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昭JIJI(アキラジジ)の島旅賛歌*参加

日本全国に有人島が434島ほどある。全島制覇すべく島旅を継続中。

勇壮な秋の大祭 坊勢(ぼうぜ)島(一日目(8)) 8回/23回

2006-12-20 04:19:51 | 20瀬戸内海・兵庫県・家島群島
太鼓が打ち鳴らされ、唄が歌われ始めるといよいよ祭りの開始である。


(太鼓が打たれた)


(唄が歌われた)

幟奉納練りが始まり、幟を打ち合い始めた。


(幟の打ち合い)

何回かの打ち合い後、突如として、全員走り始めた。




(全員走り始めた)

徳円寺の前に集まると用意されていた青竹を担ぎ、打ち合い始めた。これは竹割りといって、邪気を払い、島に安泰をもたらす。


(竹割りを開始)

打ち合う内に竹が割れたら、また、走り出して次の場所に行く。


(竹割り)
(写真撮影:2006.11)

勇壮な秋の大祭 坊勢(ぼうぜ)島(一日目(7)) 7回/23回

2006-12-19 04:16:57 | 20瀬戸内海・兵庫県・家島群島
宵宮の竹割りを見に出かけたが、港では露店に人たちは集まりつつあった。


(人が集まりつつある露店)

また、各家の玄関には思い思いの高張提灯に灯が入っていた。


(各家の玄関の高張提灯)

徳円寺には中学生が持つ高張提灯が集まっていた。


(奉納する高張提灯)

また、足元には青竹がたくさん置いてあった。


(竹割り用青竹)

その少し奥にある坊勢青年会館に青年団が集まり始め、気合を入れていた。


(気合を入れている青年団)

服装が独特で、シャツ、ネルの腰巻、兵児帯、手甲、脚絆に地下足袋とユニークである。紐は彼女からの贈り物とのこと。いない人は、母親が準備しているとのこと。


(祭り用衣装)
(写真撮影:2006.11)

勇壮な秋の大祭 坊勢(ぼうぜ)島(一日目(6)) 6回/23回

2006-12-18 04:29:42 | 20瀬戸内海・兵庫県・家島群島
進むと大きな総合スポーツセンターが見えてきた。室内には温泉プールがあるとのこと。屋外に、照明設備の付いたテニスコートも見られた。


(総合スポーツセンター)

長井港、西ノ浦港を通り、小学校や中学校を見て、夕日スポットの丘に着いた。


(西ノ浦港)


(小学校や中学校)

丁度、沈むところで絶好の夕日を見ることができた。


(沈むところで絶好の夕日)

帰りに島民のボランティアで作られた海浜公園に立ち寄った。そこには、世界的に有名な石彫刻の作家の作品が置いてあった。「BOUZE ドラゴン」と名付けられていた。


(石彫刻「BOUZE ドラゴン」)

早めの夕食を摂り、お祭りの竹割りを見に出かけることになったが、夕食は地元産の魚介類がたくさん出されたが、特に、シャコの剥き方を教えてもらったが、皆苦戦しながらもおいしく食べた。


(一日目の夕食)


(シャコの剥き方を教えてもらった)

(写真撮影:2006.11)

勇壮な秋の大祭 坊勢(ぼうぜ)島(一日目(5)) 5回/23回

2006-12-17 04:20:44 | 20瀬戸内海・兵庫県・家島群島
宿で一休みした後、竹中さんに島内を案内していただくことになった。宿の前には、デベラが干してあった。


(宿の前に干してあったデベラ)

好物なので買いたいと思ったが、まだ季節前で売っていなかった。車2台に分乗して、出かけたが、地元の人の運転は、狭い道をスイスイと進み、殆どスピードを落とさないで、交差もしていた。途中では、祭りの露店が店開きをしていた。


(店開き始めた祭りの露店)

高台から瀬戸内海を展望した。周りの島々から切り出した石を運ぶガット船(採石船)がたくさん錨をおろしていた。


(停泊中のガット船)

夕日もきれいに見えていたので、夕日スポットへ行くことになった。
役所の支所にはたくさんの高張提灯が並んでいた。これは中学生が持って、今日の竹割りの先頭を進むことになっているとのこと。


(竹割りの先頭を行く予定の高張提灯)
(写真撮影:2006.11)

勇壮な秋の大祭 坊勢(ぼうぜ)島(一日目(4)) 4回/23回

2006-12-16 04:45:47 | 20瀬戸内海・兵庫県・家島群島
港には、現地を案内してくださる竹中さんが出迎えてくださった。この方を加藤先生も前回来られたことがある島旅仲間もよく知っていた。豪快に話をされる女性であった。


(出迎えてくださった竹中さんと旧知の島旅仲間)

出迎えてくれた宿の車に荷物を積み、宿まで歩くことにした。歩き始めるとオートバイがドンドン走ってくる。少し危ない感じがしたが、地元の人は慣れたもので、カーブもスイスイと走って行く。


(行き交うオートバイ)

港の近くの弁天島の岩山に地元では「神権(じんごん)さん」と言われている弁才天が祀られていた。漁師の父に代わって身を投げたという美しい娘の伝説が伝えられ、漁師の守護神にとなっている。


(地元では「神権(じんごん)さん」と言われている弁才天)

また、港に係留されている船には竹が立てられ、それに大漁旗が飾られていた。また、各船の舳先には色々な彫刻が刻まれていた。


(大漁旗が飾られている船)


(舳先には色々な彫刻が刻まれていた)
(写真撮影:2006.11)

