売れない作家 高村裕樹の部屋

まだ駆け出しの作家ですが、作品の情報や、内容に関連する写真(作品の舞台)など、掲載していきたいと思います

頑張ります

2012-10-29 17:33:36 | 小説
 10月もあとわずかです。今年も残すところ、2ヶ月余ですね。『幻影2 荒原の墓標』を出版して、何とかもう少し作家として名が売れないかな、と考えていましたが、現実は厳しいようです。このブログのタイトルとなっている「売れない作家」を返上できるのは、いつのことやら……

 それでも、作品を読んでくださって方からは、「おもしろいよ」と評価してもらえ、それが励みになっています。

 『幻影2 荒原の墓標』の電子書籍が、11月15日に文芸社の電子書籍サイト、ブーンゲイトで発売されます。紙の本より、ずっと安いので、よろしければご利用ください。『宇宙旅行』『幻影』『ミッキ』も電子書籍化されています。

 今回は『幻影』第26章です。事件も少しずつ動いていきます。




            26

 翌日、美奈は三浦の携帯に電話をかけた。事件のことでぜひともお話したいことがある、と言うと、「捜査本部に来てもらえますか? それともこちらから伺いましょうか」と訊かれた。
「捜査本部って、篠木署ですか? 市役所の近くの、昔の一九号線のところですね。こちらからお伺いします」
 午前中に美奈は車を清掃した。思ったほど臭いは残っていなかったが、消毒用エタノールをシートに何度もスプレーした。
「あーあ、お漏らししちゃうだなんて、我ながら情けないなあ」
 美奈は独り言を言った。首を絞められ、失神する場合、失禁することが多い、と何かの本で読んだことがある。ああいう場合は誰でも失禁する、自分だけじゃないんだ、だから恥じることはない、と思いながらも、自己嫌悪に陥っていた。
 赤いミラを走らせて、美奈は篠木署に行った。朝からどんよりと曇っていたが、とうとう雨が降り出してきた。
 警察署に入ると、なぜか緊張して心臓がどきどきした。別にわるいことはしていないのだから、平然としていればいいのだ、と自分に言い聞かせた。ひょっとしたら、緊張の原因は三浦さんにあるのかな、とも思った。
 窓口で外之原峠殺人事件の捜査本部の場所を訊き、部屋に行くと、三浦と鳥居が待っていた。鳥居もこの前ほど怖い存在だとは思わなくなっていた。
「おう、おみゃーさん、この前雅子のとこにいた娘だな」
 相変わらずの名古屋弁で鳥居が挨拶した。雅子というのは、卑美子の本名だ。
 三浦は話を聞くため、美奈を別室に案内した。刑事物のテレビドラマでよく見る、取調室のような殺風景な部屋だった。
「こんな部屋で申し訳ありませんが、話を聞かせてもらいます」と三浦は鳥居に比べ、丁寧な物腰だった。
 女性警官が盆に載せてお茶を三つ持ってきた。
「実は、千尋さんが付き合っていたという男性のことですが」と美奈は切り出した。
「鈴木しげおという男のことですね」と三浦が受けた。
「千尋さんにはそう名乗っていたのですか? 私には安藤茂と言っていました。すると、安藤というのも偽名かもしれませんね」
 そう言いながら、美奈は安藤の写真を取り出した。
「この男が、千尋さんと付き合っていた男なのですね? なぜそう思うのですか?」
「実は、安藤、偽名だと思いますが、そう言っておきます。安藤は、私の背中のいれずみと同じ騎龍観音のいれずみをしている女性と以前付き合っていた、と言っていました。前にも言いましたが、千尋さんは私と同じ図柄のいれずみを彫っていたのです」
 安藤とオアシスを離れて付き合い始めてから、何度目かのときに、寝物語で、うっかり安藤が、「以前付き合っていた女性も、美奈さんとそっくりな騎龍観音を彫っていた」と口を滑らせたことがあった。美奈がそれは誰ですか? と追及すると、慌てて、そのことは忘れてくれ、と口を噤んでしまった。
 三浦の前でいれずみの話をすることは、気が引けた。三浦にいれずみがあるあばずれ女だと思われることは、辛かった。
「二人とも雅子に彫ってもらっていたんだったな。しかし同じ図柄をしてるのは、他にもいるんじゃないんか?」
 鳥居が意見を言った。
「いえ、卑美子さんはあの騎龍観音は、女性には、千尋さんと私の二人にしか彫ってないと言っていました。卑美子さん独特の繊細な絵なので、他の彫り師には真似できないと思います。だから、私の前に付き合っていたのは、千尋さんに間違いないと思います。それに……」
「それに、何ですか?」
 三浦は先を促した。
「昨夜、私は安藤に千尋さんからお金を欺し取り、殺したのじゃないか、と問い詰めました。安藤は俺は千尋を殺していない、と否定していましたが、それでも、結婚詐欺でお金を欺し取ったのでしょう、罪を償ってください、と迫りました。そして、逆上した安藤に、危うく絞め殺されるところでした」
「何だって? 殺されかけたのですか?」
 三浦が驚いて訊き返した。
「はい。何とか抵抗して、逃げてきましたけど。危ないところでした。助かったのは、奇跡としか思えません」
 美奈はその奇跡の内容を話したかったのだが、信じてもらえそうにないので、やめておいた。
「それで、その安藤はどうしたのですか?」
「わかりません。私は無我夢中で逃げ出してきたので、その後どうなったかは。自分の家に逃げ込んでも、後を追ってこられるのじゃないかと不安で、厳重に施錠して寝てしまいました」
 それから美奈は安藤について、知っているデータを三浦と鳥居に話した。
「木原さんにもN市の職員と言っていたわけですね。千尋さんにもそう話していたそうで、我々も市役所を当たったのですが、該当する人物は見つかりませんでした。しかし、そのときは偽名とおおよその年齢だけでしか調べませんでしたが、もう一度その写真をお借りして、当たってみます。南区の住所もでたらめだと思いますが、何らかの土地鑑を持っていて、見ている人もいるかもしれませんからね」
「だから一度も家に呼んでくれなかったのですね。車で近くまで行きながら、家の前までは送らせてもらえませんでした」
 三浦は千尋が以前勤めていた足立商事で、かなりの不正を行っていたことを話した。しかし、一億円にも及ぶ横領をしながら、生活は質素だったこと、だから横領をした金はほとんど背後にいた男へ渡っていたのではないかと思われることを話した。
「千尋さん、一億円も横領していたんですか? いくら男に貢いでいたとはいえ、とても信じられません。その男が安藤なんですね」
 美奈は千尋がそこまでひどいことをするとは、とても信じられなかった。
「その辺は僕も同感です。昨日、会社に聞き込みに行きましたが、当時の部長の話がどうも腑に落ちない点が多いのです。それ以上のことは今は話せませんが、あるいは千尋さんは犯罪に巻き込まれていたのかもしれません」
「おい、もうそれぐらいにしときゃあ」
 隣で鳥居が三浦を制止した。あまり捜査のことを漏らすわけにはいかないようだ。
「今日はとても参考になりました。また何かあれば、ぜひ連絡ください。それから、無茶なことは絶対しないでください。殺されてしまっては、元も子もないですからね」
 篠木署を出たとき、雨が本降りになっていた。出勤の時間まではまだ間があるので、どこかで寄り道をしていくことにした。
 安藤に殺されかけた事件は、あまりにも重苦しく、親友のルミたちにはとても話せなかった。
 ただ、三浦の話から、千尋は足立商事の横領事件に巻き込まれた可能性があることを知った。ひょっとしたら、千尋を殺害したのは、安藤ではなく、横領事件の関係者の可能性もあることに気づいた。三浦が話そうとして、鳥居が制止したのは、そのことなのかもしれない。

