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売れない作家 高村裕樹の部屋

まだ駆け出しの作家ですが、作品の情報や、内容に関連する写真(作品の舞台)など、掲載していきたいと思います

第2の地球

2012-12-20 12:15:30 | 日記
 昨日の朝日新聞の夕刊に、「12光年先に第2の地球?」という記事がありました。

 記事によれば、「くじら座タウ星に、地球の重さの2~6倍の五つの惑星にあることを発見。その1つが生命の存在に欠かせない水が液体として存在できる『ハビタブルゾーン』という領域にあることを確認した」とあります。

 私が書いた『宇宙旅行』 の、くじら座タウ星系にある惑星サヘートマヘートが、まさにこの推定にぴったり当てはまります。ただ、惑星の大きさが、『宇宙旅行』では地球とほぼ同じですが、この記事では、大きさが地球の5倍ほどで、大気が存在する可能性があるとのことです。
 質量が5倍ということは、地球よりかなり重力が強く、地球と似た形態の生物がいる可能性は少ないと思いますが、夢を誘います。惑星ベジータは重力が地球の10倍だそうですが(笑)。

 夢といえば、明け方、奇妙な夢を見ました。
 深海で進化した生物が、地上に出現し、人間を襲うというものです。一種の怪獣映画のような夢でした。深海で進化したため、究極の形態に進化するまで人類には発見されませんでした。その怪物が多数名古屋に上陸し、大パニックになる、という夢です。自分と思われる人物が最初に犠牲になりました
 航空自衛隊の攻撃で、街は焼け野原になったものの、怪物は殲滅できました。
 ただ、海に1体のみ親玉のような怪物が生き残っており、その怪物が、言葉を超えた精神感応(テレパシー)で、全人類に、「これ以上愚行を重ね、環境を破壊するなら、自分はきっと人類を滅ぼすだろう」と警告します。そこにある宗教で修行し、聖者となった少女が現れ、怪物と対峙するというところで、目が覚めました。
 もちろん夢なので、映画のようなストーリーではなく、かなり奇妙な場面もたくさんありましたが。

 新しい小説の題材になりそうな夢でした。

 今週は月曜日に38℃近くまで発熱し、熱は下がったものの、まだ万全ではないので、自分に義務として課している、運動のための登山は無理だと思います。去年の12月、喉がおかしいかな、と思いながら、『幻影2 荒原の墓標』の取材で、寒い中、三重県いなべ市に行ったら、その後1週間近く高熱が続き、ひどい目に遭いました。もう年なので、無理をしないほうがいいと思います。
 以前、登山友達が、多少熱があっても、山で身体を動かせば、細胞が活性化して、風邪は治る、と言って、山に登っていましたが、そのときは彼も私も若かったですから(苦笑)

 次回は『幻影』エピローグを掲載します。いよいよ最終回です。

政権交代

2012-12-17 17:11:06 | 小説
 昨日の選挙では、民主党が大敗で、自民党が政権の座に返り咲きます。
 3年余も民主党政権の政権担当能力に鉄槌が下された感があります。
 尖閣諸島のトラブルや大震災、原発事故など、不運な面もありましたが、それを乗り切るのが政権党でしょう。もし自民党政権だったらどうだったろうか、とも考えます。

 大震災や原発事故が自民党政権時代に起こっていたら、果たしてうまく乗り切ったでしょうか?
 民主党とあまり大差がないように思います。
 ただ、普天間移転で沖縄の方やアメリカとの問題があれほど大きくなることはなかったでしょう。また、尖閣諸島の問題も、違っていたかと思います。

 このブログではあまり政治問題を取り上げるつもりはありませんが、原発だけはできるだけ早く廃炉にするべきだと思います。
 確かに経済面なども問題はあるでしょう。でも、去年の東日本大震災により、地震が非常に起こりやすい状況にあると思います。地震学者などは、東海地震もいつ起こっても不思議ではない状態だと言います。東海、東南海、南海連動の超巨大地震が起これば、原子力発電所は大丈夫でしょうか? 万一人口が多い浜岡や若狭湾で事故が起こったら、と思うと、ぞっとします。そうなれば、日本は壊滅です。経済効果がどうのと言っている場合ではないと思います。

