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昭JIJI(アキラジジ)の島旅賛歌*参加

日本全国に有人島が434島ほどある。全島制覇すべく島旅を継続中。

高知県の3島(高知県全島制覇)へ島旅 14回目

2015-02-17 04:30:00 | 57高知県
新柏島橋に戻ってくると対岸にはたくさんの漁船が係留されていました。


(たくさんの漁船が)

沖合には、沖ノ島が望めました。


(沖ノ島)

帰る途中に「四国のみち」と書かれた案内板があり、観音岩のことが書かれていました。


(「四国のみち」と書かれた案内板)

観音岩に少し歩いて行ってみました。紺碧の大海原にそびえたつ、観音様そっくりの姿をした岩でした。


(観音岩)

峠から柏島、沖ノ島、鵜来島が夕焼けの中に見えました。


(柏島、沖ノ島、鵜来島)

長い「大堂トンネル」を通過して、今夜の宿がある宿毛へ向かいました。


(大堂トンネル)
(写真撮影:2014.11)

高知県の3島(高知県全島制覇)へ島旅 13回目

2015-02-16 04:30:00 | 57高知県
いくつか旅館もありました。




(旅館)

帰ることにしました。旧柏島中学校に着きました。


(旧柏島中学校)

今は、校舎を活用したNPO法人「黒潮実感センター」になっていました。主に「柏島・島がまるごと博物館~持続可能な里海作りに向けて~」に取り組まれているようです。




(NPO法人「黒潮実感センター」)

校庭奥の体育館は、昔のままでしたが、窓ガラスが壊れたようで、ブルーシートで覆われていました。


(体育館)
(写真撮影:2014.11)

高知県の3島(高知県全島制覇)へ島旅 12回目

2015-02-15 04:30:00 | 57高知県
食堂がありました。小さな島なのにと思いましたが、ダイバーがたくさん来るとのことで、商売がやれるのでしょうか。出前もしている感じで、自転車の後ろに容器がありました。


(食堂)

テングサが干されていました。


(テングサ)

赤い鳥居がありました。愛宕神社の鳥居です。


(愛宕神社の鳥居)

いつものように中をのぞいてみました。


(中をのぞいてみました)

コンクリート建ての建物がありました。「柏島老人憩いの家」でした。


(柏島老人憩いの家)

ガラスに紙が貼られていましたので、「カラオケ教室」と書かれていました。


(カラオケ教室)
(写真撮影:2014.11)

高知県の3島(高知県全島制覇)へ島旅 11回目

2015-02-14 04:30:00 | 57高知県
ここにも大きな樹がありました。


(大きな樹)

いつものように本堂内を見せてもらいました。


(本堂内)

近くに幼稚園がありました。通園する子供たちはいるのでしょうか。


(幼稚園)

小さいですが、プールもありました。


(小さなプール)

島ではよく見かける「一夜干し」です。


(一夜干し)

壁にこてによる飾りがされていました。


(こてによる飾り)
(写真撮影:2014.11)

高知県の3島(高知県全島制覇)へ島旅 10回目

2015-02-13 04:30:00 | 57高知県
防波堤に上ると柏島が一望できました。


(柏島を一望)

夕焼けの沖に島影が見えました。鵜来島です。ここには、一度、お祭りツアーで渡島したことがあります。


(鵜来島)

腹が赤い野鳥がとまっていました。名前が分かりません。


(腹が赤い野鳥)

沖に、船が見えました。漁船でしょうか、ダイビングでしょうか。


(沖に、船が)

お寺がありました。護念寺です。


(護念寺)

僧慶禅の墓です。僧慶禅は、護念寺で四男として生まれ、諸国修行の後、高知市五台山の妙高寺の純信の弟子となり、「よさこい節~土佐の高知のはりまや橋で坊さんかんざし買うを見た」と歌われるように、お馬に恋をした、と言われています。


(僧慶禅の墓)
(写真撮影:2014.11)

高知県の3島(高知県全島制覇)へ島旅 9回目

2015-02-12 04:30:00 | 57高知県
石堤の残りでしょうか。経塚があったところだけ、少し高くなっていました。


(石堤の残り)

お寺がありました。法蓮寺です。経塚を刻んだ和尚のお寺です。


(法蓮寺)

本堂の前に大きな樹があり、途中から枝が乳房のように垂れ下がっていました。


(枝が乳房のように)

本堂内です。


(本堂内)

この辺りは、ダイビングスポットということで、ダイビングのお店もありました。


(ダイビングのお店)

