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嬉しい報告

2006-11-25 10:10:46 | Weblog
 「○○高校に受かりました」

 授業を終えてジラーフ井上(註)の周りに集まる生徒の一人Aが、上気した表情で私の顔を見ると、恥ずかしそうにそう報告してくれた。

 第一志望の高校に入学だ。私は嬉しくなって手を差し伸べた。Aはさらに恥ずかしそうに、上目遣いに私を見て、一瞬だが目を潤ませた。

 そんな彼を見ながら、私は彼とのこれまでを思い出し、心を熱くした。生徒たちからの合格報告は、全て嬉しいが、この報告は格別だ。

 Aとは何年の付き合いになるだろうか。恐らく10年近くになるだろう。Aはこれまでに何度も難局に直面して壊れかけた。それは、級友たちからのいじめだけでなく、厳しい親に命令されてやらされる受験勉強で心身ともに疲れ切ったこともあった。

 英会話の授業を終えて、その後10時近くまで学習塾に通う生活に疲れ切った時期は相当長かった。学校の授業を終えた後、部活の練習をやり、そして夜遅くまでの塾通いだ。いつも眠そうで、精気が感じられなかった。見るに見かねて、私は英会話を含めて学校以外の勉強を全てしばらく休もうと何度も持ちかけた。しかし、彼は私の母親へのアプローチを好まなかった。「大丈夫ですから親に言わないで下さい」と繰り返した。

 そこで、彼をほめる接し方に徹した。「もう君は充分に頑張った。少し休もうぜ」と、彼の地道な努力を幾度もほめて骨休めを提案した。言葉の端々から彼がほとんどほめられることなく、それどころか尻を叩かれ続けて毎日を過しているように思えたからだ。

 私の勘違いもあったようだ。彼は涙を目にため言った。

 「僕はASEに来たいんです」

 私に突き放されたと思ったAは涙で抗議した。その言葉は嬉しかったが、私は、彼の心身両面にわたる健康が心配だった。

 そんな彼が変化を見せたのは半年位前のこと。週一回しか会わない私には、彼が何をきっかけに変わったのかつかみきれなかったが、明らかに良い方に変化した。それからも彼に「どうだい?」と声を掛けるようにはしていたが、笑顔で「大丈夫です」を返してきた。

 そして、今回の合格報告だ。私は嬉しくなって何度も握手した。

 その後しばらく雑談をしていると、
「合格で安心しちゃったから学校の試験が…」
 と言った。しかし、それも以前と違って余裕の表情だ。

 しかしながら、彼のその後の言葉を聞いて驚いた。

 「前に、体育が1だったんで、何とかしたかったんですけど、(合格で)気が緩んだから今回もだめかもしれません」
 と言うのだ。

 いくら相対評価とはいえ、彼のように真面目な生徒に体育で1が付けられることに驚いた。授業態度が悪かったりすれば話は別だが、彼は友達に聞いてもそういうタイプではない。運動能力は確かに高くないかもしれないが、小さい頃からやっているスポーツでは優秀な成績を収めている。教師は一体どこを見て評価をしているのかと怒りを感じた。

 教師の理不尽さに腹を立てる私を見ると、Aは嬉しそうな表情を見せた。彼の表情にはここでも余裕が感じられた。私はそこに彼のたくましく成長した姿を見た。

筆者註:ジラーフ井上は、私が経営する小さな英会話学校のマニジャー。身長185センチの長身で、自身を馬に例えるが、私は密かに「麒麟」を彼の姿に重ねている。彼の持つ人間性は、子供たちの心をとらえて離さない。だから、授業の前後には、近況報告をしたい生徒たちが彼の周りを囲む。