不適切な表現に該当する恐れがある内容を一部非表示にしています

MONOGATARI  by CAZZ

世紀末までの漫画、アニメ、音楽で育った女性向け
オリジナル小説です。 大人少女妄想童話

スパイラル・スリー 第二章-4

2014-02-23 | オリジナル小説

              そして現実

 

走馬灯のように駆け巡っていたキライとの思い出は中断される。

『譲くん!』

誰かが呼んでいた。

『起きなさい!』

『これは業務命令よ!』

(ああ、編集長だ・・・)

譲は認識する。(と、言うことは・・・ここは仕事場か?)

フワフワとしていた意識が急激に降下。

(もしかして・・・仕事中に俺、寝てた?!)

焦りと共に目を開けた。

「ああ~!良かったぁ」

目の前の編集長の顔は心なしか、アイラインが滲んでいる。まさか涙?

「・・・鬼の目に涙?」思わず口にした譲の頬に星崎の緩いパンチが当たった。

「誰が鬼だって?!」指輪も当たらない、かなりな手加減パンチ。

「譲くぅん、目が覚めたのねぇぇ?」

突然、背景が白一色になる。基成勇二だった。こちらは本当に涙ぐんでいる。

「良かったぁ、あなた達に何かあったら、もうぅぅ責任感じちゃうわぁ」

笑顔がくしゃくしゃになった。

申し訳なかったが、それを見ないように譲は頭を上げた。

記憶が戻る。先ほどまでいた家の和室の隣。応接間であるとわかった。そのゆったりした独り掛けソファに抱かれるように座らされていた。着ていたダウンが膝にかけてある。テーブルが取り払われて膝元に編集長、その側に霊能者が座っていた。

その肩越しにタキシード姿の弟子その2がグラスを手に覗き込んでいる。

「岩田様、どうかこれをお召し上がり下さい。気付になりますから。」

差し出されたコップには蜜のような液体が少量入っていた。蜜、夢で見た何かが頭を過ると、腹が盛大になった。「もう、譲くんたら。」編集長が呆れる。

「牡丹、すぐ何か食べ物を。」霊能者が涙を拭き言いつけると弟子その2はそそくさとその場を離れた。「はい、兄様。ただいま。」

改めてお腹が空いたことを実感した譲はグラスをしっかりと抱え込む。

匂いを嗅ぐとアルコールだとわかる。

「すごく高いお酒よ。飲んどきなさい。」

空きっ腹に酒は躊躇いがあるが、編集長命令では仕方がない。しかし、口に入れたブランデーは甘露のようにまろやかで鼻に抜ける匂いも心地良い。確かに初めて味わう。桁違いに高級な酒に違いない。雅己のおじさんの酒だろう。

もったいなくも飲み下すと確かに人心地付いた。牡丹が皿にサンドイッチを乗せて来た。それを一口、二口とあっという間に平らげる。おいしかった。

基成勇二の体が動くと目の前の長ソファに鬼来雅己が寝かされているのが目に入った。平編集が足下に座っている。「うまいか、岩田。」珍しく顔が素面だ。

「良かったな、こっちはまだこんなだ。」

「キライ?」譲は思い出した。

「キライ!そうだ、あの時!蛸の足がっ、足が!」

「もうまったくねぇ、びっくりしたわよぉ。」星崎編集長の顔がさすがに引きつる。

「センセィは倒れちゃうし、譲くんは意識失うし・・・鬼来くんはさ・・・廊下に倒れているんだもの。」

え?!「廊下に????」

「そう、突然、消えちゃったのよ。」

「瞬間移動でんな。」重々しく平がうなづく。「ほんと、すんごい体験だよ。」

「そんな?えっ?」ますます混乱する。「そんなのって・・・あり?」

「あるのよぉ。」霊能者が新たな涙を総シルクのストールで拭き拭き吠える。

「そういうこともぉ、ときたまあるのよぉ。こういう仕事してるとぉ。」

「あんたの失策だ。」勇二の後ろに弟子その1が歩み寄る。

もうこの態度はあきらかに弟子のそれではない。

「姉さま、兄さまのせいじゃありませんっ。あれは不可抗力ですっ!。」

弟子その2が長兄を庇立てすると、その長兄は更に白絹を目に押し当てた。

「いいえぇ、牡丹。私が悪いのぉ。エレファントが言うのは正しいのよぉ!悪いのは私!相手があんなにずる賢いとは思わなかった私のせいなのぉぉぉ。」

なんだ、この兄妹弟トリオ。芝居がかっている。

「あんたが次元を開くのを待っていたんだろ。」

「相手を侮るから痛い目に合うんだ。」

「客を守り切れない、危険な目に合わせた。あんたはもう二流だ。これからは看板にそう書いとけ。」エレファントは容赦なかった。

ますます、基成勇二は泣き崩れる。

「わかったわよっ!いじわる!そう書きなさいよっ、書けばいいでしょ!」

「えっと・・・?」譲は兄妹喧嘩の合間を計り、どうにか編集長に尋ねる。

「キライは大丈夫なんですか?」

向かい合わせに寝ている雅己の顔はこれまで見たことがないほど蒼白で目は閉じたままだ。ただし、息をしているのはわかる。その状況にまた譲の記憶は刺激される。

星崎は痛ましそうにそちらに目をやると「たぶん、譲くんと同じで少し、気を失っているだけだと思うの。念の為、救急車も呼んでいるけど・・・」

「大げさだけどなぁ。」平が油の浮いた自分の髪をかき混ぜる。

「岩田と鬼来が倒れていたのってよ、ほんの10分も経ってないしよ。岩田が倒れて、基成先生が息を吹き返してよ。それから、慌てて雅己のやつをみんなで捜しに廊下に出たからな。ただよ、星崎さんがどうしても心配だからってな。」

