今日は地球滅亡の日だといいます。マヤの暦が今日で終わり、それで人類が滅亡するのだとか?
また、フォトンベルトに地球が突入し、人類に大きな進化が始まるのだという説もあります。そのとき、悪人は生き残れないという話も読みました。私は生き残れないでしょうか(笑)。
しかしマヤの暦は今日で終わるのではなく、新たな暦があるといいます。フォトンベルトに関しても、私は多少天文学に興味を抱いていますが、それはあり得ないと思っています。
今のところ、特に滅亡の兆しはありません。以前にもノストラダムスの大預言などありましたが、人類滅亡はありませんでした。
ただ、日本は近い将来、東海、東南海、南海巨大地震や、首都直下地震に見舞われる可能性がないとはいえないので、その備えはしておかなければならないと思います。前にも書きましたが、危険な活断層が近くにある原子力発電所は言うまでもなく、原発の再稼働は控えるべきでしょう。
今回は『幻影』最終回です。もし本の形で読んでいただければ、とてもうれしく思います。
要望があれば、『宇宙旅行』や『ミッキ』も掲載していきたいと考えています。
エピローグ
1
卑美子のスタジオに集まった日の夜、久しぶりに千尋が現れた。千尋の霊は今までとは違い、顔には晴れ晴れとした笑みを浮かべていた。そして、全体が輝いて見えた。
「千尋さん、成仏できたのですね」
その様子を見て、美奈が喜んだ。
「ありがとう、美奈さん。成仏、というと、ちょっと違うかも知れませんが、私は救われました。暗い、じめじめした地獄のようなところから、救われました。美奈さんのおかげです」
千尋は美奈の問いに、すらすら答えた。今まで、こんなことはなかった。
「私は、五藤に殺されてから、ずっと真っ暗な霊界で、独りぼっちでした。会社のお金を横領した罪もあったのでしょうね。いくら泣きわめこうが、両親や恋人の名前を呼ぼうが、誰も応えてくれませんでした。ただ真っ暗で寒い、物音一つない霊界に、独り置き去りにされていました。そんなある日、微かに私の名前を呼ぶ声が聞こえたのです。それが美奈さんでした。私は美奈さんの声がする方に、一目散に飛びました。そしたら、目の前に、なんと私の背中に彫ったのと同じ観音様が輝いて見えました。私はその観音様にすがりつきました」
やはり千尋に会ってみたい、という美奈の思いが、千尋との間に、心の架け橋を作ってしまったようだ。そして、美奈が千尋と同じ図柄の観音様を彫っていたことにより、千尋はその観音様にすがりついてしまった。まさに千尋は美奈に憑依した形となった。
「最初のうちは、私は苦しいばかりの存在で、なかなか美奈さんの問いかけに答える余裕などありませんでした。ときどき美奈さんに私の存在を知らせるだけで精一杯でした。もし美奈さんがもっと霊に取り憑かれやすい霊媒(れいばい)体質なら、もっと簡単に話しかけることができたのですが、美奈さんは登山などで心身を鍛えているので、私程度の霊力では、影響を与えることがほとんどできませんでした」
「そうなんですか。それで、私がいろいろ問いかけても、答えをいただけなかったのですね。でも、車の事故から助けてくれたときは……」
「あのときは私も必死でした。このままでは、美奈さんが事故で死んでしまう、と思ったら、火事場の馬鹿力、というのでしょうか、必死になって話しかけたので、美奈さんに通じたのです。本当によかった。幽霊が必死、なんて、変かもしれませんが。でも、幽霊にも火事場の馬鹿力って、あるのですね」
千尋はおかしそうに笑った。
「あのときはありがとうございました。もし千尋さんの声が聞こえなかったら、私、間違いなく猛スピードで右折車とぶつかって、死んでいました」
美奈は心からこのことには感謝した。
美奈の両親も交通事故で亡くなっている。あわや両親と同じことをしてしまうところだった。まさに親子間による運命の反復だった。
「でも、美奈さんが暴走した原因を作ったのは、私ですから。私を怖がって、早く帰りたいという一心で、スピードを出し過ぎたのですから。もし美奈さんがあれで亡くなったりしたら、私、もう悔悟の念に駆られて、永遠に地獄に堕ちていたかもしれません」
