ブログ日記 日々のうつろい 

退職後パソコンとガイドのボランティアをし、カラオケ(ポップス)やダンス等で生活を楽しむオジサンのブログ。

平成24年(2012)元旦 いい年になりますように…

2012-01-01 00:00:17 | 日記
 明けましておめでとうございます。

 本年こそいい年でありますように皆さまのご多幸をお祈りいたします。

 いつもは夕方から夜にかけてその日の出来事を日記という形としてブログに上げておりますが、新年の初めということで今日だけ新年になったばかりの時刻にご挨拶をさせていただきます。

 今日の出来事はいつも通り今日の夕方から夜にかけて追加することになると思います。

 ということでご挨拶だけ先駆けてさせていただきました。

 新しい年を迎え天気も良好で穏やかな日であったが、今日のこの穏やかな状況が今年いっぱい続いてくれればいいなという気持ちがするが、政治がどうなっていくのかということが先ず頭に浮かぶ。

 昨年暮れに民主党を離党した名が今日新たに新党を立ち上げたようだが、今更消費税反対と言っても膨らんでいる国の借金をどの様にして返して行くというのだろう。

 日本円がいまのところ下がってないのも他の国では既に消費税が高くなっているのでこれ以上触れる余地がないということだが、日本は未だ消費税が低いから借金を返済できる余地が残されているということに他ならない。

 だからもし日本もこのタイミングで消費税に手がつけられずにモタモタしていたら加速度的に悪化して行くのは見えているじゃないか。

 そんな読みも出来ないくらい今の政治家というのは頭が退化しているのだろうか。

 昔の様に経済活動を活発にして景気を良くし税の増収が期待できるなんてことを考えているのだろうか。

 そんな期待ができるわけがないのに未だ昔の景気のいい時の淡い幻想を抱いているのじゃないかと言いたい。

 とにかく今年はいい年になってほしいという期待が強いのは日本国民としては良く分かるけれどもそんな甘い状況ではないだろうということが言える。

 今のような四方八方塞がっているのじゃないかという閉塞感を払拭して明るい日本にして行きたいものである。

 ところで今日日の私には特筆すべきものはないが、昨日のブログにも記述したように正月だからと特別なことは何もしていない。

 ただ世間では正月ということでお節料理なんかを用意しているが、そもそもお節料理なるものを自宅で作れる女性がどれだけいるのだろうか。

 実は昨年こんなエピソードがある。

 昨年通った講座の終了後にこの講座の担当をしている中国人を傷つける発言を思わずしてしまったのだが、その同僚に私が諌められたのである。

 どういうことかと言うと、たまたまその中国人の担当者が喋った発言の中で「この間、餃子の作り方の講習に行って来た」という話を横で聴いていて、私が思わず「中国人のクセに餃子も作れないの」と言ってしまったのである。

 それに対して、その同僚から「日本人がお節料理を作れないのと同じヨ」と切り返されたものである。

 私も思わず「そうだよね」と言わざるを得なかったがだけど考えてごらんなさいよ。

 中国では餃子を日本の様に油で炒めはしないそうだが餃子というのは餃子の皮に具材を載せて包み込んで蒸すか、湯に入れるかだけど、そんなに難しいものですか。

 日本のお節料理は色々な料理をつくっておせち料理と総称しているのだから同じ感覚でものを言って貰うと困るんだけど。

 ちょっと感覚が違うと思うけどネ。 

 それはともかく、確かに最近は核家族化で家族が分裂して人や人で生活する人が多くなってきたことも大きく影響しているから教えてくれる人もいなくなったということだが、それでもお節料理を作る人は作っていると思う。

 最近の若い女性だけではないかもしれないが、どうも煮物、焼き物といった伝統的な日本料理を一切作らないようになってきたのではないだろうか。

 海外では日本食そのものが、ヘルシー食品ということで大きくもてはやされていると言うのに、その本家、本元では洋食を作ることに一生懸命で血圧を高めたり、脂肪を多く摂取するような食事を中心にセッセと作っている。

 このギャップというのは何なんだろうか。  ちょっとズレているんじゃないだろうか。

 日本人の寿命は今でこそ高く、世界の中でも長寿国だと誇れるが、今長寿なのは昔ながらの日本食中心の食生活を長年過ごしてきた高齢者が多いから長寿国となっているだけである。

 この高齢者たちがいなくなったら急激に平均年齢が落ちてきて、その地位を追われることになるだろうというのが私の予想である。

 おそらく的を得ていると思う。 食生活を見直してほしいものである。

 話が反れたが今日来た年賀ハガキを出した数に比べてどのくらい来ているかをチェックしたが、1割強少なかったのが確認できた。

 ところでこのブログを読んでる人達はどうですか。 年賀状を出した数ぐらいは来てますか。

 出したけれども来てないとなんかクヤシイ感じがして来年はもう出さないでおこうとその時は思うが正月も日過ぎてからしばらくするとこちらが出したので先方も出してくることが多い。

 そういうことが何回かあるとこの人はどうでもいいんだなということを感じるので、次は出さないでいると翌年に来たりすることがある。

 出さないなら出さないで貰った方がはっきりしているが、先方もどうしたものかと色々考えているのかもしれない。

 ところで年賀状を出さない基準をどの様にして決めているのでしょうか。

 例えば同じ組織や団体、職場等で一緒にいる期間だけ出すのか、それとも同じところに居る間は出さずに離れてから、その後の消息を知らせる為に出すのか、それともどちらのケースも出すのか、あるいは出さないのかということである。

 多分どれをとっても答えになるし、またならないし、ケースバイケースなのでしょう。

 私なりの基準で決めるしかないようですネ。

 ということで今日は私が去年出したけど先方から来なかったので、今年出さずにいたら思い出したように今年来たのでスペアで残しておいた年賀状を出すために外出した以外今日は外出していない。

 今年の第日目はもっぱらテレビを見て、ゲームをして過ぎて行く。

 

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