勇壮な秋の大祭 坊勢島(一日目(3)) 3回/23回

2006-12-15 05:45:44 | 20瀬戸内海・兵庫県・家島群島
姫路駅には全員12名なのに大型の観光バスが出迎えに来ており、ユッタリと座れた。しかし、30分ほどで姫路港に着いた。その間に、今日行く坊勢島のお祭りのビデオを見るために、バスは遠回りをしてくれた。
船は一日8便運航されていて、今日の便は、坊勢島への直行の高速船「クインぼうぜ」であった。


(乗船券うりば)


(高速船「クインぼうぜ」)

高速船出港と同時刻に小豆島行きのフェリーも出港した。


(小豆島行きのフェリー)

坊勢島までは30分くらいの航海である。石が切り出されて、岩肌が剥きだしとなっている男鹿島(たんがしま)を見て、


(岩肌剥きだしの男鹿島)

更に進むと左に家島を見て、そして見えて来たのが、坊勢島で家島諸島では一番面積が小さいが、人口の密集度はこの島が一番という。また、坊勢島は兵庫県一の漁獲高を揚げている。島の豊かさは後継者を育て、若者を定着化させている。今回の祭りの氏神様である恵美酒神社を小高い岡の上に見ながら、舟は、奈座港に入港した。


(小高い岡の上にあるのが、恵美酒神社)
(写真撮影:2006.11)

勇壮な秋の大祭 坊勢島(一日目(2)) 2回/23回

2006-12-14 06:50:55 | 20瀬戸内海・兵庫県・家島群島
今回の島旅は、珍しく新幹線での移動のため、集合は東京駅であった。東京駅で受付を終わらせて、もらった資料に今回の参加者名簿があったが、添乗員さん以外は全部知り合いであった。
10時33分に出発した「のぞみ83号」は、新横浜から途中乗車の3人を乗せて、一路、姫路に向かった。




(乗車した「のぞみ83号」岡山行き)

途中の富士山は残念ながら雲の中で見られなかった。昼食とビールを飲んでひと寝入りすると新大阪に着いた。再来週には、また、高校の45年目の同窓会に帰ってくるのだと思った。先月も、義父の三回忌に戻ってきており、やはり生まれ育った関西の風は何時来てもいい気持ちである。新幹線が六甲トンネルに潜ると姫路は近かった。




(姫路駅に到着し、下車した。)
(写真撮影:2006.11)

勇壮な秋の大祭 坊勢島(一日目(1)) 1回/23回

2006-12-13 04:57:55 | 20瀬戸内海・兵庫県・家島群島
2006.11.03~05までクラブツーリズム(株)主催の「加藤庸二氏の島歩きの学校2006 勇壮な秋の大祭 坊勢島」に出掛けた。
今回は、23回の連載となる。

今回出掛けた家島群島は、家島、男鹿島(たんがしま)、坊勢島、西島の4つの有人島と無人島からなる群島である。

今回行った島々の概況は、次のようになっている。

家島は、姫路市の南西18kmの播磨灘にある家島群島の中心島。六甲山地の隆起に伴う播磨灘西部の沈降によって残った山頂部で、溺れ谷によって海岸線は変化に富み、奥深く湾入しているため、天然の良港となっている。古くは『播磨国風土記』に「人民家を作りて居りき。かれ、家と号く」とあり、島名の由来といわれている。また、「伊刀島」とも記されていた。『万葉集』にも詠まれている。明治の終わりから男鹿島・西島で切り出される石材の運搬業・造船業が盛んになり、今では数多くの499トンクラスのガット船・貨物船が停泊する基地となっている。島の周囲は絶好の釣り場として多数の太公望でにぎわう。

男鹿島も姫路市の南西18kmの播磨灘に浮かぶ。家島群島の主産業である採石業の作業所が多く所在する島。島全体が花崗岩質のため古くから採石業が盛んで、就業者のほとんどが採石業に従事している。夏季には京阪神からの海水浴客でにぎわう。昔、雄鹿と雌鹿海を泳いでいて雄鹿が泳ぎ渡った島ということで男鹿になったといい伝えられている。

坊勢島は家島の南西1.5kmにある。人口は家島に次ぎ、群島では唯一、人口の増加を示している。天然の好魚場に恵まれ漁業が盛んだ。島内からは2億年前の漣痕化石が発見されている。883年、比叡山のお寺から覚円という僧侶が配流され、弟子数十人が師の覚円を慕って島に来住したことから島名がつけられたという。全国でも屈指の漁業集落で、漁業協同組合の方針もあって若い後継者がたくさんUターンしている。集落内は家の屋根の上に道路が走っていると見紛うほど密集しているが、これが逆にこの島の魅力となっている。

西島は姫路市の南西18kmの播磨灘に浮かぶ、家島群島の中で最大面積を持つ島。縄文・弥生時代の遺跡も出土している。明治末期には旧陸軍の火薬貯蔵庫がおかれた。今は男鹿島と同じく採石の島で、作業場の周辺に採石業者の家屋が点在する。県の野外活動施設(母と子の島)がある。

出典:(財)日本離島センター発行の「日本の島ガイド SHIMADAS シマダス」から

坊勢島にいます

2006-11-04 04:57:39 | 20瀬戸内海・兵庫県・家島群島
昨日は新幹線で姫路まで行き、船で坊勢島へ来ました。島内散策をして、綺麗な夕日を見て、夜、秋祭りに参加しました。若い人たちが角々で竹をぶつけあい、神社まで練り歩く勇壮な祭りでした。明日、屋台を見ます。