 翌日、捜査本部に、JR中央本線春日井駅の南にある、ウィークリーマンションの管理人から、二年前の一〇月上旬に、短期間千尋が滞在していた、との情報が寄せられた。三浦と鳥居はそのウィークリーマンション、パレス春日井に急行した。
 パレス春日井の管理人によると、千尋は二〇〇三年一〇月六日に一週間の契約で入居したという。しかし、四日後の一〇日の夜までは滞在を確認していたが、一一日にはもういなくなっていた。
 そのときは一週間という契約だったが、早めに退去したのかと考えていたそうだ。
「出て行くなら出て行くで、一言挨拶ぐらいすればいいのに、と頭に来てましたが、料金は一週間分前金でいただいてましたし、荷物もなかったんで、そのままにしてたんです。それが先日新聞を見て、ひょっとしてここに泊まったことがある人じゃないか、と思って、以前のファイルを探したら、やっぱりそうだったんで、連絡したのですが。幸い本名で申し込んでいましたから」
 管理人は事情を話した。
「遺留品などはなかったんか?」と鳥居が尋ねた。
「はい、うちのマンションは必要な家具などはだいたい揃っているんで、そのお客さんは大きなバッグ一つで来ました。いなくなったときは、せいぜいごみぐらいしか残っていませんでしたよ」
「そいつはもう残ってないのか?」
「そりゃ、ごみなんてもう捨てちゃいましたよ。いちおう契約だったし、また戻るかもしれないので、一二日まではそのままにしておきましたが、戻らないし次のお客さんのために部屋を空けなきゃなりませんからね。たいしたもんじゃなかったし」
「そのごみをほかってまった(捨ててしまった)のはちょっとまずかったな」と鳥居は凄んだ。
「そんなこと言われても、契約期間が切れるまでは手を触れず、そのままにしておいたんですし、まさかそのお客さんが殺されている、なんて思いもよりませんでしたから」
 管理人は恐縮した。
「まあ、鳥居さん、それは仕方ないですよ。それで、一〇日の夜、誰かマンションを訪ねてきた人を見ませんでしたか?」
 今度は三浦が替わって尋ねた。
「もう二年も前のことですからね、あんまり覚えていないんですよ。それに夜遅くなれば、私たちも寝てしまうので、ずっと気をつけている、ってわけにはいきませんしね」
 結局たいした収穫はなかった。
 だが、じょうじょうちょう上条町から遺体が発見された外之原峠は近い。車を使えば、混雑のない夜間なら、三〇分とかからないだろう。千尋はおそらくこのマンションで殺されるか、誘い出されるかしたのだと思われる。それがわかっただけでも、進展といえた。