幕末掃苔屋 公式ブログ

幕末掃苔屋のブログです。掃苔録不定期更新中。ご意見、ご感想はご自由にどうぞ。

川路と来嶋又兵衛

2011年03月30日 | 川路利良

遊撃隊を組織し、禁門の変で壮烈に散った長州藩士・来嶋又兵衛。
この来嶋を撃ったのが、川路利良だという説があることをご存じでしょうか。
『訂正補修 忠正公勤王事績』(中原邦平)には下記の記載があります。

来島と云ふ人は勇将でありますから、手下にも弱卒はない。
且つ力士隊と云ふやうな勇壮な者も居りますから、無暗に蛤御門を撃ち破って御所内に進入した。此處は會津が守つて居たが、會津の兵は殆ど将棋倒しに倒れたさうであります。所が薩州の兵が乾御門の方からやつて来て、後ろから撃出した。来島は馬上で、金の采配を以て指揮して居たさうですが、薩州の川路利良と云ふ人が、アノ大将を狙ひ撃ちをしたら勝てると云ふので、来島を狙撃して撃ち落した。其の死骸は力士隊の力士が引つ擔いで、山崎に引取りましたが、来島が死んでから總崩れとなりました。

ウィキペディアにも川路が狙撃したと書いてあります。
しかし川路側の資料には来嶋を撃ったという記録はありません。
禁門の変後に川路が家族に送った手紙にも、篠原秀太郎を打留めたことは記されていますが、来嶋については記されていません。
しかし川路は自らの戦功を口にしなかったというので、記載がないから事実無根とは言い切れません。
事実か否かはともかく、川路が討ったという記録がある以上、川路の追っかけを自任する私としては来嶋の墓を訪ね、合掌掃苔せねばと思いました。
墓所を調べたところ、京都府東山区清閑寺霊山町の京都護国神社、山口県光市室積の峨嵋山護国神社、山口県美祢市西厚保町本郷の高岡墓地の三ヵ所にあるようです。
美祢市の墓には夫婦で葬られているようなので、そちらを訪れることにしました。

新幹線で厚狭駅に出て、そこからJR美祢線で厚保駅へ向かいます。
美祢線は2010年7月の大雨による被災で運休しており、代行バスが運行しています。
しかし便は少なく、日暮れまで時間もなかったのでタクシーを使いました。
2740円かかりました。
来嶋の墓の詳しい場所は伝記などにも記されておらず、頼れるのは石原博之さんが管理している「竜馬が長州をゆく」というホームページに掲載されていた情報のみです。
ホームページに掲載されている地図を見る限り、来嶋の墓があるのはどうやら寺の墓地ではないようです。
中国自動車道をくぐってから右に曲がり、畑の横の道をしばらく登っていくと、道が三本に分かれています。
右の道を進みましたが、どうやら間違いのようです。
次に左の道を進みましたが、これも間違いのようです。
最後に真ん中の、左右が草木に囲まれた薄暗い道を進みました。
「この道で合っているのかなあ」と不安に思いつつしばらく進むと、藪の奥にチラリと墓石らしきものが見えました。
やがていくつもの墓石が姿を現しました。
ほっとしましたが、なかなか難易度が高そうな墓地です。
墓地というよりも、墓山というほうがイメージに近いかもしれません。
夕方ということもあって人っ子一人おらず、ちょっと不気味な雰囲気です。
「竜馬が長州をゆく」に掲載されていた「墓地の一番高いところ」という情報と、掃苔屋としての勘を頼りに墓山を登ると、藪の奥に「来嶋」と彫られた墓石を見つけました。
来嶋又兵衛の一族の墓域でした。
墓域の入り口が藪で覆われていた時点で予想はしていましたが、かなり荒れていました。
数年前に掃苔した大楽源太郎の墓を思い出しました。
あのときは墓石にトカゲとムカデが這っていました。
藪をかき分け来嶋の墓域に入ると、墓の前にいた茶色のムクムクしたものが逃げていきました。
よくわかりませんが、野うさぎではないかと思いました。

私にとって来嶋又兵衛というと、川島雄三監督の映画「幕末太陽傳」の印象が深いです。
河野秋武演じる来嶋(映画では鬼島)は、厳格でお堅い印象のキャラクターづけですが、その彼がハマってしまったのが遊郭通いでした。
同郷の藩士には遊郭通いをいさめている人物が、こっそり女郎に熱をあげていると知った高杉晋作らは、フランキー堺演じる居残り左平次に相談し、一計を案じます。
結局、来嶋は高杉らにまんまと騙され、百両をせしめられてしまいます。
なおフランキー堺は、川路利良の嗣子となる利恭の弟の孫にあたります。
そのため昭和四年に川路生誕地記念碑が建てられた際と、平成二年に川路の銅像が建てられた際には式典に出席しています。

