3連休の初日は、大阪の「泉布観」の一般公開へ。
「泉布観」は、桜の通り抜けで有名な、
大阪・造幣局の、応接所として1871年(明治4)に建てられた洋館です。
この「泉布観」は、全国的にも、そして大阪では現存する最古の洋館建築です。
今までいろいろ観てきた大抵の洋館は、
明治20年代~30年代~のものが多かったです。
設計者はイギリス人のウォートルス。
日本では、明治初期の、かつ本格的な洋館建築です。
「泉布観」の泉布は、「貨幣」、観は「館」という意味で、
1872年(明治5)に明治天皇が行幸した際に、天皇に直接命名されたそうです。
太いトスカナ式の円柱は花崗岩。
真っ白な壁は、漆喰で塗り固められているそうです。
この漆喰壁の下は、レンガの壁なんだそうです。
日本国内で製造されたレンガを贅沢に使い、
壁の厚みは約50cmくらいありました。
入口入ってロビーの照明は、なんだかレトロモダンなペンダントランプ。
実は、もともとガス燈として使われていた器具を180度ひっくり返して
再利用しているそうです~!
本来は、こんな風に建てられて、ガラスのカバーが付いていたようです。
↓ ↓
(天井からの照明の画像を180度転換してみました^^)
1階の部屋には、イギリス製のゴージャスなシャンデリアが煌めいていました。
この「泉布観」は、洋館建築としては、全国的にも早い時期に
1956年(昭和31)に国の重要文化財に指定されています。
昭和30年代には、保存修理工事がされたそうですが、
現在は、かなり痛みが目立つ状態です。
建物内への入館は、30人までと制限されていました。
2階を歩いていると、ものすごく床が軋んでいて、ちょっと不安。。。
素晴らしい生地のカーテンも、破れているままの状態でした。
「泉布観」は、時期限定の一般公開で見学が出来るのですが、
入場料は無料なのです。寄付金を受け付けているのですが、
神戸の異人館のように1人500~1000円くらいの
入場料を徴収すればいいのに・・・
学芸員さんも、入館するのに並んでいる人の為に、
ずっと「泉布観」についての歴史や説明をお話ししてくれています。
募金箱に気持ちを入れてきました。
せっかくの古い貴重な洋館なのですから、もう少し手を掛けて
保存して欲しいです。。。
大阪は財政難、などと騒がれているのに、太っ腹すぎます
(国の重要文化財は、自治体や民間が手を出せない規定があるのかも・・・)
無料で入館できる気楽さからか、
あまりに非常識な大人の見学者が多くて、びっくり・・・
年配のカメラ愛好家は、自分が良い写真を撮ることに夢中で
重いカメラの機材を、平気で重要文化財の暖炉の上に置いていたり!
さすがにスタッフに注意されていましたけど。
壁なども、手を触れてしまうと、何年も経ってからシミとして汚れが出てくるので
触らないようにと言われているのに、年配の女性グループは
ぎゃあきゃあ言いながら、ベタベタと壁に手を掛けながら歩いていました
最近、年配者の非常識なマナーが結構目につくのですが・・・私だけカナ~?
こちらの赤い壁のお部屋は、玉座として使われたお部屋です。
天皇の訪問時には、金屏風などで飾られたそうです。
2階の素敵な雰囲気の部屋、実は床の市松模様は、ペイントなんです!
当時はまだ陶磁器のタイルが高価なものだったため、
木材の床へ、タイルに似せてペンキで塗られたのだそう
輸入品の高価なタイルは、暖炉の装飾のみに使われています。
「泉布観」の建てられた1871年(明治4)には、
まだ日本には、洋陶器を製造できる会社はないのです。
2階の周囲にはヴェランダがぐるりと巡らされています。
「ヴェランダ・コロニアル」という様式だそうです。
ヴェランダの中央に出ると、眼下には大川、右手には大阪城が見渡せます。
「泉布観」の敷地内には、朽ち果てているレンガ建築が・・・
当時の作業員室だったそうです。
以前に大阪築港のレンガ倉庫群を観に行った時も思ったのですが、
なぜ、大阪の赤レンガ建築、こちらの最古の洋館建築も
古く朽ちていくままにされているのでしょう・・・???
もっと手を掛けて、神戸や横浜のように観光資源として有効に使えば、
収入も入り、保存維持も出来て、活性化にもつながるのでは、
と思うのですが・・・
1度壊れてしまったら、2度と同じように造ることはできないのに。ね