「瞬間移動は普通じゃない。」エレファントが平を仁王立ちで見下ろす。その威圧感は半端ない。平すら目を反らし肩を竦めた。

「そうです。念のため、診てもらった方がいいのです。」牡丹がうなづく。

「何かあったらぁ、私がぁ、みんな責任取るからあぁぁ。」勇二の頭が膝に押し付けられたので譲は立ち上がるに立ち上がれない。

「基成先生、いったいキライに何があったんですか。」譲は巨体を起こそうとするが、重くて手には負えない。仕方なく霊能者を励ますしかなかった。

「言ったでしょ!相手が一枚も二枚も上手だったのよぉ」勇二は涙を拭いた。

「きっと最初からこの家に潜んでいたんだわ。なのに私はちっとも気配に気がつかなかったのよ。エネルギーの残像を消したのだって、あいつかもしれない。」

「センセ、さっきから言ってるあいつって誰なんですか。」

緋沙子が霊能者の背中に手を当てた。「この家に重なる次元を作った犯人は人間だってセンセはおっしゃったじゃないですか?それと、同じあいてなんですの?」

「・・・違うわ。」憮然と厚い口を尖らす。

「あれとは違う。こっちはたぶん、魔物・・・みたいなもんよ。おそらく。」

魔物・・・基成勇二の言う違う次元で見た影。あれが「鬼来家の呪い・・・」

譲はスヤスヤと眠っているかのような雅己を見る。

「センセのおっしゃっていた呪いの正体ですね!いよいよ、魔物がその全貌を現すと解釈してよろしいのかしら?」

「全貌ではないわ。まだその片鱗。こっちはその影をチラリと見た程度に過ぎない。」

そういう霊能者の目の涙はいつの間にか乾いていた。

「すべてはこれから。これからが勝負よ。」そういうとエレファントと顔を見合わせた。普段仏頂面の基成素子だが、なんだか顔が緊張している。緊張だけではない。兄と同様、勝負師が勝負の前に見せるような高揚がある。「いよいよですね、兄様。」牡丹が二人に近づく、その顔もなにやら神妙な面持ちだ。

「待ちに待った時が来たわ。」基成先生、押さえ切れないガッツポーズ。

譲は密かに驚く。ほんとにこの人達、魔物を捜していたんだ。本当に狩人だったのね?。本気で?それはなんだか、落ち着かない気持ちだ。岩田譲は今、この瞬間だけでも小平にある自分のアパートに逃げ帰りたい気持ちになった。正直、これ以上この人達にかかわりあいにならない方がいいのでは?。

星崎に助けを求めるが、編集長は相変わらずビジネスライクな視線しか寄越さない。

その時、平が立ち上がった。「見ろよ、岩田。」

副編集長の体に隠されていた雅己の下半身が露になる。細身のジーンズの腿から下にかけて黒ずんでいた。譲の記憶が完全に覚醒する。

振り下ろされる鉈、血まみれのキライ。

それでも「・・・怪我してるんですか?」あえて押さえ込んだが、声は震えた。

「いんや!」平がきっぱりと首を振る。「俺が確かめたが、傷一つ負ってねぇよ。これは鬼来の血じゃねぇんだ。」

「血だとは思うんだけど・・・誰の血かはさっぱりわからないの。」そう言う星崎の目は隠し切れない興奮にきらめいている。

「不可思議だけど・・・病院に行けばわかると思うわ。」それもあって呼んだのか。

「・・・鬼来のおじさんとおばさんは?」譲の声は必要以上に低くなったのかもしれない。視界に霊能者の大きな顔が割り込んで来た。

「譲くん、あなた姉に会ったでしょ?」

「姉?」「私のシスターよ。霊感の源泉、うるわしのプリンセス。」

目と目があって譲は口をつぐんだ。あの子供?まさか。やっぱりあれってUFO?

「え~嘘、可愛かったのに・・」

「失礼ね!」軽く膝を抓られる。「どうせ、私と姉は似てないわよ。向こうが子猫なら私はドラ猫。向こうがゴマちゃんなら、私はトドだってぇの!」先生は吠えた。

「でもね、譲くんを助けるように姉に頼んだのは私なんだからねぇ!」

譲は肯定も反論も出来ずに言葉に詰まる。先生はちょっとむくれた。

「私はあいつにはじかれちゃって譲くんとはぐれちゃうしさ・・・私、かばったのよ、譲くんをぉ!ちょっとは感謝していくれてもいいんじゃない?もとはと言えば譲くんがうるさいから相手に気付かれたんだから!」

「どうしたの?何があったの?」「意識がない間、何を見たんだよ。言えよ、岩田!」

「いやいや」譲は上司達を取りなしながら、霊能者に頭を下げるので精一杯だ。

「それにしても、今までも直に力を貸してくれることはあったけど・・・自分から人前に姿を現すなんてねぇ。ふふん!たぶん姉も、譲くんが気に入ったんだと思うわ。やはり、双子よね。趣味が一致するのよねぇ。」変なところで納得している。

「あの・・・」そんなことより。基成先生のお姉さんに会ったっていうのが本当なのだとしたら・・・その前に見たものも?基成先生、本当に僕といた?

物問いた気な視線に基成先生の目が少しマジになる。

「まぁ、全部、異次元の話だからねぇ。あくまでこちらでは現実のような、夢のような出来事でしかないわけよ・・・」

霊能者の意味深な眼差し。その目には共犯者的な光り。

「だから・・もしもよ。もし譲くんがあちらの現実・・・こっちの世界では所詮、夢よね。そう、例えどんな夢を見たんだとしてもよ・・・今は、滅多なことは言わない方がいいと思うの。あとでゆっくり答え合わせしましょ。二人きりでね。」

思わず引き込まれるように、ついコクンとうなづいてしまった。

「えっ!何?ずるいわよ。」星崎編集長。

「何か見たんなら、あたしにも話しなさいよ。それこそ、業務命令よ!」

「俺だって雅己の上司だい。こいつが何か仕出かしたってんなら、知る義務がある。だろ、だろぉ?岩田よぉ!」

「勿論、答え合わせの後でお二方にお話した方がいいと判断したら、譲くんではなく私から発表するつもりだから。待っててよ、緋沙子ちゃん。平さんもね。雅己くんのプライバシーに触れることだし。雑誌に載せるかどうかの判断はお任せしますから。」

「うぅん、もうぉ!雅己くんのプライベートだからこそ、知りたいんでしょうが!」

「だったら、今すぐ答え合わせしてこいよ、岩田。ぼさっとしてないでよ!」

チシャ猫のように知らを切る霊能者の防波堤のごとく吊るし上げられる譲だ。

「え~とっ・・・」

 

その時、う~んと声を上げ鬼来雅己が身じろぎした。

「ふわぁぁぁ~」鼻から妙な息を吐き出してパチリと目を開く。

「キライ!」「うおっ、雅己!」「雅己くぅん、目を開けたぁ!」

ナイスキライ!救われた譲であった。

注目の中で、鬼来雅己はソファからむくりと半身を起こす。その動作は自然だ。

「雅己くん?」基成勇二が人垣を割って前に移動したので、譲もやっと立ち上がることができた。「キライ、大丈夫か?」

「あっ・・・」雅己の目が譲を捕らえた。「譲っちぃ!」エクボが浮かぶ。

「どこも痛くないの?」星崎が膝を折る。「おい、雅己、いったい何があったんだ。」

「ん~?」雅己が首を傾げる。「ほっし崎さん・・・それに平さんも・・・どうしたの?」「はぁ?!どうしたのじゃ、ねぇよ!」

最初の一声から譲は違和感に気が付いている。何かがおかしい。『譲っち』という呼び方も大学時代にサークル内で呼んでいただけで、社会人になってから・・まして仕事関係では雅己が使うことはなかったニックネームだ。