「いいえ、私がスピードを出し過ぎたからいけなかったんです。車に慣れて、運転が楽しくなり、ちょっと横着になっていたから、あれで反省しました。それから、繁藤に殺されそうになったときも助けられました。私は気を失っていたので、気づかなかったけど、でも千尋さんが助けてくれたことはわかります」
「あのときは繁藤の目の前に、顔中血だらけにして、恨めしそうな顔をして出てやったのです。繁藤はびっくりして後ずさり、勝手に足を絡ませて、壁に後頭部を打ち付けて気絶しました。五藤のときも同じです。ただ、美奈さんには私のそんな恐ろしい姿を見せたくなかったので、繁藤のときは、申し訳なかったけど、気を失うのを待っていました。五藤のときには、私の力が増していたので、五藤だけにしか見えないようにすることが可能でした」
「そうだったんですか。でも、本当にありがとうございました。千尋さんには二度も命を助けられました。繁藤にも、大事な一千万を取られずに済みましたし。私、つい繁藤に同情し、渡すつもりでしたから」
いくら今は稼ぎがよくても、この先どうなるかわからない。だからお金は大切にしたかった。
「繁藤は気の毒でした。五藤が私を殺さなければ、私は繁藤に殺されていたでしょう。私だけでなく、自分の赤ちゃんまで道連れにして。五藤も繁藤も許せませんでした。でも、美奈さんとの交流を通じ、美奈さんの素晴らしい仲間たちのことも知り、私の心は少しずつ和んでいきました。そして、五藤も繁藤も許せるようになったのです。繁藤には生きて罪を償ってほしいと思いました。しかし、これも自業自得なのでしょうね。五藤に殺されてしまったのですから」
やはり千尋も繁藤のことを許していたのだ。繁藤が五藤に殺されてしまったのは、千尋の祟り、恨みによるものではなかった。その事を確認し、美奈は心に温かいものを感じた。
しかし、一緒に死んでしまった赤ちゃんはどうなったのだろうか? 赤ちゃんも霊界で迷っているのではないだろうか。美奈は賽(さい)の河原の子供たちの説話を思い出した。
親より先に死んだ子供たちが、親不孝の罪を償うために、賽の河原で石を積み、塔を作ろうとするが、完成間近になると、鬼が来て壊してしまう、という言い伝えだ。最終的には子供たちは、地蔵菩薩により救われるというが、美奈はその話を聞くと、子供たちの不憫を思って、心が張り裂けそうになる。
「大丈夫ですよ。私のおなかの赤ちゃんは、まだ人間の魂が宿る前だったので、魂が霊界でさまよっているとか、鬼にいじめられているようなことはありません。私の赤ちゃんに宿るはずだった魂は、今は別の子供となって、優しいご両親のもとで、幸せに暮らしています」
美奈の心を読んだ千尋は、自分の子供となるべき魂の行方を美奈に告げた。
「そうなんですか。魂って、受精のときに宿るんじゃないのですね」
「はい、魂は赤ちゃんが生まれて、ある程度成長してから宿ります。だから、水子の祟りというのはありません。生まれたばかりの赤ちゃんが死んで、成仏できずに、さまよっている、ということもないのです。ただ、いくらまだ魂が宿る前だといっても、胎児はこれから成長していく、大切な魂の原型をすでに持っているので、やはり人間として尊重しなければなりません」
「よかったです」
涙もろい美奈は、それを聞いて、目にいっぱい涙を溜めた。
「私は美奈さんとの魂の交流により、救われました。そして、霊として多少の通力(つうりき)を得ることができました。でも、まだまだ私は境界を高めるために、修行しなくてはなりません。それで、お願いですが、私に美奈さんの守護霊になることを許してもらえないでしょうか? 美奈さんを守護しつつ、修行を重ね、より高い神霊として成長したいのです」
千尋は自ら美奈の守護霊になりたいと申し出た。
「え、千尋さんが私の守護霊に、ですか?」
美奈はびっくりした。千尋が守護霊になってくれるだなんて。美奈としては、自分からお願いしたいぐらいだった。
「はい、まだ神霊としては十分な力はありませんが、美奈さんを陰からそっと見守ってあげたいと思います。ただ、あまり美奈さんに干渉すると、私に頼ってしまい、美奈さんの自主的な判断力や、行動力をだめにしてしまうので、どうしても私の力が必要になる場合以外は、ただ見守っているだけですが」
