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売れない作家 高村裕樹の部屋

まだ駆け出しの作家ですが、作品の情報や、内容に関連する写真(作品の舞台)など、掲載していきたいと思います

『幻影』第33章

2012-12-07 17:19:24 | 小説
 早いもので、もう12月です。去年の今頃は、39℃の熱が5日も続き、死ぬかと思いました
 去年は久しぶりの寒冬だったといいますが、今年の冬も寒いですね。名古屋は週末から来週にかけ、一段と寒くなるとのことです。今年は風邪を引かないようにしたいと思います。

 『永遠の命』を完成させたのですが、また昨日、一部加筆していました。作曲家のブルックナーは自作の交響曲を何度も何度も書き直していたといいますが、私もけっこう完成した作品をいじったりしています。

 『幻影』第33章を掲載します。事件の真相がいよいよ明らかになります。


             33

 五藤はすべてを自供した。
「繁藤と橋本千尋を殺したのは、私です。
 彼女は金に困っているという繁藤のために、最初は自分の貯金から金を貸していたのですが、繁藤はギャンブルに手を出し、つい悪質なサラ金から金を借りたため、借金が雪だるま式に増えてしまい、どうにもならなくなった、というようなことを橋本に言っていたようです。
 彼女は自分の貯金だけではどうしようもなくなり、最初はすぐに返すつもりで、会社の金に手をつけたようです。
 彼女は経理としてはベテランで、伝票操作で金を捻出することなど、簡単なことでした。
 しかし、最初はあくまでもほんの一時期立て替えるだけで、いずれわからないようにまた金を元に戻しておくつもりだったそうです。
 しかし、味を占めた繁藤は、どんどん金を引き出させ、その金額は三千万円にもなっていました。
 私も経理部長として、彼女のしていることに気づきました。本来なら、彼女を叱責しなければならないはずの立場なのに、逆にすべてを彼女にかぶせて、私が金を詐取することを計画しました。
 また、私は彼女がしゃがんで、背中が少しはだけたとき、偶然背中の絵の一部を見てしまい、いれずみがある彼女の肉体に、興味を抱きました。妻との味気ない性生活に飽き、華麗な色彩に彩られた若い女の肉体を、是が非でも抱いてみたくなりました。
 彼女を口説きましたが、なかなか承知しません。それで、業務上横領のことをちらつかせ、彼女を説得しました。
 彼女には、部長の権限でうまく処理しておく、その代わり、責任を取って、会社を退職するよう言いくるめました。彼女は承知して、九月末日で退職しました。
 彼女は繁藤の子供を身籠もっていました。繁藤と結婚し、どこか遠くに行って静かに暮らしたいと言っておりました。
 私は彼女に気づかれないように、巧妙に彼女に責任がいくような形で、七千万円を横領しました。
 しかし彼女は退職する直前、私の細工を見破っていたのです。
 彼女は私がしたことを許せなかったようです。
 彼女は自首をして、すべてを警察に話す、だから私にも自首をしてくださいと勧めました。
 繁藤にも、自首することを告げたようです。ただし、繁藤には私のことは話さなかったようですが。
 これは橋本千尋の話と後に恐喝されてから繁藤から聞いた話を合わせて、私が推測したことですが、彼女が自首すれば、繁藤自身も罪は免れないので、繁藤も彼女を殺すことを計画したようでした。子供ができたことで、この子だけは罪人の子にしたくないので、お互い、自首して罪を償い、きれいな身体になってから、幸せな家庭を築こう、というようなことを千尋は繁藤に言ったようです。
 千尋は自首するつもりで、松原町のマンションを引き払いました。ただ、まだ私と繁藤を説得するまでの期間、住むところが必要なので、春日井のウィークリーマンションを借りました。
 いや、それはひょっとしたら、繁藤が千尋を殺害する目的で、彼女の足跡をくらますために指示したのかもしれませんが、もう繁藤は死んでしまったので、そのへんの真意はわかりません。
 私は彼女から、話をしたいので会いたい、という連絡を受けました。
 私はこのまま彼女を生かしておいては危険だと思いました。彼女に業務上横領の罪をかぶせ、すべてあの世に持っていってもらおうと思い、彼女の殺害を決心しました。
 それで、二年前の一〇月一〇日の夜、彼女が宿泊しているマンションに行きました。夜遅い時間に、誰にも見とがめられないよう注意しました。
 千尋には、私も自首することを決意した、と言うと、彼女は喜びました。善は急げ、というし、これから警察署に行こう、と誘いました。
 彼女はこんな遅い時間にか、といぶかりましたが、警察は遅い時間でも係官はいる、今すぐに行かないと、私の決意も鈍ってしまうので、と彼女を説得しました。
 彼女は繁藤も説得したいと言いましたが、彼は主犯ではないから、自首でなくとも罪は軽いから大丈夫だ、と言い含めました。
 私は車の中で、用意しておいた睡眠薬入りの缶ビールを、気が楽になるから、と勧めました。彼女は喉が渇いていたようで、うまそうに飲み、アルコールと睡眠薬の効果ですぐ眠ってしまいました。
 私は何度もハイキングをして、土地勘がある外之原峠に彼女を連れていきました。車から降ろす前、眠っている彼女の首を絞めて殺害しました。
 遺体を負ぶうのは恐ろしくもありましたが、そうも言ってはいられないので、私は彼女の遺体を背負い、目的の場所まで行きました。
 事前のロケハンのとき、あらかじめ土を掘り返し、柔らかくしておいて、当日の作業をやりやすくしておいたのです。作業の跡は、落ち葉を敷いて、ちょっと見ではわからないようにしておきました。まずそこまで入り込む人はいないと思いましたが、この作業も人に見られないよう、細心の注意を払いました。万一人に見られた場合は、場所を変えるつもりでした。候補地は他にも物色してありましたから。
 私は目的の場所に穴を掘り、持ち物などから身元が割れないように、千尋を裸にして、遺体を埋めました。裸にしたのは、最後にもう一度背中のいれずみを見ておきたかった、というのもあります。衣服や持ち物は、後日処分しました。私は必死でした。生まれて初めて犯した大罪のため、普通の精神状態ではありませんでした。だから、一部始終を繁藤に見られていたことには、まったく気がつきませんでした。
 後日、繁藤から矢のような恐喝があったことは、言うまでもありません。
 まったくの偶然ですが、繁藤もその日、千尋を殺害するつもりで、あのマンションに来たようです。ほんの数十分私のほうが先客だったのが、私の運の尽きでした。もしその日、何もしていなければ、私が手を汚さなくとも、繁藤が全てを処理してくれたものを。
 そして、繁藤の恐喝に耐えきれなくなり、先月二四日に、金を払うと油断させておいて、後ろから隠し持った小型の金槌で、繁藤の後頭部を砕いたのです。凶器の金槌は、後日木曽川に捨てました。
 携帯やアドレス帳、メモなど、証拠になりそうなものは全て持ち去り、処分しました。指紋も注意して消しておいたのですが、毛髪までは気がつきませんでした。
 また、処分し忘れたソープ嬢の名刺を見て、週刊誌などで話題になった子だったので、一度寝てみたい、というスケベ根性を起こしたのが墓穴を掘りました。まさかその同じ図柄のいれずみをしたソープ嬢が、千尋の亡霊を連れて来たとは」