 また、液化天然ガス(LNG)を使った優れたガスコンバインドサイクル発電などもあるので、それをもっと普及させるべきでしょう。

 今回は『幻影』第35章です。


             35

「これで千尋さんも救われましたね。本当によかった」
 美奈から報告を受けた卑美子が、感情を込めて言った。
 葵、恵、さくら、美奈の四人は卑美子のスタジオに集まった。トヨもいる。
 その日は葵、恵、美奈は出勤日だし、卑美子のスタジオも午後から営業なので、午前中に集まった。みんな夜更かしの朝寝坊なのだが、その日は全員遅刻なく集まった。
 ミドリ、ルミがまもなくオアシスを退職するので、店以外ではみんな、本名で呼び合うことにした。恵については、中学、高校時代の愛称の「メグ」を使っている。それでも以前の癖で、つい店での源氏名が出てしまう。
「今回の事件、美奈ちゃんのお手柄だったそうですね。鳥居さんが言ってましたよ」
 卑美子が美奈のことを誉めた。
「鳥居さん、見えたのですね」
「ええ、さっそく報告に来てくれましたよ。千尋さんのこと、私が背中を彫っていたお客さんだから、って」
「そのとき私もいたけど、あのデカさん、私のこと、ちゃんと覚えてくれてて、おみゃーもここでやることになったんか、頑張れよ、おみゃーさんの似顔絵で、事件が解決したがや、って声をかけてくれたの。今度会ったらぶっ飛ばしてやるつもりだったけど、それで許しちゃった」
 さくらが持ち前のひょうきんさで言ったので、みんなが大笑いした。
「鳥居さんって、見かけによらず、ほんとに親切な人ですね。初めて事件のことで、うちのスタジオに来たとき、私、正直言って、ほんと、怖かったんです。先生も見えないし、あのときはどうしようかとビビッてました。そのときの美奈さんの堂々とした対応、すごいと思いました」
 トヨはほんの二ヶ月前のその出来事が、もうずいぶん以前のことのように感じられた。最初は刑事というより、やくざかと思ったくらいだった。しかし、そのあと卑美子から、実は二〇年近く前、非常にお世話になった刑事さんだと聞かされ、信じられない思いだった。
「いえ、私だって、そのときはすごく怖くて、どきどきしてたんです。でも、三浦さんとはその二日前、私が好奇心で、遺体が埋められていた現場を見に行ったとき、出会っていたんで、その分気が楽でした」
 美奈は雪が降る日に、千尋の霊のことが気になり、遺体が埋められていた現場を見に行って、三浦に咎められたことを話した。
「そうか。美奈はもうそのときに、愛しの君に会っていたのか。それで卑美子先生のスタジオで会ったときには、もうぞっこんだったわけね」と恵が横から口を出した。
「でも、事件も終わり、もう三浦さんとは会う機会もなくなりました。私の恋は、もう終わりました」
 美奈はしんみりとした口調で言った。美奈のそのしょげ方を見て、恵は悪いことを言ってしまったと反省した。
「ごめん、美奈。私、つい調子に乗って、悪いこと言っちゃった。美奈の辛い気持ちも考えないで。本当にごめんね」
「いえ、いいんです。いつまでも叶わぬ思いに尾を引いていてはいけないし。また新しい恋を探しますよ。ところで、さくらさんに描いてもらった似顔絵が、とてもよく似ていたので、五藤逮捕のきっかけになりました。ありがとうございました。さすがですね、さくらさん」
 美奈は話題を変え、改めてさくらに礼を言った。
「私も犯人逮捕に協力できて、よかった。嬉しいです。先生の大事なお客さんを殺しただなんて、私だって許せない。あの名古屋弁のデカさん、私が犯人の似顔絵を描いたこと、お手柄だった、と言ってくれて、嬉しかったな」
 陽気だが、感情の起伏がやや激しいところがあるさくらが、喜びと怒りを同時に表した。
「千尋さん、本当に真面目な人でしたからね。いくら悪い男にだまされていたとはいえ、会社のお金を黙って流用する、なんてこと、とても信じられない。よほどその男を愛していたのでしょうね。本当に恋は盲目ですね」
 卑美子は、かつての千尋のおとなしく、生真面目そうな面影を思い出した。
「そういう美奈もその男にだまされ、危ういところだったんだってね」と葵が訊いた。
「はい、一千万円取られそうになったり、首を絞められて殺されそうになったり。でも、そのとき、千尋さんが助けてくれたんです」
美奈は殺されかけたときのことを思い出し、鳥肌が立った。あのとき、男の強力な腕力で首を絞められ、なすすべもなかった。首の骨がへし折られそうだった。苦しさのあまり、顔が歪み、恐怖も加わり、失禁した。気を失う寸前、もうだめだ、殺される、と覚悟した。
 美奈が死なずに済んだのは、すんでのところで千尋の霊に救われたからだった。
「あれから千尋さんの霊は現れないのですか?」と卑美子が美奈に問いかけた。
「はい。私もどうしちゃったのかな、って思うんですけど。以前は何かあると、いつも現れて、何か言いたそうなもの悲しい顔をしていたのです。事件が解決して、成仏してくれていればいいと思ってます」
 美奈は千尋がどうなったかを気遣った。美奈が傾倒している根本仏教の教団では、釈尊直説の成仏法を修することができなければ、成仏することは難しい、と説かれている。もし千尋が成仏できず、霊界で苦しんでいるなら、もう実家のお寺からは縁を切られてしまったことだし、一度その教団の道場に、相談に行ってみようかとも考えている。名古屋にも最近鶴舞公園の近くに、新しい道場ができたと聞いている。
「美奈、その千尋さんとかいう人の幽霊が出てくるんだって?」
 恵が興味深げに尋ねた。
「はい、私の背中のいれずみが完成して、しばらくしてから、現れたんです。たぶん私が、同じ図柄を彫っている千尋さんに会ってみたい、と思ったから、その思いに感応したのだろうと思います」
