シルバーバーチを拠り所にして

スピリチュアリズムとは霊的真理に基づく崇高な生き方のことです
このブログは日々奮闘する未熟な私の心の声かな・・・・

三宮で出会う

2017-12-26 20:17:12 | ボランティア
キリスト者をもって任ずる者が、聖職にある者の多くが、その教会の陰で進行している恥ずべき事態に目を瞑っているのをご覧になるからです。その日の糧すら事欠く神の子が大勢いるというのに、神の館のつもりで建立した教会を宝石やステンドグラスで飾り、その大きさを誇っているのを見て一体だれが涼しい顔をしていられましょう。
その人たちの多くは一日の糧も満足に買えないほどのわずかな賃金を得るために一日中働き続け、時には夜ふかしまでして、しかも気の毒にその疲れた身体を横たえるまともな場所もない有様なのです。あなたを非難しているのではありません。私はあなたに大きな愛着を覚えております。お役に立つことならどんなことでもしてあげたいと思っております。が、私は霊界の人間です。そしてあなたのように、社会へ足を踏み入れて間違いを改めていくための一石を投じてくれるような人物とこうして語るチャンスが非常に少ないのです。
『シルバーバーチの霊訓(5)』

そういえば最近の三宮では、ホームレスが随分減ったなあって思っていたんだけど

前に見た人を偶然さんちかで見つけてしまいました。

えらく小綺麗でさっぱりしてた。
しかも随分若返ってる!!ゴダイゴのボーカルの歌い手さんに似たの風貌でロン毛は相変わらずで
作業用っぽいズボンは汚れてはいますが、日雇いの仕事にでもいくような感じ。
目は治ってた!!

良かったなあ。
行政か何かの支援が入ったのかな。

なんか年末に神様から嬉しくなるご褒美を貰いました。

全ての人が、神の子として当たり前の生活ができますように・・・・

(追記)
でも、たまに、ホームレスの格好でいつもの定位置でスタンバイしている。
自由なホームレス仕様も好きなんだね・・・

ボランティアを考える

2016-03-15 08:52:48 | ボランティア
霊的実在に目覚めた人ならば慈悲・寛容・哀れみ・奉仕・協力の実践が大切であること、言い変えれば、単に霊的実在の美しさや豊かさに感心しているだけではいけないことを承知のはずです。霊的真理を知っている人でも利己的人間になることがありうるのです。
『シルバーバーチの霊訓12』

これまで、地域猫ボラとか、喫茶ボラとか、病院ボラとか、様々なボランティアをやってきたけど、充実感を味わったことが殆どありません。

たぶん、それは、やむにやまれぬ気持ちで取り組んだことではないから・・・。
自分の神性の発露ではないからですね。
むしろ自分の未熟さを鍛えてもらった感じ。


ボランティアというほどのものじゃないけど、
震災の時、恐怖で腰が抜けたお婆さんの代わりに公衆電話の列に並んだときとか、
ホームレスの方にパンを差し入れするときとか、
ユニセフの寄付とか、
霊的真理を人に伝える時とか、
トイレ介助などの突発的なサービス残業とか・・・。

やむにやまれぬ気持ちでさせていただいたことは、私自身が楽しい。させてもらえてうれしい。
こういう自発的なものが、私の中の大霊が顕現している、真のボランティアだと思うようになりました。

なんとなくですが・・・・
ボランティアには、2種類あるのかな。

困っている人に心から手をさしのべたいという奉仕・・・真のボランティア
物質社会の役に立つ奉仕・・・世間でいうボランティア

今のとこ、私的には、2つとも満たすのがユニセフかなあ・・・

世間でいうボランティアは、自己顕示欲の強い人もけっこういるから、霊的真理を胸にガンバらなきゃ、私なんてすぐに心が折れちゃう。

シルバーバーチ読書会に行って勉強する暇があったら、ボランティア活動をもっとしたほうが立派なことではないのか、と悩んだ時期もありましたが、もし、霊的真理を仲間と共に学ばなかったら、3日でボランティアやめてたか、自己顕示欲の強い威張った人間になっていたな。