日が暮れる前になんとか来嶋又兵衛の墓を掃苔することができ、ようやくほっとしました。
「竜馬が長州をゆく」の情報がなければ、絶対にたどり着くことはできなかったと思います。
なお、墓所から2キロほど離れた厚保小学校のプールの横には、来嶋の銅像が建っています。
来嶋らしく、古武士然とした凛々しい像です。


※墓の写真は探墓巡礼顕彰会のブログで掲載しているので、よろしければご覧になってください。
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旅はひとまずこれで終わり

2011年03月29日 | 掃苔録

広島県と山口県に行ってきました。

『侍たちの警視庁 改訂版』のためここ半年間は頻繁に旅をしてきましたが、それも今回で区切りになります。
今回の旅で『侍たちの警視庁 改訂版』をつくる上でどうしてもお参りしたかった方々の墓はすべて訪れることができました。

今回の目的は、寺嶋忠三郎、来嶋又兵衛、長井能道、月性、小山内健の掃苔です。
小山内の墓だけが広島県で、あとは全て山口県です。
これから数回にわたり、彼らについての紹介を交えながら旅の報告をしたいと思います。

最初に、山口県美祢市にある来嶋又兵衛の墓について紹介したいと思います。
この記事は、私が所属している探墓巡礼顕彰会のブログで掲載したいと思います。
ご覧いただければ幸いです。

アドレス
http://blog.goo.ne.jp/tanbo_jyunrei


※写真は広島のお好み村にある『ちいちゃん』で食べた「ちいちゃんスペシャル」
十数年ぶりに食べましたが、あいかわらずうまくて感動しました

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釣洋一先生の講演

2011年03月28日 | その他

第35回江戸史談会に参加しました。
今回の講師は釣洋一先生で、テーマは「人斬り鍬次郎の血脈」です。

講演ですが、「やっぱり一流の研究家はすごい!」と感心させられる圧巻の90分でした。
詳しい内容は書きませんが、釣先生のお店「幕末酒場・新選組屯所/春廼舎」で釣先生に直接お訊ねすれば教えてくださるのではないかと思います。

印象深かったのは、「八割は判明していても残りの二割が判明していないので発表できていないことがたくさんある」という言葉です。
私などは「判明しているところだけでも発表すれば良いのに」と思ってしまいます。
しかし釣先生は「裏づけが取れるまでは書かない。いや、書けない」とおっしゃいました。
土方歳三の足跡を辿って旧中山道575キロ・旧東海道540キロ・旧会津西街道ほか588キロを踏破したこだわりの研究家、釣先生らしいと思いました。

山のようにたくさんの史料に目を通し史実を突き止めていく様は「まるで金田一耕助のようだ」と思っていると、釣先生の口から「歴史は推理だ」という言葉がでました。
名言だと思いました。

釣先生の最新の研究成果は、「蘇生新選組実記」と題して発表していく予定とのことです。
今からとても楽しみです。


※写真は私がボトルキープしている焼酎「春廼舎」です。
節電のためか会場が暗く、講演中の釣先生はうまく撮影できませんでしたもので。


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四十七都道府県幕末維新掃苔録 番外編②

2011年03月27日 | その他

記念館や施設に続き、今回は幕末維新関係の像をまとめてみました。
像については旅先であまり熱心にまわっていなかったので、ちょっと後悔しています。
なお東京にある像は除いています。
ご了承ください。


北海道
土方歳三  函館市五稜郭町 五稜郭タワー
丹羽五郎  せたな町北檜山区 白虎隊墓所

山形県
清河八郎  東田川郡庄内町清川 清川神社

福島県
松平容保  会津若松市東山町慶山 愛宕神社
白虎隊1  会津若松市駅前通り 会津若松駅
白虎隊2  会津若松市一箕町飯盛山下2 白虎伝承史学館
中野竹子  会津若松市神指町大字黒川字薬師愛川原
二本松少年隊  二本松市郭内4 二本松城
安藤信正  いわき市平字薬王寺台3 松ヶ岡公園

