おきらく

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盗作の仕組みが少し理解できた

2010-11-13 | 書道
書の作品制作にあたり、事前に構成を練ります。
その作業中に思う事があります。
文字性の作品は自分でもどの文字を書いた事があって、「この字はまだ」とか「あの文字は昨年○○さんがこういう風に書いてた」とか記憶があります。
でも、非文字性のデザイン的な作品の場合、同じ作品は2度と書く事ができないだけに「なんか見た事がある様な…」と思ってもそれが以前自身もしくは他の人が作品として公の場に出した物なのか、それとも自分が以前構成中に没にしたものなのかわからない事があります。
もっと言うと、非文字性の作品は構成の段階でも頭の中に一度書いてしまうので、実際筆を持って紙に書いたとしても初めて見る気がしないんです。
でも、それが自分の中の問題の時はいいのですが、これが他人の作品の影響を受けている場合、『盗作疑惑』の文字が頭を過ります。

たまに楽曲などで盗作問題が浮上しますが、上海万博のアレは別格ですが、例えば以前大物作曲家どうしが問題になった様な類似の仕方だと、もしかしたら本当に盗作かもしれないし、後から作った方の体に染み付いていたオリジナルのフレーズが経験値となって作品に出てしまったのか、もしくはお互いが元々同じ音源からの影響で同様の結果になったのか、それは誰にも解らない事ではないかと考える様になりました。
書の場合、そう言う場合でも絶対に大切なのが線質かなって思いました。
例え自分のがオリジナルの構成であったとしても、線質が悪いと「これ、あの人のあの作品に似てない?」って言われかねない。
でも、線質が良ければ見る人は「何に似ている」とか「見た事ある」とかって事よりも作品その物の良さに目がいきます。
要は自分が自信を持って思う様な作品を創ってしまえば、いいんです。
でも、その出来を妬む人が「コレ私が前に創ったのに似ている!」と言う事もゼロではなく、こう言うのが芸能界での問題のベースかも…って思います。
昔は「似てるんだったら後の人が謝ればいいじゃん」って考え方だったのですが、いざ自分が制作する側になってみてこういう苦労もあるんだと解りました。
年明け2回ほど出品予定ですので、また告知しますので是非観てやって下さい!

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