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今日もArt & Science

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MPO内のチロシルラジカル

2013-03-04 15:31:57 | ESR

MPO内のチロシルラジカルが初めて観測されたのはそんなに古い話ではない。ペルオキシダーゼは骨髄で産生される顆粒球系および単球系の細胞質に含まれる酵素であり、骨髄のmyeloをperoxidaseの頭につけてmyeloperoxidase(MPO)と呼ばれる。MPOはH2O2を細胞質内のハロゲン化合物halide(KCIやKIなど)に反応させてペルオキシダーゼ作用を発揮し、

        MPO
KCl+H2O2  →  K++ClO-+H2O

のようにClO-(次亜塩素酸塩)をつくる。

 

1s2_0s0163725805002846gr1
図1  Three-dimensional structure of a myeloperoxidase (MPO) homodimer. Highlighted are the heme centers (red), α-helices (green) and β-sheets (yellow) (modified from Zeng & Fenna, 1992, deposited in PubMed).

 

ClO-は強い酸化・漂白作用を示し、貪食や殺菌の生理的機能を営む。ヒトではMPO遺伝子にコードされている。この酵素は好中球に多く存在する。リソソームタンパクの一種であり、好中球ではアズール顆粒に蓄えられる。MPOはヘム色素を持ち、大量に分泌されると膿や粘液を緑に染めることがある。MPOタンパクはおよそ150kDaで、15kDaの軽鎖2本と、グリコシル化され、補欠分子ヘムが結合した重鎖2本からなる二量体である。重鎖の大きさのみが異なる3つのアイソフォームが存在する。7配位、五方両錐形をとるカルシウム結合部位を持つが、このカルシウムは酵素活性に重要である。配位子の内1つがAsp96のカルボキシル基であり、活性中心のHis95に隣接しているためである。MPOは好中球の呼吸バースト中に、過酸化水素と塩化物イオンから次亜塩素酸(HOCl)(またはそのハロゲン等価体)を生産する。このとき補因子としてヘムが必要である。また、過酸化水素を用いてチロシンをチロシルラジカルに酸化することもできる。次亜塩素酸やチロシルラジカルには細胞毒性があり、細菌などの病原体を殺菌する。アジ化物は長い間MPO阻害剤として使われてきたが、4-アミノ安息香酸ヒドラジド(4-ABH)はさらに特異性の高い阻害剤であることが分かった。ヒトでは17番染色体に乗っている(17q23.1)。

 

ミエロペルオキシダーゼ欠損症はこの酵素の遺伝的欠損であり、免疫不全の症状を呈する。最近の研究により、MPOレベルと冠動脈疾患の重症度が相関することが分かった。これは、ミエロペルオキシダーゼが動脈硬化の病変と粥腫の不安定性に重要な役割を持つことを示唆する。2003年の研究で、胸痛のある患者に対する、鋭敏な心筋梗塞の予測因子としてMPOを用いる、という可能性が示唆された。それ以来、MPOテストの実用化に向けて100以上の論文が発表されている。Heslop等による最近の研究によると、MPOレベルの上昇は、その後13年間での心疾患による死亡リスクを2倍にする。また、MPOとCRP(C反応性蛋白)を同時に評価することで、CRP単体よりも正確なリスクの予測が可能だった。MPOによる免疫染色は急性骨髄性白血病の診断において、細胞が骨髄由来であることを示すのに用いられる。だが、最近はより簡便な方法としてフローサイトメトリーがある。また、骨髄性肉腫はMPO染色陽性だが、リンパ腫は陰性である。この2つの疾患は見かけ上類似しているため、この鑑別にMPO染色は重要である。

 

PDB1D7W; Blair-Johnson M, Fiedler T, Fenna R (November 2001), “Human myeloperoxidase: structure of a cyanide complex and its interaction with bromide and thiocyanate substrates at 1.9 Å resolution”, Biochemistry 40 (46): 13990?7, doi:10.1021/bi0111808, PMID 11705390。

 

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【O2-伝説3】セラミックス12CaO・7Al2O3結晶中のO2-イオン

2012-08-11 16:01:01 | ESR

 1992年、著者と山内は「素材のESR評価法」(アイピーシー)と題する単行本を発行した。その中の一章を細野先生に執筆して頂いた。その題目が3.5 セラミックスで、3.5.3が「12CaO・7Al2O3結晶中の超酸化物イオン」であった。その重要性に鑑み、その内容を紹介する。

