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呼吸鎖複合体Ⅰが示す鉄硫黄錯体のESR(SEST原稿23)

2014-07-26 07:25:22 | ESR

呼吸鎖複合体Ⅰが示す鉄硫黄錯体のESR<o:p></o:p> 

近年、Sazanov1)が呼吸鎖複合体Ⅰという1MD以上の巨大蛋白質の構造解析に成功した。おかげで複合体INADHデヒドロゲナーゼ (ユビキノン))の解析は原子レベルで進むようになった。親水部サブユニットは79個の鉄硫黄(Fe/S)錯体を含み、NADH2電子をユビキノンに渡す電子伝達系で主要な役割を果たし、しかも老化現象やパーキンソン、アルツハイマー病の原因としても知られるようになって来た。当複合体Ⅰでは電子がNADH から補酵素Qまで7つのFe/S錯体に沿って移動し(図1)、その余剰エネルギーを使ってATP合成に必要な膜内外のプロトン濃度勾配を発生する。<v:shapetype id="_x0000_t75" coordsize="21600,21600" o:spt="75" o:preferrelative="t" path="m@4@5l@4@11@9@11@9@5xe" filled="f" stroked="f"><v:stroke joinstyle="miter"><v:formulas><v:f eqn="if lineDrawn pixelLineWidth 0">  <v:f eqn="sum @0 1 0">   <v:f eqn="sum 0 0 @1">   <v:f eqn="prod @2 1 2">   <v:f eqn="prod @3 21600 pixelWidth">   <v:f eqn="prod @3 21600 pixelHeight">   <v:f eqn="sum @0 0 1">   <v:f eqn="prod @6 1 2">   <v:f eqn="prod @7 21600 pixelWidth">   <v:f eqn="sum @8 21600 0">   <v:f eqn="prod @7 21600 pixelHeight">   <v:f eqn="sum @10 21600 0"> </v:f></v:f></v:f></v:f></v:f></v:f></v:f></v:f></v:f></v:f></v:f></v:f></v:formulas> <v:path o:extrusionok="f" gradientshapeok="t" o:connecttype="rect"> <o:lock v:ext="edit" aspectratio="t"> </o:lock></v:path></v:stroke></v:shapetype> -->


complex 1 におけるFeS クラスター(ver2)

2014-04-20 08:38:42 | ESR

complex 1 における8種または9種 FeS クラスター(Ver 2)

Photo(クリックで拡大)。

図1 呼吸鎖全体図

下記URLをクリックすると個々の構造図が詳細に見える。

http://www.dbp.akita-pu.ac.jp/~esuzuki/pbc/Folder7/ET/chain.html)。

最近の呼吸鎖系の研究成果は素晴らしい。図1に示したように、ようやく呼吸鎖の全体像が見えるようになり、呼吸鎖を構成するタンパク質や補酵素群のほとんどは内膜に埋め込まれて存在することがわかるようになった。シトクロムcは膜表面に結合している。結晶構造解析の結果は複合体ごとに図1に示す。H+として運ばれた水素は複合体 I から膜間スペースへ移動し、同時にユビキノン(補酵素Q)へ2個の電子が渡される。一方、FADHとして運ばれた電子も複合体 II からユビキノン(補酵素Q)へ渡される。還元型ユビキノンの水素は複合体IIIとの連鎖で2H+として外れて膜間スペースへ移動する。同時に、電子は複合体IIIに渡される。複合体IIIに渡された電子はミトコンドリア膜表在性のシトクロムを経て複合体IVに送られる。複合体IVは、還元型シトクロムを酸化し、生じた電子が酸素分子に渡される。1/2分子のOがマトリックス内の2個のH+と結合すると1分子の水がつくられる(実際は4電子で水2分子が生成する)。複合体Ⅰ、Ⅲ、Ⅳで合計10個のH+が複合体の隙間を通って膜間スペースへ運ばれる。これによって生じるH+の濃度勾配が内膜をはさんでの膜電位を生み出す。