「怖くなかった? 私、幽霊とかにはからきし弱いから、そんなの出たら、どうかなっちゃう。夜だったら、トイレにも行けず、漏らしちゃいそう。でも、美奈はお寺の子だから大丈夫かな?」とさくらが身体をすくめた。
「私だって最初は怖かったけど、交通事故に遭いそうになったとき、とっさにスピードを落としなさい、って言われて、速度を落としたんです。それで危ういところで難を救われました。それ以来、千尋さんの霊は怖くなくなりました。私の命の恩人ですから」
「ある意味、守護霊ですね」とトヨが言った。
「はい、千尋さん、守護霊となって、ずっと私と一緒にいてくれると、心強いです。千尋さん、業務上横領とか背任とか、いけないことをしてしまいましたが、そのあとすごく後悔して、自首して罪を償おうとしていたんです。お金も一生かけてでも返済するつもりだったそうです。罪をきれいに清算して、繁藤と赤ちゃんと三人で幸せな家庭を築きたかったそうです。そんな心がきれいな人ですから、地獄に堕ちては、かわいそうです。何とか救われて成仏してほしいと思ってます」
 美奈は三浦から聞いた話を思い出し、目を潤ませて、千尋のことを思いやった。
「事件は解決しても、千尋さんのことがちょっと気にかかりますね。成仏してくれるといいんですが」
 卑美子が締めくくり、ひとまず千尋の話題は終わった。
「葵さんもさくらも、いよいよあとわずかだね。結婚式には、ぜひみんなを呼んでね」
 恵が話題を変えた。恵は同時期に入店した葵のことを、いつもミドリと呼んでいたが、本名で呼ぶときは、二歳近く年上の彼女に敬意を表して、「葵さん」とさん付けで呼んでいる。
 敬称を付けたり付けなかったりで違和感があり、「葵と呼ぶときも、呼び捨てでいいよ」と葵は言うのだが、恵は律儀に自分の方針を守っている。
「さくらのことは、うちで責任を持って預かりますからね」と卑美子がまるで保護者に告げるように言った。
「ビシバシしごいちゃうからね。その代わり、早くプロになってね、さくら」
 トヨが少し顔を右に向けて、さくらをメガネ越しに、横目で見た。最近は黒縁メガネがトヨのトレードマークになっている。
「はい、お手柔らかに、先輩」
 さくらが柄になく九〇度の最敬礼をしたので、一同大笑いをした。
「さくら、ほんとによくやってますよ。トヨに負けないぐらいに筋がいいんです。さくらが来て、トヨも追い抜かれては大変とばかりに、目の色を変えてますからね。二人で切磋琢磨して、私以上のアーティストになってほしいですよ。皆さんの大事な仲間を奪ってしまったことは申し訳なかったけど、うちにとってはさくらをスカウトしたことは、とてもよかったですよ。前々から絵を見せてもらっていたんで、注目はしていたんですけどね。でもトヨが先に実力行使で押しかけてきたから」
 卑美子はみんなにお詫びしながらも、さくらを褒めた。卑美子は弟子に対して、けっこう厳しく仕込んでいる。一生消えない絵を人様の肌に刻むのだから、いい加減な気持ちではだめだと、常々トヨやさくらにやかましく忠言していた。
「いえ、卑美子先生のおかげで、さくらは自分が進むべき道を見つけられたんだから、かえってよかったと思います。私たちも、さくらを応援していますから」
 恵が代表して卑美子に感謝した。
「両親ももう諦めて、私の好きな道を進みなさい、と言ってくれてるよ」
 さくらはタトゥーアーティストになるにあたり、両親の許可も得たことを報告した。
 さくらの両親も同じ名古屋市内に住んでおり、ときどきさくらは両親の家に帰っている。
 胸に蝶のタトゥーを彫ってしまったことに関しては、両親は苦々しく思いながらも、許容していたが、もうそれ以上はタトゥーを増やさないでくれと、さくらに哀願していた。だから、腰の右側に蘭の花を入れたことは、両親には、ずっと内緒にしていた。また、美奈が背中に騎龍観音を彫るのを見て、さくらも背中に大きく天女を入れたいという思いに駆られながらも、両親のことを考慮して、踏みとどまった。
 しかし、さくらは意を決して背中に彫り、まだ完成前の天女を両親に見せた。そして、タトゥーアーティストとしてやっていきたいという決意を示した。さくらの両親は、娘の背中一面を彩った天女の絵を見て驚愕し、心が張り裂けんばかりに嘆いた。母親は泣き出してしまった。
 最初はいれずみを彫るという仕事に難色を示していた両親も、一度卑美子に会って、話だけは聞いてみることにした。卑美子のスタジオは、暴力団関係者は対象にせず、芸術、ファッションとしてのタトゥーを手がけている、という説明に、両親はどうにかこうにか納得してくれた。卑美子と話しているうちに、この人になら娘を託しても大丈夫だと思えるようになった。これほど大きないれずみを背負ってしまった以上、もうまともな職業には就けそうにない。それならタトゥーアーティストという選択もわるくはないか、と父親は諦観し、娘が選んだ道を進ませてやろう、と母親を説得した。両親は卑美子の人柄を信頼し、娘を預けることにした。
 美奈ももし両親が健在なら、これほど大きくタトゥーを彫らなかっただろう。子供のころからの憧れだったので、彫らずにはいられないまでも、小さなタトゥーで我慢していたと思われる。せいぜい最初に彫った下腹部のバラと蝶、あとは家族にもめったに見せることがない部位で、お尻に色違いの牡丹の花を二、三輪彫る程度で思いとどまっていたかもしれない。
 両親が生きていれば、美奈は大学に進学し、卒業後は一般の会社に勤めることになるだろう。タトゥーも何とか隠せる範囲にとどめておき、風俗の仕事とは無縁の、まったく違った人生を歩んでいたはずだ。
 しかし、その場合は、美奈はさくらたち素晴らしい仲間と出会うことは決してなかった。葵、恵、さくらの三人も、単に仲がいい職場の同僚といった関係で、店を辞めれば、もう二度と会うこともない程度の間柄で終わってしまっただろう。四人は美奈を中心として結束した仲間だったから。