「雅己くん、ちょっといいかしら。」そう言って雅己の前に陣取ろうとした基成勇二を見た鬼来雅己の目はまん丸に見開かれた。「・・・トトロ?」

「な何、言ってんだよキライ。」「譲っち、トトロがいるよぉ。」

「ま、雅己くん。」星崎の口もまん丸に開く。「ま、まさか・・・基成先生よ。覚えてないの?」「もとなり?・・・トトロじゃないの?」

譲に向けられた雅己の目はあくまで無邪気だ。

「こんにちわ。初めまして、ではないんだけど。」霊能者は気にせず座り込んだ。

「霊能者の基成勇二よ。雅己くん、あなた記憶をなくしたのね。」

「記憶喪失?!」譲の口もパカッと開いたままになる。「まさかっ?」

場は息を飲む人々の沈黙で満ちる。

「記憶ぅ?」鬼来雅己のもともと高い声はより無惨に子供っぽく感じられた。

「ぼく、記憶なくしたの?でも、譲も・・・星崎さんも平さんもわかるよ。」

「なくしたのは・・・ほんの数分間の記憶。」

基成先生の笑顔は幼子を諭す大人のそれだ。

「記憶喪失・・・ううん。それじゃ、正確じゃないわね。」

先生は視線を落とした。

「雅己くん、あなた・・・大事なものを失ったわね。」

「大事なもの?」

「あなたがあなたたる大事なもの・・・」

「センセ!それってどういうことなんですかっ!」星崎編集長の動揺は傍目にも顕著である。「雅己くんは雅己くんですよね!」

「譲くん、あなたにはわかるでしょ?」

霊能者が茫然自失の譲を振り返る。「彼が今までと違うって。」

「えっ?あっ?」譲も内心の動揺は激しかったが、どうにか踏ん張った。

「僕にははっきりとは・・・でも、なんとなく。」

「ちょっとひどいよぉ、譲ったら。ぼくはぼくじゃない?変わってなんかあるもんか。」いや、変わった。確かに。譲はどうしようもなくつぶやいている。

「変わったのよ、雅己くん。」

基成勇二の大きな掌が雅己の髪をなでなでした。子供にするように。

「あなた・・・そうね・・・まるでからっぽ。そうよ、一回全部リセットされてしまったのね。」霊能者の声も哀しそうで、まるで噛み締めるようにそれを口にした。

 

「からっぽのからっぽよ。」


スパイラル・スリー 第二章-3

2014-02-23 | オリジナル小説

              譲の見たお月様

 

まだ、夢の続きなんだろうか。

譲はぼんやりと目を開けた。眩しかった。どこだろう。

先ほどまでの闇ではない。背中に床らしいものがあるからだ。上と下がある。

すぐ隣に雅己が倒れているのがわかった。

『キライ?おまえがおじさんとおばさんを殺すわけがない。』

譲は雅己のうつぶせの背中に言い聞かせる。

『キライ・・・生きているのか?まさか・・・?』

あの不吉な影。その音が与えた苦痛。どこかから響いて来た声。

まさか、あの影に何かされたのか。傷つけられたのか。そう思うが体が動かない。

雅己以外には、おじもおばも棺も何も見えない。『基成先生は・・・?』

とにかく眩しい。眩しいという以外には何も見えないとすら言っても良かった。

いや、違う。驚いたことに、すぐ近くに顔があった。

今まで気が付かなかったのが不思議だ。

子供・・・それも女の子だった。譲の頭の後ろにしゃがんでいる。

12歳ぐらいだろうか・・肌が白い。白いなんてもんじゃない、艶のある陶器で出来ているようだ。それに目がとても大きい。

こんなに大きな目の人間を見るのは譲は初めてだった。

目は蕩けるような小麦色・・金色だった。溶けたキャラメルのように深い。なんだか暖かい、優しい気持ちになる。奇麗な長い睫毛に縁取られている。その睫毛も濃い金色だった。小さな頭にベリーショート。額からピッタリと撫で付けたように両脇に分けられた髪も金色だ。奇妙だが、だからと言っていわゆる『金髪』というのではない。とにかく蜜のようでいて深い透明感のある色なのだ。なんだかとてもお腹が空く色だと思う。おいしそうとまで譲は思ってしまった。

仏壇のある部屋で食事してから、いったいどのくらい経ったんだろう。

それよりもっと大事なこと・・蛸の足・・何かもっと恐ろしいことを見聞きしたような?頭の芯がしびれてどうでもよくなる。まあ、嫌なことは忘れるに限る。

それより、女の子はあきらかに自分を覗き込んでいた。

細い白い首が華奢な肩へと続いていた。

とにかく、小さくてすごく可愛い・・・。

まるで精巧な人形だ。

人形ではない証、目が合うとその子は笑った。目に較べてやや小さ過ぎるような珊瑚色の唇がニッと開く。『・・・生きてる。』自分のことかと思ったが女の子が目を向けたので鬼来雅己のことらしかった。女の子が立ち上がったので着ているのがシミューズのような膝丈の薄い服なのがわかる。白くて、これも光沢のあるプラスティックのような譲が初めて見る不思議な素材だ。足下は見えない。なんだか下着が見えそうで譲は慌てて目を上に反らす。

女の子も首を上に上げた。

そこで譲も更にその上を・・目線を上に上げた。

するとさっきまでの灯りが急激に上に上昇して・・・

応接間の大きな電灯のようだ。大きくて丸くて平たいような光?遠のいたのに眩しさはちっとも変わらない。不思議なことに上から照らされているはずの女の子には影ができていない。記憶が刺激された譲は眼球を動かせる範囲で回りを見わたす。横たわる鬼来の体が白く浮き上がっている。

それ以外の場所は黒々と闇に沈んで見える。

これって・・・鬼来が『兄貴』とかつて見た・・・UFOって奴じゃないのかな。

しばし、唖然としていると再び女の子が視界に身を乗り出して来た。

偶然見えたシミューズの中はタイツのようだったのでホッとする。

再び目が合った。

女の子の大きな目がお月様の三日月になった。

笑い声は鈴のように澄んでいた。

 

