幕末掃苔屋 公式ブログ

幕末掃苔屋のブログです。掃苔録不定期更新中。ご意見、ご感想はご自由にどうぞ。

映画「半次郎」を観てきました

2010年10月26日 | その他
映画「半次郎」を観に行きました。
小さい劇場で、お客は20人くらい入っていました。
客層は、年配の男性と若い女性が多かったです。

席についてから上映まで少し時間があったので、「大警視川路利良随想」という本を読んでいました。
今、川路利良について本にまとめようと思っているので(同人誌ですが)、おさらいです。
本には、鹿児島では多くの方が「川路のために多くの鹿児島の青年が西南戦争で命を落とした 
川路は人間じゃない」と思っていると書かれています。
川路のことを調べていると、同じような記述をたまに目にします。
「半次郎」を見に来ている方の中にも、川路にたいしてそのような感情を持っている方がいるのだろうか、
と思いました。

映画のストーリーですが、中村半次郎の維新前の京都時代と西南戦争をメインに描かれています。
中村や私学校党幹部のエピソードが作中にたくさんちりばめられていました。
私が追っかけをしている川路利良はこの映画にはまったく登場しませんでした(名前だけは登場)。
この映画では永山弥一郎が重要人物として描かれています。
映画の中での永山の最後は、数十人を斬った後に自決という壮絶なものでした 。
映画の終盤で、村田新八が城山でアコーディオンを奏でるシーンがありました。
同じようなシーンはドラマ「田原坂」でもありましたね。
曲は「半次郎」「田原坂」ともに、ラ・マルセイエーズでした。これは史実なのでしょうか。

主演の榎木孝明は自顕流の心得があるそうで、動きにキレを感じました。さすがです。
しかしパッと見の印象で言えば、私が持っている中村半次郎像とは違いますね。
私が勝手に持っている半次郎像に近い人物は、城島健司です 。

※写真は「軍監 中村半次郎藤原朝臣利秋」と彫られている宇都宮報恩寺にある灯篭

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近況報告

2010年10月24日 | お知らせ
19日、矢立茶屋に行きました。
お店の奥さまと一時間ほどおしゃべりをしていると、なんとあさくらゆう先生がいらっしゃいました!
先日は千葉束の史料をいただきましたが、そのお礼を直接お伝えすることができました。
その後はいろいろとおしゃべりを楽しませていただきました。
講演前のお忙しいなか、ありがとうございました。
あさくらゆう先生の講演会「龍馬の許婚 千葉さな 今明かされる真実」は11月6日(土)13時30分
からです。
事前申込み制です。申し込み方法については、当ブログの「あさくらゆう先生講演会のお知らせ」
をご覧下さい。
残りの席はあとわずかとのことですので、興味のある方は急ぎお申し込みください。

23日は幕末酒場・新選組屯所で釣洋一先生のご講演「逆算・龍馬殺害の方程式」に参加しました。
講演の内容は、殺害のターゲットは龍馬ではなく、武力討幕の急先鋒・横山勘蔵こと中岡慎太郎
であったというものでした。
陸援隊に潜入していた新選組の密偵・村山謙吉などについても紹介され、興味深いものでした。
内容に興味のある方は、ぜひ幕末酒場・新選組屯所に足を運び、釣先生に直接お聞き下さい!
講演のあとは懇親会でした。
釣洋一先生はもちろん、「会津いん東京」の大佗坊さま、古写真研究家の森重さま、幕末史研究会
の松本さま、他にもたくさんのとても濃い方々とご一緒できました。
初めてお会いする同好の方々もおられ、ひさびさの痛飲となりました。

24日は映画「半次郎」を見ようと思い六本木に行きました。
「半次郎」の主人公・中村半次郎については以前「中村半次郎」という漫画の原作(コミック
「疾風」に掲載)をやらせていただいたこともありましたので、思いいれはありました。
しかし上映時間を間違えたため、見ることができませんでした。
うかつでした。
「半次郎」がいつまで公開されるのかわかりませんが、急がねばなりません。
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山口県まで足を伸ばしました

2010年10月19日 | 侍たちの警視庁
山口県に行ってきました。
萩市の徳隣寺で林三介、海潮寺で長井雅楽、保福寺で金子重輔、長寿寺で入江九一と河上彌市を
掃苔しました。
萩を訪れるのは今回で三度目ですが、いつもレンタサイクルでのんびり掃苔を楽しんでいます。

今回の一番の目的は、発足時の警視庁で旧長州藩士としては最高位であった林三介の掃苔です。
警視庁時代の林には、海軍ヶ原殺人事件の解決や萩の乱での前原党捕縛などの功績があります。
林の墓はずいぶん前から探していて、三年ほど前に一坂太郎先生より、菩提寺が徳隣寺であることを
ご教示いただきました。
そしてこの度ようやく掃苔することができました。
一坂先生にお礼を言えればと思い、先生のお勤め先である萩博物館に行きましたが、本日はお休み
とのことでした。

