goo blog サービス終了のお知らせ 

昭JIJI(アキラジジ)の島旅賛歌*参加

日本全国に有人島が434島ほどある。全島制覇すべく島旅を継続中。

春がやってきた!利尻島・礼文島3日間 3回目 稚内へ

2018-02-08 04:30:00 | 01北日本・北海道
飛行機は、稚内へ向かい離陸しました。


(稚内へ)

離陸して、高度を上げると青空で晴れていました。


(青空)

雪の山々が見えました。蔵王あたりでしょうか。


(雪の山々)

北海道の山でしょうか。


(北海道の山)

利尻山が見えてきました。


(利尻山)

稚内空港に着陸しました。


(稚内空港)
(写真撮影:2016.04)

春がやってきた!利尻島・礼文島3日間 2回目 稚内へ

2018-02-07 04:30:00 | 01北日本・北海道
出発ロビーは、下の方で、バスでの移動になっていました。


(バス移動)

少し早めについてので、少し遅いですが、朝食を食べました。


(朝食)

天気予報では、少し寒いと言っていたので、冬用のコートを準備してきました。


(冬用のコートを準備)

色々と散策をするので、歩くということで、靴もいつものでなく、歩きやすい靴にしました。


(歩きやすい靴)

時間になり、バス移動して、飛行機に搭乗しました。




(飛行機に搭乗)
(写真撮影:2016.04)

春がやってきた!利尻島・礼文島3日間 1回目 稚内へ

2018-02-06 04:30:00 | 01北日本・北海道
50年前に夏の利尻島へ行きました。その後、冬の利尻島モニターツアーで行きました。最近では、秋の利尻島へも訪問しました。今回、春の利尻島へ向かいたいとツアーに申し込んでいたら、催行されることになりました。この島旅の投稿は、少し古新聞となっていますが、昨年の後半、色々とあったため、島旅ができず、現行がなく、これを投稿いたします。お許しください。来週、久しぶりに瀬戸内海の島々へ向かいますので、帰ってきたら、投稿したいと思っています。
少しゆっくり目の出発で、浜松町からモノレールに乗りました。


(浜松町)

モノレールが入線してきました。折り返し運転です。


(モノレールが入線)

雨が降っています。


(雨が)

羽田空港に着きました。


(羽田空港)

ツアー会社のカウンターで航空券をもらいました。稚内空港で集合になります。


(ツアー会社のカウンター)

稚内空港行は、10:55発です。


(稚内空港行)
(写真撮影:2016.04)

北海道で残っている有人島1島(鴎島)へ 25回目

2013-09-17 04:30:00 | 01北日本・北海道
ベイエリアの一角に建つ箱館高田屋嘉兵衛資料館は、民間の資料展示館として1986(昭和61)年、箱館(現在の函館)-大坂(現在の大阪)を航路としていた北前船にまつわる品々を中心に、約500点が展示されています。外国人も珍しそうにこの建物をバックに写真を撮影していました。


(箱館高田屋嘉兵衛資料館)

時間になったので、朝市に戻りました。途中に、神社がありました。「豊川稲荷神社」です。




(豊川稲荷神社)

その神社の前に桜が咲いていました。


(サクラ)

毛ガニを受け取り、バスで函館空港へ行きました。


(バスで函館空港へ)

定刻に飛行機は、出発して、帰ってきました。


(函館空港)
(写真撮影:2013.05)

1泊2日の島旅を長々と書きました。お読みいただき、ありがとうございました。
お疲れ様です。
明日からは、岡山県、兵庫県、徳島県の島々(13島)を回りましたので、その島旅の話しを書きます。
ご期待ください。

北海道で残っている有人島1島(鴎島)へ 24回目

2013-09-16 04:30:00 | 01北日本・北海道
購入した毛ガニをゆでるのに、まず、大きな鍋の塩分濃度を測定されて、お湯をを入れて、薄めていました。適当な塩分濃度になると毛ガニを大きな鍋に入れました。


(毛ガニをゆでる)

ゆであがるのに、40分ほどかかるというで赤レンガ倉庫に行くことにしました。大きな長い建物がありました。市民市場とのことですが、卸なのでしょうか、この時間は閑散としていました。


(市民市場)

赤レンガ倉庫と函館山が見えてきました。函館山の昨夜のきれいな夜景を思い出しました。


(赤レンガ倉庫と函館山)

大きなオルゴールが置かれていました。修学旅行の中学生でしょうか、楽しそうに聞いていました。


(オルゴール)

大きな結婚式場がありました。赤レンガ倉庫には、何度か来ていますが、初めて見ます。


(大きな結婚式場)

しかし、赤レンガ倉庫として、よく残っていましたね。函館の名所ですね。


(赤レンガ倉庫)
(写真撮影:2013.05)

北海道で残っている有人島1島(鴎島)へ 23回目

2013-09-15 04:30:00 | 01北日本・北海道
姥神大神宮を後にして、少し歩いてみました。次に向かったのは、追分会館です。ここは、畳敷き桟敷席の広さは約百畳あり、ゆったりとくつろいで、本場の江差追分を心ゆくまで堪能することができます。