       雅己が見たお月様?と大学時代の女の子達

 

譲が鬼来から聞いた『兄貴』の話で最も印象に残っているのはUFOの話である。

鬼来の『兄貴』は本当の血の繋がった兄ではない。幼い頃から同居している親戚の若者のことである。鬼来とは10歳ほど歳が離れていたはずだ。

この『兄貴』が所謂、身内の中でも特に霊感が強い子供だったようで幼かった鬼来に多大なる影響を与えた。

『兄貴』は見えないものが見え、聞こえないものが聞こえるだけではない。

なんとUFOを呼ぶこともできるのだと鬼来は言う。

そもそも鬼来雅己が産まれて初めてUFOを見た時、『兄貴』はそこに共にいた。

「小学校の頃、夕方に家の近くで兄貴と花火してたら急に上が明るくなってさ。見上げたらいたってわけだ。」どや顔でビールを得々と煽る顔を譲は覚えている。

「いた?いたって何がだよ?」UFOを見たことがない譲は悔しくてシラを切った。

先ほどとは違うサークルを結成た時の伝説の飲み会だ。

参加者は譲と鬼来とまだ数人。

譲のやっかみなど、何処吹く風で鬼来はどこか遠くを見る。彼の田舎の夜空だ。

「でっかい明り。だけど、なんだか眩しくはないんだ。」

それを目の前に見ているかのように彼の眼はトロンとにじむ。

「ねぇ、それってどのくらいの大きさなの?」

少し離れたところにいた鬼来目当ての女子が尋ねた。

「こ~んぐらい、かな?」居酒屋全体を覆うように大げさに手を振り回した。

「子供だったからさ、やけに大きく感じたよ。」

「真上にいたんか?背面はどうなってた?色は?距離は?」突っ込んだ質問が飛ぶ。

「構造はわかんない、色は白一色。頭の上、正確じゃないけど10メートルぐらいは離れていたんじゃないかな。不思議なのは隣の兄貴の顔は灯りに照らされて見えるのに、足下の地面がちっとも明るく見えないんだ。足下も地面も真っ暗なまま。これってちょっと面白いだろ?」

「確かにそれは普通じゃないな。」ふむふむと譲も思わず身を乗り出す。

「それで鬼来はどうしたんだ。」

「しばらく2人でぼけっと見上げていたんだけど、兄貴が急に花火に火を点けてさ。そしたら・・・信じられないよ。それをUFOに打ち込んだんだ!」

「まさか?!」全員が歓声をあげた。

「まじかよ。」

譲はビールから口を放した。

「まったくだよ。兄貴ときたら『あっちに行け!』って叫んで、『雅己、打ち込むんだ!』っていうんだから!」得意そうに胸を張る。

「信じられねぇ。」

「そんなの相手にとっちゃ屁でもないだろ?」

「危険じゃないのかしら?ねぇ?」

「キライ、それはネタじゃないのかよ。本当の話?」こう言ったのは譲だ。

大学時代を通して融の雅己の『兄貴』への思いは常にこうして単純に嫉妬だった。

「本当なんだって、これは!もう僕だって怖いから、打ち上げじゃない奴も投げつけてさ。逆に次から次へってどんどん、じゃんじゃんありったけの花火を打ってたらさ、参ったと思ったのかね。突然、パッとどっか消えちゃった!そしたら」

鬼来はアハハと声をあげる。

「消えた後の方が急に真っ暗で静かでさ。そっちの方が怖かった。花火の残像が目に焼き付いちゃってたから尚更かな。」

「ふううん。ってことはUFOの残像は残らなかったってわけか。」

疑いを解き、譲は顎に手をやる。

「網膜に焼き付かない光ってことかな・・・ひかりだけど普通の光じゃないのか。」

「とにかく。」鬼来は再びどや顔。

「僕達はUFOを追い払ったってわけだよ。」

のちにそれはその『兄貴』が呼んだUFOなのかと問うと鬼来は首を傾げたものだ。

「わかんない。でも兄貴がUFOを呼べるようになったのはそれからなんだ。」

よく聞けば呼ぶというのは大げさだった。

『兄貴』はUFOが飛んでいるのがわかると言った方がいいだろう。

『兄貴』が鬼来に今、飛んでるから外に出てどこそこの方角を見てみろというと、必ずそこには光ったり黒かったり浮かんでたり消えたりとあり得ない動きをする未確認飛行物体があったのだと言うのだ。

譲と鬼来の立ち上げた『超常現象研究会』は、怪しい映画や芝居を見に行くことは勿論、UFO目撃登山だの妖怪の出る寺に一泊だの日本のピラミッドを見に行こうとか、心霊写真撮影会、廃墟見学ツアーやカッパ伝説を尋ねる等などマニアックかつ穏当な企画で次第に会員を増やしていった。特に鬼来目当ての新入生の女子が大勢詰めかけた。

しかし。譲が大学4年間で行った観察の結果によると、4月キラキラした目で鬼来を見つめていた新入生達は早くも最初の学期の終わり頃には夢から覚め始めるのだ。

『鬼来君は顔がいいだけに残念だ。』『マニアにも程がある。』『声が顔にあわない。』

等々。そういった女子達はもっと妥当な野外活動サークルに移るか『超研』のほどほどの男子と妥協して付き合うことで落ち着いていく。

他の男性会員に取ってはチョウチンアンコウの灯りのようにありがたくも貴重な存在と鬼来は見なされて行くこととなる。それを惜しむでもからかうでも威張るでもない鬼来という男はつくづく希有な存在と言えた。だから、もて男であっても鬼来は同性からまったく反感を持たれない。そんなカップルが『超研』にはゴロゴロといたのだから尚更だ。譲自身もその恩恵に浴した1人であったことは否定しない。勿論、そんな刹那的関係が長く続くはずもなかったが。それにしてもなんというか鬼来の興味は常に不可思議な現象に向いていて、懐に飛び込んで来る女を成り行きで右から左にこなしているとしか譲には思えなかった。

ある女子学生などは、本心嫌だったのだが鬼来の希望で妖怪が出るという寺の宿坊に泊まったのだという。宿坊の部屋は奇麗で彼女の行きたかった温泉宿とまではいかなかったが、まあ我慢できるなかなかのものだった。精進料理もおいしかった。ただ、大浴場がひとつしかなく部屋ごとに時間制で区切られていることと、トイレが部屋になく古くて男女共用であることが問題といえば問題だった。