「それでもいいです。千尋さんがいつも一緒だと思うだけで、私は心強いです。どうか、よろしくお願いします」
それで、千尋は美奈の守護霊となり、ずっと美奈を見守ることになった。
「ちょっと変なことを訊いちゃっていいですか? トイレのときなんかもやはり見守られているのですか? 大きいのしてるとき、見られてると思うと、守護霊様といえども、やっぱり恥ずかしいです。それに仕事とはいえ、接客ではエッチなこといっぱいしてるし」
トイレやセックスのことなどを守護霊に尋ねるのはおかしいかな、と思いながらも、美奈としては、ちょっとそれが気になった。さすがに千尋はすぐには答えられなかったが、「気にしなくていいですよ。未浄化な低級霊はともかく、ある程度浄化された霊は、そんな人間の生理的なこと、全然関心ないですから」と答えた。
「あと、一つだけ教えてあげます。三浦俊文さん、心配いりません。紆余曲折はありますが、いつかは美奈さんと結ばれます。子供も授かり、一家揃って、幸せになれますよ。すぐには夫婦という形はとれないし、一見困難や破局と思われることも起こります。でも、彼を信じ続けてください。そうすれば、必ず報われます」
それを聞いた美奈は嬉しくて目にいっぱい涙を溜めた。
2
「ミクちゃん、ご指名ですよ。杉浦さん」
フロントの沢村から連絡があった。
「杉浦さん。誰だろう?」
ソープランドに来る客はたいてい偽名を使うが、指名してくれる客の多くは、一度名乗った名前を、ずっと使う。しかし杉浦という名前には記憶がなかった。
モニターを見ても、知らない顔だ。もっとも帽子とサングラスで、ほとんど素顔はわからないが。オアシスのホームページを見て指名してくれたお客さんだろう、とミクは考えた。
ミクは長身のその客を個室に案内した。いつもミクが使用している部屋だ。
部屋に入った杉浦は、帽子とサングラスを外し、付けひげを取った。
「美奈さん、僕だよ」
「け、刑事さん」
思いもかけない客に、美奈は驚いた。まさか三浦が来てくれるだなんて、まったく考えてもみなかった。
「いや、どうしても美奈さんに会いたくて、来てしまいました。刑事の安月給じゃ、こういうところに来るのは辛いですが。ここでは面が割れてるので、変装してきました」
「刑事さんがこんなところに来て、いいんですか?」
「あまりよくないけどね。でも、君に会いたい気持ちのほうが、ずっと強かった」
「嬉しい」と美奈は三浦に抱きついた。
「うんとサービスしちゃいます。商売抜きで」
三浦は初めて美しい美奈の裸体を見た。
「すごい、こんな大きないれずみだったなんて。例の雑誌に載っていた写真より、ずっと立派に見える。でも、きれいだよ」
「だけど、刑事さんの恋人にはふさわしくないでしょう? こんないれずみ女。私、正式な恋人になれなくてもいい。ときどき会ってくれるだけで」
「でも、僕はもう二度とここには来ない。やはり刑事としてはまずいから。もちろん、刑事だって、ときには息抜きが必要だ。所轄の地域以外で、こういう場所に遊びに行く人も、何人もいます。でも、やはり僕にはだめなんだ」
「三浦さん、真面目な刑事さんですものね。それに、三浦さんには、やっぱりこんなところに来てほしくない。自分自身、こんな仕事していて、こんなこと言うのはおこがましいけど。俊文さんを、私の心の祭壇に、理想の男性像としてずっと祀っておきたいもの」
「おいおい、そんなご本尊にされては、僕も窮屈ですよ。美奈さん、山が趣味でしたね。僕も登山、大好きなんです。これから、ときどき二人で山に行ってくれませんか?」
「本当ですか? 一緒に山に連れてってくれるのですか?」
「山だけじゃなく、これから、ずっと一緒にいてほしい。もちろん僕は刑事だから、すぐには君と結婚できないけど。でも、そんなことは問題じゃない。愛の前ではね」
「嬉しい。俊文さん、大好きです」
美奈は長身でひょろっとしている外見の割には、意外と分厚い三浦の胸に飛び込んでいった。
「ごめんなさい。私、泣き虫で、最近泣いてばかりいて……」
美奈は三浦の胸の中でずっと泣いていた。コンパニオンとしてするべきサービスを、まったくすることもなく……。