 美奈は、自分の人生はこれでよかったのだと思う。他の人では、決して経験できない、自分だけの人生。もちろんまだまだ自分の人生は長いのだし、これから先、どんなことが起こるかわからないが。
「さくらにはもう自分の肌に彫って練習させていますけど、もう少し上達したら、練習台になってくれる人を探して、彫らせようと思っています」
 卑美子がさくらはもう肌に彫る練習をしていることを紹介した。
「へえー、もうさくらは自分に彫ってるんだ。ね、見せて見せて。ついでに背中の天女も。最近なかなかオアシスでも会えなくなっているから」
 葵がさくらにせっついた。こうなるともう裸にされると観念し、さくらは服を脱いだ。
 さくらの背中の天女はもう完成していた。彫り始めて、まだ二ヶ月も経っていなかった。時間が空いていれば、トヨが彫ってくれるので、短期間で仕上がった。その分、痛い思いも多かったが。
 背中一面、臀部まで、軽やかに宙を飛翔している、極彩色の天女が描かれていた。お尻のあたりには五彩の雲が浮かび、天女の周りには桜の花や花びらがたくさん散っていた。左肩には、他のものより大きめの桜の花びらの中に、「台与」と銘が彫られている。
 その見事な出来栄えに、皆は感嘆した。
「だめだわ、こんなの見ると、私も背中に行きたくなっちゃう」
 恵がおどけて、「私に悪の誘惑はしないでちょうだい」と懇願した。
 さくらの左足の甲いっぱいに、自分で彫った赤やピンクの五輪の桜の花が、きれいに描かれていた。これがさくらが初めて人の肌に彫った作品だった。右の太股には、龍が彫られていた。龍は大部分が筋彫りで、一部龍の本体に赤色が入っていた。まだトヨに比べれば、見劣りはするものの、初めて肌に彫ったにしては、なかなかいい出来栄えだった。線もきれいに引けているし、色を塗った部分も、むらなく色が入っていた。
「これ、さくらさんが彫ったんですね。赤い龍、とてもかっこいいですよ。足の桜もかわいいです」と美奈がお世辞でなく、さくらを褒めた。
「私が初めて自分の身体に彫ったときより、ずっといい出来栄えなんですよ。先輩としての面目丸つぶれです。うかうかしてたら、追い抜かれちゃう。まさに尻に火がついた、って感じ」
 トヨがわざと憎らしげに言って、さくらの脇腹を軽く小突いた。
「龍はまだ未完成だけど。美奈の右脚に龍を頼まれているんで、龍を練習してるんだ。龍の絵だって、かなりたくさん描いたよ。自分で自分に彫るって、ほんと痛い。人に彫ってもらうときは、歯を食いしばって痛みに耐えてればいいけど、自分で彫るのはまるで地獄の責め苦みたい。いくら痛くても、しっかり意志を強く持って彫らなきゃいけないから」
 さくらはその辛さを仲間に聞いてほしかった。
「卑美子先生の許可が出たら、さっそく私に彫ってくださいね。公休日なら、いつでも来ますから」
 美奈はさくらの練習台になることを申し出た。
「背中一面は考えちゃうけど、太股や腰になら、バラか菊の花、オーケーだからね。それとも人魚とか天使みたいな、ちょっとセクシーな女性の絵もいいかな。私も練習台になるよ。腕とか膝から下みたいに、見つかり易いところは、家族にばれるとやばいけど」と恵も続いて言った。
「でも、結局私もどんどんタトゥーを増やしちゃいそう。タトゥーの魅力ね。全身いっちゃった美奈やさくらの気持ち、今ならわかるような気がする」
「私はもし旦那が許してくれたら、一個だけ友情のマーガレット、入れるね。タトゥーも小さいのなら、たぶん許してくれると思うけど。彼、タトゥーが入っている友だちが何人かいる、って言うと、すごいね、って感心してるから」と葵も言った。
「葵さんは無理しないほうがいいよ。一つで済まなくなるといけないから。私がそのいい例。まだまだいくつか増えそうよ。もっとも、さくらや美奈みたいに、全身染めるとこまではたぶん行かないけど」と恵が忠告した。
まもなく葵とさくらの送別会で、高山や白川郷などの飛騨への一泊旅行だ。葵の送別会が、思いもかけずさくらの送別会にもなってしまった。
「みんなは名古屋に残るけど、私は静岡に行っちゃうので、ちょっと寂しいよ。でも、みんな、遊びに来てね。いつでも静岡案内するから。静岡は山も海も、自然が豊かだから、遊びに行くところはいっぱいあるよ」
 一人みんなと離れてしまう葵が、遊びに来るように誘った。
「私、南アルプスに登りたいな」
 美奈は北アルプスと中央アルプスはいくつかの山に登っているが、南アルプスはまだ登ったことがなかった。南アルプスは美奈の憧れの山域だった。
「だめよ。そんな南アルプスなんて、私たちとてもついて行けないじゃないの。久能山にしよう」と恵が異議を唱えた。
 猿投山に初めて登って以来、四人はときどき一緒に低山ハイクを楽しんでいる。最近ではトヨが加わることもある。みんなで登ったいちばん高い山は、鈴鹿山脈の御在所岳(ございしょだけ)で、一二一二メートルだった。紅葉がきれいな時季、往路は最も安全なルートといわれる裏道を登り、下山はロープウェイを利用した。
「南アルプスでも、寸又峡(すまたきょう)温泉や梅ヶ島温泉の方なら、誰でも行けるから、大丈夫よ。秘境の雰囲気もバッチリよ。でも温泉はタトゥーがあると、ちょっとやばいかな」
「私、寸又峡に行って、SL乗りたいな」とさくらが言った。
「私も一緒についてっていいかしら」とトヨが尋ねた。
「もちろん、トヨさんも私たちの仲間ですもの。ぜひ一緒にいらしてください」
 葵はトヨも仲間として歓迎した。
 みんな、それぞれの目標に向かって、旅立っていくんだ。私も事件が解決し、三浦さんとは決別したけど、また新しい目標を作ろう。
「別々の道に別れても、私たち、ずっと親友だからね。一生、ずっと仲間だからね。どんなことがあっても。ちょっと寂しくなるけど、みんな頑張ろうね」と恵が音頭を取って、友情を誓い合った。