真夜中、その女の子は1人でトイレに行くのが怖いからついて来て欲しいと可愛く涙目で鬼来に懇願したのだという。しかし、鬼来は何が気に入らないのかそれを断固として断った。

仕方なく1人でそして本心では密かに鬼来に腹を立てつつもトイレへと向かった彼女であった。そして彼女がたった1つの個室和式トイレにこわごわと股がった瞬間! 冷たい何かがペタリと尻を撫でたのだという。その時の彼女の全身全力であげた悲鳴が真夜中に響いたこと響いた事。寺の住職や修行僧、他の宿泊客までもを巻き込み、それは大した騒ぎであった。激しく泣きじゃくり、彼女は卒倒寸前。『妖怪が出た』と泣き叫んだ。そんな彼女を端からは微笑ましく優しく介抱した鬼来であったという。しかし。噂にたがわぬ怖い展開に大満足した客達がそれぞれ部屋へと引き取るなり、自慢げに全ての絡繰りをいけしゃあしゃあと白状したのも鬼来であった。なんのことはない、起きる気配もなく眠た気に布団に籠っていた鬼来は彼女がトイレへと向かうが早くむくりと起き上がり、窓から外へはだしで出るとあらかじめ鍵を外してあった個室の吐き出し窓から白いすべらかな尻へと手をぺたりと当てただけだったのだ。あきれ果て逆上する女の子に対して終始一貫鬼来は謝る事を拒否し続ける。

『だって、でもさ、君だって面白かっただろう?』

大笑いした鬼来が彼女へと向けた発言の中で最もの謝罪の言葉に近いものがこれであった。

ちなみにその寺に出るという噂の妖怪とは『河童』である。

それがきっかけで鬼来と別れた彼女当人から、譲はその話を聞いている。

 

どうして付き合った女の子達をひどい目に遭わせるのかと鬼来に聞いたこともある。鬼来雅己は心底驚いたような心外な顔をした。

「そうかなぁ、そんなひどい目にあわせてるかい。」

「だって、ほら・・・廃墟に置き去りにした話とか。」

「置き去りにはしてない!ちょっと隠れただけだ。」

「でも、相手にしてみれば振り返ったらいきなりいないなんてびっくりするじゃないか。しかも、かなり長い間ほっといたって聞いたぜ。あれじゃぁ、怒るよ。」

「僕なりのユーモアなんですけど。」鬼来は口を尖らせる。

「だいたい、廃墟の雰囲気ってのを楽しむ気概が全然ないんだよ。廃墟ってさぁ、なんかこう胸をキュンとさせるところがあるじゃんか。」

「ああ、そうだよな。過去に想い馳せるとな・・昔、住んでた人達の夢の跡とかだろ?おまえ、よく言うもんな。」思わず譲は同意していた。

超研の廃墟巡りは肝試しとは一線を画している。だから、夜中に行ったりはしない。

譲は鬼来と巡った数々の廃墟を想い返す。勿論、中には昼なお暗い不気味な所もあったが、日差しにあからさまに照らし出された廃墟は不思議な美しさに満ちていた。人間のかつての存在をぬぐい去るかのように蔓延る草や木は青々と美しく力強さを感じさせる。もしも人類が滅んだら、すぐさま世界はこんな風になるのだろうと。それを想像すると悲しいような、嬉しいような、なんとも言えない気分になったものだ。

譲のアルバムには2人で、仲間内で撮りまくったそんな写真がいっぱいだ。

「そういうのをさ、」鬼来は憂鬱に続ける。「僕はしみじみ味わいたいわけ。なのに、女ったら『やだここ、怖いわ~』とかいってべたべたくっついて来てさ。デートのシュチュエーションのひとつとしか思ってないんだ。廃墟への尊敬とか、憧憬とか歴史への想像力がないわけよ。どうせ人気ないとこでチューでもしようとか思ってるんだろなんて考えが透けて見えたりしたらげんなりなんだ。」

「まぁ・・その辺りわからなくないけど。でも、そういうベタベタしたデートだってたまにはあっていいんじゃないか。」

「僕はいやなこった。」鬼来は女の子のようなすべすべの額に皺を寄せる。

「だったら、僕は1人で行きたい。どうしても行きたい、廃墟が好きだって言うから連れて行ったのに。ああいう、興味本位のやつはほんと腹立つんだ。譲っちが女でないのがほんと残念だよ。」「おいおい。」「譲っちが女の子なら絶対付き合うのにな。」「俺が女だったらお前とは付きあわネェよ」譲は即答する。

「やっぱ怪奇スポットや廃墟は男同士がベストだね。本心は妖怪もUFOも好きじゃなくて、興味もないくせにこっちに合わせて付き合うなんて最悪。ほんと女って面倒くさい。」「女の子でも本当に廃墟とかが好きな子だっているだろ。」

譲はそう言って何人かの『超研』の女子の名前を挙げた。その中には鬼来と例の旅館に泊まった女の子の名前もある。鬼来の顔に一瞬寂しそうな影が走った。

「だから尚更さ。」無言の問いかけに「あの宿坊の時には一緒に笑って欲しかったな。」雅己はすぐに気を取り直しクスクス笑いだす。

「だって、暗がりで尻にペタッだぜ。前に合宿で男子にやった時はほんとおもしろかったな。」「確かに。」譲も吹き出す。「俺なんて3mは飛びあがった気がしたもんな。」「譲っちはほんと恐がりだよね。」「驚いただけだって。」

「便器に片足落とした奴もいたし。しかもボットントイレに。携帯落とした奴なんて最悪、ほんと泣いてたもんな。」

二人は声を揃えて爆笑した。

「僕はもう当分、女はいいよ。男同士でミッションした方が楽しいからさ。」

そういうのは女に不自由しない身分が言うことだと譲が言うと憎たらしい友人はずうずうしくもうなづいた。

「ちぇ!俺の方がずっと声はいいのにな・・・」

「でもさ。」男にしては甲高い声でモテ男は言う。

「女の子よりも、UFOの方が絶対に面白いって!」

それが大学時代の鬼来雅己の口癖だった。

彼のホラー好きが高じて始めた体験型お化け屋敷のアルバイトの件もある。今も後輩達の語りぐさになっているらしい。人を怖がらせる、驚かすことに研究に研究を重ねた鬼来演じる怨霊の怖さに1度物見遊山に出かけた譲は行ったことをその日の夜から深く後悔し2度と行かないと心に誓った・・・


スパイラル・スリー 第二章-2

2014-02-23 | オリジナル小説

          譲・・・夢と現実の狭間

 