(完)
また、フォトンベルトに地球が突入し、人類に大きな進化が始まるのだという説もあります。そのとき、悪人は生き残れないという話も読みました。私は生き残れないでしょうか(笑)。
しかしマヤの暦は今日で終わるのではなく、新たな暦があるといいます。フォトンベルトに関しても、私は多少天文学に興味を抱いていますが、それはあり得ないと思っています。
今のところ、特に滅亡の兆しはありません。以前にもノストラダムスの大預言などありましたが、人類滅亡はありませんでした。
ただ、日本は近い将来、東海、東南海、南海巨大地震や、首都直下地震に見舞われる可能性がないとはいえないので、その備えはしておかなければならないと思います。前にも書きましたが、危険な活断層が近くにある原子力発電所は言うまでもなく、原発の再稼働は控えるべきでしょう。
今回は『幻影』最終回です。もし本の形で読んでいただければ、とてもうれしく思います。
要望があれば、『宇宙旅行』や『ミッキ』も掲載していきたいと考えています。
エピローグ
1
卑美子のスタジオに集まった日の夜、久しぶりに千尋が現れた。千尋の霊は今までとは違い、顔には晴れ晴れとした笑みを浮かべていた。そして、全体が輝いて見えた。
「千尋さん、成仏できたのですね」
その様子を見て、美奈が喜んだ。
「ありがとう、美奈さん。成仏、というと、ちょっと違うかも知れませんが、私は救われました。暗い、じめじめした地獄のようなところから、救われました。美奈さんのおかげです」
千尋は美奈の問いに、すらすら答えた。今まで、こんなことはなかった。
「私は、五藤に殺されてから、ずっと真っ暗な霊界で、独りぼっちでした。会社のお金を横領した罪もあったのでしょうね。いくら泣きわめこうが、両親や恋人の名前を呼ぼうが、誰も応えてくれませんでした。ただ真っ暗で寒い、物音一つない霊界に、独り置き去りにされていました。そんなある日、微かに私の名前を呼ぶ声が聞こえたのです。それが美奈さんでした。私は美奈さんの声がする方に、一目散に飛びました。そしたら、目の前に、なんと私の背中に彫ったのと同じ観音様が輝いて見えました。私はその観音様にすがりつきました」
やはり千尋に会ってみたい、という美奈の思いが、千尋との間に、心の架け橋を作ってしまったようだ。そして、美奈が千尋と同じ図柄の観音様を彫っていたことにより、千尋はその観音様にすがりついてしまった。まさに千尋は美奈に憑依した形となった。
「最初のうちは、私は苦しいばかりの存在で、なかなか美奈さんの問いかけに答える余裕などありませんでした。ときどき美奈さんに私の存在を知らせるだけで精一杯でした。もし美奈さんがもっと霊に取り憑かれやすい霊媒(れいばい)体質なら、もっと簡単に話しかけることができたのですが、美奈さんは登山などで心身を鍛えているので、私程度の霊力では、影響を与えることがほとんどできませんでした」
「そうなんですか。それで、私がいろいろ問いかけても、答えをいただけなかったのですね。でも、車の事故から助けてくれたときは……」
「あのときは私も必死でした。このままでは、美奈さんが事故で死んでしまう、と思ったら、火事場の馬鹿力、というのでしょうか、必死になって話しかけたので、美奈さんに通じたのです。本当によかった。幽霊が必死、なんて、変かもしれませんが。でも、幽霊にも火事場の馬鹿力って、あるのですね」
千尋はおかしそうに笑った。
「あのときはありがとうございました。もし千尋さんの声が聞こえなかったら、私、間違いなく猛スピードで右折車とぶつかって、死んでいました」
美奈は心からこのことには感謝した。
美奈の両親も交通事故で亡くなっている。あわや両親と同じことをしてしまうところだった。まさに親子間による運命の反復だった。
「でも、美奈さんが暴走した原因を作ったのは、私ですから。私を怖がって、早く帰りたいという一心で、スピードを出し過ぎたのですから。もし美奈さんがあれで亡くなったりしたら、私、もう悔悟の念に駆られて、永遠に地獄に堕ちていたかもしれません」