 

12CaO・7Al2O3結晶(以下C12A7 と略記 )はアルミナセメントの主成分であること、また、その特異的構造のために、古くからセメント化学や結晶学の分野で研究されてきた。結晶構造を図1に示す。ゼオライトとと同じように格子内に空隙が存在し、66個の酸素のうち、2個は空隙内に統計的に分布すると考えられていた。

 

 

Cao7al2o3_001

 

図1 12CaO・7Al23結晶の構造模式図。O(3)が”フリー酸素。

 

 この結晶相は通常の雰囲気下では安定相で、CaCO3とAl(OH)3を量比に混合して1000~1400℃に加熱すれば容易に生成するが、乾燥した窒素下などの、酸素を含まない雰囲気下では生成しない。高純度原料を用いて、空気中で加熱することにより得られたC12A7結晶は放射線などを照射しないでも、図2のように非常にESR信号を与える。積分強度から求めたスピン濃度は1E19/gにも達する。

 

Cao7al2o3_001_6

 

図2 固相反応で合成した12CaO・7Al2O3結晶を77Kで測定したESRスペクトル。左)Xバンド、右)Kバンド。

 

 77KでESRを測定すると、図2に示したように典型的な3方異方性線形になる、単純なパウダーパターンで再現できる。複数の実験事実より、酸素関連中心O2-イオンと結論された。

 

Cao7al2o3_001_8

 

図3 ESRスペクトルの温度変化。左肩の数値は絶対温度。破線はローレンツ関数を表す。140K以上では線形はローレンツになる。結論としてフリーの酸素が還元されて、O2-イオンとして空隙内(図1 O(3)参照)に存在していると結論された。

 

 140K以上では線形はローレンツになる。結論としてフリーの酸素が還元されて、O2-イオンとして空隙内(図1O(3)参照)に存在していると結論された。

 

 C12A7は新しい局面を迎えている。セメントが燃料電池になり、しかも高温超伝導体になる!これらすべてO2-イオンに起因する。ポーリングに始まったO2-イオン伝説は再び新しい伝説を生み出す。

 

ここに、Inorg.Chem.に掲載された論文のAbstractを紹介する。

 

Inorg.Chem. 26,1192(1987):

 

Inorganic_chemhosono

 

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電池とスーパーオキサイド

2012-07-13 07:00:48 | ESR

電池とスーパーオキサイド等はなじみの深い関係にある。O-のESRが始めて検出されたのも電池であった。また、最近の研究で多くの燃料電池で電子のキャリアーは2-であることが次第に分かってきた。個々に、最近話題になってきた細野先生(東工大)の成果を紹介し、スーパーオキサイドの重要性を眺めて見たい。

12cao7al2o3

図1 12CaO7Al2O3の結晶構造

(a)

O2esr

(b)

O2

図2 12CaO7Al23の空気極で生成した酸化物イオン(O2-およびO-)のESR(a)およびラマンスペクトル(b)

2 固体酸化物形燃料電池(Solid Oxide Fuel Cell SOFCは固体電解質形燃料電池とも呼ばれ、動作温度はMCFC以上の800-1,000℃を必要とするので高耐熱性の材料が必要となる。また、起動・停止時間も長い。電解質として酸化物イオンの透過性が高い安定化ジルコニアランタンガリウムペロブスカイト酸化物などのイオン伝導性セラミックスを用いており、空気極で生成した酸化物イオン(O2-)が電解質を透過し、燃料極で水素と反応することにより電気エネルギーを発生させている。そのため、水素だけではなく天然ガス石炭ガスなども燃料として用いることが可能である。活性化電圧降下が少ないので発電効率は高く、すでに56.1%LHVを達成している例もある。家庭用・業務用の1kW-10kW級としても開発されている。 内部改質方式であり、改質器は不要で触媒も特に必要ない。電極材としては導電性セラミックスを用いる。火力発電所の代替などの用途が期待されている。日本ガイシ株式会社は2009611日に独自構造のSOFCを開発し、世界最高レベルの63%の発電効率(LHV)90%の高い燃料利用率を達成したと発表した。

3 12CaO/7Al

 

