Are Core Hire Hare ~アレコレヒレハレ~

自作のweb漫画、長編小説、音楽、随想、米ラジオ番組『Coast to Coast AM』の紹介など

056-作戦会議

2012-11-29 22:10:21 | 伝承軌道上の恋の歌

 街は賑やかだ。あたかもデウ・エクス・マキーナの最大級のイベント『管理‐kanri‐』の前夜祭。すごい。日もかわろうというのに昼間並みの人がいて、その多くがデウ・エクス・マキーナの端末化=コスプレをしてる。本来ならアノンもこの喧騒の真中にいるべきはずだ。ハンチングを目深にかぶったアノンが彼らの誰にも見つからないことを祈りながら僕達は人の波をかき分けていく。
 それはスクランブル交差点にも程近い街の繁華街の裏通りにひっそりとあった。もしここがアノンの言うとおりウケイの診察所なら、彼は雲隠れした後も何度も僕を見ていたはずだ。そして彼の患者だったヨミも。アノンに促されるままに細い路地を連れ立って行くと、ふと物陰でガタッと何かが動いた。思わず足がすくむ。しばらく身じろぎせずに様子を伺っていると切れかけた街灯が点滅したその陰で一人、マキーナ姿の女の子が泥酔の末嘔吐しているのが見えてほっと胸をなでおろす。
「…ここ」
 そう言ってアノンが指さすのは、何の看板も掲げられていない、表に建ちならぶ飲食店の勝手口にしか思えない安っぽいアルミ製のドアだった。アノンはこともなげに入り口に敷いてあるマットをめくって鍵を拾うと、僕達が唖然とする中、平然とドアを開けた。
「…ここがウケイ先生の隠れ家…」
 アキラがつぶやく。こんなすれ違いそうな近くでウケイ先生が隠遁してたことはアキラにとっては裏切りにも思えたかも知れない。
「…すごい」
 そこは外見とは裏腹に狭いながらも最新鋭の医療機器の設備の整った『診療所』だった。思わず息を飲んでしまう。奥にある一段高いベッドとそれを取り囲んでいる様々な機器から察するに手術用のものだろう。そしてそれはどこか僕達が閉じ込められたあの部屋にも似ていた。身を隠しながら闇医者でもして食いつないでいたのかも知れない。


 ウケイ先生の空白の間を埋めるようにくまなく観察する。入り口すぐ左手にあるデスクには山と積まれた書類の間にわずかに開いたスペースには写真立ていくつか並んでいて。往時の父親とその同僚たち、僕とヤエコが写っていた。ふと手にとってたそのひとつには先生の意外な『患者』が写っていた。
「これは…」
 病院らしきベッドに座っているヨミとウケイの二人が笑顔で並んでいた。そしてこのデスクに向かったウケイの視線が自然とむかうであろう場所にあったものは写真立てだ。額に飾られた写真の中でくまのぬいぐるみを抱いているのはまだ三歳かそれくらいの女の子だ。バストアップで女の子が大きく写り込んでいて背景があまりよく分からないが、どうも見覚えがある。そうだ。これは僕達が閉じ込められていたあの部屋だ。そして不機嫌そうにこちらを見つめている少女の首筋にはあの『識別番号』が刻まれていた。判読できるかどうかぎりぎりの大きさだったが僕達はすぐに知ることができる。それが元から知っているものだったから。
「シルシ君、これって…」
「…アノン、アノンだ。アノン、これはお前だ、お前なんだな…?」
 僕はその証拠をつきつけるように写真をアノンの前に差し出した。アノンはただ僕を見てゆっくりとほんの少し短く唇を動かした。『パパ』アノンは確かにそう言った。
「パパ?パパだって?!」
 僕はただその言葉に愕然として、それ以上思考が奥へと進まなかった。ただ認識した言葉を音にしただけ。そんな気分だった。
「ウケイ先生がアノンちゃんのお父さん…?…そうだ!そうだよ。それで分かった」
 アキラは顔の前で小さく手を叩いた。
「アキラ?」
「アノンちゃんはあの研究室で生まれたんだ。それならシルシ君よりあの番号が若いのも説明がつくんじゃない?
シルシ君は物心ついてない頃、多分三歳くらいまでにここに連れてこられた。だからシルシくんより年下のアノンちゃんの方が先にあの研究所にいた。そうだ、そうだよ」
「なるほど…」
「でも、アノンちゃんは献体をさせられた。ウケイ先生の子供なのに?」
「多分、アノンちゃんの母親にある…でもこれ以上は…」 
 そうか。アノンの母親がレシピエントだったんだ。しかしウケイはレシピエントとして連れてこられた女性と結ばれた。できればずっと秘密にしておきたかっただろう。しかし、それはきっとうまく行かなかった…僕が救われたようには。幼いアノンの写真の隣に寄り添うように並んでいるこの女性が…彼女はどこかアノンにその面影を映しながらも儚げで悲しい目をしているように僕には思えた。

…つづき

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