『幻影』第34章

2012-12-13 11:01:14 | 小説
 このところ、真冬並みの寒さが続きます。週末には寒さが緩みますが、それでようやく平年並みということです。
 
 『幻影』もあとわずかになりました。事件は解決し、あとはその後日談になります。おまけのようなものかもしれませんが、自分としては心温まる物語を、と心がけました。今回を含め、あと3回、お付き合いください。



          34

 二つの事件は解決した。
 三浦と食事をしながら、美奈は報告を受けた。安くてボリュームがあると、刑事たちの間で評判の焼き肉店だった。三浦は焼き肉店の個室を予約した。
「いや、今回の事件が解決したのは、美奈さんのおかげですよ。ありがとう。今日は僕のおごりです」
「無理なさらなくてもいいですよ。推理小説では、刑事の給料は薄給だというのが相場のようですね。私は高給取りですから。私のおごりでは立場がない、というなら、割り勘でいきましょう」
「いやあ、そんなこと言われると、ますます僕の立場がないですよ」
 自分よりはるかに経済力がある美奈を相手に、三浦は体裁が悪かった。
「やはり最後は千尋さんが五藤に訴えたようですね」
「五藤が、美奈さんが千尋さんの亡霊を連れてきた、と供述したので、神宮署の浅川警部もびっくりしてましたよ。やっぱり美奈さんは本当に千尋さんの霊と交流してたのですね」
「あれから千尋さんの霊が出なくなりましたけど、成仏したのでしょうか。私はお寺の娘だけど、住職だった父は、霊など存在しない、とよく言っていました。お坊さんなのに霊の存在を否定して、それでいて、ありもしない霊を慰霊するために、少なからざるお布施をとって法要するのは、詐欺じゃないか、と思えてしまって、私はお寺という仕事が、どうしても好きになれませんでした。全身にいれずみしちゃったのも、そんなお寺の娘、という自分の宿縁に反発してのことかもしれません。
 それに、お釈迦様はもともと霊の存在を否定などしていないそうです。日本の仏教は、根本のお釈迦様の教えとは別の宗教になってしまったようです」
 美奈の話は宗教談義になってしまった。
「はは、僕はどうも宗教の話はだめだな。信仰心がまったくないというわけではないけど。やっぱり美奈さんはお寺の娘さんですね。でも、そうして普通の服を着ていれば、立派に普通のかわいいお嬢さんとして通用しますよ」
「あら、私って、普通のお嬢さんじゃないみたいな言い方ですね。ひどいですわ」
 美奈はわざとむくれて見せた。
「やあ、これは失言でした。ごめんごめん。衣を着たお寺の尼さんの姿を想像しちゃったから、尼さんに対して普通、ということです」
 三浦は素直に謝った。
「いえ、謝ることないです。だって、私、どう見ても普通じゃないですから。だって、全身にいれずみがある女ですもの。いくら刑事さんのこと、好きになっても、やっぱり叶わぬ恋ですものね。刑事さんと全身いれずみのソープレディーでは。どうせ報われない恋だから、はっきり言います。私、刑事さん、いえ、俊文さんのこと、好きです。大好きです。本当に、心の底から……愛してます。でも、こんな私じゃ、とても俊文さんの恋人になんてなれない。諦めるしかない。今はこの時間が一分一秒でも長く続いてほしい……」
 美奈は最初はおどけた調子で言ったのだが、やがて心の中に巻き起こった激しい感情に耐えられなくなり、泣き出した。個室とはいえ、衝立で二カ所仕切ってあるだけで、出入り口もオープンなので、泣き声は隣の部屋にも丸聞こえだ。それでもかまわず、美奈は心ゆくまで泣いた。そして三浦に抱きついた。三浦も美奈を抱きしめる腕に力をこめた。二人は唇を重ね合った。
「いつまでも、いつまでもこうしていたい。時間の流れが恨めしい」
 二人はしばらく抱き合ったままでいた。
 やがて、美奈は顔を赤らめて三浦から離れた。
「ごめんなさい、刑事さん。失礼なことしちゃいました。今のことは忘れてください。私は、心の祭壇に、青春の一時期のほのかな思い出として、大切にしまっておきます」
「まあ、今日はせっかくの食事会ですから、楽しく行きましょう」
 三浦はいろいろ美奈に伝えたいことがあるのだが、それ以上言葉が出なかった。
「そうですね。最後は笑って別れたいですから。憧れの刑事さんとの初めての口づけが、焼き肉のニンニク臭い口でだったなんて、ロマンがないですね」
 美奈はコップの梅酒をぐっと飲み干した。
 それからしばらく食事を楽しんだ。
「美奈さん、これ、もう焼けてますよ」
「はい、ビール、注ぎましょうか」
「美奈さんはチューハイのほうがよかったですね」
 二人は箸を動かし、コップを空けた。
「あー、食った食った。もうおなかいっぱい」