Topic12_fig2

図3 12CaO・7Al23化合物電気伝導機構

 東工大細野によって発見された、12CaO・7Al23化合物はO-イオンラジカルおよび/またはO-イオンラジカルを1020cm-3以上の高濃度に含む(単位胞あたり2個)。この化合物は、酸化触媒、抗菌剤、イオン伝導体、特に、固体電解質燃料電池用電極などの用途に使用される夢の化合物である(1,2)。空気極で生成した酸化物イオン(O2-およびO-)のESRおよびラマンスペクトルを図1に示す。O2-の信号を観ながら、電池の高性能化が測れる。電気的な性質からすると、この世の物質は伝導体と絶縁体に大別される。半導体のように双方の性質をもつものも存在していることから、その境界が判然としているわけではないが、セメント素材のような物質を絶縁体だと考えるのは常識だ。ところが、東京工業大学フロンティア創造共同研究センターの細野秀雄教授、大阪府立大学の久保田佳基准教授、理化学研究所の高田昌樹主任研究員らの研究グループは、そんなセメント素材を伝導体に変えることに成功し、その転移メカニズムをSPring-8の放射光を用いて解明した。この成果により、ごく普通に存在する物質を素材にした新伝導体開発も夢ではなくなった

4 絶縁体のセメント素材はほんとうに伝導体に変わるのか?

地殻の99%は、酸素、ケイ素、アルミニウム、鉄、カルシウム、ナトリウム、カリウム、マグネシウムの8元素から構成されている。なお、それらの元素のうち酸素以外の7元素は、単独で存在するのではなく、酸素と結合した酸化物として存在している。ほとんどが軽金属酸化物であるそれら酸化物類は、ガラス、セメント、陶磁器などの原料として日常的に広く用いられているが、電気を通さないことは常識となっている。

だが、東京工業大学の細野秀雄教授らの研究グループは、絶縁体として知られる諸々の軽金属酸化物の結晶構造をnm(ナノメートル=10-9 m)レベルの精度で明らかにしてきた。そして、解明されたそれらのナノ構造を巧みに利用することにより、本来は絶縁体である軽金属酸化物類を半導体や金属(伝導体)に変える研究を進めてきた。

「ずっと以前から軽金属酸化物には注目していました。ガラスやセラミックスを長年研究しているとわかるんです、それには何かあるはずだなって……。それで、軽金属酸化物と電子とを組み合わせてみる物性研究のアイデアが生まれたんです」と細野教授は語る。

カルシウムと酸素の化合物である石灰(CaO)と、アルミニウムと酸素の化合物である酸化アルミニウム(Al2O3)は、電気を流さない代表的な絶縁体として教科書などにも紹介されている。2003年、細野教授らは、それら2つの酸化物からできている12CaO・7Al2O3(以下C12A7と表記)というセメントの構成物質のひとつを半導体に変えることに成功した。

だが、その物質(C12A7)を金属状態にまで変えることはできないままであった。シリコンなどの半導体は、電子をドープ(注入)していくと、伝導性がどんどんと高まっていき、ドープされた電子の濃度がある一定の値を超えると金属状態に変わることがよく知られている。そのため、さらに一歩進んで、C12A7のような典型的な絶縁体を金属状態に変えることができるかどうかを研究することは、当然、興味深いテーマのひとつとなっていたが、これまでその結論は得られないままになっていた。

5 ついに絶縁体C12A7が金属状態に大変貌を遂げる!

C12A7はナノサイズのケージ(カゴ)がお互いに結びついて結晶をつくっており(図1)、その中に酸素イオン(O2-)が入っている。研究グループは、この酸素イオンが一定の自由度を保ちながらケージ内に入っており、温度が700°C以上になるとケージの連なる結晶中をよく動き回ることに着目した。そして、この動きまわる酸素イオンだけをつかまえて安定した結合体をつくることはできるが、C12A7のケージ自体とは反応しない金属チタンと一緒にガラス管の中に封入し、1100°Cで加熱してみた。C12A7と反応する元素だとケージが壊れてしまうのでチタンは最適な元素である。すると、ケージ内の酸素イオンをほぼ100%チタンのもつ電子で置き換えることが可能になり、その結果、C12A7を絶縁体から半導体、さらには金属状態にまで自由に変えることに成功した(図2)。なお、C12A7が金属化したことは、次のような2点を確認することで立証された。