茨城県
徳川斉昭  水戸市千波町 千波湖畔
徳川慶喜  同上
藤田東湖  水戸市梅香1-2-20
田中光顕  東茨城郡大洗町 幕末と明治の博物館
藤田小四郎  つくば市筑波 筑波山神社

栃木県
板垣退助  日光市上鉢石町1300

群馬県
小栗忠順  高崎市倉渕町権田169 東善寺
栗本鋤雲  同上

神奈川県
井伊直弼  横浜市西区 掃部山公園

富山県
斎藤弥九郎  氷見市幸町 朝日山公園

福井県
松平春嶽  福井市宝永3-12-1 福井市立郷土歴史博物館
橋本左内  福井市左内町7 左内公園
由利公正  福井市 福井市中央公園
武田耕雲斎  敦賀市松島町 烈士墳墓

長野県
佐久間象山  長野市小島田町 八幡原史跡公園

岐阜県
所郁太郎  大垣市赤坂町 赤坂本陣公園
板垣退助  岐阜市 岐阜公園

静岡県
清水次郎長  静岡市清水区南岡町3-8 梅蔭禅寺
江川坦庵  伊豆の国市中字鳴滝入268 反射炉入口
中条金之助  島田市 牧之原台地

滋賀県
井伊直弼  彦根市金亀町 彦根城

京都府
坂本龍馬  京都市東山区円山町 円山公園
中岡慎太郎  同上
桂小五郎  京都市中京区河原町御池 京都ホテルオークラ

大阪府
緒方洪庵  大阪市中央区北浜3-3-8 適塾

島根県
玄丹お加代  松江市灘町 白潟公園

山口県
高杉晋作  下関市吉田1184 東行庵
井上馨  山口市湯田温泉2 高田公園

愛媛県
楠本いね  西予市宇和町卯之町4 宇和町先哲記念館

高知県
中岡慎太郎  室戸市室戸岬
坂本龍馬  高知市浦戸 桂浜

福岡県
野村望東尼  福岡市中央区平尾 平尾山荘

長崎県
グラバー  長崎市南山手町8 グラバー園
坂本龍馬  長崎市風頭町伊良林 風頭公園

熊本県
谷干城  熊本市千葉城町 高橋公園
横井小楠  熊本市沼山津 小楠公園

鹿児島県
小松帯刀  鹿児島市山下町5-3 宝山ホール前
島津斉彬  鹿児島市照国町19-35 照国神社
西郷隆盛1  鹿児島市城山町4-36
西郷隆盛2  鹿児島市武2 西郷公園
大久保利通  鹿児島市西千石町1 甲突川左岸緑地内
川路利良1  鹿児島市鴨池新町10-1 鹿児島県警察本部前
川路利良2  姶良郡横川町民部塚


※写真は私が好きな斎藤弥九郎の像です。

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山田風太郎先生の「警視庁草紙」②

2011年03月25日 | 侍たちの警視庁

この作品の準主役として、川路利良は登場します。
それまで警察関係者以外にはあまり知られることのなかった川路が、一般に知られるようになったのは、この作品と司馬遼太郎先生の「翔ぶが如く」によるところが大きいと思います。
山田先生は「警視庁草紙」の他にも、「明治断頭台」と「巴里に雪のふるごとく」で川路を準主役として描いています。
「警視庁草紙」はNHKにより「山田風太郎 からくり事件帖 警視庁草紙より」というタイトルでテレビドラマ化もされました。
放送を見逃してしまった私は、有料衛星多チャンネル放送「スカパー!」で再放送が行われることを知ると、この番組のためだけに「スカパー!」に加入しました。
川路利良役は近藤正臣さんで、元南町奉行のご隠居と対峙する冷徹強靭な警視庁初代長官を好演しています。

その「警視庁草紙」の著者である山田風太郎先生の掃苔のため、東京都八王子市上川町の上川霊園を訪れました。
八王子駅から西東京バス上川霊園行きに乗り、40分ほどで終点の上川霊園に着きます。
1区1番34号にある山田先生の墓には「風ノ墓 山田家」と彫られ、墓誌には「風々院風々風々居士」と彫られていました。
なお山田先生の家には、ご先祖が仙石騒動に関わったという話が伝わっているそうです 。
仙石騒動を調べてみると、山田八左衛門という人物が中追放という裁決を受けていました。
この人物が山田先生のご先祖なのでしょうか。
仙石騒動の調査は私のライフワークの一つなので、いつか別の面から山田先生のことを調べることになるかもしれません。

おわり


※写真は上川霊園にある山田風太郎先生の墓誌


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