ここで、注目すべきは6~9個のFeSクラスターが並ぶ複合体Ⅰのサブユニットである(図2)。複合体IはNADHの2つの水素と電子をFMN(又はCoQ)に渡す。

NADH + H+ + FMN(CoQ)→ NAD+ + FMNH2(CoQH2) DGo' = -71 kJ/mol。

複合体Iを電子が通過すると,4つのH+が膜間腔へ運ばれる。複合体Iは42のサブユニットから成る複雑な構成のため研究の進歩は遅い。複合体1はフラビン(FMN)酵素や少なくとも6つのFe-Sを含む。CoQは膜内を自由に動き回れる。複合体Ⅰを電子が通過すると,4つのH+が膜間スペースへ運ばれる。複合体Iはロテノンやアミタールで阻害される。

Complex1(クリックで拡大)

図2 T. thermophilus の呼吸鎖複合系Ⅰ親水部分の構造 (PDBID: 3I9V):FeSクラスターの配列の様子と電子の流れ(上から下へ)。

http://www.thayashi.com/Publications/Hayashi.Stuchebrukhov.2010.PNAS.pdf

ミトコンドリア複合体Ⅰや バクテリアNDH-1では非共有結合性FMNおよび8-9個のFe-Sクラスターを含んでいる。N1aとN1bは2核クラスター、 N3, N4, N5, and N6 は4核クラスターで、ESRを与える。 ある種のバクテリアでは、さらに2種の4核クラスター (N7とN6 )を含む。N1a、N1b はサブユニットNqo2/NuoE/ FP24k aおよびNqo3/NuoG/IP75kに位置する。 N3 はNqo1/NuoF/FP51kに位置する。.  クラスター N4, N5,  N7 は サブユニット Nqo3/NuoG/IP75kにある。クラスター N6 (2[4Fe-4S]) はサブユニット Nqo9/NuoI/TYKYと結合している。 N2 は多分、サブユニットPSST/Nqo6/NuoBに包含されている模様。

表1 シム解析で決定された複合体1内のFeSクラスターのESR信号のg値

ESR信号         gx       gy       gz
N1a            1.922     1.953     2.000
N1b            1.934     1.942     2.027
N2             1.903     1.903     2.050
N3             1.885     1.939     2.027
N4             1.894     1.940     2.088
N6a            1.895     1.935     2.093
N6b            1.939     1.939     2.048
N7             1.900     1.941     2.049

(参考)呼吸鎖複合体Iの電子トンネル移動: http://www.thayashi.com/research/et_complexI-j.html


いま、Mnクラスターが熱い!

2013-06-18 08:33:42 | ESR

最近JACS等を賑わしている話題にマンガンクラスターがある。古くから取り上げられてきた話題は植物葉緑素中のPSII 内にあるMnクラスターであるが、最近ではRNR(RiboNucleotide Riductase)内のMnクラスターが盛んに取り上げられている。その導火線となったのは、SPring-8による成果の次の論文である。

"Crystal structure of  oxygen-evolving photosystem II at a resolution of 1.9A"。

Y. Umena, K.Kawakami, J-R. Shen, and N. Kamiya,

Nature 473, 55-60 (2011). 

Psiipng
図1 上記文献のPSII結晶構造図。紫色の集団がMnクラスター。サブユニットは20個。Chem3Dで編集。蛋白は白色、基質はspace fillingで表示。

(概要) 光化学系II複合体(PSII)は、太陽からの光を受けて、水を分解して酸素分子を発生させ、同時に電子を発生させている。この発生した電子は、二酸化炭素をブドウ糖まで変化させるために利用される。これまでPSIIの酸素発生反応は、4個のマンガン原子(Mn)と1個のカルシウム原子(Ca)が複数の酸素原子(O)により結びつけられた金属・酸素クラスターの上で進行しているとされていたが、そのクラスターの正確な化学組成と詳細な原子配置は明らかにされていなかった。最近、PSIIの結晶の解像力を1.9Aまで上げた大型放射光施設(SPring-8)の3本のビームラインを利用してX線結晶構造解析に成功した。これにより、そのクラスターはMn4CaO5の組成をもち、全体として歪んだ椅子の形をしており、1つのMn(図1のMn4)と1つのCa(図1のCa )にそれぞれ2個の水分子が結合していることが明らかになった(図2)。これら4個の水分子(図2の水色の酸素)のいずれかは、Mn4CaO5クラスターから発生する酸素分子の中に取り込まれるものと考えられている。このクラスター構造を応用した触媒が開発されると、触媒まで太陽の光エネルギーを伝達する部分と、その触媒が水から作り出す電子を用いて水素分子やメタノールを合成する部分を組み合わせることが可能になり、人工光合成が実現できるようになる。これにより、近い将来に人類が直面するエネルギー問題や環境問題、食料問題を一気に解決する足がかりになるものと期待される。