第一点は、温度低下に伴い電気抵抗が減少することである。半導体の場合は温度が下がると逆に抵抗は増大する。

第二点は、磁性をもつ不純物を少量加えると、電気抵抗が温度とともに単調には変化せず、ある温度で最低値をとる現象が観察されたことである。これは「近藤効果」と呼ばれ、磁性不純物と伝導を担う電子との相互作用に共通な特徴だ。

金属化したこのC12A7は、金属マンガンと同程度、黒鉛の2倍以上もの高い電気伝導率をもつ。シリコンなどの半導体が金属に変わるときは電子の数は増えるが、電子1個あたりの移動度(動きやすさ)は減少する。だが、一連の研究を通じ、C12A7の場合には逆に、金属化すると半導体の状態よりも電子移動度が数十倍も大きくなることが明らかになった(図3下左)。

そこで、その原因を調べるために、SPring-8の粉末結晶構造解析ビームラインBL02B2の粉末X線回折装置と、理化学研究所の高田昌樹主任研究員らが開発したMEM/Rietveld法とを用いてC12A7の構造解析が行われた。MEM/Rietveld法は、構造未詳の物質の大まかな構造モデルから原子の詳細な配列を決定する画期的な構造解析法。電子密度イメージングと粉末回折パターンフィッティングとを組み合わせた手法である。

細野教授は、その結果について、「ナノサイズのケージ中に酸素イオンが入っている絶縁体の状態では、ケージの形が歪んでいます。でも、酸素イオンを電子で置き換え、酸素イオン数を減少させていくと、次第にその歪みがなくなっていき、ある濃度にまで電子が増えると、いっきに全部のケージが歪みのない綺麗な形になるんです。すると電子の動きが急に自由になり、そのために半導体が金属に変わることがわかったんですよ(図3下右)。SPring-8の高輝度X線ビームを用いて測定した高精度の回折データのおかげで、絶縁体状態から金属状態への構造変化の詳細なメカニズムの解明に至ったわけです。この物質のユニークな点は、金属カリウムと同じくらい電子を放出しやすいのに化学的に安定なことです。この性質を利用した電子機器類の開発は遠くないと思いますよ」と述べている。

情報機器類の液晶ディスプレイ生産には、希少金属インジウムのような透明金属が不可欠だ。だが、この研究が進めば、ごく日常的な元素(細野教授はユビキタス元素と呼んでいる)を使ってそれら希少金属の代替が可能になるかもしれない。C12A7などには、厚さ100 nm程度の薄膜にすると可視光線の70%が透過可能になるという特性もある。これら一連の研究成果は2007年4月、米国化学会発行の科学誌『Nano Letters』に掲載された。

なお、細野教授らのグループは、このC12A7の金属化成功からわずか3ヶ月後には同じC12A7の超伝導体化にも成功し、さらにそれから間もなく、新たな高温超電導体の発見に至っている。

6 文献<o:p></o:p>

1)特開200232182)特開2009161728

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携帯ESR装置の応用(12) graphene(グラフェン)

2011-06-19 10:47:27 | ESR

墨で墨汁を作ったり、鉛筆で線を引っぱるたびに,物理学やナノテクノロジー分野でいま最もホットな新素材の小片が生み出されている。グラフェンとは墨や鉛筆の材料である「グラ」ファイト(黒鉛)と芳香環を意味するPHENEを繋いだ合成語から生まれたものである。グラファイトは炭素だけからなる物質の1つで,平らに並んだ炭素原子の層がいくつも積み重なってできており,何世紀も前からグラファイトのこの層状構造は知られ,層に分けようと試みられてきた。この1枚の層はグラフェンと名付けられ,六角形の網目状に結合した炭素原子のみからなり,厚みは炭素原子1個分しかない(図1参照)。