ボランティアって自分を鍛えるためにとても役立つものだけど、でも、霊的真理がないと駄目だとおもう。

「自己を抑えて、人に奉仕をすること」

自治会の役員当番もあと少しで任期が切れます。
最後の仕事に、引っ越してきたお隣さんに入会をおすすめしなきゃいけないのですが、楽しいボランティアじゃないから気が引けるなあ・・・・。

やっぱりゴミ拾い

2015-05-29 14:04:16 | ボランティア
わたしたちは皆さんに奉仕への参加を呼びかけます。自分の利得損失を忘れ、霊的なものをこの世的な打算に優先させ、お一人お一人が生命の大霊の使者となっていただきたいのです。
『シルバーバーチ 霊性進化の道しるべ』


今の私には、ゴミ拾いが一番リアルな奉仕です。
暫くこれで良いと思う・・・。

病院のボランティアも、地域猫のボランティアも上手くいかなかったし、地域の喫茶ボランティアもサークルっぽいのが嫌でやめてしまいました。

何の奉仕をやれば良いのだろうか、と考えれば考えるほど、人間関係がからむ奉仕がやりづらくなってしまいます。

地域のゴミ収集場のカラスよけネットを 当番でもないのに片付けていたのですが、こういうお節介なことを嫌がる人もいることに最近気がついて、よほど放置されていない限り やめました。

人のために、人の役に立ちたいとは常に思いますが、役に立っているかどうかは相手が決めることなので、自分の手中には無いみたい。

やっぱりゴミ拾いがいいです。
人間関係が生じないし、誰にも害を及ぼすこともないし、注目も浴びないし、何より自然も地球も喜んでくれる。

私にはゴミ拾いが似合う・・・超自己満足

ボランティアについて

2015-03-03 12:48:01 | ボランティア
人のためになることであれば、どんなことでもよろしい。転んだ人の手を取ってあげることでも、勇気づけの言葉をかけてあげることでもよろしい。霊的なものに係わることでなくてもよいのです。物的なことであっても、それが相手の人にとって意義のあることであり、あなたもそれを嫌々ながらではなく気持ちよくしてあげるのであれば、それは立派に神の道具としての役目を果たしたことになります。
『シルバーバーチの霊訓12』



病院のボランティアさんとか、猫団体のボランティアさんとか、
学校のボランティアさんとか、山のボランティアさんとか、
色々な人に出会ってきたけど・・・


謙虚な方に出会ったことがありません。
むしろ、この人社会的に大丈夫?と人間性に疑問を感じる人ばかり・・・。
自己顕示欲が強く独善的で、他人への理解や共感に欠ける人ばかり。

ボランティア ≠ 尊敬できる人

結局、ボランティア活動って、ただの趣味なんですよね。

趣味だから、暇とお金を存分に注げるんだと思います。

私、やっと猫ボランティア団体が苦手な理由が分かりました。
趣味のサークルに素人が首を突っ込んだのだから、合わないはずです。


もう、私財を投じて全身全霊を傾けているボランティアさんたちを
神の領域だと崇めるのは辞めにしようと思います。

シルバーバーチも
「人のためになることであれば、どんなことでもよろしい。」
と言っています。

お仕事をされている方は、お仕事で・・・
ボランティアされている人は、ボランティアで・・・
何も出来ないという方は、今生きているという存在そのもので・・・。

どんなことでも良いから人のために役立って下さい。

私もゴミ拾いと、地域猫活動は続けます。
こんなの、大したことないです。仕事の合間の呑気な趣味だから・・・。
鉄道ファンと変わりないです。

タバコの長さ

2015-02-28 17:27:26 | ボランティア
一人一人の人間が、自分の行為に自分で責任を取ります。それが自然の摂理なのです。いかに愛する人とはいえ、その人に代わってあなたが責任を取るわけにはまいりません。その人の行為の結果をあなたが背負うことはできません。それを因果律というのです。過ちを犯したら、過ちを犯した当人がその償いをする---霊的法則がそうなっているのです。
『シルバーバーチの霊訓9』



