東京マスターズ研修会では、
久々に仲間と再会しました。
私よりずっとマスターズ歴の長い同い年のTさん、
いつも声をかけて下さる競技に精通したMさんなどとご挨拶していたら、開講セレモニーに遅刻しそうになったりして。
研修会は、短距離、中長距離、跳躍、投擲、競歩に分かれ、グループごとにそうそうたる講師が付きっきりで指導に当たって下さいます。
跳躍のOコーチは、現在の各校者指導者を指導したベテランです。
以前にも教わったことがありますが、丁寧で、励ましの言葉を大切にする方。つまり、誉めて伸ばすタイプと言うことでしょう。
跳躍グループはさらに、走り高跳び二人と走り幅跳び4人の希望者がいます。
用具の準備と体操流しまでのアップは一緒になってじっくり一時間かけ、その後別れて実技となりました。
昨年九月の新潟大会100メートルで左脹ら脛の肉離れをやっていらい、
久々の走り幅跳びです。
助走するのすら、何か他人の家の庭に迷い込んだような戸惑いがあります。
ただ、講師の先生が教えてくださる、腕を下げ気味にして振ると生まれる、歩幅の大きなリスミカルな走りが出きると、気持ちも落ち着いてきます。
三歩の短助走から11メートル、20メートルに伸ばしていっても、
速くは走れませんが、跳躍感は体に残りました。踏み込みで十分に体重が踏切足に乗り、
反力を上方向にも持ちながら、
真っ直ぐ体が飛んでいく感覚です。
そして、全助走に近い31メートル。
今日の講習で学びたかった、
ファールをしない助走を教えてもらうためには、
全助走で、踏切に至る足運びがどうなるかを先生に見てもらう必要があります。
最初はアップシューズで入ります。衝撃が恐いから。でも、スピードは出します。
最後の二歩が合わせ気味になって、歩幅を伸ばしてしまいましたが、
踏切板には乗ります。
着地は雑になりながら、それなりに跳んだようで、
他の参加者の方が計測してくださいました。
5メートル20センチ、えっ?
ホントですかい。
アップシューズで昨年秋と殆ど同じ距離とは、我ながら驚きました。
もう一本、『一足長半短く』と言う距離にして、17歩の助走。でも、まだ合わせてしまいます。
『スパイク履かないと、ホントの意味での助走距離は分かりません』とのご指摘もあり、休憩もかねて靴を履き替えました。
すると雨、さらには風の向きも逆風にかわりました。
三本目はスパイクピンの力も借りて、大きく、でも力んでしまいました。
また合わせに行った踏切板。
突き刺さるピン。
腰の重心が、合わせに行った分、やや時間をかけて踏切足の真上に乗って、最大の反発力が右足全体にかかったとき。
何か重い感覚が膝上から太もも下にかけて走り抜けました。
鋭く熱い電気信号。
もたらす答えは、空中でもわかっていました。
右ハムストリング肉離れ。
間違いありません。
すぐに講習会から離れ、
医務室で氷を当ててもらいました。マスターズのスタッフは実に優しく包帯を巻いてくれました。
そしてロッカールームに移って、治療先を探します。
いつものトレーナーに電話で相談すると、八王子整形外科を紹介してくれました。
検索すると、夕方4時30分までは土曜日でも診察してくれるとのこと。
その頃には少し脂汗も出始めたので、
兎に角病院に急ぎました。
ハムストリングの大きな肉離れになると、殆ど力が入らないことを初体験。
お世話になった講師のo先生にも、
参加者の仲間に声をかける事すらできず、
受付の方にだけ事情を話して、
競技場を後にしました。
後は、広く起伏に富んだ八王子の地形を、
上柚木から西八王子までバスとタクシーで実感しながら
治療時間ギリギリに整形外科へたどり着いたのでした。
診断は全治4週間から6週間の右ハムストリング肉離れ。骨折無し、安静を要す、以上。
でっかい湿布と炎症止めの薬をもらい、
月末の愛媛・石鎚山登山は
あきらめか、トホホ~と共に、
楽しみにしていた彼女に申し訳ないと気持ちがさいなまれるのでありました。
状況からすると、一週間は運動せず、二週間目から足を使わない筋トレなど、
その後は少しずつ足にも負荷をかけて、5月末にはゆっくり流しができるくらいに持って行ければと言う所でしょうか。
復帰は夏!
