事件の翌日,私は歯医者の予約をしていたんですね。
それでソファーで熟睡しているチングを自宅に残したまま,家を出た。チックァ(歯科)からそのまま会社に回って休日出勤し,野暮用を片づけていると,2時すぎ,チングからムンチャ(文字メッセージ)が入った。「今まで,寝ていた」と。「頭が痛くてたまらない」と。
さっそく電話をかけてみる。
「ほんとに何も覚えていないの?」
「いや,少し思い出してきた。武橋洞のバーを出たあと,ノレバン(カラオケボックス)に行こうということになった。」
「ノレバン? 誰が言い出したの」
「犬鍋さんが…」
「えっ?」(僕,歌嫌いなのに…)
「でも,入らなかった。値段を聞いて高いからって。店の人とちょっともめた記憶がある」
(ほう,ある程度の理性を残していたと見える)
「で,そのあとは?」
「覚えていない」
「そうか。そういえば,家にブランデーのグラスが一つだけあったよね。あれ,どっちが飲んだか,思い出せない?」
「ああ,あれね。あれは思い出した。朝の四時ごろ,あまりの頭痛で目が覚めて,テーブルの上に二つあったグラスの片方で水を飲んだ。流しに置いておいたよ」
「あ,そう。じゃあ,レミーは二人で飲んだんだ」(これで,グラスの謎はとけたな)
しかし,この証言を聞いても,私の記憶はまったく戻りません。
仮にタクシーで帰ったとしても,玄関のドアの前で止まるわけじゃなし,道路を渡って,番号式の大門(デームン,外の門のこと)を開けて,カード式の建物の門(ムン=ドア)を開けて,階段を3階までのぼって,またカード式の玄関門(ドア)を開けるという,ルーティーンの行動とはいえ,それなりに複雑な手順を踏んで家に帰ったのに,そのいっさいを覚えていない。なお,家ではコートをかけ,背広をかけ,着替えて,シャツを洗濯機に入れている…。さらにブランデーまで。
もうちょっと調べなければ…。
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五十歳酒の威力
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