友人の中学生の息子さんは学校でのトラブルから不登校になりました。
時々、先輩の不良ら数人と駅周辺で屯っています。

友人は足の病気で外に出ることができず、我が子の豹変ぶりに涙を流して悲しがっています。
母の心、子知らず。
お金をくすねて すぐ出て行ってしまいます。

ゴミ清掃で周辺のゴミを拾うことがあるのですが
彼らが捨てたゴミの中に、目立つのですね。長いタバコの吸殻。
お菓子はわりと駄菓子系が多くてお子様っぽく、ものすごくアンバランス。

本当はタバコ吸うのは苦手なんだよね・・・。

無理して背伸びしてタバコを吸ってて、なんか痛々しいなあと思います。

息子さんは小さいころから友人の悩みの種。
学校から呼び出されて、謝りに行くこともありました。
根は悪い子じゃないんだけどな・・・ちょっと喧嘩っ早くて我慢が苦手。

きっと若い魂なんだと思う・・・・。

こんな子たちでも楽しくやっていけるような、学校や社会だといいのに、と思います。

奉仕について

2015-02-12 16:01:33 | ボランティア
善のための努力が徒労に終わることは決してありません。人のためになろうとする試みが無駄に終わることはありません。善行に嫌気がさすようなことがあってはなりません。成果が表われないことに失望してはなりません。人のために役立とうとする志向は自動的にこちらの世界からの援助を呼び寄せます。決して一人であがいているのではありません。
『シルバーバーチの霊訓1』

愛とは摂理のことです。神の御心です。なぜなら、神そのものがすなわち愛だからです。したがって神の御心に適(かな)った生き方をしていれば、それは愛を表現していることになります。私のいう“愛”とは慈悲の心、奉仕の精神、犠牲的精神、要するに自分より恵まれない者のために自分の能力の範囲内で精いっぱい援助しようとする心を言います。自分のことをかえりみず、助けを必要とする人のためにできるかぎりのことをしてあげようとする心、それが愛なのです
『シルバーバーチの霊訓8』



アニータさんの本「喜びから人生を生きる!」には奉仕についてこのように記述されています。

「奉仕は心からの気持ちで行われる時、それは自分への愛の最も崇高な形となります。そのような場合、奉仕しながら、喜びや楽しさを感じるでしょう。それは、自分自身だけでなく、相手の気持ちも明るくし、相手の自尊心を高める助けにもなります。けれど、責任感や義務感から奉仕を行えば、深刻でつらい感じがし、エネルギーが吸い取られるかもしれません。<略>
私たちが心から何かを行う時、それはもはや行為ではなく、私たちという存在そのものになります。それについて考える必要も、そのために何かをする必要もありません。その時私たちは、地球で体現するという奉仕の道具になれるのです。これは`奉仕の存在あること`と`奉仕を行うこと`の違いです。」P262~P263


うーん。アニータさん
奉仕については、すでに悟った人の言葉というか、レベルが違う高次元の視点だなあ 
と、思います。

「奉仕は自分への愛の最も崇高な形である」というのは、
自分が神の一部であるということが分かった時、理解できるものです。
自分を好きになるということは、自分も大霊の一部だと悟ることで、
そうなると自ずと奉仕の心が湧き出てきます。

一般人がアニータさんの言葉をそのまま受け取って
自分が嫌いで、神との繋がりも知らず、
奉仕に責任感や義務感を感じて、奉仕しないのであれば・・・・・
いつまでたっても 奉仕によって自分の霊性を高めることなどできないと思うのですが。

私は自分が嫌いでも、善行に励むことで 神との距離を一歩ずつ近づけ、自分のことを大切に思うようになりました。
自分が嫌いだから、義務だから、といってやらないのは勿体無いです。