(注: 6月17日、NHKクローズアップ現代でも「人工光合成」の特集として取り上げられた)。

Mncluster

 Mn4cao5aq4(クリックで拡大)

 図2 Mn4CaO5(aq)4 の結晶構造(PDBID:3ARCからクラスターのみを抜粋)。4個の水分子(水色の酸素)は、Mn4CaO5クラスターから発生する酸素分子の中に取り込まれるものと考えられている。

 

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シトクロムcオキシダーゼ内のチロシルラジカル

2013-03-26 14:44:59 | ESR

シトクロムcオキシダーゼ (CCO) または複合体IVは、バクテリアおよびミトコンドリアで見られる膜貫通タンパク質複合体の一つで、膜における電子伝達系の最後の酵素である。4分子のシトクロムcから電子を受け取り、酸素1分子に転移させ、2分子の水に変換する機能を持つ。この過程では、マトリックス由来の4個のプロトンから水が生成されると同時に、4個のプロトンがマトリックスから膜間スペースに透過する。これにより発生した膜間の電気化学ポテンシャルの差がATP合成酵素によるATP合成に用いられる。

 

Cytochrome_c_oxidase_1occ_in_membra(クリックで拡大)

 

図1 ウシシトクロムcオキシダーゼ の結晶構造(PDBID:1OCC)

 

複合体IVはいくつかの金属補欠分子族部位と13のタンパク質サブユニットから構成される巨大な内在性膜タンパク質である。これには2種のヘム(ヘムa 、ヘムa 3)、2種の銅中心(CuAとCuB)が含まれている。2種類のヘムとCuBはサブユニットIに位置し、2個のCuAはサブユニットIIに配位している。サブユニットIのヘムa 3とCuBはそれぞれで二核中心を形成し、酸素の還元部位となっている。シトクロムc は複合体IIIのシトクロムc 1によって還元された後、複合体IVのCuA二核中心と結合し、シトクロムc の鉄中心はFe2+からFe3+に酸化される。還元されたCuA二核中心はその電子をヘムa に送り、さらにそこからヘムa 3-CuB二核中心に送られる。この二核中心の2個の金属イオンは4.5 Å離れており、十分な酸化状態の水酸化物イオンに配位している。シトクロムc はTyr(244)のC6とHis(240)のε-Nが結合するという独特な翻訳後修飾が見られ、、ヘムa 3-CuB二核中心が4電子を受け取って酸素分子を水に還元するという極めて重要な役割が可能になっている。以前は、還元機構は過酸化物中間体が関与していると考えられ、それが超酸化物の生成に繋がっていると考えられていた。しかし、現代では、4電子還元によって酸素-酸素結合が開裂する反応機構が支持されており、超酸化物が形成しそうな中間体は避けられている。

 

反応の概要

4 Fe2+-シトクロム c + 8 H+in + O2 → 4 Fe3+-シトクロム c + 2 H2O + 4 H+out

2個の電子がシトクロムcからCuA二核中心とヘムa を通過して、ヘムa 3-CuB二核中心に至り、このFe3+はFe2+に、Cu2+はCu+に還元される。このときそれぞれの金属イオンに配位していたヒドロキシル配位子はプロトン化されて水として失われ、金属間に酸素分子が入る空間が作られる。酸素はFe2+-シトクロム c由来の2電子により迅速に還元され、フェリオキソ型(Fe+4=O)に変換される。CuB側の酸素原子はCu+からの1電子と、Tyr(244)の由来の1電子と1プロトンを受け取りヒドロキシ配位子に変換される。このときTyr(244)はチロシルラジカルとなる。別のシトクロムc から発生する3番目の電子は始めの2種の電子キャリアーからヘムa 3-CuBに至り、この電子と2プロトンによりチロシルラジカルがチロシンに戻り、そしてヒドロキシドはCuB2+に結合し後に水分子となる。同様に4番目の電子も始めの2種の電子キャリアーからヘムa 3-CuBに至ることによりFe+4=OがFe+3に還元され、同時に酸素原子がプロトンを受け取り、ヘムa 3-CuBがこのサイクルの始めの状態に戻る。

 

Cco_3

 

図2 CCOの活性中心におけるプロトンと電子の流れ。

 

”Two tyrosyl radicals stabilize high oxidation states in cytochrome C oxidase for efficient energy conservation and proton translocation”.J Am Chem Soc.2012 Mar 14;134(10):4753-61.Yu MA, Egawa T, Shinzawa-Itoh K, Yoshikawa S, Guallar V, Yeh SR, Rousseau DL, Gerfen GJ.