「いいえ、私がスピードを出し過ぎたからいけなかったんです。車に慣れて、運転が楽しくなり、ちょっと横着になっていたから、あれで反省しました。それから、繁藤に殺されそうになったときも助けられました。私は気を失っていたので、気づかなかったけど、でも千尋さんが助けてくれたことはわかります」
「あのときは繁藤の目の前に、顔中血だらけにして、恨めしそうな顔をして出てやったのです。繁藤はびっくりして後ずさり、勝手に足を絡ませて、壁に後頭部を打ち付けて気絶しました。五藤のときも同じです。ただ、美奈さんには私のそんな恐ろしい姿を見せたくなかったので、繁藤のときは、申し訳なかったけど、気を失うのを待っていました。五藤のときには、私の力が増していたので、五藤だけにしか見えないようにすることが可能でした」
「そうだったんですか。でも、本当にありがとうございました。千尋さんには二度も命を助けられました。繁藤にも、大事な一千万を取られずに済みましたし。私、つい繁藤に同情し、渡すつもりでしたから」
いくら今は稼ぎがよくても、この先どうなるかわからない。だからお金は大切にしたかった。
「繁藤は気の毒でした。五藤が私を殺さなければ、私は繁藤に殺されていたでしょう。私だけでなく、自分の赤ちゃんまで道連れにして。五藤も繁藤も許せませんでした。でも、美奈さんとの交流を通じ、美奈さんの素晴らしい仲間たちのことも知り、私の心は少しずつ和んでいきました。そして、五藤も繁藤も許せるようになったのです。繁藤には生きて罪を償ってほしいと思いました。しかし、これも自業自得なのでしょうね。五藤に殺されてしまったのですから」
やはり千尋も繁藤のことを許していたのだ。繁藤が五藤に殺されてしまったのは、千尋の祟り、恨みによるものではなかった。その事を確認し、美奈は心に温かいものを感じた。
しかし、一緒に死んでしまった赤ちゃんはどうなったのだろうか? 赤ちゃんも霊界で迷っているのではないだろうか。美奈は賽(さい)の河原の子供たちの説話を思い出した。
親より先に死んだ子供たちが、親不孝の罪を償うために、賽の河原で石を積み、塔を作ろうとするが、完成間近になると、鬼が来て壊してしまう、という言い伝えだ。最終的には子供たちは、地蔵菩薩により救われるというが、美奈はその話を聞くと、子供たちの不憫を思って、心が張り裂けそうになる。
「大丈夫ですよ。私のおなかの赤ちゃんは、まだ人間の魂が宿る前だったので、魂が霊界でさまよっているとか、鬼にいじめられているようなことはありません。私の赤ちゃんに宿るはずだった魂は、今は別の子供となって、優しいご両親のもとで、幸せに暮らしています」
美奈の心を読んだ千尋は、自分の子供となるべき魂の行方を美奈に告げた。
「そうなんですか。魂って、受精のときに宿るんじゃないのですね」
「はい、魂は赤ちゃんが生まれて、ある程度成長してから宿ります。だから、水子の祟りというのはありません。生まれたばかりの赤ちゃんが死んで、成仏できずに、さまよっている、ということもないのです。ただ、いくらまだ魂が宿る前だといっても、胎児はこれから成長していく、大切な魂の原型をすでに持っているので、やはり人間として尊重しなければなりません」
「よかったです」
涙もろい美奈は、それを聞いて、目にいっぱい涙を溜めた。
「私は美奈さんとの魂の交流により、救われました。そして、霊として多少の通力(つうりき)を得ることができました。でも、まだまだ私は境界を高めるために、修行しなくてはなりません。それで、お願いですが、私に美奈さんの守護霊になることを許してもらえないでしょうか? 美奈さんを守護しつつ、修行を重ね、より高い神霊として成長したいのです」
千尋は自ら美奈の守護霊になりたいと申し出た。
「え、千尋さんが私の守護霊に、ですか?」
美奈はびっくりした。千尋が守護霊になってくれるだなんて。美奈としては、自分からお願いしたいぐらいだった。
「はい、まだ神霊としては十分な力はありませんが、美奈さんを陰からそっと見守ってあげたいと思います。ただ、あまり美奈さんに干渉すると、私に頼ってしまい、美奈さんの自主的な判断力や、行動力をだめにしてしまうので、どうしても私の力が必要になる場合以外は、ただ見守っているだけですが」