Graphene2

図1 グラフェンの構造

グラフェンの単離に成功したのはつい最近である。2004年にガイムとキムはグラファイトを力ずくで引き剥がした破片からグラフェンを作り出した。セロハンテープにグラファイトの薄片を貼り付け,テープの粘着面で薄片を挟むように折り,再びテープを引き剥がす。これを繰り返すことによって薄片を剥がし,どんどん薄くしていくことでグラフェンと同定される試料が見つかった。この試料はほとんど欠陥がないうえ,常温でも化学的に安定していることがわかった。実験室でグラフェンが発見されたことによって,世界中で活発な研究が始まることになった。グラフェンはあらゆる物質の中でもっとも薄いだけでなく,非常に強くて硬い。常温でほかのどんな物質よりも電子の移動速度が高い.。目下,世界中の研究所ではグラフェンの性質を研究し,超高強度複合材料やスマートディスプレー,超高速トランジスタ,量子ドット演算素子などの製品に応用できるかどうかを綿密に調べている。一方,原子スケールで奇妙な性質を示すことから,相対論的量子物理学でしか説明できない物理現象をグラフェンを使って調べられる可能性がでてきた。これまで天体物理学か素粒子物理学の独壇場にあった研究が,グラフェンの発見によって,相対論的量子力学に基づく予測を実験室の卓上装置で検証できるかもしれない。

電気輸送

実験結果から、グラフェン中の電子の移動度は、室温で15,000cm2V-1s-1と驚くほど高い。加えて実験から電気伝導度が対称であることが分かっており、これは電子とホールの移動度がほぼ同じであることを示唆している。移動度が10Kから100Kの範囲で温度にほとんど依存しないことから、格子欠陥が散乱の主な原因であると思われる。グラフェン中の音響フォノンによる散乱のために、室温での移動度は200,000cm2V-1s-1(キャリア密度が10-12cm-2のとき)に制限されるが、これに対応する抵抗は10-6Ω・cmである。この値は、室温での抵抗が最も小さい物質である銀よりも小さい抵抗値である。しかし二酸化ケイ素基板上のグラフェンでは、室温でグラフェン自身の音響フォノンによる散乱よりも、基板の光学フォノンによる電子散乱の影響が大きく、移動度は40,000cm2V-1s-1まで制限される。

ディラックポイント近傍ではキャリア密度がゼロであるにもかかわらず、グラフェンは4e2 / hのオーダーの最小電気伝導度を示す。この最小電気伝導度の起源はいまだにはっきりしていない。しかし、グラフェンシートを引きはがしたり、SiO2基板にイオン化した不純物を混入したりすることで、キャリアの水溜りを局在させることができ伝導するようになる。いくつかの理論は、最小伝導度が4e2 / hΠであることを説明するが、ほとんどの推定は4e2 / hかそれ以上のオーダーである上、不純物の濃度に依存する。

最近の実験により、化学的ドーパントがグラフェン中のキャリアの移動度に影響を与えることが証明されてきている。Schedinらは、さまざまな気体種(あるものはアクセプターとなり、あるものはドナーである)をグラフェンにドーピングし、真空中でグラフェンをゆっくりと加熱することにより、ドープ前のグラフェン構造が再現することを発見した。Schedinらは、ドーパント濃度が1012cm-2を超える場合でも、キャリアの移動度には目立った変化は無かったと報告している。Chenらは、超高真空・低温でカリウムをグラフェンにドープし、予想通りカリウムイオンがグラフェン中で荷電不純物として振舞い、移動度を20-foldほど減少させることを発見している。グラフェンを熱してカリウムを除去することにより、減少した移動度は元に戻すことが可能である。以下に、今まで分かっているグラフェンの特徴をまとめる。

光学

その独特な電気的特性により、グラフェンは炭素原子の1層構造でありながら予想以上に不透明度が高い。グラフェンの白色光の吸収率はπα ~ 2.3%という驚くほど単純な値になる。ここでαは微細構造定数である。これは実験的に確かめられている事実ではあるが、微細構造定数の測定に使えるほど正確な測定ではない。

スピン輸送

グラフェンは、スピン軌道相互作用が小さく、また炭素の核磁気モーメントが無視できることから、スピントロニクスの理想的な材料と考えられている。室温での電気的なスピン流の導入・検波が最近示された。室温で1マイクロメートル以上のスピンコヒーレンス長も観測されており、低温ではスピン流の向きを電気的なゲートで制御することもできている。

磁場効果

高い移動度と最小電気伝導度に加えて、グラフェンは磁場中で非常に興味深い振る舞いをする。グラフェンは通常の量子ホール効果とは系列が1 / 2だけずれた異常量子ホール効果を起こす。すなわちホール伝導率はsigma_{xy} = pm {4left(N + 1/2 right )e^2}/h