 

The reaction of oxidized bovine cytochrome c oxidase (bCcO) with hydrogen peroxide (H(2)O(2)) was studied by electron paramagnetic resonance (EPR) to determine the properties of radical intermediates. Two distinct radicals with widths of 12 and 46 G are directly observed by X-band EPR in the reaction of bCcO with H(2)O(2) at pH 6 and pH 8. High-frequency EPR (D-band) provides assignments to tyrosine for both radicals based on well-resolved g-tensors. The wide radical (46 G) exhibits g-values similar to a radical generated on L-Tyr by UV-irradiation and to tyrosyl radicals identified in many other enzyme systems. In contrast, the g-values of the narrow radical (12 G) deviate from L-Tyr in a trend akin to the radicals on tyrosines with substitutions at the ortho position. X-band EPR demonstrates that the two tyrosyl radicals differ in the orientation of their β-methylene protons. The 12 G wide radical has minimal hyperfine structure and can be fit using parameters unique to the post-translationally modified Y244 in bCcO. The 46 G wide radical has extensive hyperfine structure and can be fit with parameters consistent with Y129. The results are supported by mixed quantum mechanics and molecular mechanics calculations. In addition to providing spectroscopic evidence of a radical formed on the post-translationally modified tyrosine in CcO, this study resolves the much debated controversy of whether the wide radical seen at low pH in the bovine enzyme is a tyrosine or tryptophan. The possible role of radical formation and migration in proton translocation is discussed.

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脱窒細菌が持つ膜タンパク質NORの構造

2013-03-19 16:00:00 | ESR

N2Oは、二酸化炭素(CO2)の約300倍強力な温室効果ガス※1で、オゾン層を破壊する最も強力な気体である。土壌や海中に存在する微生物の呼吸により生じるN2Oは人類による窒素系肥料の使用でその排出量が年々増加しており、21世紀の地球環境を議論する上で注目されている。N2Oを産生する微生物は、脱窒※2と呼ばれる呼吸をしており、酸素ではなく硝酸イオンなどの窒素酸化物を使って生きるためのエネルギーを得ている。この脱窒の過程で微生物が持っている「一酸化窒素還元酵素(NOR)」がN2Oを産生している。
 SPring-8の研究グループは、大型放射光施設SPring-8※3を用いたX線結晶構造解析により、脱窒細菌が持つ膜タンパク質NORの構造を解明することに成功した。全体構造は細胞膜を貫通する13本のヘリックス(らせん構造)で構成しており、その内部に2つの鉄からなる反応活性中心が存在している。これら鉄原子周辺の詳細な構造から、温室効果ガスN2Oの産生の仕組みを明らかにした。

(引用論文)
"Structural Basis of Biological N2O Generation by Bacterial Nitric Oxide Reductase"
Tomoya Hino, Yushi Matsumoto, Shingo Nagano, Hiroshi Sugimoto, Yoshihiro Fukumori, Takeshi Murata, So Iwata, and Yoshitsugu Shiro
Science 330 (6011), 1666-1670, published online 25 November 2010

PDBID: 3O0R

 

現在の地球上の生物は大部分酸素(O2)を使って呼吸し、生体エネルギーATP(アデノシン三リン酸)を得ている。しかし、地球上に酸素が出現したのは、今から30億年前といわれており、それ以前に生存していた微生物は、酸素の代わりに、窒素や硫黄および水素の酸化物(水)を使って呼吸を行っていた。酸素が出現した後も、土壌に存在する細菌や、人体内に寄生し、さまざまな病気の原因となる細菌は、酸素の無い環境、すなわち嫌気条件でも生きていけるような呼吸の仕組みを保持して生き残っている。これらの細菌は、硝酸イオン(NO3-)や亜硝酸イオン(NO2-)を窒素ガス(N2)まで還元する硝酸呼吸により、ATPを得ている(図1)。

