京都楽蜂庵日記

ミニ里山の観察記録

松本清張のジョーク的「写楽の謎の一解決」

2019年02月22日 | 文化

 松本清張著「写楽の謎の一解決」(講談社 1977)は、謎の浮世絵師である東洲斎写楽についての講演記録である。ここではまず、写楽が何者であったのかという議論をし、諸説の紹介をしている。阿波の能役者斎藤十郎兵衛門説、阿波の下絵師説、版元の葛屋重三郎説、片山写楽説などを取り上げ、一つづつ細かく検証し、いずれもその根拠の薄弱たるを述べている。さらに写楽画の特徴と変遷を述べ、阿波人形の造形を真似て作画したというに説は眼球の形が反対になっていることなどから、これにも異を唱えている。諸説にケチばかりつけていても、よくないと思ったのか、最後に次のような仰天するような自説を披露した。

 

清張は写楽が当時流行っていた梅毒にかかり、視神系や脳が侵されていたと推定し、次のように述べている。

『写楽の対象を見る眼が最初からでデフォルメ的だったと言えないか。初めから彼の眼のレンズに歪曲があったのではないか。レンズの歪曲は、視神系の狂いです。異常な視神系に結像した対象は、彼にすれば「正常」だったのです。彼は眼に映る役者の顔を忠実に、まさに「真をうつさむ」として、あるがままに描いたのです。写実です。それを、歪曲だとかデフォルメだとか見るのは、健康な視神系を持っている人間の言うことでしょう。ここまでお話すれば、もうお分かりと思います。そうです、写楽は、少々精神異常者ではなかったかと思います』

 ここまで読んで、おかしいなと気づかなければならない。いま仮に、真円をこの病気の写楽が見たとする。写楽の眼のレンズだか視神系だか、あるいは情報を処理する脳細胞が異常で、真円が歪んで楕円に見えたとしよう。真円が脳で楕円に変換されたのだから、写楽がこの楕円を「真をうつさむ」として、これを紙に描くためには真円を描かなければならないはずである。

 頭がこんがらがるので、記号論理学的に次のような説明をしたほうがわかりやすい。

 Aーα→A’  物体Aが写楽の脳でα変換により脳像A’となった。

 A’ーβ→A”  写楽は脳像A’をβ変換により紙の上に画像A”として描いた。

 A”ーα→A’’’ 描かれた画像A’’がα変換されて脳像A’’’を形成した。

 写楽は「真をうつさむ」さんとしたから、A’とA’’’が一致するようにしたはずである。A’=A’’’、しかも変換過程はいずれもαなのでA = A”となる。すなわち、Aが真円であれば、写楽の描いたA”も真円である。

  推理小説の巨匠であった清張が、こんな単純な過ちをおかす訳がなく、おそらくその場の聴衆相手のアドリブ的なジョークではなかったかと思えるが如何? そもそも、脳まで侵された梅毒の末期患者が、特異な作風ではあるが精妙な浮世絵を短期間(約10カ月そこそこ)のうちに145点も残せるわけがない。


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