防波堤に向かって歩いていると赤い鳥居がありました。


(赤い鳥居)
(写真撮影:2014.11)

高知県の3島(高知県全島制覇)へ島旅 8回目

2015-02-11 04:30:00 | 57高知県
「津波避難場所」が掲示板の横に「柏島遺跡地図」と書かれた案内板が少し古くて見づらいですが、ありました。


(柏島遺跡地図)

柏島公民館の一部が消防団の車庫にもなっていました。


(消防団の車庫)

風除けでしょうか、日除けでしょうか葭簀が立てかけられていました。


(葭簀)

色々な物が売られている商店もありました。


(商店)

その先には、柏島郵便局がありました。


(柏島郵便局)

大きな経塚がありました。天保元年(1830年)から後、漁業不振に加え悪疫が流行したことから、法蓮寺の日宣和尚が法華経を一石一字に納めこれを埋め、その上に経塚を建立したところ、その後猛威を振るった悪疫も蔭をひそめ、景気も次第に回復したと言われています。


(経塚)
(写真撮影:2014.11)

高知県の3島(高知県全島制覇)へ島旅 7回目

2015-02-10 04:30:00 | 57高知県
「あこう公園」がありました。


(あこう公園)

大きなアコウの樹があり、案内板には「江戸初期の土佐藩家老、野中兼山が、承応元年(1652)に八丈島から移植した。」というようなことが書かれていました。


(大きなアコウの樹)

赤く塗られた拝殿ですね。


(赤く塗られた拝殿)

いつものように拝殿の中を見ました。


(拝殿内)

島内散策を続けると大きな建物がありました。「柏島公民館」と書かれていました。


(柏島公民館)

「津波避難場所」が掲示されていましたが、「田中さんの畑」と書かれていました。個人的なところが避難場所になるのも珍しいですね。


(「津波避難場所」が掲示)
(写真撮影:2014.11)

高知県の3島(高知県全島制覇)へ島旅 6回目

2015-02-09 04:30:00 | 57高知県
島内散策をしていると「石堤」と刻まれた石碑がありました。後で調べると「柏島石堤は、江戸時代初期、土佐藩執政の野中兼山によって慶安~寛文年間(1648~1673)の26年間にわたり建造された防波堤で、島の北、東、南の3面に馬蹄状に築かれた。これにより、波浪が激しく漁業に不向きであった島を土佐西部有数の好漁場に変え、島民の生活安定が図られた。高知県文化財(記念物・史跡)に指定されている。現在、この突堤の上には防波堤が築かれている。」ことが分かりました。


(石堤)

お店の前の広場にはお母さんと子どもが集まっていました。島で何人ものを子供が見られるのは珍しいですね。


(何人もの子供)

進むと鳥居と赤色のお宮さんが見えてきました。稲荷神社です。


(鳥居と赤色のお宮さん)

鳥居の横に大きな樹がありました。アコウのようです。


(鳥居の横に大きな樹)

その樹の下にハマユウの花も見られました。


(ハマユウ)

手造りの木製ベンチにネコが座っていました。かわいいですね。


(手造りの木製ベンチにネコ)
(写真撮影:2014.11)

高知県の3島(高知県全島制覇)へ島旅 5回目

2015-02-08 04:30:00 | 57高知県
ここで、柏島の概要を書きます。
柏島は、高知県西南端、大月半島の先端と昭和42年完成した100mの橋で結ばれている磯釣りとダイビングのメッカ。平成5年には長さ120mの「新柏島大橋」も完成している。島の歴史は古く、今から800余年前の文献に地名が見られる。島名は大月半島の断崖の頂上から見ると柏の葉に似ていることにちなむという。漁業が中心の島で、カツオ・マグロの一本釣り、ハマチの養殖などが営まれている。周辺の海は透明度が高く魚種も豊富で造礁性サンゴ景観が見られることからダイビングの好ポイントとして知られる。近年、NPO法人黒潮実感センターが設立され、「島がまるごとミュージアム」を合言葉に、環境学習の拠点としても注目を集めている。
島内に入って、進みました。港に近くなりました。旅館のようですね。


(旅館)

駐車場を探して、さらに進みました。


(駐車場を探して)

港に着きました。


(港に)

車を駐車させて、島内散策を開始しました。


(島内散策)

消防団の車庫がありました。


(消防団の車庫)

ガソリンスタンドもありました。


(ガソリンスタンド)
(写真撮影:2014.11)