昔、占いの師匠に「一番嫌いな人に奉仕し、仲良くすること」と無茶ぶりな指示をされたことがあります。
四苦八苦しながら頑張ることで自分の霊性が向上しました。

空き缶などのゴミ拾いだって、汚いけど、気合で拾い続けることで今では平気です。

介護の仕事だって、拒否反応起こしそうな汚部屋を毎週通い続けることで
汚さ臭いにも慣れ、住人とも仲良くなります。

善行は実際、中々成果が現れないです。

偶然起こるようにな、簡単な善行は心が温まり充実感が味わえますが、
人のために恒久的な努力することは、嫌気との戦いです。

最初は辛いけど、そのうち慣れがきて、その分霊格が上がり、
益々霊界の援助を引き寄せ、自分が自分らしく、生きること前より楽になります。

やってみたら分かることっていっぱいあります。

とにかく、ウダウダ言わずに善行に励むべし!そう思う次第です。

何もしないよりはいい

2014-10-28 17:52:41 | ボランティア
「私たちは因果律という絶対的な摂理を説きます。つまり誰一人としてその神の摂理のウラをかくことはできません。ごまかすことはできません。自分が自分の救い主であり、購い主であり、自分の過ちには自分が罰を受け、善行に対する報酬も自分が受けると説くのです。また、神の摂理は機械的に機能し、自動的に作用すると説きます。
すなわち親切、寛容、同情、奉仕の行為が自動的にそれ相応の結果をもたらして霊性を高め、反対に利己主義、罪悪、不寛容の精神は自動的に霊性を下げます。この法則は変えようにも変えられないのです。みっともない執行猶予も安価な赦免もありません。神の公正が全宇宙に行きわたっております。霊的な小人が巨人のふりをしてもごまかせません。死の床での悔い改めも通用しません。」
『シルバーバーチの霊訓3』



友人が先日の座禅会で和尚さんがされた講話を教えてくれました。

「善人になろうとして行動してはいけない。善人になろうとすること自体、執着だから・・。」


なるほど・・・・。
「さすが、霊格の高いお方は善人になろうとしなくても、勝手に良いことがお出来になる。」
と、イヤミを言って切り返しました。

私のような悪人は、良いことをしようと思って行動するくらいで、並の人です。

今日もゴミ拾いしてきましたけど、
「よし。頑張ってゴミを拾うぞ!」と気合なしでは行く気にもなれません。

私は少しでも善人になろうと、思っています。

地球上の全ての人が善人だったら、シュバイツアーやマザーテレサだったら
地上は天国に変わります。

時々、仏教は本当に人々を救い、地上を良くしようとする宗教なのか、わからない時があります。


ゴミ拾いなどの奉仕で得られたことは、心の変化です。
運が上がるわけでもありませんが、
他人に対して気遣いが出来るようになります。
心が優しくなります。

ゴミを拾っても決して自己満足にはなりません。
自分の欠点はそのままですから。

「とにかく、何か小さいことでも、自分に出来る範囲で奉仕したほうがいいよ。」

友人にはこう言いました。

恩返し

2014-10-19 00:35:53 | ボランティア
「人生において、自分が役に立つということほど大きな喜びはありません。」
『シルバーバーチの霊訓1』

近所にバイオリンを習っているお子さんがおりまして、
近所なので、時々練習している音が聴こえてくるのですが

「シの音にフラットがない!」
「リズムが違う!」
「音が多い!」

きっとバイオリンの先生も指導なさっているのでしょうが
本人があまり楽譜を読めないのでしょう。


そこで、うちの生徒と友達をセットにして、
私がソルフェージュを教えることにしました。
勿論 2人とも無料です。

昔、私のピアノの先生が、同じことをしてくれました。
先生の娘さんと私が同級生だったので、一緒にピアノとソルフェージュなどの楽典を面倒見てくれたのです。
おかげで私は音楽の道に進むことができ、ピアノ講師としてやっていけてます。

週に一度のレッスンですが、
最初の頃は、喧嘩で生徒のほうががボイコットしたりでギクシャクしていました。
最近、やっと軌道に乗ってきたかな。

今はとても嬉しそうで、吸収力が素晴らしいです。
2人の人生に少しでも役に立てば良いと思います。

これは、私の恩返しです。

カルピスソーダ ブシャー

2014-06-11 17:28:29 | ボランティア
「地上世界は今、もっともっと、Service を必要としております。人間に一人ひとりが同じ全体の一部であり、人類のすべてに神の霊が流れている―その意味において万人が神のもとにおいて平等である―その本性に関するかぎり平等である、という認識を広める必要があります。」
『シルバーバーチの霊訓4』


