが母親にだっこされて安心してる」っていうTVのCMを見たら、その全てを委ねて安心するという感覚が、自分には抜け落ちている気がして心が締め付けられそうになったり。

そんな時、100%の確立で、亡くなった人たちが語りかけてくれるんだ。
ものすごく暖かいエネルギーをくれる。
根が単純だからかな。私は人よりちょっとだけ、そういう霊を感じる力が強いみたい。

本当は 感じられなくてもね、全ての人の回りには、愛情で結ばれた人たちで溢れている。
愛情という絆は、宇宙一最速、最強のエネルギーだから、その人の顔を思い出すだけで、その人は目の前に来ているの。

上手くいかなくても

2017-03-15 20:38:21 | 日記
さらに霊的進化について聞かれて―
「霊に関る分野において進歩が容易に得られることは有り得ません。もし容易であれば成就する価値が無いことになります。霊的進化はもっとも成就しがたいものです。一歩一歩の向上が鍛錬と、努力と、献身と、自己滅却と、忠誠心によってようやく克ち得られるものだからです。霊的褒賞を手に入れるには奮闘努力がいるのです。もしも簡単に手に入るものであれば価値は無いことになります。価値が出るのは入手が困難だからです。それはいつまでも終ることのない道程です。」 『シルバーバーチの霊訓4』


あーあ。なんかな、全然上手くいかない。
自分でこうしたいと思っても思うようにいかない。
大きな大きな疎外感。

引き寄せの法則だっけ。
あれって、ある意味すごいな。
物質的な願いを思いのままに引き寄せるっていう、超ゴージャスな幸せ。

でも私はいいんだ。
引き寄せなくても。
私より上手くいかなかった人知ってるから。

イエス・キリスト

引き寄せの法則の真逆の人。
孤独と裏切りと困難を、最高の利他愛で包み込んだ人。

イエスに想いをはせて
とにかく前を向いて頑張ろうって思う。

今の私

2017-03-05 23:44:58 | 日記

地上は幼児の学校であり、こちらは大人の学校です。地上では神から授かっている霊的資質を少しでも多く発揮するように、精神を修養し霊性を鍛錬して他人のために役立つことをする、その練習をしているのです。
『シルバーバーチの霊訓12』


私ね、このブログ立ち上げてまもなく・・・もう三年以上前のことなんだけど、自分が湖畔を歩いている夢を見たんだ。
その時の自分が何というかとても薄汚れていて醜かった。
目が覚めても妙にリアルで、これが霊界での自分の姿なんだって唖然としたの。

それから霊界から見られていることを意識して頑張ったつもり。
無理して背伸びしながら利他愛を実践すべくゴミ拾いしたり、近所や病院のボランティアに首を突っ込んだり。
霊界から見て私は以前よりは綺麗になってるはずだって思っていたのだけど、霊的な感受性が鋭くなった反面、自分の足りなさが余計に分かりだして、その足りなさに苦しくなり出した。
他人の醜さも自分の醜さも瞬時に分かってしまうんだ。
特に男性の性欲はネットリとしてあまりにも醜く、とても波動が低い。
それと同様に、霊主肉従ではない時の私の醜さも想像を絶するレベルなので、何とかしたい。


言えないからストレス

2017-02-24 23:53:18 | 日記
霊性が開発され進歩するにつれて自動的に他人に対して寛大になり憐みを覚えるようになります。これは、悪や残忍さや不正に対して寛大であれという意味ではありません。 相手は自分より知らないのだという認識から生まれる一種の“我慢”です。人間は往々にして自分のしていることの意味が分からずに、まったくの無知から行為に出ていることがあるものです。そこがあなたの我慢のしどころです。それは悪を放任し黙認してしまうことではありません。それは我慢ではなく目の前の現実に目をつむることです。真の意味の寛大さには洞察力が伴います。そして、いつでも援助の手を差しのべる用意ができていなければなりません。
『シルバーバーチの霊訓(12)』


左側の口がピクピクするのが、相変わらず続いてます。

たぶんこれは「言いたいことを言えない病」なのでは・・・。

霊的真理を学んで、どんどん物質的な欲望から離れていくと、自分だけ浮いている感に悩まされます。
そうすると、相手や周囲に対して、批判ちっくな思いばかり募ってきて、心の中はパンパンに膨らみます。

瞑想をしたり、シルバーバーチを読んだりするとすぐに気分は楽になるのだけど、暫くしたらまたまた批判ちっくな私に逆戻り。

心のまま素直に言えたら良いのですが、言っても周囲には通用しないから空しいだけなので、でも、小出しに言ってしまい、それはそれで自己嫌悪。

どんどん、独りぼっちが好きになって、人に会うのがおっくうになってきました。
これは、憑依と同じ状態なんですが、霊に指図されたりすることがないので、単なる修行モードなんだと思います。

山に籠もるのならいざ知らず、人と接するしかないのだから、もちっと寛大な私になりたいです。