Are Core Hire Hare ~アレコレヒレハレ~

自作のweb漫画、長編小説、音楽、随想、米ラジオ番組『Coast to Coast AM』の紹介など

058-私、歌いたい(後編)

2012-12-05 22:03:43 | 伝承軌道上の恋の歌

× × × × × × × × × × × × × × × × × × ×
 僕は机に軽く身体を持たせて、診察用のベッドに並んで座る二人に向ってる。
「じゃあ、話すよ…」
 最初の言葉はほとんど吐息と混じってかすれて消えた。
「アノン、確かにお前の言う『ゆらぎ』には二人の名が刻まれていた。一つはマキ。そしてもう一つ。その名の持ち主がマキを連れて逃げた。どうやってあの研究室から逃げ出せたのか?…いいか?それはヤエコと同じやり方だったんだ。その方法は替えのきかないただ一つの方法だった。しかも本当ならこの世で本人しかやれないやり方だった。それを僕ができたんだ。お前を連れだして逃げたんだ。それだけで答えはもう出てる。マキが逃げたんじゃない。できるはずもない。でもヤエコなら?彼女はちゃんとデータベースに登録されていて生体認証も難なくクリアできる。外泊のときはいつもそれで出ていたんだから。だからヤエコはそう望めばいつでもあの研究所を抜け出せた。つまりだ。ヤエコがマキを連れて逃げたんだ」
「…ウケイだってそんなこと言ってなかった…」とアノン。ウケイ先生からすればやさしい嘘のつもりだったのかも知れない。ヨミも知っていて真実を告げはしなかった。みずから研究所の、しいてはアノン自身の『闇』に近づけてしまうことを恐れたんだろう。
「そして二人は逃げたいたる先で自分たちの名前を刻んだ。マキの生まれ育った土地の文字で。それが今この街に残っている『ゆらぎ』だ。彼女たちの願いがマキーナの神話を作った。むしろ、最初は無関係だったものに、二人の命が宿ってしまったのかも知れない。荒唐無稽な話だけど、僕はそう思ってる」
「端末化…」アノンがつぶやく。
「それって、まるでスフィアそのものじゃない」アキラが言う。
「だから…だから、マキーノはいないんだ。いや、いるとすればそれはヤエコの演じた役割の一つの断片がそういうキャラクターになったのかも知れない」
 あるいは…ウケイ先生もその一端を担っているとも言える。これが神話の真相だ。実際の二人の顛末は悲劇で幕を閉じてしまったけれど。
「…分かった」
 アノンは長い沈黙を破って僕に答えた。その言葉は、この話にかそれとも僕が歌うのをやめろと言ったことにか、どちらに向けられたものか判然としなかったが。
「そうか。良かった」
 僕はただ用意していた言葉をそこに置いた。けれど、アノンの答えは僕の思いとはだいぶ違っていて
「私、歌う」
 アノンはそう言って勢い良く立ち上がった。
「…話、聞いてたよな?」僕は呆れ顔に言う。
「シルシ、違うの。私分かった。分かったんだよ。ヤエコ…それにマキ。その二人の神話がマキーナなんだ。だったら、私は今神様の住まう世界に直接アクセスできる管理者だってことでしょ?多分、南の国ならシャーマンって言ってたかも。それは誰にもできないこと。本当の神様を私だけは知ってるんだ。だったらさ、この二人をうまくスフィア化してアノンに端末化できれば、デウ・エクス・マキーナの中で一番の存在になれるはずだよね?このままでは委員会とその会員に消費されてそれで忘れられちゃうよ。象徴に、普遍的なものになるには、神話でなきゃいけない。それでいて私だけが知ってる秘密がいるんだ。ヤエコ、それにマキ…私は伝えたい。二人が確かに生きてこの世にいたってこと…」
「でも、そんな…」アキラが心配そうに言う。
 当たり前だ。追われているのにわざわざ自分から名乗りをあげるようなものだ。
「…シルシ…」
 潤んでいくアノンの両目はとある一人の名を僕に訴えてる。
「…ああ。分かってる。今だから分かるんだよ。マキーナはヤエコでもあるってことさ。そうだよ。アノン、お前が初めて僕に会った時言った言葉を覚えてるだろ?お前はヤエコのことが嘘なのかって僕に聞いた。なぜかってあんまりマキーナとヤエコが似てると思ったからだ。だから半分は当たってた。マキーナの半分はヤエコでできてるんだ。
 だから僕にだって文句を言う権利はあるはずなんだ。委員会のやり方は許せない。できることならやめさせたい」
「…だったら!」アノンが声を荒げる。
しかし僕は応じずにキャスター付きの椅子に背もたれをきしませて深々と腰掛けた。
「…少し考えさせてくれ」 
 やるなら。やるとしても。やり方が大切だ。アノンをバレずに会場まで連れていかなきゃいけない。そしてそこで歌う歌は…そうだ。アノンと僕の故郷の歌、もう一つの『マキーナの歌』じゃなきゃいけない。もし、そんなことができるとしたら…

…つづき

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