今日は空き缶ペットボトルの収集日だったので、昨日に引き続きゴミ拾いに行ってきました。

相変わらず、カオスの一言。

空き缶の中にタバコを詰めているのは、どうしたらいいのでしょうか?
これ、朽ちるの待つしかないかも・・・。

飲み残しのペットボトルはいちいち開けて中身を捨ててから拾います。
ゴム手袋必須です。(お願いだから全部飲み切ろうよ~)

で、古そうなカルピスソーダのペットボトルの中身を捨てようとキャップを回したら
炭酸が異常発酵してたらしく、一瞬で中身が飛び散って私にかかってしまいました。

タバコをマンホールに捨てた人がゴミが腐敗してできたメタンガスで火傷を負ったニュースを思い出しました。

ゴミを甘く見ていたら駄目です。結構危ないです。
目に入らなくて良かったですが、近くの病院のトイレで手を何度も洗いました。
炭酸系は以後気をつけます。

ゴミの上に覆いかぶさるように草が茂ってきたので
マダニも心配だし次回は秋以降にします。

四つ葉のクローバー

2014-06-10 18:47:03 | ボランティア
「善行に嫌気がさすようなことがあってはなりません。成果が表われないことに失望してはなりません。人のために役立とうとする志向は自動的にこちらの世界からの援助を呼び寄せます。決して一人であがいているのではありません。いかなる状況のもとであろうと、まわりには光り輝く大勢の霊が援助の態勢で取り囲んでおります。」
『シルバーバーチの霊訓1』



今日は、燃えるごみの収集日なので、例のゴミの山化した側道の掃除をしてきました。

しかし、半分くらいしかできませんでした。
靴が捨ててあって、それが沢山。
重たすぎる・・
どうやったら、こんなん持ってこれるのだろうと逆に驚きました。

帰り道、四つ葉のクローバーを見つけました。

4枚の葉の大きさが整っていて美しいです!!
嬉しくなって押し花用にと、いそいそと摘んで帰りました。

これは、神様からのご褒美だと思います。

後日、缶、ペットボトル類のゴミ回収が出来たらいいなあ。
これも大量なので、一日では無理そうです。

道の対面には不法投棄禁止の看板がデカデカとあるので、目立ったごみは捨てられていません。
看板の威力は絶大ですね。
こちら側にも立て看板がほしいなあ・・・

ゴミがゴミを呼ぶ

2014-06-09 13:33:40 | ボランティア
「今、人のためになることをするのです。どんな形でもよろしい。自分の置かれた物的環境条件から考えて無理でない範囲のことを行えばよろしい。先のことをあまり考え過ぎてはいけません。皆さんが皆さんの役目をはたしていれば、私たちは私たちの役目を果たします。そして、そうした協調関係の中では絶対に挫折はないことをお約束いたします。」
『シルバーバーチの霊訓9』



線路沿いの側道は民家もなく法面が木々に覆われているので
ゴミをポイ捨てするには絶好の場所です。

一が月ほど前、45L袋パンパンに入れられたプラスチックゴミ(プラごみ袋)が捨てられていました。
神戸市指定の袋でちゃんと分別されていたので、
まあその内落とし主が拾いにくるかと放っておいたのですが、誰も引取りに来ず。
回収業者もゴミステーション以外は収集しないとみえて、素通りしていきます。

しばらくすると、そのプラごみ袋の周りに様々なゴミが捨てられるようになったのです。
空き缶、空き瓶、家庭ごみ、たばこ、雑誌、本当にゴミの山状態。

とりあえずプラごみ袋だけ、自宅に持って帰って指定日にゴミ出ししました。

しかし、ゴミめがけてゴミが吸い込まれるように増えていく!!