 

Norfig1_3(クリックで拡大)

図1 脱窒と硝酸呼吸によるATP生産。脱窒では、窒素酸化物(硝酸イオンNO3-や亜硝酸イオンNO2-)を順次還元し、最終的には窒素ガスN2を発生させる。その途中で一酸化窒素NOと亜酸化窒素N2Oが作り出される。それぞれのステップ(→)は、それぞれ異なる酵素によって触媒される。膜タンパク質である硝酸還元酵素が細胞膜を介した水素イオン濃度勾配を作り出し、そのイオン濃度勾配を利用してATP合成酵素がADPからATPを合成する(硝酸呼吸)。

脱窒は、工業的あるいは生物的窒素固定や落雷によって地表に取り入れられた窒素原子を再び大気へと循環させる唯一の生物過程で、脱窒細菌が地球規模での窒素原子の循環を維持する上で非常に重要な役割を担っている。この脱窒過程の途中で作り出される一酸化窒素(NO)※4は、細胞に対する毒性が非常に強い有毒ガスのため、脱窒細菌は速やかに別の気体である亜酸化窒素(N2O)※5に変換する。この変換を担う酵素が一酸化窒素還元酵素(Nitric Oxide Reductase;NOR)である。NORは、酸素呼吸の重要な酵素であるチトクロム酸化酵素(Cytochrome c Oxidase;COX)※6と共通の祖先を持っている。酸素の出現により、生物が嫌気呼吸から酸素呼吸へと進化して行く過程で、NORはその機能をNO還元(NO→N2O)から、O2還元(O2→H2O)へと変換させて、COXへ分子進化したと考えられている。近年、NORは環境面から非常に注目されている。NOR酵素反応の生成物であるN2O※7が、二酸化炭素CO2の約300倍強力な温室効果ガスで、しかもオゾン層を破壊する21世紀で最も強力な気体であることが明らかとなっている。しかし、人類の産業活動が活発になり、例えば窒素系の人工肥料を多量に使うために、脱窒細菌のNORが作り出すN2Oがどんどん増加している。研究グループは、緑膿菌(Pseudomonas aeruginosa)由来のNORの結晶構造を解明した。NORは、脱窒細菌の細胞膜に埋もれたタンパク質で、一般的にX線結晶構造解析に適した質の良い結晶を得ることが大変難しいとされている。研究グループは、NORの立体構造を解明するために、抗体を使った結晶化法※8を適用し、構造解析に使える良質の結晶を得ることに成功した。取得した結晶について、SPring-8の理研ビームラインを用いたX線結晶構造解析を行い、膜タンパク質である脱窒細菌NORの立体構造を2.7Åの分解能で決定した。
 構造解析の結果、NORは13本の膜貫通へリックスと親水性ドメインで構成しており、その全体構造はCOXの主要サブユニットと非常によく似ていた(図2)。

Norfig2(クリックで拡大)

図2 (A)緑膿菌のNORの全体構造と(B)ウシ心筋のCOXの主要サブユニットの構造比較。 膜貫通領域の虹色で示した合計13本のヘリックスの配置はNORとCOXのサブユニットで非常に類似しており、両酵素の祖先が共通のタンパク質であることを構造的に裏付けている。

この結果は、両呼吸酵素が同一の祖先を有しているという今までの予想の構造的な裏付けとなった。しかし、酵素が持っている反応活性中心の構造は、両酵素で異なっていた(図3)。

Norfig3(クリックで拡大)

図3 (A)NORと(B)COXの触媒活性中心の構造。 NORの活性中心には2つの鉄原子(赤とオレンジ色の球)が存在し、ここで一酸化窒素NOは亜酸化窒素N2Oに変換される。NORの片方の鉄(FeB:オレンジ球)がCOXでは銅(CuB:紫球)に置き換わっている。また、これらの金属原子の周りに存在するアミノ酸側鎖の種類や配置も異なっている。この置換により、COXは酸素を還元する反応活性を獲得したといえる。