である。ここでNはランダウ準位のインデックスで、二つの谷とスピンの二重縮退により4の因子が生ずる。この特徴的な振る舞いは室温でも観測されうる。二重層グラフェンも量子ホール効果を示すが、二重層グラフェンで起こるのは正常量子ホール効果であり、

sigma_{xy} = pm {4Ne^2}/h

である。最初のプラトーであるN = 0は存在しないことから、二重層グラフェンは中性点で金属的になっていることが示唆される。

グラフェンではベリー位相として知られる π だけの位相のずれが見られる。ベリー位相はディラックポイント近傍でキャリアの有効質量がゼロになることから生ずる。グラフェン中のShubnikov-de Haas振動の温度依存性の研究から、エネルギー-波数分散関係では有効質量ゼロとして振舞うキャリアが、有限のサイクロトロン質量を持つことが分かった。

偽相対論

グラフェンの電気的特性は、伝統的なタイトバインディングモデルで説明される。このモデルでは波数mathbf{k}の電子のエネルギーは次のように書ける。

E=pmsqrt{gamma_0^2left(1+4cos^2{pi k_ya}+4cos{pi k_ya} cdot cos{pi k_xsqrt{3}a}right)}

ここでgamma_0approx 2{.}8 mathrm{eV}は最近接原子にホップするエネルギー、格子定数aapprox 2{.}46 mathrm{AA}。分散関係のプラスとマイナスの符号は、それぞれ伝導帯と価電子帯に対応している。伝導帯と価電子帯は、K-valuesと呼ばれる6点で接しているが、6点のうち独立なのは2点のみで、残りは対称性から等価である。K点の近傍ではエネルギーは波数に線形となるが、これは相対論的粒子の分散関係に類似している。さらに、格子の単位胞が2原子からなるため、波動関数は実効的に2スピノル構造まで持つ。結果として、低エネルギーで電子はディラック方程式と形式的に等価な方程式で書き表せる。さらにこの擬相対論的な記述はカイラル極限、すなわち静止質量M0がゼロの極限に制限されているため、興味深いさまざまな特性が生ずる。

v_Fvecsigmacdotvecnabla psi(mathbf{r}),=,Epsi(mathbf{r})

ここで

v_Fapprox 10^6 mathrm{m/s}

はグラフェンのフェルミ速度であり、ディラック理論の光速に代わるものである。vec{sigma}はパウリ行列のベクトルであり、psi(mathbf{r})は電子の二成分波動関数。Eはエネルギーである。

(注)Andre K. Geim/Philip Kim。

物性物理学者の2人は,ここ数年,原子1個分の厚みしかない2次元の結晶材料がナノスケールで示す特性について研究している。ガイムは英国王立協会フェロー。英マンチェスター大学でラングワージ物理学教授を務める傍ら,マンチェスター・メソサイエンス・ナノテクノロジーセンターを指揮している。ロシア科学アカデミー固体物理学研究所(チェルノゴロフカ)にて博士号を取得。キムは米国物理学会フェロー。コロンビア大学で物理学准教授を務めている。ハーバード大学にて博士号を取得。研究テーマはナノスケール材料における量子熱輸送プロセスおよび電気輸送プロセス。

応用

グラフェンは電子の移動度が非常に高いため、高効率な太陽電池やパワー密度の高い二次電池、大容量キャパシタ、より感度の高いタッチパネルなどを設計できる。ITO透明電極よりも優れた電極を作れるからである。ただし、これまでのグラフェンの量産手法には課題があった。粘着テープをはがしているだけでは埒が明かない。スペインのGranph Nanotechはどのように課題を解決したのだろうか。

Ibmresearchgraphene

図Ⅱ グラフェンを2層にすることによって雑音が低減される様子を示した模式図(IBM)。

ナノデバイスでは寸法が小さくなるに連れて1/f雑音と呼ばれる制御不能な雑音が増え,S/Nが悪化する問題がある。この現象は「フーゲの法則」として知られており,グラフェンやカーボン・ナノチューブ,Si材料でも発生する。 雑音が抑制されるのは,2層のグラフェン間で強い電子結合が生じたためではないかと見られているが,今後さらに詳細を解明する予定という。

 

 


携帯ESRの応用(12)ー競争が激しくなってきたラジカル二次電池

2011-06-07 09:00:42 | ESR

130201

 

 

 

図1 有機ラジカル二次電池

 

 

 