あな恐ろしや~

ボランティアさん

2014-04-06 15:31:48 | ボランティア
「地上の人間は自らの努力で自らを救済できるようにならなくてはいけません。既成の方法というものはありません。前もって用意されたシステムというものは存在しません。そのためにまず大切なことは、現象として顕現している森羅万象の背後に永遠の実在としての霊が存在していること、人間も物的身体に宿っているという点では物的存在であっても、その身体を通して自我を表現している霊的存在であることを理解することです。
そうなると、まずその身体にとって必須のものを大霊の意図している通りに存分に摂取して健康体にしておく必要があります。その上で今度は既成宗教のドグマや信条から精神を解放する必要があります。実質的な価値、つまり霊的価値のないものに忠誠を尽くすことなく、真実のためにのみ働き、これまで何千年もの長きにわたって地上人類を縛りつけてきた教条やドグマをめぐる戦争や論争や不和を止めにしなくてはいけません。」『シルバーバーチは語る』


数年前の話です。
猫のボランティアをしているという方と知り合いました。

その方は都会で虐げられている猫をほっておけなくて、日々野良猫の捕獲に忙しいです。
猫を捕獲後、動物病院で去勢避妊をして、自宅や有料のシェルターに避難させます。
そして、里親探しをして、飼う条件に合う飼い主さんを探します。

か弱き動物のために、すごく立派なことをしているなあと感心したのですが、
その方は動物にかかる費用全てを、親のお金でされているのです。
もう、中年に差し掛かるいい大人なのですが独身で無職です。
猫を貰い受けた里親さんのお宅が古くて、猫が脱走するかもと勝手に修理します。
里親さんは怒り心頭なので、修理代はその方の親が肩代わりです。
あまりに行き過ぎた行為に、里親さん方から猫を送り返されたり、訴えられたりとトラブル続きです。
ボランティア仲間にも呆れられているみたいで、
「人間関係がいつもうまくいかないし、何話しても最後は喧嘩になる。」
と言っていました。(私も喧嘩別れしましたけど^^;)
何度も働くことを勧めましたが、「働くときに健康診断で体重計に乗るのがいやだ。」
と、いう理由で拒否されました。

その方に言われた言葉がずっと心に突き刺さっていました。

「あんたは人のために役にたちたいって言ったじゃないか。自分の家族にお金を使わんと、そんなお金があったらかわいそうな猫を救ってやったら・・・。」

しばらく悩みましたし、今でもうまく反論できません。
でも、この人はおかしい。

考えてみたのですが、
・里親さんの視点にたっていないこと
・十分働けるのに働いていないなど、自己修養を怠っていること 
変だと思う理由はここら辺でしょうか。
とても純粋な方なのですが・・・

いつかは親御さんのお金も当てにできなくなります。
その方は今どうされてるのかなあ・・。自活されていたら良いのですが・・・

ボランティア組織

2014-02-26 10:35:32 | ボランティア
人のために何かをなさりたいという願望に対しては、いずれそのチャンスが用意されます。ただし、急いては事を仕損じます。地上の大勢の方々に苦言を呈すれば、長い迷いの末に霊的実在に目覚めた方は、とかく何でもいいから心霊的能力を発揮したいという気持ちに駆られすぎます。
・・・疑念が生じた時は精神を統一して物質界の喧騒から逃れるのです。すると霊的理解が得られます。統一状態が深まれば深まるほど内的な安らぎ、静寂、安心感、決意といったものが深まり、自分にとって最良のものが授けられるとの確信をもつことができるようになります。
『シルバー・バーチの霊訓 (10)』


病院のボランティア仲間にお礼を言いたくて、総会前のミーティングに出席しました。

そのミーティングの内容は次回の役員決めでした。
これまで、会長をされていた方がやめられるということで、
ボランティアの運営の体制がガラッと変わるらしいです。
仕事を持っていない60代の方が適任だそうで、2人ほど白羽の矢が当たっていました。