「それでもいいです。千尋さんがいつも一緒だと思うだけで、私は心強いです。どうか、よろしくお願いします」
それで、千尋は美奈の守護霊となり、ずっと美奈を見守ることになった。
「ちょっと変なことを訊いちゃっていいですか? トイレのときなんかもやはり見守られているのですか? 大きいのしてるとき、見られてると思うと、守護霊様といえども、やっぱり恥ずかしいです。それに仕事とはいえ、接客ではエッチなこといっぱいしてるし」
トイレやセックスのことなどを守護霊に尋ねるのはおかしいかな、と思いながらも、美奈としては、ちょっとそれが気になった。さすがに千尋はすぐには答えられなかったが、「気にしなくていいですよ。未浄化な低級霊はともかく、ある程度浄化された霊は、そんな人間の生理的なこと、全然関心ないですから」と答えた。
「あと、一つだけ教えてあげます。三浦俊文さん、心配いりません。紆余曲折はありますが、いつかは美奈さんと結ばれます。子供も授かり、一家揃って、幸せになれますよ。すぐには夫婦という形はとれないし、一見困難や破局と思われることも起こります。でも、彼を信じ続けてください。そうすれば、必ず報われます」
それを聞いた美奈は嬉しくて目にいっぱい涙を溜めた。
2
「ミクちゃん、ご指名ですよ。杉浦さん」
フロントの沢村から連絡があった。
「杉浦さん。誰だろう?」
ソープランドに来る客はたいてい偽名を使うが、指名してくれる客の多くは、一度名乗った名前を、ずっと使う。しかし杉浦という名前には記憶がなかった。
モニターを見ても、知らない顔だ。もっとも帽子とサングラスで、ほとんど素顔はわからないが。オアシスのホームページを見て指名してくれたお客さんだろう、とミクは考えた。
ミクは長身のその客を個室に案内した。いつもミクが使用している部屋だ。
部屋に入った杉浦は、帽子とサングラスを外し、付けひげを取った。
「美奈さん、僕だよ」
「け、刑事さん」
思いもかけない客に、美奈は驚いた。まさか三浦が来てくれるだなんて、まったく考えてもみなかった。
「いや、どうしても美奈さんに会いたくて、来てしまいました。刑事の安月給じゃ、こういうところに来るのは辛いですが。ここでは面が割れてるので、変装してきました」
「刑事さんがこんなところに来て、いいんですか?」
「あまりよくないけどね。でも、君に会いたい気持ちのほうが、ずっと強かった」
「嬉しい」と美奈は三浦に抱きついた。
「うんとサービスしちゃいます。商売抜きで」
三浦は初めて美しい美奈の裸体を見た。
「すごい、こんな大きないれずみだったなんて。例の雑誌に載っていた写真より、ずっと立派に見える。でも、きれいだよ」
「だけど、刑事さんの恋人にはふさわしくないでしょう? こんないれずみ女。私、正式な恋人になれなくてもいい。ときどき会ってくれるだけで」
「でも、僕はもう二度とここには来ない。やはり刑事としてはまずいから。もちろん、刑事だって、ときには息抜きが必要だ。所轄の地域以外で、こういう場所に遊びに行く人も、何人もいます。でも、やはり僕にはだめなんだ」
「三浦さん、真面目な刑事さんですものね。それに、三浦さんには、やっぱりこんなところに来てほしくない。自分自身、こんな仕事していて、こんなこと言うのはおこがましいけど。俊文さんを、私の心の祭壇に、理想の男性像としてずっと祀っておきたいもの」
「おいおい、そんなご本尊にされては、僕も窮屈ですよ。美奈さん、山が趣味でしたね。僕も登山、大好きなんです。これから、ときどき二人で山に行ってくれませんか?」
「本当ですか? 一緒に山に連れてってくれるのですか?」
「山だけじゃなく、これから、ずっと一緒にいてほしい。もちろん僕は刑事だから、すぐには君と結婚できないけど。でも、そんなことは問題じゃない。愛の前ではね」
「嬉しい。俊文さん、大好きです」
美奈は長身でひょろっとしている外見の割には、意外と分厚い三浦の胸に飛び込んでいった。
「ごめんなさい。私、泣き虫で、最近泣いてばかりいて……」
美奈は三浦の胸の中でずっと泣いていた。コンパニオンとしてするべきサービスを、まったくすることもなく……。
(完)