夢なのかもしれない。

譲にはわからない。

鬼来雅己を追っている。黒い触覚に雅己は絡めとられた。咄嗟に伸ばした手は振り払われた。しかし、そこから伸びた一本の金色の糸を譲は見逃さなかった。

その糸に導かれ譲は雅己を追っている。

回りは薄暗い。見通しの悪い砂嵐のような空間が視界全体を覆っている。これは本当に現実なのか?見えるのは自分の手と繰り出す足。その手元から糸だけがはっきりとキラキラと伸びている。そもそも足下に地面があるのかもわからない。感覚がないからだ。音も匂いもしない。ただ、糸の先に微かに見える黒い渦をひたすら追っている。海中を泳ぎ去る蛸のように広がっていた触覚がひとつになり渦を巻いている。グルグルと回転する真っ黒な渦は進んでいるのか、進んでいないのか。本体の大きさは人の倍かまたその倍か。雅己の姿は内部に囚われているのかもはやまったく見えない。わかっているのはあの渦を追いかけないと鬼来雅己には2度と会えないのかもしれないということ。その不吉な予感だけが譲の足をひたすら動かしていた。それ以外のことは今はあえて考えないようにしよう・・・そう思ってはいる。しかしそれでも納得できないことはある・・・どういうわけか譲の手には糸巻きがしっかりと握られていることだ。

「なぜ、いつの間に糸巻き?」疑問が思わず口を付いて出た。

「具体的な視覚の方が譲くんにはわかり易いと思ったのよ」

「基成先生ッ?」思いがけず返事があって、驚いて辺りを見渡す。

声はすごく近い、なのに姿は見えない。

「どこにいるんですか?!」

「捜したってダメよ。私今、意識だけだもの、ほら、驚かない。見失っちゃうわよ。」

慌てて視線を戻す。長い糸の先にうごめく渦を認めほっとする。

譲のすぐ側から、霊能者の声が再び聞こえた。

「あれは無機質ではないのね・・生きて熱を持ったものだから。ここでは目立つの。」

「あの、そもそもここはどこなんですか?キライはどこへ?あの蛸の足みたいなのは???」

「質問、ばっかりねぇ。折角、二人だけになれたって言うのに。」

「そういう状況じゃないでしょ!」そう言いながらもどこかホッとしている。

「先生はいったいどこにいるんですか?意識だけって???」

「あのねぇ、私達が見たあれ・・・ちなみにあれも譲くんの心が納得出来る形に見えているだけなんだけどね・・・つまり、あそこにある渦巻き。蛸の足よ、あれがさ突然、襲って来たじゃない?・・・だから私、自分の体から急いで離れたのね。あなた達を守る為に。でも間に合わなかった・・・雅己くんにマーキングするのが精一杯だったわ。」

「マーキング?」「それよ。」糸巻きとそこから伸びる糸。

「それもいわばあなたに見せる為の私の意識の具象化・・・みたいなもの。」「具象化?・・・えっ、これが基成先生なんですか?」「の、ようなものよ。別に譲くんに一目でわかるように私の姿で現れても良かったんだけど・・そうしたらちょっと狭苦しくないかと思って。」「確かに」「今、確かにって言ったわね。」「・・すいません。」「とにかくぅ、それがある限り雅己くんを見失う心配はないってわけ。」「ほんとに?」それが本当ならばすごい。

「やるじゃないですか!本物だったんですね、基成勇二って!。・・勿論、これがただの夢じゃなければですけど。」

「ほんっと、疑り深いわねぇ!譲くんなんか捨てておけば良かったわ。」

声は恨めし気に今度は鼓膜の中で振動した。

「別に譲くんなんかいなくたってさ、私だけだって雅己くんを捜せたんだからね・・

やつが雅己くんを連れて行こうとしたでしょ。彼が引き込まれた時、譲くんたら一緒に同調しちゃったじゃない。だから意識を持って行かれたの。私これでも、あなたが元の世界に戻れなかったら大変だと思って・・・こうして君といるのに。まったく、人の気も知らないでぇ・・・」

じゃあ、僕も意識・・・霊体だけなんだろうか。確認するのが怖い。なんだかわからないが、ここは謝った方が良さそうだった。

「ごめんなさい、先生。ほんと、僕がわるかったです。」素直に謝る。「疑り深いのは産まれ付きなんです。これからは態度を改めますから・・」

「そうよね。あなたもこれまで色々と気を使って行きて来たんだものね・・」

一瞬、途絶えると「ふ~ん、まだ若いのに、自分の顔と声が嫌いだなんて。かっこいいのに、もったいないわ。お母さんのせいなの?」

譲は焦った。「ぼ、僕の霊視はいいですから!」それは絶対に遠慮したい。

「それより、何があったのか僕にもわかるように教えて下さいよ。」

「そうね、いいわ。仲直りしましょ。まず私が色々邪魔なものを取りのけたじゃない?。ここはさ、そうしてやっと開いた穴の中なわけ。いわば、あの家に被って存在していた別の次元。でも・・・あいつはそこにいたんじゃないと思うの。」霊能者の声が緊張する。「いい?やつは私が開ける瞬間を待ち構えていたんだと思うの。」「待ち構えてた・・・どこで?」「私達のいたあの家!まったく不覚をとったわよ!」声は悲鳴だ。「基成先生ですら気が付かなかったってことですか?」「そう。私、譲くんに謝らなくちゃならないわ。前に『呪い』と失踪は別物だって編集部で言ったけれど・・あれってやっぱり、互いに関係しているかもしれないわね。」「えっ?じゃあ、あれ・・蛸の足が?」譲は蠢く影を血が引く思いで見つめる。あれが『鬼来家の呪い』の本体?「私にはその関係が掴めなかっただけかもしれないの。悔しいけれど・・それだけ、相手が上手ってことよ。私が今、怖れているのがなんだかわかる?。おじさん達を隠したのが実は『呪い』から守る力・・・もしかしたらおじさん達自身か彼等の守り手があえて姿を隠したんではないかということ。」「まさか、そんな力・・・誰が持っているんです?あるわけないですよ、おじさん達に。」ふと鬼来雅己の『兄貴』のことが頭を過った。あの兄貴なら・・・?いや、雅己の『兄貴』は霊能者ではない。そんな力があるわけない。譲は振り払い、忘れる。