 美奈はふだん使わない「食った」という言葉をあえて使った。
「遠慮しないで、どんどん食べてくださいよ」
 食事が一段落ついて、「結局、千尋さんとしては、横領の罪を償った上で、繁藤とやり直したかったのですね」と三浦がしんみりと言った。
「千尋さんは自首をするつもりだったのに、自首されては自分たちにまで火の粉が飛んでくるからと、同じ日に二人の男から殺されたようなものです。たまたま五藤のほうが数十分早く実行した、というだけのことで……」
 三浦は怒りとやるせなさで、それ以上言葉が続かなかった。
「ほんとにそうですね。千尋さんの無念を考えると、私……」
 美奈もここまで言うと、また涙がこみあげてきて、声が出なくなってしまった。
 今度の事件は、たまたま美奈が千尋と同じ図柄のいれずみを彫っていたことにより、巻き込まれた事件といえた。繁藤がミクに近づいたのは、オアシスのホームページを見て、かつてあざむいた千尋と同じ騎龍観音の図柄を見て興味を抱いたからだった。もし別の図柄だったら、果たして繁藤はミクを指名しただろうか。
 でも、もし別の図柄、たとえばさくらが彫っているような天女の絵だとしても、近づいてきたかもしれない。要は繁藤としては、いれずみがある女に取り入って、結婚を餌に金を巻き上げることが目的だったから。
 繁藤は何度も美奈に接触し、人がいい美奈は与し易し、と踏んだのだった。
 繁藤には、生きて罪を償ってほしかったと、美奈は思った。いくら憎い相手とはいえ、一度は美奈の心を奪った男なのだ。生きていてほしかった。そして罪を償ってほしかった。
 おそらく、千尋だって、生きて罪を償ってほしかっただろう。償わないまま死んでしまったのでは、怒りの持って行き場所がなくなってしまう。
 五藤は二人殺しているので、死刑になる可能性が高い。いや、千尋のおなかにいた赤ちゃんを合わせれば、三人を殺している。だが、繁藤は悪人で、仮借のない恐喝を五藤に対して繰り返していたことで、情状酌量の余地はあるかもしれない。できれば、五藤にも生きて罪を償ってほしい。命でもって罪を償うのではなく。
 この事件の余波として、雑誌の興味本位の報道により、美奈は家族の絆をめちゃくちゃにされてしまった。兄の勝政との軋轢(あつれき)は、もう取り返しがつかない状態になってしまった。兄との仲を修復するには、いったいどれだけの時間がかかるだろうか。
 原因はいれずみを彫った美奈にある。マルニシ商会を勝手に退職し、ソープランドで働いていたことも、兄には許せなかった。
 けれども、いずれ兄に知れることになるにしても、今回のような決定的な決裂だけは避けるたかった。
 さくらは、美奈のアリバイがはっきりしており、警察もシロと断定していたにもかかわらず、容疑者扱いしたことに対し、名誉毀損で雑誌社や記者を訴えるべきだ、と憤っていた。三浦も、訴えるなら、弁護士などを紹介すると言ってくれた。でも、美奈は訴訟に持ち込むことはしなかった。またそれを話題にされては、馬鹿馬鹿しいと思ったからだった。それに、そこまで闘う意志もなかった。ただ空しいだけだった。
 とにかく事件は終わった。これで千尋さんは成仏できるだろう。あれから美奈のところに現れないのは、もう高い霊界に行けたからだろうか。
「鳥居さんはどうされたんですか?」
 美奈は鳥居のことが気になった。
「事件が解決し、コンビは解消ですよ。最初、鳥居さんと組まされたとき、とんでもない人とペアにされたな、と思いましたが、でも付き合ってみると、なかなかいい人でした」
「そうですよね。私も最初は怖い人だと思いましたが。でも、卑美子さんが昔、お世話になったそうですし」
「その話、僕も聞きました。卑美子さんの旦那さんとは、かなり激しくやりあったそうですね。鳥居さんも柔道はかなりの腕ですが、相手は手加減ということを知らないチンピラだったので、命がけだった、と言っていました。でも、結局、それで心が通じ合ったそうですね」
「いい話ですわ。男の友情、すてきですね。私も卑美子さんから聞きました」
「かすぎゃーで事件が起こってまったら、またおみゃーさんとコンビを組もみゃあ、歓迎したるぎゃ、と言われましたよ」
 三浦は鳥居のしゃべり方を真似て笑った。美奈も鳥居の名古屋弁を思い出して、一緒に笑った。
 美奈もときには名古屋独特の言い回しが出ることがある。名古屋に長く暮らしていれば、名古屋弁が口をついて出てしまうものだ。とはいえ、今では鳥居のような下町ふうの名古屋弁を話す人は、めったにいない。まさに絶滅危惧種ですね、と美奈は冗談を言った。
 三浦さんと鳥居さんはまたコンビが組めるけど、私と三浦さんは、この事件が終わり、もう会うこともなくなるんだわ。そう思うと、美奈は急に寂しくなった。