2009年2月13日、NECは薄型フレキシブルな特長を持つ「有機ラジカル畜電池」の出力特性を向上させるととともに、1万回以上のパルス繰り返し充放電が可能になったと発表した。すでに,2001年に、これまでに比べて格段に大きな電流で充放電が可能な有機ラジカル電池を早稲田大の西出教授と共同で開発した。現在使われているLiイオン2次電池に比べて10倍以上の電流密度で充放電できる。試作した電池の大きさは45mm×57mm×4mm程度で,電流容量は100mAh,エネルギー容量は360mWhである。 有機ラジカル畜電池は安定ラジカルの酸化還元反応を利用して電気を蓄える新しい原理の畜電池である。活物質であるラジカルの性質を反映して高出力で充放電サイクル寿命の長い電池であることが確認されている。この電池はLiイオン2次電池とほぼ同じプロセスで製造することができるため,既存の設備を利用でき,価格競争力にも優れている。 有機ラジカル電池の活物質として検討している材料は,TEMPOをメタクリレートで高分子化した2,2,6,6―テトラメチルピペリジノキシメタクリレート(PTMA)である。質量当たりの容量密度が111Ah/kgで,Liイオン2次電池の150Ah/kg~170Ah/kgよりも小さいことが難点となっている。密度の大きな材料を開発して高容量電池を作ることが今後の課題の1つだが,有機化合物は多様なので高エネルギー密度の材料を必ず見つけることができるだろう。携帯ESRを使ったインビボ測定が成功を左右すると予想される。

 

 

 

現在、厚さ1mm以下のコインサイズの薄型フレキシブルな有機ラジカル二次電池で、1Aの高電流放電や2Wの高出力特性、100mA放電の1万回繰り返し充放電が可能になった。そして、薄型・省スペース性が求められる将来ユビキタス端末において、高出力が必要なデバイス、例えばLEDフラッシュ、などの電源として搭載できる見通しが得られたのである。

 

 

 

 2011年2月17日、有機2次電池の開発を積極的に進める後発部隊の村田製作所:佐藤 正春氏に話を聞いた。(聞き手:日経エレクトロニクス 久米秀尚)

 

 

 

――なぜ,有機2次電池に着目したのでしょうか。

 

 

 

有機2次電池は何より高容量が魅力で,理論的には最大で1000mA/g近くに達します。さらに,重金属を使わないため軽量で,資源的な制約の少ない活物質材料を用いることが可能です。高エネルギー密度に伴ってセパレータなどの周辺材料の使用量を削減できるため,低コスト化も期待できます。我々は,有機2次電池は現状のLiイオン2次電池に比べて容量を3倍に高めつつ,コストを1/2に抑えられると試算しています。

 

 

 

――“有機”といえば,これまでは有機ラジカル電池の研究が盛んだった印象があります。

 

 

 

有機ラジカル電池も有機2次電池の1種です。有機ラジカル電池は酸化還元の反応速度が速く,高速での充放電を得意とします。ただし,この電池は1電子反応のため大容量化は難しいという一面を持っています。

 

 

 

こうした課題を解決すべく,2電子以上の反応が可能な有機化合物の開発に着手しました。有機ラジカル電池と区別するため,社内では「多電子系有機2次電池」と呼んでいます。有機化合物の中には,4電子が反応する物質の存在を確認しており,高容量化への期待は日に日に高まっています。材料の候補はさまざまで,代表的な例では,TCNQ(大阪大学 森田研究室)やキノン(大阪電気通信大学 青沼研究室,大阪府立大学 杉本研究室,兵庫県立大学 中辻研究室),フェナンジオキシド(神戸市立工業高等専門学校 小泉研究室),ルベアン酸(本田技研工業)などがあります注1)。

注1) ()内は村田製作所と共同で研究している企業や研究機関

今後の研究開発について教えてください。

我々は,2020年に電気自動車(EV)に搭載されることを目指して開発を進めています。この目標から逆算すると,2018年にはEV用電池の仕様を決定,2015年には民生機器に採用されて実績を蓄積したいと考えています。このため,遅くても2013年には高容量の2次電池を実現する有機化合物の候補を絞り込む必要があります。今まさに,材料探索を一生懸命進めている段階なのです。並行して,電池セル内の反応機構を(携帯ESRで?)明らかにし,制御方法の検討が始まりつつあります。