Are Core Hire Hare ~アレコレヒレハレ~

自作のweb漫画、長編小説、音楽、随想、米ラジオ番組『Coast to Coast AM』の紹介など

イナギ01-ヨミを待つ

2012-11-30 23:20:37 | 伝承軌道上の恋の歌

 僕は誰もいない廊下でソファに腰掛けて、ヨミを待っていた。ドアを隔てた向こうにヨミはいて、僕は早くドアが開くのを祈るようにして右足を小刻みに揺らした。ヨミは今かかりつけの主治医に『診察』を受けているところだ。そして僕達がいるこの路地裏の建物をヨミは『診察室』と呼んでいる。
 ドアの向こうでかすかに物音がしてからゆっくりと灰色のドアが開く。
「お待たせ」そう言ってヨミは僕に笑いかけてくれる。
 白い肌にかかったウェーブのかかった灰色の髪がすごく綺麗だった。白いレースのワンピースは胸もとのボタンが三つくらい空いていて、ヨミはそれを白く細い手でひとつずつ丁寧に留めていくのを僕は苦々しい思いで見つめていた。そのヨミの向こうにはメガネをかけた白衣姿の中年男性の姿が覗く。椅子に座ってカルテを整理しているようだ。ヨミを穢すな。僕は心で彼を呪いながら、重たい鉄のドアを勢い良く閉めた。
「イナギ?」ようやくボタンをヨミが不思議そうにつぶやく。
「…行こう」
 そう言って僕は傍らにおいてあったコートをヨミの方にかけて、彼女の腕を掴むと足早に研究所を後にした。僕が黙っていると、ヨミも無理には話しかけようとしない。もう夕暮れ、繁華街を抜けるとその先にスクランブル交差点が見える。
「…イナギ、またあの人を見たの?」
 ヨミは僕が不機嫌な理由をあの男に求めた。
「ああ、見たよ。ここでね。昨日の朝」
「そう…だから…」
「ただの自己満足だよ、あんなの…」
「頑張ってやってるのにそんなふうに言ってはダメよ」
「いや、本当は見つかって欲しくなんてないんだ。一生ああやっていられるんだからさ。人って何にでも楽しみを見つけられるもんなんだよ。ヨミ、僕は考えるんだ、大昔の神殿を作るために毎日大きな石を運ばされた奴隷だって、きっと自分なりの工夫をして楽しもうとするんだ。そうしてる時点で、自分の境遇を受け入れてることになるんだから負けだけど。僕達だって知らず知らずの内にそうしてるんだ。これまでやってきたこと、毎日やることをリストにしていちいち思い出して理由をつけてるわけじゃないからね」
「イナギは色々考えているのね」
「ああそうさ。すごいだろ?」
「うん。そうね」
 僕は肘掛においたヨミの白い手に触れた。一瞬ヨミの身体がかすかに硬くなるのが僕には分かった。だから僕はその手を離した。その一番の事実に僕は黙ってしまう。ぐるぐると色んな後悔が頭を回って僕はよけいに歩調を早めた。

…つづき

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