(追分会館)

帰るバスの時間になり、PM1:00過ぎに函館に戻りました。食事をすべく、朝市に行きましたが、販売は、終わっていました。


(朝市は終わり)

近くの食堂に入って、ウニ丼を食べました。少しシーズンが早かったようで、残念ながら、生ウニを食べることはできませんでした。


(ウニ丼)

ウニ丼を食べ終わって、毛ガニを買いたいが、お店を紹介して欲しいといったところ、そのお店は、毛ガニの専門店が経営しているということで、つれて行ってもらいました。


(毛ガニ専門店)

たくさんいる毛ガニを見ながら、こちらの腹積もりは、2匹を8000~10000円で考えていて、交渉しました。


(たくさんいる毛ガニ)

交渉結果、2匹で9000円ということで、買うことにしました。


(2匹購入)
(写真撮影:2013.05)

北海道で残っている有人島1島(鴎島)へ 22回目

2013-09-14 04:30:00 | 01北日本・北海道
姥神大神宮の境内に入っていきましたら、大きな木から何本も縄が釣り下がっていました。そこにおみくじが結ばれていました。こんな方法もあるのですね。




(おみくじの縄)

右奥の方には、江差姥神大神宮渡御祭が飾られていました。


(江差姥神大神宮渡御祭)

拝殿内です。立派ですね。


(拝殿内)

拝殿内には、お神輿が置かれていました。


(お神輿)

高台に、奥殿も見られました。


(奥殿)
(写真撮影:2013.05)

北海道で残っている有人島1島(鴎島)へ 21回目

2013-09-13 04:30:00 | 01北日本・北海道
街内を散策しました。大きな長い建物が見えます。横山家です。横山家は、天明6年(1786年)現在地において漁業、商業、回船問屋を営み、現在まで200年以上続いている旧家で、現在も8代目が住んでおり、数多くの生活用品が残されている。建物はウナギの寝床形式で、入口から帳場、居間と続き、通り庭を通る人がよく見えるための横座がある。昭和38年(1963年)北海道の有形民族文化財に指定された。


(横山家)

横山家の正面です。


(横山家の正面)

その横にも建物がありましたが、「にしんそば」と書かれていました。美味しそうでしたが、時間が早いのと函館に戻ってから美味しいものを食べたかったので、やめました。


(にしんそば屋)

横山家を横から見ると本当にウナギの寝床ですね。


(横山家を横から)

横山家の前に神社がありました。姥神大神宮です。


(姥神大神宮)

北海道を代表する祭り、江差姥神大神宮渡御祭が行われる神社です。


(江差姥神大神宮渡御祭が行われる神社)
(写真撮影:2013.05)

北海道で残っている有人島1島(鴎島)へ 20回目

2013-09-12 04:30:00 | 01北日本・北海道
反対側へ行くと錨と砲台が展示されていました。


(錨と砲台)

鴎島の観光も終わり、江差の町に戻ることにしました。


(江差の町へ)

青果市場が見えてきましたが、もう取引が終わっているようで、閑散としていました。


(青果市場)

港へ向かうとイカ釣り漁船が、昼間なのにランプを煌々と照らしていました。テストでもしているのでしょうか。


(イカ釣り漁船)

奥尻島へのフェリー乗り場にやってきました。何年か前に、ここからフェリーに乗ったのですが、この風景は覚えていません。


(奥尻島へのフェリー乗り場)

午前9時30分の出港を見ましたが、次の便は、夕方で、一日、2便の運航です。


(一日、2便)
(写真撮影:2013.05)

北海道で残っている有人島1島(鴎島)へ 19回目

2013-09-11 04:30:00 | 01北日本・北海道
戻る途中に、石碑がありました。


(石碑)

よく見ると「江差追分節記念碑」と書かれていました。案内板には、「江差追分が全国的に知られるようになったことを記念して、昭和7年(1932)に建てられました。石碑裏面には、当時歌われていた代表的な歌詞「松前江差の鴎の島は地から生えたか浮島か」が刻されている。」と書かれていました。


(刻まれた歌詞)

戻る途中、開陽丸が停泊している姿を上から見ることができました。


(開陽丸)

最初に上ってきた階段を下りていると途中に、瓶子岩が見えましたが、上からだと少し形が違って見えますね。


(瓶子岩)

海陽丸から引き揚げられた海底遺物を見ました。スクリューシャフトと上下装置(真鍮製)です。案内板には、「開陽丸のシャフトの最後部。長さ重量とも出土遺物のなかでも最大級のもの。全長680cm 最大径88cm 推定重量6t 左手前は上下装置。帆走時には波の抵抗を避けるため、スクリューを上昇させる装置。帆船から蒸気船に移行する過渡期の特徴である。」と書かれていました。


(スクリューシャフトと上下装置(真鍮製))

その横には、船体の一部が置かれていました。


(船体の一部)
(写真撮影:2013.05)