以上、陸上練習再開初日にして、二日目は先送りとなった記録でありました。
久々に仲間と再会しました。
私よりずっとマスターズ歴の長い同い年のTさん、
いつも声をかけて下さる競技に精通したMさんなどとご挨拶していたら、開講セレモニーに遅刻しそうになったりして。
研修会は、短距離、中長距離、跳躍、投擲、競歩に分かれ、グループごとにそうそうたる講師が付きっきりで指導に当たって下さいます。
跳躍のOコーチは、現在の各校者指導者を指導したベテランです。
以前にも教わったことがありますが、丁寧で、励ましの言葉を大切にする方。つまり、誉めて伸ばすタイプと言うことでしょう。
跳躍グループはさらに、走り高跳び二人と走り幅跳び4人の希望者がいます。
用具の準備と体操流しまでのアップは一緒になってじっくり一時間かけ、その後別れて実技となりました。
昨年九月の新潟大会100メートルで左脹ら脛の肉離れをやっていらい、
久々の走り幅跳びです。
助走するのすら、何か他人の家の庭に迷い込んだような戸惑いがあります。
ただ、講師の先生が教えてくださる、腕を下げ気味にして振ると生まれる、歩幅の大きなリスミカルな走りが出きると、気持ちも落ち着いてきます。
三歩の短助走から11メートル、20メートルに伸ばしていっても、
速くは走れませんが、跳躍感は体に残りました。踏み込みで十分に体重が踏切足に乗り、
反力を上方向にも持ちながら、
真っ直ぐ体が飛んでいく感覚です。
そして、全助走に近い31メートル。
今日の講習で学びたかった、
ファールをしない助走を教えてもらうためには、
全助走で、踏切に至る足運びがどうなるかを先生に見てもらう必要があります。
最初はアップシューズで入ります。衝撃が恐いから。でも、スピードは出します。
最後の二歩が合わせ気味になって、歩幅を伸ばしてしまいましたが、
踏切板には乗ります。
着地は雑になりながら、それなりに跳んだようで、
他の参加者の方が計測してくださいました。
5メートル20センチ、えっ?
ホントですかい。
アップシューズで昨年秋と殆ど同じ距離とは、我ながら驚きました。
もう一本、『一足長半短く』と言う距離にして、17歩の助走。でも、まだ合わせてしまいます。
『スパイク履かないと、ホントの意味での助走距離は分かりません』とのご指摘もあり、休憩もかねて靴を履き替えました。
すると雨、さらには風の向きも逆風にかわりました。
三本目はスパイクピンの力も借りて、大きく、でも力んでしまいました。
また合わせに行った踏切板。
突き刺さるピン。
腰の重心が、合わせに行った分、やや時間をかけて踏切足の真上に乗って、最大の反発力が右足全体にかかったとき。
何か重い感覚が膝上から太もも下にかけて走り抜けました。
鋭く熱い電気信号。
もたらす答えは、空中でもわかっていました。
右ハムストリング肉離れ。
間違いありません。
すぐに講習会から離れ、
医務室で氷を当ててもらいました。マスターズのスタッフは実に優しく包帯を巻いてくれました。
そしてロッカールームに移って、治療先を探します。
いつものトレーナーに電話で相談すると、八王子整形外科を紹介してくれました。
検索すると、夕方4時30分までは土曜日でも診察してくれるとのこと。
その頃には少し脂汗も出始めたので、
兎に角病院に急ぎました。
ハムストリングの大きな肉離れになると、殆ど力が入らないことを初体験。
お世話になった講師のo先生にも、
参加者の仲間に声をかける事すらできず、
受付の方にだけ事情を話して、
競技場を後にしました。
後は、広く起伏に富んだ八王子の地形を、
上柚木から西八王子までバスとタクシーで実感しながら
治療時間ギリギリに整形外科へたどり着いたのでした。
診断は全治4週間から6週間の右ハムストリング肉離れ。骨折無し、安静を要す、以上。
でっかい湿布と炎症止めの薬をもらい、
月末の愛媛・石鎚山登山は
あきらめか、トホホ~と共に、
楽しみにしていた彼女に申し訳ないと気持ちがさいなまれるのでありました。
状況からすると、一週間は運動せず、二週間目から足を使わない筋トレなど、
その後は少しずつ足にも負荷をかけて、5月末にはゆっくり流しができるくらいに持って行ければと言う所でしょうか。
復帰は夏!
以上、陸上練習再開初日にして、二日目は先送りとなった記録でありました。