しかし、候補に指名された方は
「ボランティアなのになぜ役員にならなければならないの?」
と難色を示されて、なかなか決まりません。

初めは人の役に立てればと純粋な気持ちで始まった会だそうです。
しかし、謝礼を病院側から頂いたことで、会計が必要になり、
事務仕事が増えていって、病院の雑用までやらされだして
何をしているのかわからなくなった、と口々に不満の声が上がり出しました。

組織化すると、どのような会も、思いの他難しいものです。

やはり、志を同じくするメンバーとひっそりと奉仕するのが良いように思いました。
大きなことはできませんが、ゴミ拾いなんてもってこいです。

ボランティアから離れます

2014-02-23 23:54:02 | ボランティア
「自分がいかなる存在であるのか、何のためにこの世にいるのかについての正しい認識を失わぬようにして下さい。」
『シルバーバーチの霊訓1』


二年間続けていたディケアのボランティアをやめることにしました。
ここで、本当に色々勉強しました。

仕事とボランティアが同種なので、もうそろそろ仕事を優先します。

やめる踏ん切りがついた訳は・・・・・

嫌われていたスタッフさんと仲良くできたこと。

利用者さんが理不尽な態度に出てもやり過ごすことができ、哀れむことができたこと。

ボランティアしているということで、自分が善人であると錯覚し、善人ぶりをアピールしているのが嫌になったこと。

他のボランティアをみつけようと思ったこと。

医療の限界と混迷を知ることができたこと。


もう、十分です。

患者さんを自分のヒーリングで治したいという、独善的な考えも改めることができました。
かわいそうな病人を見ても、この人のカルマが早く解消されますように、と祈れるようになりました。
誰にどれだけ毒づかれても、平気になりました。

ここまで、私はこのボランティアで学んだのです。
やめてもきっと何か他の奉仕を見つけることができるはずです。
今度はボランティアという言葉がつかないような、もっとひっそりとした奉仕をするつもりです。

相手の怒りをやり過ごすこと

2014-02-20 10:39:06 | ボランティア
「人間の集まるところには必ずトラブルが生じます。一人一人が霊的に異なった段階にありますから、同じ問題を必ずしも同じようには見ていません。それは致し方のないことです。幸いにして自分の方が進化の階梯の高い位置にいる人は、自分より低い位置にいる人に対して同情と、寛容と、理解のある態度で臨むべきです。」
『シルバーバーチ 新たなる啓示』


ディケアのボランティアをしていると様々なご老人とお会いします。

機嫌の良い人ばかりではなく、周囲に配慮が出来ない機嫌の悪い人も、たまに、いらっしゃいます。
そんな人専用の指定席があります。
いつも、別の席に座っていたおじいさんが、今日はその指定席にいらっしゃいました。

そのおじいさんは車椅子ですが、ご自分で勝手に動かして徘徊します。

徘徊中、電気のコードがひっかかりそうだったので、コードをよけようとしたら、
「じゃまばっかりしやがって・・」
と、ものすごい剣幕で怒られました。

何を言われても最初に「すみません。」と謝る・・これは絶対です。

私もびっくりしましたがすぐに謝りました。
その後、すぐに別の老人たちが、楽しい話を私に振ってきて、私を気遣ってくれました。
お年寄りはやはり優しいです。
何事もなかったようにその場は収まりました。
その後のスタッフさんたちが私に優しかったこと、それにも驚きました。

私なら大丈夫です。
そのくらいのことは全然平気ですから・・・

その怒鳴ったおじいさんはとても頑固な頑張り屋さんなんです。
脳梗塞で片側麻痺で、ディにいる時間は誰とも会話せず勝手に一人で運動しています。
薬を塗るのでも、なんでもご自分でなさろうとします。
しかし機能は回復せず、車椅子になりました。
どんどん衰えていく体に、人と交流できない寂しさが募っていくなんて、とてもかわいそうです。
怒鳴った言葉にその人の寂しさを見た気がします。
こういう方も神様の子です。

老後は人生の集大成です。
若い時は差がなくても年をとるにしたがって、人格の差が拡大してゆきます。
容姿や地位の誤魔化しはききません。
だんだんと霊界に近くなっていくのだと思います。