MONOGATARI  by CAZZ

世紀末までの漫画、アニメ、音楽で育った女性向け
オリジナル小説です。 大人少女妄想童話

スパイらる・フォー-10

2017-08-26 | オリジナル小説

ハヤトの父

 

 

 

 

「ハヤト」

僕は気がつかなかったんだ。後ろから声をかけられた時は我ながら心臓が止まるかと思ったよ。スキンカッターが丹精込めて作ってくれた特別な僕の心臓がだ。

「生きていたんだな。」そう言って掴まれた僕の腕は痛みに軋んだ。その男から逃げようと身をよじったからだ。その顔は実際に会ったことはないけど、僕の脳に流し込まれた基礎データにあるハヤトの父親。屋敷政則、正真正銘のハヤトの遺伝子上の『父親』だった。

「離して」口は動いたが、声が出ない。大人の男には6歳の身体と力は無抵抗に等しい。

隣でトヨが目を丸くしてもみ合う僕らを見て立ち尽くしている。

学校からの帰り道。校門から歩いていくらもたっていない。頼みの『チチ』がいる我が家からはまだだいぶ距離がある。もちろん、僕は監視されているんだ。僕に何があったのかはすぐに、既に『チチ』にもわかってるはず。しかし、奴がホムンクルスに乗り込んで駆けつけるまでどのくらいの時間がかかるのか僕にはわからなかった。 だいたい、助けに来るのかも。

 

突然、手が離れた。

「イテッ!」屋敷が叫んでいる。

「このガキ!」

トヨが後ろから思いっきり足首を蹴ったんだ。「俺はハヤトの父親だぞ。」

男の体がゆっくり反転する。

知ったことかとその腕をかいくぐり、トヨは僕の手を掴み走る。僕もすぐに全力で走った。

家とは真逆、学校の方向だ。下校してくる子供らが慌てて僕らを避ける。

トヨの考えはわかった。校門まで戻れば見守りの先生がまだいるかもしれない。

追ってくるかと思ったが、後ろから聞こえる声も足音はなかった。

200メートルを突っ走って、校門に飛び込んだ。教師はもういなかったが、ここには入って来れないはずだ。息を切らしながらトヨが校門から首をひょいっと出す。「大丈夫、もういない。」

父は他の児童にブザーを鳴らされる前に逃げたようだ。

「あれ、君のほんとのお父さん?」

「そぉだけど・・・そんないいもんじゃないよ。」僕は膝をしゃがみこんだ。

「DV親父だもの。」心臓がまだバクバクいっていた。

「そうか、そんな感じだったよね・・・」息を整えながら隣に座ったトヨを見る。

「トヨはなんで僕を助けたの?」実の父親と名乗る男から。

「勇気あんね、大人相手に。怖くないの?」君も殴られたかもしれないのに。

「なんか・・・」トヨも息を整えた。「いやな感じしかなかった、ハヤト嫌がってたし。あと・・・ハヤトには悪いけど。」

「悪くないよ。」一滴も血が繋がってないから。

『チチ』が聞いているかと思うと、これは口に出せない。

それにしても『チチ』の気配は全くない。ことの顛末を見ての傍観だろうか。

「なんかあの人も・・・あいつと同じ匂いがした。」「あいつ?」「あの変態。」

ああ、「トヨのストーカーか。」「血の匂い。」

それで全てが・・・わかった気がした。

あいつは僕に『生きていた』そう言ったんだ。

屋敷政則はハヤトが死んだことを知っているか、死んだと思っていたということ。

それっていったい、どういうこと?

基礎データは『ハハ』の記憶がベースだと聞いている。

二人には記憶の認識の違いがあるってこと。

ハヤトは育児放棄で死んで『ハハ』に埋められたんじゃないってことなの?

もしかすると、埋めたのは父親なのか?。そして・・・殺したのも?

『ハハ』の狂った記憶。そこに何か齟齬があったことは僕にもわかった。

当然、『チチ』にだってだ。帰ったら『チチ』に確認しなければ。

「僕の家に行こう。」トヨが言ってる。「今はハヤトは家には帰らない方がいいよ。」

「・・・そうだね。」僕はゆっくりと立ち上がった。

相変わらず『チチ』の姿はない。トヨの家に行くことでいいのだろう。

「先生に言って母さんに迎えに来てもらおう。」

トヨがそう言って歩き出すのと、ちょうど見守り役の教師が早足で校舎から戻って来る姿がハヤトの視線に重なった。