NORでは、活性中心は1つのヘム分子※9と1つの鉄原子から構成され、COXではこの鉄原子が銅原子となっている。NORには鉄原子を固定するためにグルタミン酸が存在しており、このグルタミン酸はNORによるNO還元(N2O産生)の反応を触媒する上で最も重要である。それに対して、COXの銅原子を固定する役割はヒスチジンとチロシンが担っている。このようなアミノ酸の構造の違いが、NORのNO還元(N2O産生)とCOXのO2還元(H2O産生)の機能の違いとなっている。さらに、これらの酵素反応に使われる水素イオンを供給する道筋もまったく異なっていることが分かった。このように、地球環境の変化に伴って、生物がNOからO2へと呼吸基質を変換していった過程では、全体の構造は変えずに、酵素反応に重要な部位のいくつかのアミノ酸の変異の積み重ねによって分子の構造を変化させる必要があったことが確かとなった。

注) 用語解説
※1 温室効果ガス
 地表から放射される赤外線を吸収し、大気温を上昇させる効果を持つガス分子。最もよく知られた温室効果ガスは二酸化炭素(CO2)であるが、CO2の温室効果を1とすると、メタン(CH4)はその21倍、亜酸化窒素(N2O)では実に約300倍の効果を持つ。

※2 脱窒
 窒素酸化物(NOx;硝酸イオンと亜硝酸イオン)を窒素ガス(N2)として大気中に変換することやその工程のこと。脱窒反応を行う細菌を脱窒細菌と呼ぶ。

※3 大型放射光施設SPring-8
 兵庫県の播磨科学公園都市にある世界最高の放射光を生み出す理化学研究所の施設。放射光とは、光速に近い速度で加速した電子の進行方向を電磁石で変えたときに発生する、強力な電磁波(X線)のこと。SPring-8の名前はSuper Photon ring-8GeVに由来する。
SPring-8では、この放射光を用いて、ナノテクノロジー、バイオテクノロジーや産業利用まで幅広い研究が行われている。

※4 一酸化窒素(NO)
 窒素1原子と酸素1原子からなる単純な構造の気体。高い化学反応性を持つフリーラジカルであり、活性酸素と同様、人体には有害なガス分子。NOxの主成分。人体内においてもNO合成酵素により作り出されるが、このNOは細胞情報伝達物質として血管弛緩、血液凝固阻害、記憶・学習、殺菌などさまざまな生理作用に関与している。その一例として、血中の白血球の1つであるマクロファージは、NOを産生して、体内に侵入した細菌やウイルスを殺菌する。

※5 亜酸化窒素(N2O)
 吸入すると筋肉が弛緩し、顔が引きつったような表情になることから笑気ガスとも呼ばれ、手術時の麻酔・鎮静、一部の車のエンジンなどにも利用されている。一方でオゾン層破壊作用およびCO2の約300倍の効果を持つ温室効果ガスでもあり、京都議定書で排出規制がかけられた。常温においては反応性の低い安定した気体。

※6 チトクロム酸化酵素(Cytochrome c Oxidase; COX)
 酸素呼吸にとって最も重要な酵素。電子、水素イオン、酸素分子を使って水を作り出し、この反応に伴って、アデノシン三リン酸(ATP)合成に必要なエネルギーを生成する。

※7 No laughing matter
 2009年8月、アメリカ海洋大気局の研究者らは、亜酸化窒素(N2O)がオゾン層を破壊する最大の要因となっているとする試算に関する論文をScience誌に発表した(Science 326, 123-125, 2009)。この報告を受けてScience誌では、N2Oがlaughing gas(笑気ガス)と呼ばれていることに掛けて「Nitrous Oxide: No Laughing Matter(笑いごとではないよ)」という題名の解説文を掲載した(Science 326, 56-57, 2009)。

※8 抗体を使った結晶化法
 結晶がなかなかできないタンパク質に対し、これに特異的に結合する、比較的結晶化しやすいタンパク質である抗体分子を用いることによって目的タンパク質を結晶化しやすくさせる手法。従来は、水溶性タンパク質において行われていた手法だが、1995年、本研究グループの1人岩田想らにより膜タンパク質であるバクテリア由来のチトクロム酸化酵素に適用され、その立体構造解析に初めて成功した。以来、11種類の膜タンパク質の立体構造がこの手法を用いて決定されており、NORが12種類目の成功例となる。

※9 ヘム分子
 鉄原子がポルフィリン分子の中心に配位した錯体分子。ヘモグロビンやシトクロムなどタンパク質の補欠分子族として用いられ、電子伝達や酸素分子などのガス分子の結合、化学反応の触媒として機能する。

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