基成勇二もそんな可能性は考えたくないようだった。

「そう、まさかよね。知らずに私がやつに手を貸してしまったんなら悔やんでも悔やみ切れないものぉ~。」観念上の声なのに湿って聞こえて来る。

「そんなことありませんよ。」自信などない。「あの呪いを追いかけて止めれば・・」

「勿論、追いかけるわよ・・・でももう、着いたみたい。というか、最初から着いてたんだけどね。だってもともとここは時間がないんだもの。ただ私達が納得する時間ぽいものがこの会話の間に意識下で処理されただけってことなんだけど・・・」それはもし譲が一人であったならば到底、この状態を理解出来ず納得することもできないままに無限に雅己を追う感覚を味わうことになっていただろう、ということだったがその言葉は飲み込んだ。「・・・まぁわからなきゃ、気にしないでいいわよ。ほっといて次ぎ、行きましょ。」「はい、そうします。」そんなことは知らない譲は同意して前を見る事に専念する。

上も下もわからない空間の遥か先に巨大な黒い箱が浮かんでいた。

「なんですか、あれ。」まるで宇宙空間に浮かぶ四角い惑星だ。光を吸い取るような黒の4面の壁。そこへ着陸する宇宙船のように渦が突き刺さっていく。箱は歪み、まるで生き物が苦悶するかのようにその表面がまくりあがった。箱が穿かれている。「さあ、私達も・・・行くわよ!」「うわっ!」

スピードが上がる。もの凄い勢いで糸巻きが回転した。自分が縦に長く長く、引き延ばされて行く。しかし、その感覚も観念上のものなのだろう。

二人はたちまち渦のすぐ後、幾層も重なった箱の中へと突入した。

小さくなった声が囁く。

「あのね。さっきは譲くんは余計だみたいなこと言っちゃったけど。私だけだったらこんなに早く正確に追えなかったかも・・」

体が小さく小さく縮んで行く。視界がどんどん狭くなり自分の手足も見えなくなる。何かに押し込められていく。

「・・譲くんが雅己くんを捜そうとする気持ち、実はそれが羅針盤だったの。同じように、雅己くんも一瞬、君に助けを求めた。そういうこと。ああっ、妬けるわね。いいわ、若いってさ。男の友情・・・青春だわ・・・」

「そ、そんなことはどうでもいいですからっ・・・!」

確かに、あの恐怖の瞬間。譲は自分よりも無意識に雅己の方を案じていたのだろう。自分に危険が及ぶんじゃないかと思う前に勝手に手は伸びていた。

「いい?私と同じように譲くんも今、肉体はないわ。」えっ、やっぱりぃ?

「霊体だけだけど、慣れないから体のある感覚からまだ離れられないだけ。でも大丈夫、私といれば・・・」「あの・・・これってまたもとに戻れるんでしょうね?」近くに基成勇二がピッタリと寄り添っているのがわかった。本来は不本意なはずのそれも、今はそれだけが拠り所だ。ぼんやりと思う。

『これが・・基成先生の言っていた箱ってことですよね?和紙で幾重にもしまわれた・・じゃあ、中にいるのって・・・』

人為的な空間だと。いったい誰がどうやって作ったというのだろうか。

『これも箱に見えるけど本当の箱ではないの。』先生の声はどんどん小さくなり『箱をイメージして作られたからよ。』譲の中で反響し出す。

『観念で箱と言う方向性を与えたから・・だから箱として私達は感知するわけ』

とうとう譲と声は完全に一つになる。きっとそのせいだからだろう。箱の底に達したのが譲にもわかった。丸く視界が開ける。目がないのに見えるというのは変だと思うが・・・これも霊能者のいう観念の視界なのだろう。

二つの大きな細長い箱が見えた。

「さぁ、とうとう・・・見つけたわよ。」

自分がいる勇二の中で?いや、自分の中で?勇二が唸る。

細長い箱の側には人影があった。服装と背格好に見覚えがある。

「キライッ!」譲は叫ぶ。しかし、実感はあるのだが自分の耳には何も届かない。

立ち尽くす鬼来雅己にもおそらく届いてはいないのだろう。

足下にある箱からの白い光に雅己の顔は照らされている。

ややうつむき加減で、その面には表情がまったくない。

「黙って」霊能者が囁いた。「やつに気付かれる」

やつ?黒い渦巻き?箱を挟んでもうひとつ長く伸びた人影があった。

無音の中の一つの音。「壊せ。」それは振動として譲を打つ。

大きく真っ黒で、時々歪みぶれる。そして又人の形を取る闇だ。

「それで契約はなる。」譲の全身に痛みが走った。

勇二と共にいなければ、とても耐えられなかっただろう。

箱の回りにはいつの間にか、もやもやと小さな影のようなものが無数に陽炎のように揺らいでいた。底面からわき出したそれは、人のようにも動物のようにも見える。

霊能者は気配を消している。譲も必死に息を殺した。

 

『そうだ。それでいい。』誰かがつぶやいてくる。

基成勇二ではない。雅己の声でもない。

どこから聞こえるのか、皆目見当が付かない。この世界の外から響いて来るようであった。それは、先ほどのような譲に苦痛を与える音ではない。

安心感を与える人間の声である。男の声だ。聞き覚えがあるような、ないような。この声は彼や影にも届いているのだろうか。

いつの間にか、二つの箱は開かれている。

雅己のおじとおばがいる。鬼来光司とその妻、正子。

二人は死んでいるようには見えない。血色が良く、生々しい。胸が上下している。眠っているのだ。それぞれ棺の中で。男は寝間着にガウン、女はエプロンを付けたままの家事をするかっこうだった。男は壮年にしては若々しく細面。女の面差しは雅己に驚くほどよく似ている。

 