ちなみに今回掃苔した長井雅楽と入江九一は、私が愛読している幕末大河漫画「風雲児たち(幕末編)」
の最新刊(第十七巻)に登場しています。
「風雲児たち」と出会ったのは十年ほど前ですが、それ以来「私が好きな連載漫画ランキング」の
一位に君臨し続けています。
作者のみなもと太郎先生は、年に何回かファンと接する機会をつくってくださるので、毎年ご挨拶を
させていただいています。
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島根県にも行きました

2010年10月18日 | 侍たちの警視庁

島根県に行ってきました。
松江市では常教寺で高橋長信、光徳寺で玄丹お加代、月照寺で松平斉貴を、浜田市では
長安院跡で浜田藩主・松平家の掃苔をしました。

高橋長信については以前にも書きましたが、刀工で川路利良の愛刀を鍛えた人物です。

玄丹お加代は山陰鎮撫使幹部の川路利恭を感服させ、松江藩の窮地を救ったといわれる
義侠心溢れる女性です。
ここに出てくる川路利恭ですが、この名は大警視・川路利良家系図に記載されているので
同族と思われます。
家系図によれば、川路利恭の家が本家のようです。
松江の郷土史の先生にも調べていただいたのですが、残念ながらそれ以上のことはわかり
ませんでした。

松平斉貴は松江藩九代目藩主です。
放鷹・相撲・西洋時計収集に熱狂し「ヤンチャ殿様」と呼ばれています。
私の先祖の仲人をしてくれたと伝わっているため、十数年前から調べ続けています。
月照寺宝物殿には斉貴コレクションである鷹眼巻(鷹の目玉の種類を記した図鑑)や、放鷹で
捕らえた鶴の足の皮を張って拵えた刀の鞘などが展示されており、そのマニア度に感心させ
られます。

浜田藩主・松平家は、竹島事件により棚倉へ転封となっています。
竹島事件とは、回船問屋の会津屋八右衛門が浜田藩の財政を助けるため竹島(現在の鬱陵島)
で密貿易を行い、幕府の知るところとなった事件です。
藩は棚倉へと転封、会津屋と家老は切腹、藩主の松平康任は幕府老中首座をつとめていま
したが辞任に追い込まれ、永蟄居を命ぜられました。
浜田藩が厳罰に処されたのは竹島事件だけによるものではなく、松平康任が仙石騒動で獄門
に処された出石藩家老・仙石左京に力を貸していたことも原因だと言われています。
仙石騒動を調べている私としては、いつか訪れたいと思っていた史跡でした。

松江を訪れるのは今回で三度目でしたが、月照寺と松江城と小泉八雲旧居には常に足を運んで
しまいます。
松江城内では「オープン・マインド・オブ・ラフカディオ・ハーン」という小泉八雲に捧げる
造形美術展が開催されていました。
地元のテレビ局が来場者に取材をしており、私にもコメントを求めてきました。
八雲について熱く語らせていただきました。

※写真は浜田藩主・松平家の墓
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鳥取県で掃苔

2010年10月17日 | 侍たちの警視庁
鳥取県に行ってきました。
鳥取市では芳心寺で松田秀彦、大雲院で池田慶徳を、境港市では正福寺で景山龍造を掃苔
してきました。

松田秀彦は明治八年に警視庁に出仕し西南戦争にも出征していますが、辞職後に大久保利通
暗殺事件に関与したため逮捕された人物です。
出獄後の松田は武道家として知られています。
松田秀彦の没年がわからなかったので、墓石に彫られていることを期待していました。
どうやら墓の裏側に彫られているようなのですが、暗くてぼんやりとしか見えません。
デジカメの夜景モードで撮影したり、フラッシュで撮影したりと色々試しましたが、
どうしても読めません。
しょうがないので、文字が彫られているあたりを指でなぞって解読することにしました。
何度かなぞっているうちに、「昭和十四年」と彫られていることがわかり、歓喜しました。

境港では水木しげる先生ゆかりの地巡りをしました。
私にとって水木先生は特別な存在です。
いつからファンになったのかはっきりとは覚えていませんが、幼少の頃サンタクロースに
「プレゼントは水木しげるの絵本をお願いします」という内容の手紙を書いた覚えがあります。
中学生の頃には貸本時代の作品を読み始め、
高校生の頃には水木先生サイン入りの「墓場鬼太郎」を手にいれるために二万五千円をはたき、
社会人数年目には大水木展のプレス発表会場で生の水木先生と同じ空間にいられたことに狂喜
しました。
そんな私にとって、境港はいつかは必ず訪れたい聖地だったのですが、実際に行ってみると
水木しげるロードのあまりの人の多さに辟易しました。
それでも境港駅前にあるタヌキ(河童の三平に登場。水木作品の中で私が一番好きなキャラクター)
の像を撫でたときは、長い間楽しみにとっておいた夢が叶った喜びを感じました。

境港の観光スポットでは、個人的には「海とくらしの史料館」が気に入りました。
日本一のはく製水族館とのことで、3メートル近い巨大マンボウや4メートル越えのホホジロザメ
が見どころです。
変わり種の展示はウナギ・カニ・フグ類のはく製コレクションで、シュールさの中にもこだわりを
感じました。
水木しげる記念館の混雑ぶりは想像を絶しましたが、海とくらしの史料館は最初から最後まで、
ただ一人の客とも出会うことはありませんでした。

※写真は松田秀彦の墓
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