 吉川麻美は、繁藤が千尋からだまし取ったのは二千万円と聞いていたが、実際は三千万円だった。繁藤は麻美から分け前をせびられることを見越して、一千万円少なく伝えていた。

 吉川麻美が、繁藤からもらったものを整理していたら、繁藤が五藤を恐喝している場面を録音したテープが見つかった、と神宮署に持参した。
 音楽を録音したテープに、恐喝のやりとりを重ねて録音したものだった。後日の恐喝の材料にするつもりだったのだろうが、いざ録音しようとしたとき、手元に新しい録音テープがなかったのか、以前音楽を録音したテープを使ったようだった。その後、恐喝のやりとりを上書きの形で録音していたことを忘れ、音楽を録音したテープのつもりで、麻美に渡してしまったのだろう。
 そのテープには、次のような会話が録音されていた。

「もういい加減にしてくれ。もう十分おまえには金を払ってきた。これ以上は、とても応じ切れん」
「五藤さんは俺にとっては、本当にありがたい人だ。そんなありがたい人に対して、無茶なことは言わないよ。せっかくの金の卵を産んでくれる鶏だから、無理をして鶏を殺してしまい、金の卵までだめにしてしまっては元も子もない。これからも、細く長く付き合っていきましょう」
「何が細く長くだ。まったく、俺はとんでもないことで早まってしまった。千尋の部屋に行くのを、あと一時間、いや三十分遅らせていれば、俺の代わりにおまえが千尋を始末して、全てはうまくいったものを。横領の罪まで全部千尋があの世に持って行ってくれたんだ。それなのに」
「わるいことはできないもんですね。横領の罪を全て他人にかぶせようとは。神は何でもお見通しだ」
「何が神だ。悪魔のくせしやがって」
「悪魔はお互い様ですよ。まあ、悪魔同士、仲良くやっていきましょう。俺さえ口をつぐんでいれば、あんたは安泰だ。殺人からも横領の罪からも、逃れられるんですよ。その見返りに、俺はちょっとお小遣いをいただくだけだ。お互いにとって、こんないい話はないじゃないですか?」

 麻美はそのテープの最初の部分だけを聞き、わけがわからない会話が入っていたので、何だ、音楽のテープじゃないのか、と、それ以上内容を聞かずに、押し入れの中の整理箱に放り込み、そのままになっていた。
 そのテープの音は一部不明瞭な部分があったものの、繁藤と五藤のやりとりは十分わかるものだった。声紋鑑定でも、五藤の声と認定された。その中で、五藤が自ら千尋を殺害したことを肯定している部分があった。これで、自白だけでなく、千尋殺害を立件できる物的証拠も揃ったことになる。