スノーハイキング

2012-12-10 20:07:10 | 旅行
 昨日の夕方より、雪が降り始め、今朝は5cm以上積もっていました。この冬初めての積雪で、雪が止んだ昼前に、さっそく雪山を歩きに出かけました。

 ①

 ①道樹山より大谷山への稜線です。 ②弥勒山頂上 けっこう雪が積もっており、慎重に歩きました。気温は山頂付近で氷点下3℃でした。フリースの上着を含め、3枚しか着ていませんでしたが、歩いていると汗をかきました。途中の水場で沸かした熱いコーヒーがおいしかったです。

 ③

 ③④はともに弥勒山です。

 ⑤
 
 ⑤は麓からの大谷山(左)です。右は道樹山。
 ⑥

 大久手池には鵜が2羽と、アオサギが遊びに来ていました。

『幻影』第33章

2012-12-07 17:19:24 | 小説
 早いもので、もう12月です。去年の今頃は、39℃の熱が5日も続き、死ぬかと思いました
 去年は久しぶりの寒冬だったといいますが、今年の冬も寒いですね。名古屋は週末から来週にかけ、一段と寒くなるとのことです。今年は風邪を引かないようにしたいと思います。

 『永遠の命』を完成させたのですが、また昨日、一部加筆していました。作曲家のブルックナーは自作の交響曲を何度も何度も書き直していたといいますが、私もけっこう完成した作品をいじったりしています。

 『幻影』第33章を掲載します。事件の真相がいよいよ明らかになります。


             33

 五藤はすべてを自供した。
「繁藤と橋本千尋を殺したのは、私です。
 彼女は金に困っているという繁藤のために、最初は自分の貯金から金を貸していたのですが、繁藤はギャンブルに手を出し、つい悪質なサラ金から金を借りたため、借金が雪だるま式に増えてしまい、どうにもならなくなった、というようなことを橋本に言っていたようです。
 彼女は自分の貯金だけではどうしようもなくなり、最初はすぐに返すつもりで、会社の金に手をつけたようです。
 彼女は経理としてはベテランで、伝票操作で金を捻出することなど、簡単なことでした。
 しかし、最初はあくまでもほんの一時期立て替えるだけで、いずれわからないようにまた金を元に戻しておくつもりだったそうです。
 しかし、味を占めた繁藤は、どんどん金を引き出させ、その金額は三千万円にもなっていました。
 私も経理部長として、彼女のしていることに気づきました。本来なら、彼女を叱責しなければならないはずの立場なのに、逆にすべてを彼女にかぶせて、私が金を詐取することを計画しました。
 また、私は彼女がしゃがんで、背中が少しはだけたとき、偶然背中の絵の一部を見てしまい、いれずみがある彼女の肉体に、興味を抱きました。妻との味気ない性生活に飽き、華麗な色彩に彩られた若い女の肉体を、是が非でも抱いてみたくなりました。
 彼女を口説きましたが、なかなか承知しません。それで、業務上横領のことをちらつかせ、彼女を説得しました。
 彼女には、部長の権限でうまく処理しておく、その代わり、責任を取って、会社を退職するよう言いくるめました。彼女は承知して、九月末日で退職しました。
 彼女は繁藤の子供を身籠もっていました。繁藤と結婚し、どこか遠くに行って静かに暮らしたいと言っておりました。
 私は彼女に気づかれないように、巧妙に彼女に責任がいくような形で、七千万円を横領しました。
 しかし彼女は退職する直前、私の細工を見破っていたのです。
 彼女は私がしたことを許せなかったようです。
 彼女は自首をして、すべてを警察に話す、だから私にも自首をしてくださいと勧めました。
 繁藤にも、自首することを告げたようです。ただし、繁藤には私のことは話さなかったようですが。
 これは橋本千尋の話と後に恐喝されてから繁藤から聞いた話を合わせて、私が推測したことですが、彼女が自首すれば、繁藤自身も罪は免れないので、繁藤も彼女を殺すことを計画したようでした。子供ができたことで、この子だけは罪人の子にしたくないので、お互い、自首して罪を償い、きれいな身体になってから、幸せな家庭を築こう、というようなことを千尋は繁藤に言ったようです。
 千尋は自首するつもりで、松原町のマンションを引き払いました。ただ、まだ私と繁藤を説得するまでの期間、住むところが必要なので、春日井のウィークリーマンションを借りました。
 いや、それはひょっとしたら、繁藤が千尋を殺害する目的で、彼女の足跡をくらますために指示したのかもしれませんが、もう繁藤は死んでしまったので、そのへんの真意はわかりません。
 私は彼女から、話をしたいので会いたい、という連絡を受けました。
 私はこのまま彼女を生かしておいては危険だと思いました。彼女に業務上横領の罪をかぶせ、すべてあの世に持っていってもらおうと思い、彼女の殺害を決心しました。
 それで、二年前の一〇月一〇日の夜、彼女が宿泊しているマンションに行きました。夜遅い時間に、誰にも見とがめられないよう注意しました。
 千尋には、私も自首することを決意した、と言うと、彼女は喜びました。善は急げ、というし、これから警察署に行こう、と誘いました。
 彼女はこんな遅い時間にか、といぶかりましたが、警察は遅い時間でも係官はいる、今すぐに行かないと、私の決意も鈍ってしまうので、と彼女を説得しました。
 彼女は繁藤も説得したいと言いましたが、彼は主犯ではないから、自首でなくとも罪は軽いから大丈夫だ、と言い含めました。
 私は車の中で、用意しておいた睡眠薬入りの缶ビールを、気が楽になるから、と勧めました。彼女は喉が渇いていたようで、うまそうに飲み、アルコールと睡眠薬の効果ですぐ眠ってしまいました。
 私は何度もハイキングをして、土地勘がある外之原峠に彼女を連れていきました。車から降ろす前、眠っている彼女の首を絞めて殺害しました。
 遺体を負ぶうのは恐ろしくもありましたが、そうも言ってはいられないので、私は彼女の遺体を背負い、目的の場所まで行きました。
 事前のロケハンのとき、あらかじめ土を掘り返し、柔らかくしておいて、当日の作業をやりやすくしておいたのです。作業の跡は、落ち葉を敷いて、ちょっと見ではわからないようにしておきました。まずそこまで入り込む人はいないと思いましたが、この作業も人に見られないよう、細心の注意を払いました。万一人に見られた場合は、場所を変えるつもりでした。候補地は他にも物色してありましたから。
 私は目的の場所に穴を掘り、持ち物などから身元が割れないように、千尋を裸にして、遺体を埋めました。裸にしたのは、最後にもう一度背中のいれずみを見ておきたかった、というのもあります。衣服や持ち物は、後日処分しました。私は必死でした。生まれて初めて犯した大罪のため、普通の精神状態ではありませんでした。だから、一部始終を繁藤に見られていたことには、まったく気がつきませんでした。
 後日、繁藤から矢のような恐喝があったことは、言うまでもありません。
 まったくの偶然ですが、繁藤もその日、千尋を殺害するつもりで、あのマンションに来たようです。ほんの数十分私のほうが先客だったのが、私の運の尽きでした。もしその日、何もしていなければ、私が手を汚さなくとも、繁藤が全てを処理してくれたものを。
 そして、繁藤の恐喝に耐えきれなくなり、先月二四日に、金を払うと油断させておいて、後ろから隠し持った小型の金槌で、繁藤の後頭部を砕いたのです。凶器の金槌は、後日木曽川に捨てました。
 携帯やアドレス帳、メモなど、証拠になりそうなものは全て持ち去り、処分しました。指紋も注意して消しておいたのですが、毛髪までは気がつきませんでした。
 また、処分し忘れたソープ嬢の名刺を見て、週刊誌などで話題になった子だったので、一度寝てみたい、というスケベ根性を起こしたのが墓穴を掘りました。まさかその同じ図柄のいれずみをしたソープ嬢が、千尋の亡霊を連れて来たとは」