雅己が、ゆっくりと足を踏み出した。

相変わらず、何の表情もなく。「雅己、何を?」

手にしているものがなんだかわかった。

鉈のように見える。刃物だ。

嫌な予感に譲はもっと近づきたかった。しかし、近づくことはできない。

見ているしかない。その間もしきりに、世界の外から声が響いて来る。

『・・・力を手に入れろ』

『・・・どのような敵にも対抗しうる力』

「本当に・・うまくいくだろうか」眼下に見える雅己の口が初めて開く。

『・・この世界で生き抜くには契約するしかない』声が笑う。

『・・・そう決めた』

応答するように回りの影がさんざめく。

正面に対する影は微動だにしない。

真っ赤な石炭のように人型の中で目が燃えていた。

おじの入った棺に雅己は腕を降りあげる。

「ああ、でも・・・」凶器はためらいもなく振り下ろされた。

『・・・選択した』

『・・・貫け』

刃物が体に吸い込まれた瞬間、反動からくの字になり直ぐに弓なりに反りかえった。目が見開かれ、口から血が溢れ生きた人間がされる。

真っ赤な目はそれを見ている。声もどんどんと囁いて来る。

『・・・急げ、急げ』

『・・・時間稼ぎだ』

首を掻き切る。

雅己の腕の手慣れたなめらかな動き。顔だけが動きと、分離していている。

『・・・我々は』

『・・・あがく』

かつて見知った男の首は完全に体から離れる。

雅己はもう一つの棺に。

完全に麻痺したまま、譲はそれを見ている。これが現実であるもんか。

再び、凶器が振り下ろされ、女の体が棺の縁に乗り上げる。

滴った血が、床に吸い込まれ消えていく。まったく同じ作業が単調に反復された。

最後に。雅己は自身によく似たその首を手にする。

まるで重みを確かめるかのように髪を掴んでゆっくりと持ち上げた。

それを目の前の影に差し出す。噴出した血がその体と足を赤く染める。

「契約はなった。」

火が瞬いた。笑いの形を取った口は溶岩のように燃えたぎっている。形がグニョグニョと崩れ、広がる。女の首から滴る血がその触手に注がれる。

そして首を掲げ鬼来雅己は微笑む。譲が初めて見る、媚を含んだ淫らな笑み。

床に置かれた首に二つの遺骸に黒い靄は渦を巻いた。それを確認し雅己は服を脱ぎ捨てた。露になる白い肌は光に照らされ寒々しい。震えながらもまるで誘うような一瞥を送る雅己は躊躇いも無く腹這いになる。すると渦巻く黒い影は見る見る縮み、人の男となった。それが雅己へと重なる。

「な・・・っ?」無いと言われた体に譲の血が逆流する。

男は背後から雅己の肩を床に押し付ける。

「やめろぉぉぉ!」怒り。

「ダメっ!」基成勇二が鋭く警告を発するが、遅い。

男の背から無意識に跳ね上がった触覚は、金色の糸を断ち切っている。

譲の意識は急速にその場から弾き飛ばされた。

気が付けば360度、流れる砂のような空間。「基成先生!」箱もなく音もない。

「はぐれてしまった・・・?」もう戻れないと言う恐怖が突き上げて来る。

「キライ・・・」でも、これ現実じゃないよな?。

絶望にのみこまれて譲は消えた。

 

               雅己

 

「どうしたの?」雅己は喘いでいる。苦痛と快感その狭間で。

「霊能者だ。」雅己の体を支配するものが答える。語る音そのものものである人型は喘ぎもせず氷のように冷えきっている。そして情け容赦なく、下に従えた体を攻め苛む。「ハエにすぎない。」

肉体が引き裂かれ、瞬間意識は爆発する。貫かれ、炎に炙られる肉の塊でしか雅己はなくなる。凍った闇の中で燃える、煮えたぎる溶岩。体中の穴という穴からその熱いものが無理矢理注ぎこまれ、たちまちすべての穴から溢れ出ていく。

その繰り返しが永遠とも続く。

陵辱のすべてを小さな陽炎達は見守っている。

哀しいのか喜びなのか、血と遺体で満たされた棺の回りを・・雅己が犯されるその回りを狂ったように跳ね回る。

発狂寸前の意識の隅。その冷えた片隅に外からの声が雅己にも響いてくる。

『霊能者は・・思ったよりも役に立ちそうだ・・・岩田譲よりも・・・』

『いや、彼は・・・彼もまだ・・・』途切れ途切れに反駁する。

『すべての哀れみなど捨てるとおまえも誓った・・・そうだろ?』

『そう、僕は選んだ。それは・・・変わらない。』

外からの声を受信するのがどんどん難しくなる。

『大丈夫だよ、兄貴・・』ついに体内の血液が沸騰した。

雅己は肉体から切り離され意識そのものとなる。

『だって、僕は贄だから。』


スパイラル・スリー 第二章-1

2014-02-23 | オリジナル小説

          2・雅己と譲

 

             過去・・・大学時代

 

譲は納得がいかなかった。

「だいたい・・UFOや宇宙人とかとさ、幽霊と妖怪を一緒くたにするってのが・・よく、俺にはわかんないっていうか、理解できないんだよ。まったく違うものだと思うんだけど・・」もう、5年前にもなる学生時代の飲み会である。

多少ムキになっていたと思う。嫉妬と言ってもいい。

「そっかぁ。」ムキになって反論するかと思いきや、鬼来雅己は神妙にうなづく。

「そう思うのは、仕方ないかもな。」

考え深気な陰を顔に浮かべると、一口またビールを飲み下した。

「いや、なんかさ・・これって正直、霊感が強くてUFOも見る兄貴の側にいた僕の・・・あくまでも自分の感覚でしかないんだけど・・僕には、重なる部分があるような気がしてしょうがないんだ。」

「おまえの兄貴はその件についてなんて言ってるんだよ?幽霊見る人間はUFOを見る確率が高いって説には?」このときの譲は純粋にうらやましくて仕方がなかった。

「わらってただけ。自分にも、よくわからないって。」

「・・・当事者がわからないっていうんじゃなぁ。」

「そう、証拠はないんだ。統計もない。UFOとかを見る人とお化けとかを見る人が完全にイコールではないとは僕も認めざるを得ない、でも。」

鬼来は遠くを見るように目を細めた。

「UFOも宇宙人もさぁ・・現実っていうか僕らのいるところからなんだかずっと隠れてるじゃないか。UFOだって見ている目の前からフッと消えてしまうわけだし。幽霊だって見える人から言うとずっとそこにいたりする。でも見えない人にはまったく見えない。勿論、見えていても突然消えたりもするわけだよ・・・」

「それってさ。」譲も思い付いた事を自分でも半信半疑で口にした。

「ようするに、鬼来のいいたいのは・・・4次元とか異次元とかってことかい。」

「そう、それ、それ!」雅己が勢いを得て手を叩く。

「そうなんだよ!。UFOも幽霊もなんらかの方法で僕らのいる次元とは違うところにいつも普段は潜んでいるんだ・・・そして、そこから意識的にか無意識的にか・・きっとその両方なんだろうけども・・・この現実にやってくるに違いないんだ!。さすが譲っち、僕の言いたい事によく気が付いてくれた!」

いやいやそれほどではと自賛しつつ、「ふぅむ。それって、それは面白いなぁ。」

思わず唸っていた。「その考えはすごいと思うよ、ほんと。」

「そうか、すごい?」

「うん、すごい、すごい。」

「やっぱりねぇ!。」雅己も激しくうなづく。

「これ思いついた時、自分でも天才だってつくづく思ったんだ。」

「いや、それは。」前言撤回、慌てて首を振る。「それほどではないよ。」

2人は同時に吹き出した。