 吉川麻美は、繁藤が千尋からだまし取ったのは二千万円と聞いていたが、実際は三千万円だった。繁藤は麻美から分け前をせびられることを見越して、一千万円少なく伝えていた。

 吉川麻美が、繁藤からもらったものを整理していたら、繁藤が五藤を恐喝している場面を録音したテープが見つかった、と神宮署に持参した。
 音楽を録音したテープに、恐喝のやりとりを重ねて録音したものだった。後日の恐喝の材料にするつもりだったのだろうが、いざ録音しようとしたとき、手元に新しい録音テープがなかったのか、以前音楽を録音したテープを使ったようだった。その後、恐喝のやりとりを上書きの形で録音していたことを忘れ、音楽を録音したテープのつもりで、麻美に渡してしまったのだろう。
 そのテープには、次のような会話が録音されていた。

「もういい加減にしてくれ。もう十分おまえには金を払ってきた。これ以上は、とても応じ切れん」
「五藤さんは俺にとっては、本当にありがたい人だ。そんなありがたい人に対して、無茶なことは言わないよ。せっかくの金の卵を産んでくれる鶏だから、無理をして鶏を殺してしまい、金の卵までだめにしてしまっては元も子もない。これからも、細く長く付き合っていきましょう」
「何が細く長くだ。まったく、俺はとんでもないことで早まってしまった。千尋の部屋に行くのを、あと一時間、いや三十分遅らせていれば、俺の代わりにおまえが千尋を始末して、全てはうまくいったものを。横領の罪まで全部千尋があの世に持って行ってくれたんだ。それなのに」
「わるいことはできないもんですね。横領の罪を全て他人にかぶせようとは。神は何でもお見通しだ」
「何が神だ。悪魔のくせしやがって」
「悪魔はお互い様ですよ。まあ、悪魔同士、仲良くやっていきましょう。俺さえ口をつぐんでいれば、あんたは安泰だ。殺人からも横領の罪からも、逃れられるんですよ。その見返りに、俺はちょっとお小遣いをいただくだけだ。お互いにとって、こんないい話はないじゃないですか?」

 麻美はそのテープの最初の部分だけを聞き、わけがわからない会話が入っていたので、何だ、音楽のテープじゃないのか、と、それ以上内容を聞かずに、押し入れの中の整理箱に放り込み、そのままになっていた。
 そのテープの音は一部不明瞭な部分があったものの、繁藤と五藤のやりとりは十分わかるものだった。声紋鑑定でも、五藤の声と認定された。その中で、五藤が自ら千尋を殺害したことを肯定している部分があった。これで、自白だけでなく、千尋殺害を立件できる物的証拠も揃ったことになる。